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10月1日(月)
マヤ暦3月12日 |
政治家は、自衛隊が攻撃に参加しないことを「国際感覚がない」といっている。 小泉も石原も本当の「国際感覚」を知らない。苦労を知らない生粋のぼんぼんだから、弱い者たちの痛みを理解しようがない。できれは政治家に「世界放浪一人旅」を義務づける法律でも作ってくれ。 アメリカ西海岸在住の平和運動家、風砂子デアンジェリスさんのファックスを紹介しよう。 「湾岸戦争に出兵しなかった日本を無責任と言っているのは、アメリカ政府だけであって、国連ではそんな声は一切なかったそうです。日本のテレビを見ていると、世界には日本とアメリカだけ、しかも『アメリカ政府』だけが存在しているかのような感じをこの夏体験しました。私の知るかぎりのアメリカ人は、日本の憲法第九条と、日本人の反戦感情をみんなうらやましがります」 日本のマスコミは、湾岸戦争のときもサンフランシスコで二度もおこなわれた二十万人規模の平和集会も報道しなかった。 今、全米各地で反戦デモがつぎつぎにおこなわれている。 九月二十日にはカリフォルニア・バークレー校で二五〇〇人の学生が集まった。 衝突機のスチュワーデスだった叔母を亡くした学生のスピーチが大きな感動を呼んだ。 「もし叔母が生きていたら、きっと僕のよこに立って、戦争でこれ以上犠牲者を出さないようにと訴えていただろう」 9月29日、首都ワシントンでは約1万人の反戦デモがあった。武装警官が道の両わきを警備、上空では警察のヘリコプターが旋回するなか、「戦争ではなにも解決しない」と訴えながら行進した。 サンフランシスコ、ロサンゼルスでも平和解決を求める市民の「人種差別と暴力に反対する大集会」がおこなわれた。サンフランシスコでは町はずれの公園に、市民約5000人が集まった。手作りのプラカードには「アフガニスタンを第2のベトナムにするな」などと書かれていた。 主催したのは「戦争をやめ人種差別をなくすため、いま行動を」という名の市民団体のネット組織だ。学生が多いが、ベトナム戦争の帰還兵ら年配者も目立った。アラブ系の顔立ちの人々も多かった。参加者は次々に前に立ち、「戦争は罪もない人々を殺すことになり、新たな敵を生み出すだけだ」などと訴えた。 サンフランシスコや隣接したバークリーなど一帯は、ベトナム反戦運動の中心となった地域だ。今回のテロ事件でも発生直後から様々な市民団体が生まれ、平和解決を求める小規模な集会を連日のように開いてきた。そうした組織がまとまっての大集会となった。 ロサンゼルスでも中心部の連邦政府ビル前で約三〇〇人が同様の集会を開いた。(10月一日の朝日新聞より一部抜粋) |
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10月2日(火)
マヤ暦3月13日満月 |
宇都宮にある小さな店Lynchでライブをやった。 全十四曲の二時間以上にわたる演奏だ。しかもほとんどが新曲で未発表のものばかりだ。オリジナル曲のストックは百曲以上あるので、ちゃんとレコード会社から出したいのだが、今は本のほうでせいいっぱいだ。 追悼の意味もかねて、一曲だけ他人の曲を歌った。 ジョン・レノンの「イマジン」だ。 「テロの犠牲者のため」という言いがかりをつけて、アメリカの放送局が規制をかけた。報復戦争で盛り上がるプロテスタント国家の戦意がそがれてしまうからだ。それだけ「イマジン」にはオレたちの深層心理に訴えかけてくる力がある。 それはあらゆるボーダーを越え、平和を願う「ワンネス」(ひとつになる)の心だ。戦争で儲ける黒幕たちにとって歌の力ほど危険な武器はない。 意外に「イマジン」の歌詞をちゃんと読んだ人が少ないので、オレが勝手に翻訳してみる。 想像してごらん、天国なんてないんだよ。 もし君がトライするならかんたんなことさ。 僕たちの足もとに地獄なんかない。 上には空があるだけじゃないか。 想像してごらん、すべての人々が「今日を生きている」ということを。 想像してごらん、 国家なんて存在しない世界を。 そんなにむずかしいことじゃないさ。 想像してごらん、「なにかのために」殺すことも、死ぬこともない。 宗教だって同じことだよ。 想像してごらん、すべての人々が平和のなかに生きることを。 君は僕のことを「なに夢見てんの」なんて言うだろう。 でもこんな願いを抱いているのはひとりだけじゃないんだ。 いつの日か君もいっしょになって、世界はひとつになるだろう。 想像してごらん、所有なんてできないんだよ。 君にできるだろうか。 欲張ったり飢えたりすることはない。 僕たちは人という兄弟なんだから。 想像してごらん、人々が世界を等しく分かち合うことを。 君は僕のことを「なに夢見てんの」なんて言うだろう。 でもこんな願いを抱いているのはひとりだけじゃないんだ。 いつの日か君もいっしょになって、世界はひとつに暮らすだろう。 朝の四時半まで打ち上げをやって、ふらふらしながら帰った。 完璧な円を描いた満月がにやにやしながら、限りなくアホに近い人間たちの営みを見守っていた。 |
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10月3日(水)
マヤ暦3月14日 |
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10月4日(木)
マヤ暦3月15日 |
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10月5日(金)
マヤ暦3月16日 |
