10月1日(月)
マヤ暦3月12日

 政治家は、自衛隊が攻撃に参加しないことを「国際感覚がない」といっている。
 小泉も石原も本当の「国際感覚」を知らない。苦労を知らない生粋のぼんぼんだから、弱い者たちの痛みを理解しようがない。できれは政治家に「世界放浪一人旅」を義務づける法律でも作ってくれ。
 アメリカ西海岸在住の平和運動家、風砂子デアンジェリスさんのファックスを紹介しよう。
「湾岸戦争に出兵しなかった日本を無責任と言っているのは、アメリカ政府だけであって、国連ではそんな声は一切なかったそうです。日本のテレビを見ていると、世界には日本とアメリカだけ、しかも『アメリカ政府』だけが存在しているかのような感じをこの夏体験しました。私の知るかぎりのアメリカ人は、日本の憲法第九条と、日本人の反戦感情をみんなうらやましがります」
 日本のマスコミは、湾岸戦争のときもサンフランシスコで二度もおこなわれた二十万人規模の平和集会も報道しなかった。
 今、全米各地で反戦デモがつぎつぎにおこなわれている。
 九月二十日にはカリフォルニア・バークレー校で二五〇〇人の学生が集まった。 衝突機のスチュワーデスだった叔母を亡くした学生のスピーチが大きな感動を呼んだ。
「もし叔母が生きていたら、きっと僕のよこに立って、戦争でこれ以上犠牲者を出さないようにと訴えていただろう」
 9月29日、首都ワシントンでは約1万人の反戦デモがあった。武装警官が道の両わきを警備、上空では警察のヘリコプターが旋回するなか、「戦争ではなにも解決しない」と訴えながら行進した。
 サンフランシスコ、ロサンゼルスでも平和解決を求める市民の「人種差別と暴力に反対する大集会」がおこなわれた。サンフランシスコでは町はずれの公園に、市民約5000人が集まった。手作りのプラカードには「アフガニスタンを第2のベトナムにするな」などと書かれていた。
 主催したのは「戦争をやめ人種差別をなくすため、いま行動を」という名の市民団体のネット組織だ。学生が多いが、ベトナム戦争の帰還兵ら年配者も目立った。アラブ系の顔立ちの人々も多かった。参加者は次々に前に立ち、「戦争は罪もない人々を殺すことになり、新たな敵を生み出すだけだ」などと訴えた。
 サンフランシスコや隣接したバークリーなど一帯は、ベトナム反戦運動の中心となった地域だ。今回のテロ事件でも発生直後から様々な市民団体が生まれ、平和解決を求める小規模な集会を連日のように開いてきた。そうした組織がまとまっての大集会となった。
 ロサンゼルスでも中心部の連邦政府ビル前で約三〇〇人が同様の集会を開いた。(10月一日の朝日新聞より一部抜粋)

10月2日(火)
マヤ暦3月13日満月

 宇都宮にある小さな店Lynchでライブをやった。
 全十四曲の二時間以上にわたる演奏だ。しかもほとんどが新曲で未発表のものばかりだ。オリジナル曲のストックは百曲以上あるので、ちゃんとレコード会社から出したいのだが、今は本のほうでせいいっぱいだ。
 追悼の意味もかねて、一曲だけ他人の曲を歌った。
 ジョン・レノンの「イマジン」だ。
 「テロの犠牲者のため」という言いがかりをつけて、アメリカの放送局が規制をかけた。報復戦争で盛り上がるプロテスタント国家の戦意がそがれてしまうからだ。それだけ「イマジン」にはオレたちの深層心理に訴えかけてくる力がある。
 それはあらゆるボーダーを越え、平和を願う「ワンネス」(ひとつになる)の心だ。戦争で儲ける黒幕たちにとって歌の力ほど危険な武器はない。
 意外に「イマジン」の歌詞をちゃんと読んだ人が少ないので、オレが勝手に翻訳してみる。