「ケチャップ」の入稿が終わったと思ったら、そこにのせるイラストを二枚たのまれた。編集長すぶやんには渋って見せたが、一枚一万円という。むむ、一枚のイラストでチャーシュー麺が十三杯食えるではないか。ラーメン屋さんには悪いが、アーティストとはなんとすばらしい職業だ。 さっそく注射器に血じゃなく墨汁をつめていろいろ描いてみる。以前このやり方で五〇ページほどのマンガ(未発表)を描いたことがある。鉛筆や筆とちがって注射器は「コントロールできない」というところが好きだ。しかし主人公の顔は描くたびにちがってしまう。ふるえるような線とヘタウマな形が原始時代の壁画のような緊張感を生む。 昨日から三十枚以上描いても気に入ったものができない。やっぱラーメン屋のほうが楽かもしれない。 宮内さんの「海亀広場」ですてきなメールを見つけた。 星川淳さんが宮内さんに転送したものだが、どうしてもみんなに読んでもらいたくなってしまうすばらしい内容なので転載しちゃう。 だいいちたくさんの人を経てきたので、最初の発信者がわからなくなってしまっている。発信者は中学校の先生で、自分が今まで教えた生徒に「学級通信」と言う形でメールを流しているという。どなたかご存知の方はご連絡ください。 もし 今日がついてない一日だと感じたあなたもこれを読んだら現実が違って見えるかも・・・ もし、現在の人類統計比率をきちんと盛り込んで、全世界を100人の村に縮小するとどうなるでしょう。その村には・・・ 57人のアジア人 21人のヨーロッパ人 14人の南北アメリカ人 8人のアフリカ人がいます 52人が女性です 48人が男性です 70人が有色人種で 30人が白人 70人がキリスト教以外の人で 30人がキリスト教 89人が異性愛者で 11人が同性愛者 6人が全世界の富の59%を所有し、その6人ともがアメリカ国籍 80人は標準以下の居住環境に住み 70人は文字が読めません 50人は栄養失調に苦しみ 1人が瀕死の状態にあり 1人はいま、生まれようとしています 1人は(そうたった1人)は大学の教育を受け そしてたった1人だけがコンピューターを所有しています もしこのように、縮小された全体図から私達の世界を見るなら、相手をあるがままに受け入れること、自分と違う人を理解すること、そして、そういう事実を知るための教育がいかに必要かは火をみるよりあきらかです。 また、次のような視点からもじっくり考えてみましょう。 もし、あなたが今朝、目が覚めた時、病気でなく健康だなと感じることができたなら・・あなたは今いきのこることのできないであろう100万人の人たちより恵まれています。 もしあなたが戦いの危険や、投獄される孤独や苦悩、あるいは飢えの悲痛を一度もたいけんしたことがないのなら・・・あなたは世界の5億人の人たちより恵まれています。 もしあなたがしつこく苦しめられることや、逮捕、拷問または死の恐怖を感じることなしに教会のミサに行くことができるなら・・・あなたは世界の30億人のひとたちより恵まれています。 もし冷蔵庫に食料があり、着る服があり、頭の上に屋根があり、寝る場所があるのなら・・・あなたは世界の75%の人たちより裕福で恵まれています。 もし銀行に預金があり、お財布にお金があり、家のどこかに小銭が入った入れ物があるなら・・・あなたはこの世界の中でもっとも裕福な上位8%のうちのひとりです。 もしあなたの両親がともに健在で、そして二人がまだ一緒なら・・・それはとても稀なことです。 もしこのメッセージを読むことができるなら、あなたはこの瞬間二倍の祝福をうけるでしょう。なぜならあなたの事を思ってこれを伝えている誰かがいて,その上あなたはまったく文字の読めない世界中の20億の人々よりずっと恵まれているからです。 昔の人がこう言いました。 わが身から出るものはいずれ我が身に戻り来る、と。 お金に執着することなく、喜んで働きましょう。 かつて一度も傷ついたことがないかのごとく、人を愛しましょう。 誰もみていないかのごとく自由に踊りましょう。 誰も聞いていないかのごとくのびやかに歌いましょう。 あたかもここが地上の天国であるかのように生きていきましょう。 ※「成長の限界」「限界を超えて」の著者にひとりであり、成長主義でない経済システム(=持続可能な経済社会)への移行を提唱するドネラ・メドウズが、自分のサイト「The Global Citizen」に書いたものがもとになっているらしい。 |
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10月6日(土)
マヤ暦3月17日 |
今日は妹の子ども二人を連れて秋の花火大会を見にいった。 凛太郎は七歳の小学一年生、周二郎は二歳になったばかりだ。 やつらはオレを「あぼじい」と呼ぶ。 凛太郎も周二郎も、じじ臭い名前だし、オレも凛太郎を「りぼじい」、周二郎を「しゅぼじい」と呼んでいる。 今日はちょっとバリエーションを変えて、「りぼぽたもす」、「しゅぼぽたもす」と呼ぶことにした。 夜店でチョコレートバナナを見つけた「りぼぽたもす」は、オレの袖を引っぱる。 「あぼじい、あれ買って」 「あぼじいじゃない、あぼぽたもすと呼びなさい」 「あぼぽぽ……もっとかんたんなのにしてよ」 「だめだ、りぼぽたもす。あぼぽたもすと言うまでチョコポタモスは買わん!」 前に並んでた子連れのヤンママが噴き出す。 「すごい名前ですね」 他人から指摘された恥ずかしさに怒ったりぼぽたもすは、オレのすねを思いっきりけりあげる。 「痛っ! わかったよ、りぼぽたもす。となりの大判焼きなら一〇〇円だから買ってやるぞ。ほらうまそうだろ、あんこがたっぷり大判焼きって書いてあるしな」 「ふん、そんなの……」 りぼぽたもすは、予想だにしない爆弾発言を叫ぶ。 「うんこがたっぷり大判焼きだ!」 大判焼きを買っていた客たちがいっせいに振り返り、テキ屋のあんちゃんが恐ろしい形相でにらんでくる。 「す、すいません」 りぼぽたもすの腕が抜けるほど引っぱって、ピューっと逃げた。 河原の堤防に腰掛けて、ほとんど真上にあがる花火を見た。 こんなに近くで花火を見たのは、はじめてかもしれない。 その上空を赤いランプが点滅しながら横切っていく。 「ああっ、UFOだ!」オレが指さした。 「ちがうよ、ひこうきだよ」りぼぽたもすは冷静に答える。 ちっ、最近のガキは夢がねえなあ。これじゃ、どっちが子どもだかわかんねえじゃねえか。 「……けむりでてないね」 「えっ?」 「ぼーんてぶつかると、けむりがでるんだよ」 小学一年生でも毎日あの場面を見せられたら一生記憶に残るだろう。 夜空という無限大のキャンバスには、光の芸術が描かれる。同じ火薬を使っているのに、片方は人を喜ばせ、片方は人を悲しませる。甘っちょろいと笑われるかもしれないが、りぼぽたもすの小さな肩を抱きながら本気で思った。 「世界中のミサイルが、花火になればいいな」 |