 想像してごらん、天国なんてないんだよ。
 もし君がトライするならかんたんなことさ。
 僕たちの足もとに地獄なんかない。
 上には空があるだけじゃないか。
 想像してごらん、すべての人々が「今日を生きている」ということを。
 
 想像してごらん、 国家なんて存在しない世界を。
 そんなにむずかしいことじゃないさ。
 想像してごらん、「なにかのために」殺すことも、死ぬこともない。
 宗教だって同じことだよ。
 想像してごらん、すべての人々が平和のなかに生きることを。

 君は僕のことを「なに夢見てんの」なんて言うだろう。
 でもこんな願いを抱いているのはひとりだけじゃないんだ。
 いつの日か君もいっしょになって、世界はひとつになるだろう。

 想像してごらん、所有なんてできないんだよ。
 君にできるだろうか。
 欲張ったり飢えたりすることはない。
 僕たちは人という兄弟なんだから。

 想像してごらん、人々が世界を等しく分かち合うことを。
 君は僕のことを「なに夢見てんの」なんて言うだろう。
 でもこんな願いを抱いているのはひとりだけじゃないんだ。
 いつの日か君もいっしょになって、世界はひとつに暮らすだろう。

 朝の四時半まで打ち上げをやって、ふらふらしながら帰った。
 完璧な円を描いた満月がにやにやしながら、限りなくアホに近い人間たちの営みを見守っていた。

10月3日(水)
マヤ暦3月14日


 タケ隊長の車で奥日光へいった。
 男体山をはじめ中禅寺湖畔は、はやくも色づきはじめている。緑一色だった山々がふわっと和らぎ、寒色のなかに朱が噴き出していく。山自体が彩度をますせいか、緑色にもさまざまなバリエーションが生まれ、正反対の色をもったもの同士がお互い引き立てあうのだ。
 葉に蓄積された糖やアミノ酸からアントシアンやフロバフェンなどの赤、紫、黒の色素が紅い葉となり、葉緑体の緑色クロロフィルが分解し、黄色色素カロチノイドが黄色い葉となるという。
 竜頭の滝ふきんは早くも紅葉がピークを迎え、観光客が記念撮影をくりかえしていた。オレは無数の色彩に目を瞠り、心が喜びに沸き立つのを感じた。
 紅葉は神様の贈り物だ。
 神様が人の目を楽しませてくれるために、こんな素敵な絵を毎年贈ってくれる、そんな気がする。
 オレにとって神様とは「GOD」ではなく、あくまで「GODS」だ。
 神様に複数形「S」があるのとないのでは大いにちがってくる。「GODS」は、自然や友人からセブンイレブンのビニール袋まで、「自分をとりまくすべてのもの」をさす。ラコタ族の言葉で「ミタクオヤシン」、英語に訳すと「All My Relationship」という。そのような考えは世界中の先住民との出会いから教わってきたものだが、豊かな自然環境に生まれ育ったオレたちは本能的に知っていたものかもしれない。

 「GODS」ではなく「GOD」という「唯一絶対神」の三大宗教は、砂漠の荒野エルサレムにほぼ同時に生まれた。
 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教という三兄弟だ(その五〇〇年前に生まれた仏教は今回のぞくことにする)。
 ねえ、ユダヤ教とキリスト教とイスラム教が同じ神様を信仰していたってこと知ってた?
 まず最初に登場したユダヤ教の旧約聖書が三大宗教のおおもとである。キリスト教もイスラム教も旧約聖書を原点としている。唯一絶対神ヤハウェ(=エホバ)は、イスラムのアラーとも同一人物なのだ。しかし「ユダヤ民族は神に選ばれし民」であり、他の宗教を一切否定する。
 つぎに登場したキリスト教は、「神の子イエス」という反則の設定をした。新約聖書はイエスの言行録である。もちろんユダヤ教からは否定されているし、イスラム教はいちおう認めているもの重要視はされない。
 その六〇〇年後に成立したのがイスラム教である。
 国際商業都市メッカを中心に経済的繁栄を極めたアラビア人は、ユダヤ教やキリスト教を寛容に取り入れ、イスラムという実践的な宗教をあみだした。
 三大宗教は、「経済」という生まれたばかりの赤ちゃんを育てるために成立したのだ。
 そして二〇〇〇年の月日が流れる。
 「経済」という赤ちゃんは怪物に成長し、三大宗教を奴隷として酷使し、ますます肥え太っていく。
 「経済」という赤ちゃんは、母親の愛情を否定し、父親の横暴によって育つ。
 「唯一絶対神」は、多様化を拒み、ものさしを均一化する父系制支配者型社会を形づくる。 現在にいたる二〇〇〇年ものあいだ、三人兄弟は同じパターンで争いをくりかえしているのは驚くにあたらない。
 宗教は「衣装」にしかすぎないからだ。
 うしろにひかえている経済は、ジョン・レノンがいう「Possessions=所有」という怪物だ。
 「経済=流通」というのは人間だけの幻想である。
 地球(自然界)の視点から見ると、経済は人間による一方的「泥棒」だ。人間がほしいものを奪うだけ奪って、自然がのぞまないゴミだけを返す。
 「雑木林」という言葉がある。
 金にならない役立たずの木々という蔑称だ。
 戦後日本は空襲や震災で焼けた町を建て直すため、杉や桧などの「金になる」針葉樹林ばかりが植林された。里山は同じ緑の絵の具で塗り替えられてきた。
 「多様化を目指すものは進化し、単一化を目指すものは淘汰される」
 竜頭の滝を流れ落ちる急流はあわただしい人間の歴史を物語っているかのようだ。ゆったりと色づく木の葉は、オレたちに多様化の大切さを教えてくれているのかもしれない。
 しかもオレの文章なんか言葉を失うほどの、
 圧倒的な「美」によって。

10月4日(木)
マヤ暦3月15日


 東武日光駅とJR日光駅のあいだにあるラーメン屋にいった。
 名門佐野ラーメンで竹打ち麺を習得したオーナーは、なかなかの腕前だ。タケちゃんがおごってくれるときは迷わず「チャーシュー麺」をたのむのだが、自分で金を払うとなると勇気が出ない。
 はたして自分には「チャーシュー麺」をたのむ資格があるのか?
 昨日も5万円のキャッシングをしてしまったので、借金は13万円になる。「アヤワスカ」の印税とpaperbackの原稿料がはいる来年二月までの五ヶ月間、収入はない。
 ラーメンとチャーシュー麺とのあいだに横たわる三〇〇円の壁、5枚のチャーシューで麺がおおわれるかどうかの貧富の差。
 昨日の日記は、紅葉からはじまって一神教や父系制社会、二〇〇〇年におよぶ宗教戦争の歴史を「経済という怪物」のせいにしたが、いまだにオレは「ラーメン」と「チャーシュー」との経済格差で悩んでいる。
「ラーメンください」
 このまま店を出て駅前郵便局から、ラーメンとチャーシュー麺の差額である三〇〇円をユニセフに募金すればいいのに。
 ぜんぜん偉そうなことを語る資格ないよね。
 できればこのラーメン屋をアフガニスタン難民キャンプで開いてほしい。難民の四分の一は五歳以下の子どもだそうだ。
 飢えで死んでいく子どもたちの映像がフラッシュバックする。
 それでもラーメンは美味い。
 「ごめんね、ごめんね」とつぶやきながら、
 一滴も残さずスープを飲み終えた。

10月5日(金)
マヤ暦3月16日

 「ケチャップ」の入稿が終わったと思ったら、そこにのせるイラストを二枚たのまれた。編集長すぶやんには渋って見せたが、一枚一万円という。むむ、一枚のイラストでチャーシュー麺が十三杯食えるではないか。ラーメン屋さんには悪いが、アーティストとはなんとすばらしい職業だ。
 さっそく注射器に血じゃなく墨汁をつめていろいろ描いてみる。以前このやり方で五〇ページほどのマンガ(未発表)を描いたことがある。鉛筆や筆とちがって注射器は「コントロールできない」というところが好きだ。しかし主人公の顔は描くたびにちがってしまう。ふるえるような線とヘタウマな形が原始時代の壁画のような緊張感を生む。
 昨日から三十枚以上描いても気に入ったものができない。やっぱラーメン屋のほうが楽かもしれない。