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10月7日(日)
マヤ暦3月18日 |
岡山県のHさんが遭遇した不思議体験を書こう。 不思議体験その11 「四次元坂」 岡山の御津(みつ)というところに「四次元坂」と呼ばれる場所がある。 そこで車のギアをニュートラルにいれると、車は坂をのぼっていくという。 「そんなわけないじゃろ。じゃあ試そか」 Hさんと友人たちは二台の乗用車に七人と六人で分乗して、真夜中の四次元坂にむかった。 こういうときの常として、みんな恐さをごまかそうと怪談話でもりあがる。神隠しをはじめ、さまざまな恐怖体験が車内で語られた。 そこは山深い峠道で、両わきは暗い木々におおわれていた。 「気味の悪い場所じゃな」 試そうと言い出したものの、Hさんは早く帰りたい一心でギアをニュートラルにいれた。 車はゆっくりと坂道を下っていく。 「ほら、あんなんガセネタじゃ」 みんなも内心帰りたかったにちがいない。胸をなでおろし、車を走らせる。 「あっ、あそこにお婆さんが立っとる」 Hさんの車には霊感の強い女の子がいて、よけいなことを言い出す。 「よだれを垂らした牛を連れとるわ」 「もう、いらんこと言わんといて」 前方に明かりが見えた。村とも呼べない、二、三軒の家が建っているところに人影が動いている。 黒いはっぴを着た消防団らしい人が長い竹竿で用水路のなかを突っついてなにかを探している。エプロンやかっぽう着を付けたおばちゃんが走っていく。 「なんか、あったんじゃろうか、訊いてみよか?」 Hさんはダッシュボードの時計を見て怖気だった。 「夜中の三時になんでエプロンつけとんの!」 車の中はパニックだった。 「四次元迷いこんだんじゃないん、こんなとこはよ抜け出そ!」 Hさんはさらにアクセルを踏み込み、帰路を急いだ。 その後、御津のあたりで行方不明者が出なかったか新聞で探したが、見つからなかった。 ※ たしかに十三人が目撃した風景なので、幻覚ではないはずだ。しかし集団幻覚というのも考えられる。 竹竿で用水路をつつく消防団や、山奥で真夜中の三時にエプロンをつけているおばさんというのも異常な光景だ。 アマゾンのシャーマンが言うには、現実の世界ともうひとつの現実世界をへだてる壁がうすい場所がある。幽霊や妖怪を見る場所や「聖地」と呼ばれる場所は、その壁が極端にうすくなっているという。科学的に調査してみると、地下に活断層があったり、磁場に異常をきたしているところが多い。 きっと四次元坂も世界をへだてる壁がうすくなっている場所なんじゃないかな。しかもHさんたちは「恐いもの見たさモード」にはいっている。江戸時代に流行った百物語のあとに、怪奇現象が起こるのもこのせいだろう。たぶん敏感にチャンネルがつながっちゃうのだ。 「不可思議なるものの復権」がイマジネーションの枯渇した現代社会に未来への鍵を開けてくれるかもしれない。 ※あなたの不思議体験をメールしてください。 べつに心霊現象や恐怖体験に限りませんし、オチや理由づけもいりません。 |
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10月8日(月)
マヤ暦3月19日 |
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10月9日(火)
マヤ暦3月20日 |
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10月10日(水)
マヤ暦3月21日 |
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10月11日(木)
マヤ暦3月22日 |
長嶋監督が引退したのより驚いた。 突然、素樹文生が「ゆるゆる日記」をやめたのだ。 何年もつづいた人気サイトだったし、ショックを受けているの人はたくさんいるだろう。どんなささいなことをとりあげても、読者を楽しませてしまう「素樹マジック」は、シャーマンの域にたっしている。 「拡声器の力を借りて大声を張り出し過ぎていたことに気づいたみたいだから」というのがやめた理由だ。昨日オレが書いた「やけに熱くなって日記を書いてる自分がときどき嫌になるんだ」という文章とシンクロしている。素樹は「日記はつづけるけど、ホームページでは発表しない」と言っている。 いやあ、その気持ち痛いほどわかる。 はっきり言って、毎日日記を発表することは、つらいのよ。三時間以上はとられるし、資料とか読んでいるとまる一日つぶれることもある。 誰かに強制されているわけでもないし、一円もはいるわけではない。いずれ本になるとしても、それは結果であって、目的ではない。 基本的にオレは日記など書くタイプの人間じゃない。中学校のとき女の子と交換日記をちょこっとしたくらいで、旅日記さえ書いたことがないのだ(アマゾンの旅だけは例外)。昔はこう思っていた。「日記などというものをチマチマつける男は、日本男児の風上にもおけん!」 ところが今は、日記に「取り憑かれ」ている。 ほかの原稿でふらふらになっても、旅行で何日も家を空けていても、すんげえ体調悪くても、なあんもやる気がおきなくても、 書く。 書いてしまう。書かされてしまう。 あんまり「今日はなにを書こうかな?」なんて考えない。iBookの帆立て貝みたいなふたをあけ、ドリームウイヴァー(訳すると、夢をつぐむもの)というホームページソフトにはいっている日記を開く。日付を書き、しばらくは文字を打ち込むべき空欄をぼっけ〜とながめる。この「ぼっけ〜」という時間が五秒のときもあり、十分くらいたっちゃうときもある。 するとどういうわけだか、最初の一行が浮かんでくる。 あとはもう没入状態。だいたい夜は酒を飲みながら書いているが、へたに自我でコントロールするより、無意識に任せたほうがおもしろいのが書ける。いちおう推敲はするが、とりあえずアップしちゃう。 翌朝読み返して赤面したり、とんでもない変換ミスなどに笑う。誤字は直すけど、ほとんど書き直したりはしない。 そういえば「アジアに落ちる」を書き終えたとき、素樹に訊ねた。 「つぎはどんなのが読みたい?」 「ニーチェみたいな哲学書を書いてください」 ガッチョーンとコケたが、素樹は本気らしい。 「AKIRAさんの思っていることをぜんぶをつめ込んで、おもしろおかしく書けばいいんですよ」 「むりむり、そんなの書けるわけないじゃん」 そのまま二年半もこんな会話は忘れていた。 「うつわ」が見つからなかったんだ。一冊一冊の本にはテーマがあるし、なんでもつめ込める「うつわ」など存在しないと思っていた。 それが見つかった。 「日記」という無法地帯を。 オレは家出した子どもみたいにこの遊園地を楽しんでいる。基本は自分が楽しむことだが、みんなもいっしょに遊んででほしいと思って書いている。オレも大人になったなあ。なしろ今までの作品がひとりで先走ってたからね。 オレは書くよ。 素樹も分まで(これは傲慢か)。 まだまだ書きたいことは夢の島(ゴミ捨て場)よりある。 「天の邪鬼主義」がニーチェの哲学書になるわきゃないが、 「遺言」になるまで書きつづける。 |
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10月12日(金)
マヤ暦3月23日 |
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10月13日(土)
マヤ暦3月24日 |
「日光にオオカミを放そう」という計画がある。 提案者は東京農業大学教授の丸山直樹氏が会長をつとめる「日本オオカミ協会」というグループだ。おもしろそうなので、去年日光総合会館でおこなわれた説明会にでかけていった。 観光客の餌付けによって拡大した猿の害はみんなも知っているだろう。ふえすぎた鹿に樹皮を食われて枯渇する森林の被害も深刻になっている。日光にはいないがイノシシに田畑を荒らされる農家も頭をかかえている。 日本ではじめての「猿の餌付け禁止条例」をだしたり、樹木の根本一メートルくらいまでネットをはったり、ナチの強制収容所みたいな電流網で畑を囲ったり、費用の支出もバカにならない。 北海道新聞のインタビューで丸山さんはこう説明している。「日本のハンター人口は七二年の五十二万人をピークに減っていて、今では十五万人を割っている。ハンターによる鹿の個体調節は難しくなる」 これらの難問をいっきに解決できる魔法がある。 オオカミの導入だ。 人間のエゴによって生態系は崩れた。食物連鎖の頂点に立つオオカミは、江戸時代まで、田畑を荒らす害獣を駆除してくれる「大神」とされてきた。 「カミ」は、アイヌ語の神をさす「カムイ」からきている。大昔からアイヌたちは、カムイからの贈り物である鹿を「ユク」と呼んで大切な食料源としてきた。明治政府はアイヌの鹿狩りを禁じ、企業が乱獲をはじめる。 アイヌだけではなく、オオカミも困った。 飢餓におちいったオオカミは家畜として導入された馬を襲うしかない。怒った人間たちは、オオカミに襲いかかる。アイヌのように生態系のバランスを巨視的に見る視点のない当時の日本人たちは、ついにひとつの種を絶滅させてしまう。 エゾオオカミは一八八九年、ニホンオオカミは一九〇五年に消える。 オレたちは「赤頭巾ちゃん」や「三匹の子豚」などの童話によって、「オオカミ=悪者」と洗脳されてきた。 オオカミを田畑の守り神とする農耕民族とは反対に、それらの童話はヨーロッパ牧畜民族から輸入されたものだ。 まずこれだけは知ってほしい。 「オオカミは人を襲わない」 これは歴史的な事実である。繊細で警戒心の強い野生のオオカミは、人前に姿を現すことさえまれだ。 しかし人の目を盗んで家畜を襲う。それゆえオオカミは牧畜民族の目の仇にされてきた。 アメリカのイエローストーン国立公園はオオカミの導入に成功した。ヨーロッパ連合でオオカミは保護指定動物になっていて、家畜の被害には補償金が支払われている。 オレは日光国立公園にオオカミが復活することを夢見る。 オオカミ・ウォッチング・ツアーは、イエローストーンと同じようにオオカミを見ることが目的ではない。湿地の足跡や食べ残した死骸や糞を見るだけでわくわくする。 オオカミを見られないまでも観光客は激増するだろう。「ウルフまんじゅう」や「ロボゆばラーメン」など、オオカミ・グッズも売れるはずだ。 なにより人間に管理された自然が、人間のコントロールできない「聖域」に還る。 オレたちに必要なのは、「恐れ」ではなく、「畏れ」だ。 |
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10月14日(日)
マヤ暦3月25日 |
不思議体験その13 「足の犬」 富山の呉羽山(くれはやま)には古墳があった。そこに建てられたガラス造形の専門学校は神社をどかしてつくられたという。 むかいの梨畑のまえにはジュースの自販機があり、なぜかいつも盛り塩がしてあり、兵隊の幽霊が目撃されるという噂があった。ガラス学校の生徒であるTさんが、夜自販機にジュースを買いに行ったときのことだ。 梨畑のほうでなにかがせわしげな音がした。 街灯の明かりに浮かび上がったのは、走っていく犬の足だ。 しかしその犬は足だけしかなかったのだ。 不思議体験その14 「手首」 Aさんは中学一年生のころ、しょっちゅう金縛りにあっていた。 この夜だけは感覚がちがう。左の手首だけが強い圧迫感を感じるのだ。 恐る恐る目を開いたが、丸い蛍光灯に灯るオレンジ色の豆電球が見えた。のしかかる人なんかが見えなくてよかったと、ほっとした。しかし手首の圧迫感はますます強まっていく。思い切って手を布団のなかから出した瞬間、悲鳴をあげた。 ひじから下だけの真っ白い腕が自分の手首を締め上げていたのだ。 ※あなたの不思議体験をメールしてください。 べつに心霊現象や恐怖体験に限りませんし、オチや理由づけもいりません。 |
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10月15日(月)