 宮内さんの「海亀広場」ですてきなメールを見つけた。
 星川淳さんが宮内さんに転送したものだが、どうしてもみんなに読んでもらいたくなってしまうすばらしい内容なので転載しちゃう。
 だいいちたくさんの人を経てきたので、最初の発信者がわからなくなってしまっている。発信者は中学校の先生で、自分が今まで教えた生徒に「学級通信」と言う形でメールを流しているという。どなたかご存知の方はご連絡ください。

 もし 今日がついてない一日だと感じたあなたもこれを読んだら現実が違って見えるかも・・・
 もし、現在の人類統計比率をきちんと盛り込んで、全世界を100人の村に縮小するとどうなるでしょう。その村には・・・

 57人のアジア人
 21人のヨーロッパ人
 14人の南北アメリカ人
 8人のアフリカ人がいます

 52人が女性です
 48人が男性です
 
 70人が有色人種で
 30人が白人

 70人がキリスト教以外の人で
 30人がキリスト教

 89人が異性愛者で
 11人が同性愛者

 6人が全世界の富の59%を所有し、その6人ともがアメリカ国籍
 80人は標準以下の居住環境に住み
 70人は文字が読めません
 50人は栄養失調に苦しみ
 1人が瀕死の状態にあり
 1人はいま、生まれようとしています
 1人は(そうたった1人)は大学の教育を受け
 そしてたった1人だけがコンピューターを所有しています

 もしこのように、縮小された全体図から私達の世界を見るなら、相手をあるがままに受け入れること、自分と違う人を理解すること、そして、そういう事実を知るための教育がいかに必要かは火をみるよりあきらかです。
 また、次のような視点からもじっくり考えてみましょう。
 もし、あなたが今朝、目が覚めた時、病気でなく健康だなと感じることができたなら・・あなたは今いきのこることのできないであろう100万人の人たちより恵まれています。
 もしあなたが戦いの危険や、投獄される孤独や苦悩、あるいは飢えの悲痛を一度もたいけんしたことがないのなら・・・あなたは世界の5億人の人たちより恵まれています。
 もしあなたがしつこく苦しめられることや、逮捕、拷問または死の恐怖を感じることなしに教会のミサに行くことができるなら・・・あなたは世界の30億人のひとたちより恵まれています。
もし冷蔵庫に食料があり、着る服があり、頭の上に屋根があり、寝る場所があるのなら・・・あなたは世界の75%の人たちより裕福で恵まれています。
 もし銀行に預金があり、お財布にお金があり、家のどこかに小銭が入った入れ物があるなら・・・あなたはこの世界の中でもっとも裕福な上位8%のうちのひとりです。
 もしあなたの両親がともに健在で、そして二人がまだ一緒なら・・・それはとても稀なことです。
 もしこのメッセージを読むことができるなら、あなたはこの瞬間二倍の祝福をうけるでしょう。なぜならあなたの事を思ってこれを伝えている誰かがいて,その上あなたはまったく文字の読めない世界中の20億の人々よりずっと恵まれているからです。
 昔の人がこう言いました。 わが身から出るものはいずれ我が身に戻り来る、と。
 お金に執着することなく、喜んで働きましょう。
  かつて一度も傷ついたことがないかのごとく、人を愛しましょう。
   誰もみていないかのごとく自由に踊りましょう。
    誰も聞いていないかのごとくのびやかに歌いましょう。
     あたかもここが地上の天国であるかのように生きていきましょう。

※「成長の限界」「限界を超えて」の著者にひとりであり、成長主義でない経済システム(=持続可能な経済社会)への移行を提唱するドネラ・メドウズが、自分のサイト「The Global Citizen」に書いたものがもとになっているらしい。