マヤ暦3月26日 |
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10月16日(火)
マヤ暦3月27日 |
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10月17日(水)
マヤ暦3月28日 |
素樹文生から電話があった。 「明日デモいきませんか?」 「な、なんだよいきなり。ゆるゆる日記やめたんで淋しいんじゃないの」 「いや、ぼくたちの世代はデモ文化が終わっちゃってたんで、一度どういうものか見たいんですよ」 「う〜ん、まずはヘルメットとサングラスとタオル、ゲバ棒はモップとか物干しざおで代用するか」 「そんな危ないカッコしたら捕まっちゃいますよ」 「なにごともファッションからはいらんとな」 「ぼくは手作りサンドイッチとハーブティーを魔法瓶につめて、タータンチェックの布のうえにピクニック・バスケットをひろげるのがいいな。丸いおにぎりに反戦マークを海苔で書くのも粋ですね」 「いっそ浅草のサンバカーニバルを連れてきて、食い込みTバックで反戦マークをつくったほうが人目を引くぞ」 「そうなると沿道には出店が必要ですね。金魚の中に大きな出目金を一匹いれて、ペンタゴンを表す五角形の針金で『ラビンすくい』を出したら儲かりますよ」 「空爆をやめさせるために、アメリカ国旗の水風船で『ボンブボンブ釣り』のほうがいいだろう」 アメリカでは、ビンラディンの写真がシューティング・ラウンジ(射撃場)で撃たれ、殴ると壊れる似顔人形や似顔絵が印刷されたトイレットペーパーが大人気だそうだ。 「不謹慎ですね」 「うん、とっても不謹慎だ」 誰よりも悲惨な境遇にも関わらずテレビカメラをむけられると、はしゃいでしまうアフガンの子どもたちが好きだ。 ユーモアを忘れたとき、人類は滅びるだろう。 |
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10月18日(木)
マヤ暦4月1日 |
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10月19日(金)
マヤ暦4月2日 |
昨日送った中村医師の現地報告にさまざまな反響が寄せられた。 そのなかでも、高校3年生のカケル君からおくられてきた「友人が書き起こしている」中村医師の講演記録フルヴァージョンに感動した。なるべく原文をそこなわないように、自分なりに書き直す作業で1日かかった。 またみんなに送り付けるかもしれないが、誰に送るかどうかは、 「自分で判断して」 あまりにもオレたちは、「自分で判断する」ことに慣れてない。だってオレのメールを転送して君の貴重な友人を失ってほしくはない。 いつもオレが思うのは、 「自分の正義に酔わないこと」だ。 |
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10月20日(土)
マヤ暦4月3日 |
森の民と出会った。 早稲田大学の奉仕園でおこなわれたサワラク先住民の講演会にいってきた。 おかっぱ頭の五〇代の男性プダパアンさんが話はじめた。 「森にはすべてがありました。お金も時計もいりません」 熱帯雨林のスライド写真を説明しながら、夢見るように話す。 「テナガザルの鳴き声が目覚まし時計です。毎日決まって朝の五時に起こしてくれます。鮮やかなくちばしをもったサイ鳥をわたしたちは森の王様と呼んでいます。朝の六時、昼の十二時、夕方六時、夜の八時に鳴いてくれるので、わたしたちは王様の時報に合わせて行動します。王様が卵を産む木は切りません。ある日息子が王様の子どもを吹き矢でとろうとしましたが、わたしは小さな鳥が大人になるまで待ちなさいと教えます。おまえだって子どものうちに死ぬのは嫌だろう? 王様は自分の一生が終わりたくなると、わたしたちのまえにあらわれてくれるんだから」 慎み深い言葉がゆったりと会場をただよって、森の時間に引き込まれていく。 「サワラク」と聞いても、それがどこにあり、オレたちとどんな関係をもっているか、知る人は少ないだろう。 「またネイティブおたくのAKIRAが」とか、「聞いたこともねえ原始人なんて関係ねえよ」と言われてもしかたがない。それほど日本のマスコミは大切な情報を伝えない。日本のマスコミが無視する理由は、だいじなスポンサーである大手商社の圧力だ。まさに「報道管制」がひかれているのはアフガンではなく、オレたちの住むこの島国のほうだ。 サワラク州はボルネオ島のマレーシア領土内にある熱帯雨林だった。「だった」というのは、日本人が彼らの森を奪ったからである。 まず知ってほしいのは、日本が世界最大の熱帯木材輸入国であるという事実だ。この経済大国は森林率60%という自国の森を守りつつ、東南アジアの森を刈り尽くしてきた。 高度成長期の5、60年代から順に追っていくと、フィリピン、インドネシア、マレーシア・サバ州の森を壊滅させた。現在、日本がもっとも木材を輸入しているのがサワラク州だ。早くもつぎのターゲットであるパプア・ニューギニアの森を刈りはじめている。 サワラクの先住民が7年間ものあいだ来日できなかったのは、マレーシア政府にパスポートを取り上げられたからだ。政府は先住民を助ける環境保護団体やNGOなどを今も弾圧しつづけている。それらを報道すると、マレーシアのマスコミは半年間の営業停止をくらう。警察も裁判所も先住民を人間と見なさない。 「今から十五年ほど前のことです。ドッドッドッド。聞いたこともない怪物のうなり声にわたしたちは泣き出してしまいました。今ではそれがブルドーザーという機械の音だとわかりますが、はじめて聞いたときには、村中がパニックになったものです」 プダパアンさんたちは道路にバリケードをつくり、「怪物」の侵入を非暴力で阻止する。しかし抵抗運動をつづける先住民が千人以上も逮捕された。七十五歳の盲目の老人が十二年の実刑判決を受けた。 今回来日した二十三歳の女性ジェッキーさんは、ときおり静かに涙をぬぐいながらも気丈に話をつづける。 「父親と兄を二年近くも刑務所に拘留されました。突然男手をなくした女たちは、過酷な農作業をこなし、刑務所へ面接に行くバス代を借金して、右も左もわからぬまま弁護士をさがしたました」 伐採会社がやとったマレーシアのヤクザは、ピストルやゴルフクラブをふりあげて先住民を脅した。なかでも長い刀で切りかかろうとする。その刀を現地の人は「サムライ」と呼ぶ。 その響きが無性に悲しかった。 当時彼らはうしろで地元業者を操る日本企業の正体など知らない。 森の民がいつも身につけている三十センチほどの山刀はすべて没収された。彼らはそれで稲を刈り、野菜をきざみ、肉をさばく、生活必需品である。「サムライ」という刀は人を殺すための道具だ。 黒沢映画の「七人の侍」を見た外国人にとって「サムライ」という単語は、「強きをくじき弱きを助ける孤高の武士」であろう。しかし実際に日本商社のサムライは、「弱きをくじき、強きを助ける集団サラリーマン」だった。 日本に送られてきたサワラクの木々は、建築現場で使い捨てられるコンパネ(コンクリートを流すときの型枠)となる。 日本人の誰もが、サワラクの森に住む先住民の死など願っていない。オレの友人にインドネシアの材木を輸入する会社で働いているやつがいるが、彼だって家族を支えるのに精一杯なのだ。しかし、このシステムに乗っているかぎり、殺人の依頼主になってしまう。 「ただ日本人として生活することが罪人である」というどうしようもないジレンマに身を引き裂かれる思いだ。 もう一度立ち止まって考えてみよう。 押し寄せてくる人波のなかで立ち止まる勇気、 自分自身で考えてみるんだ。 なにもできなくていい。 それでもたったひとりで考えることから、 すべてははじまると思う。 「王様は自分の一生が終わりたくなると、わたしたちのまえにあらわれてくれるんだから」 ※くわしくはサワラクのホームページへ。 |
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10月21日(日)
マヤ暦4月4日 |
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10月22日(月)
マヤ暦4月5日 |
「捨て猫をもらってくれませんか?」 近所の大学生、敦君からいきなり電話があった。 一度も話したこともないどころか、顔もおぼえていない。うちの二匹の猫を見て電話したという。 「生まれたばかりの赤ん坊が二匹捨てられていて、かなり弱っているんです。片方は目に白い膜がかかっていて、あまり見えないらしいんです。発泡スチロールの箱にタオルをしいて、ミルクをあげているんですが、もうすごい勢いで飲んじゃうんですよ」 とつとつと話す彼の口ぶりから、切実さと誠実な人柄が伝わってくる。 「君の家じゃ飼えないの?」 「ううん、だめなんですよ。この電話は親にも内緒にしてください」 「わかった。とりあえず知りあいにあたってみるよ」 十四歳の老猫二匹をかかえるうちもむりだ。モジョという猫が二年前に失踪した妹の家に電話してみる。 「ほしいのはやまやまだけど、友だちからもらう約束をしちゃってるのよ」 何人かに訊いてみたが、だめだった。 今日の夕方、敦君から電話があった。 「二匹とも……いっしょに……死にました」 彼の声はこみあげてくる嗚咽を必死にこらえている。 「そうか、力になれなくてごめんな。オレの知ってるアイヌ民族のやり方で猫たちが成仏できるよう祈るよ。いっしょに埋めにいこうか」 「もう埋めました」 「えっ、どこに?」 「うちのまえにある大きな植木鉢のなかです」 ぎょっとした。死を忌むべきものと教えられてきた若い子が、猫の死体をこんな身近な場所に埋めるとは。アボリジニは死者を自分の家の床に埋めた。死んだあとも生者と変わりなく会話をしていたし、生と死のあいだに境界線を引く必要もなかった。はじめて話をする敦君は、この日記はおろか、オレが本を書いていることなど知らない。 「猫たちは化け猫や幽霊にならないから安心していいよ。逆に敦君に感謝して、ずっと守ってくれるから。いつまでも悲しむのはよくない、また会おうねって送りだすんだ」 あまり込みいった話をすれば、怪しい宗教にはまっているとでも思われてしまう。オレはどもりながらも、大切なことだけを伝えた。 「あっというまに死んでいった小猫たちだってむだな人生じゃないんだ。おかげでオレたちははじめて話ができたし、敦君になにかを教えてくれるために旅立っていったんだよ」 世界は意味に満ちている。 それが真実かどうかなんて誰にもわからないが、 オレはそう信じたい。 なぜなら「意味」を見つけることによって、 世界を丸ごと受け入れられる勇気をもてるからだ。 |
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10月23日(火)
マヤ暦4月6日 |
宇都宮行きの電車にのりおくれちまったじゃねえか。 とちゅうでカムイノミ(アイヌのお祈り)なんかしていたからだ。敦君が小猫を埋めたという花壇を見つけた。植木鉢ではなく街路樹の土のなかだった。ペットボトルにいれられた牛乳と小さな木の苗が植えられていた。 じわっときた。 駅へと急いでいたのに、こんなの見たら立ち止まらざるを得ない。短い一生を終えた小猫たちをカムイモシリ(神様の国)に送りだしたかった。両手をすり合わせ、手の平をうえにむけ、線香の煙をかぶるように招き寄せる。 「チャペ(アイヌ語で猫)ちゃんたち、あっちで楽しく遊んでください。そして生きてる者を守ってください。あっ、やべ!」 駅へむかってダッシュする。改札が見えた瞬間、扉は閉まり、列車は動きだしてしまった。 「ちぇっ、まあつぎのへ乗ればいいや」 家へ帰るとすぐ、電話が鳴った。講談社の綾木さんからだった。 「アヤワスカの初稿があがりましたよ。今日届けにいってもいいですか?」 「届けにって、宅急便じゃなくて……」 「ええ、そちらの都合がよければ、ぼくが日光へ届けにいきます」 なんという贅沢な宅急便だろう。時刻表を見ると、綾木さんの滞在時間は二時間もない。それを往復四時間もかけて、編集者が自ら初稿を届けてくれるとは! 日も暮れた六時に綾木さんが到着した。 