10月6日(土)
マヤ暦3月17日

 今日は妹の子ども二人を連れて秋の花火大会を見にいった。
 凛太郎は七歳の小学一年生、周二郎は二歳になったばかりだ。
 やつらはオレを「あぼじい」と呼ぶ。
 凛太郎も周二郎も、じじ臭い名前だし、オレも凛太郎を「りぼじい」、周二郎を「しゅぼじい」と呼んでいる。
 今日はちょっとバリエーションを変えて、「りぼぽたもす」、「しゅぼぽたもす」と呼ぶことにした。
 夜店でチョコレートバナナを見つけた「りぼぽたもす」は、オレの袖を引っぱる。
「あぼじい、あれ買って」
「あぼじいじゃない、あぼぽたもすと呼びなさい」
「あぼぽぽ……もっとかんたんなのにしてよ」
「だめだ、りぼぽたもす。あぼぽたもすと言うまでチョコポタモスは買わん!」
 前に並んでた子連れのヤンママが噴き出す。
「すごい名前ですね」
 他人から指摘された恥ずかしさに怒ったりぼぽたもすは、オレのすねを思いっきりけりあげる。
「痛っ! わかったよ、りぼぽたもす。となりの大判焼きなら一〇〇円だから買ってやるぞ。ほらうまそうだろ、あんこがたっぷり大判焼きって書いてあるしな」
「ふん、そんなの……」
 りぼぽたもすは、予想だにしない爆弾発言を叫ぶ。
「うんこがたっぷり大判焼きだ!」
 大判焼きを買っていた客たちがいっせいに振り返り、テキ屋のあんちゃんが恐ろしい形相でにらんでくる。
「す、すいません」
 りぼぽたもすの腕が抜けるほど引っぱって、ピューっと逃げた。

 河原の堤防に腰掛けて、ほとんど真上にあがる花火を見た。
 こんなに近くで花火を見たのは、はじめてかもしれない。 その上空を赤いランプが点滅しながら横切っていく。
「ああっ、UFOだ!」オレが指さした。
「ちがうよ、ひこうきだよ」りぼぽたもすは冷静に答える。
 ちっ、最近のガキは夢がねえなあ。これじゃ、どっちが子どもだかわかんねえじゃねえか。
「……けむりでてないね」
「えっ?」
「ぼーんてぶつかると、けむりがでるんだよ」
 小学一年生でも毎日あの場面を見せられたら一生記憶に残るだろう。
 夜空という無限大のキャンバスには、光の芸術が描かれる。同じ火薬を使っているのに、片方は人を喜ばせ、片方は人を悲しませる。甘っちょろいと笑われるかもしれないが、りぼぽたもすの小さな肩を抱きながら本気で思った。
「世界中のミサイルが、花火になればいいな」

10月7日(日)
マヤ暦3月18日

 岡山県のHさんが遭遇した不思議体験を書こう。

 不思議体験その11
 「四次元坂」

  岡山の御津(みつ)というところに「四次元坂」と呼ばれる場所がある。
 そこで車のギアをニュートラルにいれると、車は坂をのぼっていくという。
「そんなわけないじゃろ。じゃあ試そか」
 Hさんと友人たちは二台の乗用車に七人と六人で分乗して、真夜中の四次元坂にむかった。
 こういうときの常として、みんな恐さをごまかそうと怪談話でもりあがる。神隠しをはじめ、さまざまな恐怖体験が車内で語られた。
 そこは山深い峠道で、両わきは暗い木々におおわれていた。
「気味の悪い場所じゃな」
 試そうと言い出したものの、Hさんは早く帰りたい一心でギアをニュートラルにいれた。
 車はゆっくりと坂道を下っていく。
「ほら、あんなんガセネタじゃ」
 みんなも内心帰りたかったにちがいない。胸をなでおろし、車を走らせる。
「あっ、あそこにお婆さんが立っとる」
 Hさんの車には霊感の強い女の子がいて、よけいなことを言い出す。
「よだれを垂らした牛を連れとるわ」
「もう、いらんこと言わんといて」
 前方に明かりが見えた。村とも呼べない、二、三軒の家が建っているところに人影が動いている。
 黒いはっぴを着た消防団らしい人が長い竹竿で用水路のなかを突っついてなにかを探している。エプロンやかっぽう着を付けたおばちゃんが走っていく。
「なんか、あったんじゃろうか、訊いてみよか?」
 Hさんはダッシュボードの時計を見て怖気だった。
「夜中の三時になんでエプロンつけとんの!」
 車の中はパニックだった。
「四次元迷いこんだんじゃないん、こんなとこはよ抜け出そ!」
 Hさんはさらにアクセルを踏み込み、帰路を急いだ。