「ほんとに人間宅急便が届きましたね」 「すいません、突然おじゃまして」 ひょうひょうとした話し方の裏側には、熱い情熱がこめられている。 綾木さんはもと「フライデー」の編集者で、今一生さん(「日本一醜い親への手紙」の編者)の紹介でオレのことを知っていた。二年ほどまえに文芸の担当に移籍した綾木さんは『アジアに落ちる』を読んで、「一度お会いしましょう」と電話をかけてきた。 オレはばかでかい講談社のビル群に驚きながらも、にこにことあらわれた綾木さんに胸をなでおろしたもんだ。 推定年齢三十五歳、八十年代風の流行おくれのよれよれスーツ、おっとりとした口調と眠そうな目、この人のまわりだけゆったり時間が流れているような印象だった。ちょっと心配になってオレは訊いた。 「エンターテイメント小説の担当なのに、旅行記なんか出していいんですか?」 「ぼくもまだこの部署では新人なんで、ぜんぶ自由というわけにはいきません。でも自分が出したい本が出せなかったら編集者やってる意味がないですよ」 たんたんと語る綾木さんの言葉に静かな情熱を感じた。 「アヤワスカ」の原稿をわたし、打ち合わせで日光へくる日に、綾木さんはぎっくり腰になった。 「脊髄と腰骨がぬけたみたいでしたよ」 それから数ヶ月がたち、綾木さんは今日、念願の「来日」(日本ではなく、日光)をはたした。 韓国料理屋「希光」でマッコリ(韓国のどぶろく)を飲みながら、打ち合わせをした。打ち合わせといってもゆったりゆったり、やっぱこの人のまわりにはアマゾンみたいな時間が流れている。 『COTTON100%』の素樹文生、『アジアに落ちる』のフィーこと郡司裕子、『アジアントランス 出神』の落合美砂、『ケチャップ』の増渕俊之、『風の子レラ』の平井拓、『アヤワスカ』の綾木均、すごい個性派ぞろいだ。 おそらく、こんなおもしろい編集者に恵まれる作家はめずらしいはずだ。 わずか二時間の滞在で駅へ急ぐ綾木さんが顔をほころばせて言った。 「明日も三歳の娘を保育園に送ってから出社するんです」 編集者という仕事は、自分の子どもを社会へ送りだす親と似ている。 |
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10月24日(水)
マヤ暦4月7日 |
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10月25日(木)
マヤ暦4月8日 |
妹の家の家具の移動を手伝った。 オレの美術作品は妹の家のプレハブにおいてもらっているので、暖炉の煙突掃除や衛星中継のアンテナはずしまで積極的にボランティアする。まあ、なによりも子どもたちと遊ぶのが楽しいからだ。 「ここは凛君の基地だぞ」 小学一年生の凛太郎は二十畳ほどもあるプレハブの物置きを「基地」と呼んだ。 こんな言葉が現代にまで受け継がれていることにびっくりした。 子どもたちは「基地」をもっている。 オレが子どもの頃も、建設用具置き場、河原の堤防の影、松の木の太い枝など、秘密の隠れ家をもっていた。大人たちの支配のおよばない自由の楽園だ。 アメリカ軍の基地反対とか、ゲリラたちが洞窟を転々とするのも「戦争ごっこ」の延長だろう。 ZONEという女の子バンドの「シークレット・ベース」という歌でこんな歌詞がある。 うれしくて、たのしくて、冒険もいろいろしたね ふたりの秘密の基地のなか かなしくて、さみしくて、ケンカもいろいろしたね ふたりの秘密の基地のなか 突然の転校で、どうしようもなく、手紙書くよ ふたりの秘密の基地のなか 君と夏の夜のおわり、将来の夢、大きな希望、忘れない 十年後の八月、また出会えるのを信じて オレはこんなフレーズを付け足したくなる。 世界も自分も、どうしようもなく変わってしまったけど、 千年後の八月、また出会えるのを信じて ふたりの秘密の基地のなか |
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10月26日(金)
マヤ暦4月9日 |
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10月27日(土)
マヤ暦4月10日 |
レモンイエローのテニスボールに、 真っ黒い蟻がつぶれて、 はりついていた。 こんなにも無造作に、 人は命を奪うことができる。 |
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10月28日(日)
マヤ暦4月11日 |
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10月29日(月)
マヤ暦4月12日 |
スペイン時代に知りあった家族が、突然日光に訪ねてきた。 奥日光の紅葉はピークを終えていたので、足尾方面に案内した。紅葉をながめながらの露天風呂は最高だ。 「妻が離婚したいと言い出したんだ」 まさに寝耳に水である。夫はアメリカ人、奥さんは日本人、十歳の男の子と四歳の女の子がいる。 「オレが小学校のとき、両親が別居していたんだ。子どもたちのトラウマになるよ」 なぜ人は離婚をするのだろう? おもしろいデータがある。先進国から部族社会まで世界六十二の国、地域、民族グループで、離婚したカップルを「何年目で離婚したか」調べると、もっとも多い離婚年は四年なのだ。グラフにすると、結婚一年未満から昇りつづけた離婚年は四年目をピークに下がりはじめる。 アフリカ・カラハリ砂漠のクン族、オーストラリアのアボリジニ、ニューギニアのガインジ族、アマゾンのヤノマモ族、ネトシリク・エスキモー、シッキムのレプチャ族など、先住民の子どもは四年で乳離れするという。 哺乳類で一婦一夫制をとるのは、人間をふくめて、わずか三%しかいない。 メスは子育てに数年とられるのに対し、オスは一秒の射精で終わってしまう。だからメスは夫を慎重に選ぶし、オスは妻以外のメスを求める。この初期設定が男と女のトラブルの根源だろう。 九〇%が一婦一夫制をとる鳥類のほとんどが、子育て期間のみ夫婦契約を結ぶ。子どもが巣立つと、お互いが別の伴侶を求めて別々の方向へ飛び立っていく。 