 その後、御津のあたりで行方不明者が出なかったか新聞で探したが、見つからなかった。

                  ※

 たしかに十三人が目撃した風景なので、幻覚ではないはずだ。しかし集団幻覚というのも考えられる。
 竹竿で用水路をつつく消防団や、山奥で真夜中の三時にエプロンをつけているおばさんというのも異常な光景だ。
 アマゾンのシャーマンが言うには、現実の世界ともうひとつの現実世界をへだてる壁がうすい場所がある。幽霊や妖怪を見る場所や「聖地」と呼ばれる場所は、その壁が極端にうすくなっているという。科学的に調査してみると、地下に活断層があったり、磁場に異常をきたしているところが多い。
 きっと四次元坂も世界をへだてる壁がうすくなっている場所なんじゃないかな。しかもHさんたちは「恐いもの見たさモード」にはいっている。江戸時代に流行った百物語のあとに、怪奇現象が起こるのもこのせいだろう。たぶん敏感にチャンネルがつながっちゃうのだ。
 「不可思議なるものの復権」がイマジネーションの枯渇した現代社会に未来への鍵を開けてくれるかもしれない。

※あなたの不思議体験をメールしてください。
 べつに心霊現象や恐怖体験に限りませんし、オチや理由づけもいりません。

10月8日(月)
マヤ暦3月19日


 いよいよ戦争がはじまった。
 しかもコロンブス・デイにはじめるとは!
 一四九二年、ジェノバ生まれのコロンブスはスペインのイザベラ女王の援助を受け、黄金とコショウを求めインド目指して旅立った。
 現在のキューバ近くのサン・サルバドル島にたどり着き、三回の航海で中南米を探検したが、死ぬまでアメリカ大陸をインドだと思い込んでいた。いまだに先住民はコロンブスのかんちがいのままインディアン、インディオと呼ばれている。
※その瞬間を描いた傑作「朝の少女」マイケル・ドリス、新潮文庫(476円)を読んでほしい。
 コロンブス・デイは、白人にとってアメリカ大陸「発見」の日だが、先住民にとっては「侵略」がはじまった恐怖の記念日だ。その後五〇〇年間、先住民は殺戮と拷問によってキリスト教に改宗させられる。
 よりによって「侵略記念日」を選んで開戦する無神経さ、傲慢さには唖然とする。メジャーリーグの試合中にこの開戦が報じられ、「USA、USA」のシュプレヒコールが起こった。
 オレはアメリカで五年暮らして、この国のすばらしさと恐ろしさの両面を知った。
 ヒッチハイクでニューオリンズ南部の小さな町を旅していたときだ。腹がへったのでハンバーガーでも食おうと、レストランにはいった。いっせいに突き刺さる視線、ウエイトレスは「テイクアウト」しかできないという。
「こんなに席は空いているじゃないか?」と訊くと、
「あなたはここでは食べることができない」と言われた。
 どういう意味かわからなかった。つぎのレストランも、またつぎのレストランも、同じように断られて気づいた。
「オレは黒人やインディアンと同じ有色人種だったのだ」
 黒人ボンズが白人マグワイヤの記録を破り、黄色人種イチローが最多安打を記録したメジャーリーグでは、人種差別などないのかもしれない。しかし「USA、USA」のシュプレヒコールで背筋を寒くするのはオレだけじゃないだろう。