すべての生き物は多様性を目指さなくてはいけない。現在生き残っている種は多様な子孫を残したおかげであらゆる災害をくぐりぬけてきた。つまり祖先たちがいろんな相手と「ヤリまくってきた」からこそ、今オレたちがここにいるのだ。 しかし多様性と相反する一婦一夫制を人間が採択したのには特殊な事情がある。 異常な脳の進化だ。 ほかの哺乳類に比べると、人間の新生児は「未熟児」そのものである。比較的近い猿の新生児の身体機能にたっするのには、生後六ヶ月から九ヶ月かかる。 肥大化する脳をこれ以上待っていると、産道を通らなくなる。そのため「未熟児」の段階で産み、大切に育てるという戦略を人間は選択した。 子育ては女性だけでは手に負えるのものではなくなり、一婦一夫制が発生する。 子どもが村の共有財産として育てられる先住民社会とちがって、個人財産として子どもを育てる先進国では約二十年間親離れをしない。なぜなら社会システムが複雑になればなるほど、学習期間は長くならざるを得ないからだ。 「で、離婚する気なの?」多様な色彩を湯船から愛でながらオレは訊いた。 十歳の息子は父親のチンポをインスタントカメラで写してはしゃいでいる。 「いや、この子たちが自立するまで別れるつもりはない」 「でも奥さんには新しい恋人ができたんだろう?」 「今だから言えるけど、恋と結婚は別物だ」 夫は金髪の陰毛と割礼したチンポを湯船の底で揺らしながら答えた。 「お互い浮気しながら子育てしていくよ」 |
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10月30日(火)
マヤ暦4月13日 |
ビンラディンのことを知ったときに、真っ先に思い浮かべたのは「山の老人」である。 イスラム教の九割はスンニ派で、一割はシーア派だ。シーア派から分派したイスマイル派があり、さらにニザリ派という暗殺教団が九百年前にあった。 開祖は「山の老人」ハッサン・サバアだ。 サバアはペルシャの名門の出身で、大学で数学、天文学、魔術などを修めたインテリである。純粋なイスラム神秘主義を唱え、豊かな資金源を背景に多くの信者を獲得していった。一〇九〇年からアラムートにある山の砦にこもり、さまざまな暗殺指令を発信する。イスラムの首長や十字軍を率いるリーダーたちがつぎつぎと「見えないテロリスト」に殺害されていった。 教団の別名でもある「暗殺者=アサッシン=ハシシーン」の語源は、麻薬の「ハシシ」からきている。 彼らは屈強な若者にハシシを吸わせて眠らせたあと、誘拐する。若者はとんでもない楽園で目覚める。 美しい花が咲き誇り、馨しい香がたきこめられた庭園には、蜜や乳が流れ、妖艶な美女たちがあらゆる性技をつくして若者を快楽の絶頂へ導く。 もちろんこれはサバアの城内にある人工楽園なのだが、過酷な砂漠で育った貧しい若者には天国以外の何ものでもなかったのだろう。 ふたたたびハシシで眠らされた若者は、不毛の砂漠で目覚める。そこでサバアはこう説くのだ。 「もし楽園にもどりたければ、イスラムの敵を暗殺しろ。たとえおまえが死んでも楽園は約束されている」 どお、ビンラディンとそっくりでしょ? この伝説を最初に書き残したのは十七歳でアジアを放浪したマルコ・ポーロだが、口承の形でアジア各地に伝えられているため、「山の老人」は実在したはずだ。 ハッサン・サバアを敬愛した小説家ウィリアム・バローズは、サバアの遺言をアレン・ギンズバーグに書き送っている。 「真実など存在しない。すべては許されている」 |
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10月31日(水)
マヤ暦4月14日 |
オレは思いつくまま日記を書いてきた。 昨日の日記を読んだ人から「テロを肯定するのですか」というメールがきた。 思いっきり落ち込んだ。 たしかにオレはきのうの日記をテロリスト側から書いた。 「テロを肯定する」ととられてもしかたがない。 「正義の看板に酔うな」というのは、正反対の視点、複数の視点でものを見ることも忘れてはいけないということを言いたかったんだ。 「正義」という近視は大量の血を流し、これからも多くの血を流しつづけるだろう。 「〜のために」というシェルター(避難所)をずっと拒否しつづけてきた。死ぬまで自分の足で立つつもりだ。 そう言いながらも、オレは正義っぽい口調で主張してきた。 あらゆる宗教、政治、主義、主張に属さないといいながら、「天の邪鬼主義」という看板を掲げてる。 矛盾しまくりだ。 じゃあ「天の邪鬼主義」ってなんなんだ? この日記はおろか自分の生き方まで考え直さざるを得ない。 「天の邪鬼」というのを広辞苑で引くと、 「わざと人の言に逆らって、片意地を通すもの」とある。 う〜ん、悩んでしまう。 自分ではあらゆる視点から「ひとつの真実」を追及してるつもりでも、実は幼い反逆児にすぎないのかもしれない。 平和な時代には革命を叫び、戦乱の世には平和を祈る。 アメリカの報復テロに反対し、アメリカ製のパソコンを使う。 原発はよくないと思いながら、電気を消費している。 森を守れといいながら、たくさんの紙を消費する本を書いている。 動物を殺すなといいながら、今日も焼き肉食い放題へいってしまった。 これだけ矛盾してんだから、なんも言う資格ないよ。 「じゃあなぜ、こんな文章書いてんの?」 自問自答で気が狂いそうになってきた。 やばい、この「ひとり悩み相談室」にはまると、自分で自分を縛りつけ、なにも言えなくなってしまう。 「書きたいんだから、しょうがねえじゃん!」 今までも、そしてこれからも、 オレは矛盾しまくりながら生きていくだろう。 そのヨタヨタの足跡が「天の邪鬼主義」日記だ。 |
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号外
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★ 本物の古代フラダンスを観にいこう ★ マスコミが報道しないアフガニスタンの実情 ★ 反戦サイト ★ 伊藤竜太さんとの対談 ★ 「風の子レラ」の感想 |