 フリーライターの伊藤竜太さんがWebマガジンのインタビューのためにわざわざ日光まで来てくれた。彼自身、オランダで五年ほどクラシック音楽を学んだ経歴があり、「日本のものさし」が世界で通用しないということを知っている人だ。雨宮処凛の主宰する「革命導火線前夜祭」というイベントでオレの歌った「ええじゃないか」に感動し、「風の子レラ」を読んでくれた。
 とっても楽しいインタビューだった。録音もしないし、旧友のように語り合えた。最後に鋭い質問が突きつけられた。
「どうして人は、国家や、民族や、宗教に属したがるのですか?」
 戸惑う。オレは思想家でも哲学者でもないし、こんな根源的な質問に答えられるわけはない。うちの猫「ラ・キアーペ」をなでていると、こんな答えが浮かんできた。
 オレたち人間は「なにか絶対的なものに属したい」というプログラムをされている。「自分をあずける」行為に快感を感じるように初期設定されている。セックスでも宗教でも戦争でも企業戦士でも快感を感じるからやっている。どんなにいやいややっている仕事でも、「〜のため」と思うことで快感になるのだ。
「なにに自分をあずけようとしているんですか?」竜太さんの質問がたたみかけてくる。
 たぶん、国家や、民族や、宗教は、表面的な衣装にすぎない。
 オレたちは「そこ」からやってきて「そこ」にかえっていく、「ふるさと」をもっている。心の底の底にある「ふるさと」に自分を連れもどしたい欲求がある。それこそが根源的な「帰属」意識だろう。アボリジニがいう「ドリームタイム」、ユングがいう「集合無意識」、現代人がいう「死後の世界」だ。
 おっと、「死」とか聞いて引かないでほしい。
 二〇〇〇年前に父系制の三大宗教(ユダヤ教、キリスト教、イスラム教)がはじまるまで、オレたちは死者を祝福し、祖先を祀り、「死」と共存してきた。
 アメリカの大統領やオウムの麻原とは正反対の考えで、先住民は「死」を身近に置くことによって「生」の大切さを崇めてきたのだ。
 死後の世界では、オレたちは光そのももの存在に還れるという。
 二〇〇〇年前の一神教の発明以来、二〇〇年前の産業革命で加速し、母なる地球をいじめることに一意専心してきたのだ。オレたちは「ふるさと」からできるだけ遠くに、遠くに、運び去られてきた。その距離が遠ざかれば遠ざかれほど、なにかに「帰りたい」という帰属意識は高まる。
 国家、民族、宗教、会社、家系、どこでもいいから手短に帰れる場所を求めるのだ。
 「ふるさと」の代替え手段としての国家。
 「USA、USA」、「イスラム、イスラム」のシュプレヒコールは、「ふるさと」を追われた現代人の切実な叫びだ。オレには「帰りたいよう、おうちに帰りたいよう」と聞えてしまう。
 だいじょうぶ。
 誰にでも心の奥底には平和にみちた「ふるさと」がある。偽りの「ふるさと」である国家、民族、宗教、思想、主義などに自分をあずけてはいけない。
 自分自身が引いたボーダーを越え、心の奥底ですべてのものとつながっていくんだ。

 だって、
 オレたちは愛しあうために生まれてきたんだから。

10月9日(火)
マヤ暦3月20日


 アメリカの本当の目的は「テロの撲滅」なんかではない。
 ブッシュ政権のうしろに控える石油メジャーが狙っているのは、アゼルバイジャン、カザフスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタンの石油だという。
 『国際保健通信』の編集・発行人である高山義浩氏によれば、
「1991年のソ連邦崩壊によって誕生した4つの新生諸国には、推定で2千億バレルの石油が眠っているとされ、その量は、世界最大とされるサウジアラビアの埋蔵量に匹敵する。また、トルクメニスタンに存在する天然ガスの埋蔵量も相当なものだ 。
 そこで石油メジャーが注目しているのが、トルクメニスタンからアフガニスタン経由でパキスタンにパイプラインを通すというプロジェクトである。これが実現すれば中央アジアの原油、天然ガスを中東を通すことなく入手可能となる。
 加えて、この石油をめぐる資源開発は、石油建設大手にとっても、流涎のプロジェクトとなる。実際、このプロジェクトには500億ドルから700億ドルの海外投資が必要だと考えられている」
 なんだよ、パイプラインを一本パキスタンまでとおすためにアフガンの子どもや老人ゃ女たちが飢え死ぬのか。

 ビンラディンも「イスラム革命」なんかじゃなく、戦争による金融操作で巨額の富を得るのが目的だという。
 なんだよ、テレビ映りはいいが、おしゃま・ビンラディンのためにイスラム戦士となにも知らない乗客や美しいスチュアーデスが肉片となって飛び散るのか。
 湾岸戦争も今回も、軍産複合体は「長期的で大規模なもの」になればなるほど儲かるわけだ。
 なんだよ、「武器の在庫一掃セール」のために永遠に人類は血のプールを満たすのか。
 「正義と悪の戦いである」と熱弁する小泉首相が、本当にこういうからくりを知らないのなら、情けなさを通り越して、可愛らしく思えてくる。
 アメリカ政府はアメリカ人をいくら殺してもかまわないのだ。
 ネバダ砂漠の核実験でもアメリカ人兵士を実験材料にしたし、湾岸戦争でもあまったウランを劣化ウラン弾につめて自国の兵士を被爆させた。
 今回のテロも黒幕たちが手を結び、アメリカ市民を犠牲にしたのかもしれないと疑いたくなる。
 少なくとも空爆をきっかけに、生物兵器のテロによってアメリカ人を
危険にさらすことなど、なんとも思っていないからだ。
 戦争というのはポペットショー(人形劇)にしかすぎない。うしろで操る腹話術師だけが笑いながら大儲けをする。
 それは、「経済」という怪物だ。
 怪物は憎しみや争いや所有欲を食べて肥え太る。
 その怪物を生み出したのもわれわれだ。
 いくら黒幕を暴いて首を吊るしても、またちがうやつが現れてしまう。
 すごい遠まわりに思えるかもしれないが、オレたち一人ひとりが変わらなければ、世界は変わらない。
 本当の革命は血を流すことじゃなく、
 すべての人に同じ血が流れていることに気づくことである。

10月10日(水)
マヤ暦3月21日


 昨日は「風の子レラ」出版の打ち上げのために東京へいった。
 神楽坂方面にあるタイ料理屋はなかなか落ち着いた雰囲気でなごめる。最初の編集でレラを急激に進化させてくれた丸森さん、それを引き継いで完成させてくれた平井拓ボン、「読書人」という雑誌ですばらしい書評を書いてくれた上野さん(=野上暁)、初期の原稿を読んでくれたミッシェルが参加した。最大の功労者である営業部長の太田さんは、体調不良のため来られなくなった。
 タイ産のシンハビールで祝杯をあげる。
「レラはたくさんの人に支えられ、無事この世に生まれ落ちました。みなさん、本当にお疲れさま、そしてイアイライケレ(ありがとう)!」
 上野さんが六月に旅してきたパキスタン北部の写真をデジカメで見せてくれた。五十代後半になる上野さんは奥さんを連れてよく辺境の地を旅する。
 中国西部のウルムチからカシュガル、クンジュラフ峠をこえてパキスタンにはいる。このルートは「カラコルム・ハイウェイ」と呼ばれるシルクロードだ。
 オレも十三年前(八八年)に陸路でアジア、ヨーロッパを横断したときに、まるっきり同じルートをたどっているのでむちゃくちゃなつかしかった。
 あのとき、イスラム国パキスタンにはいる前夜、オレは禁酒のまえに飲んでおこうと、ワインボトル一本をあける。四〇〇〇メートル級の峠で酒をのむなど、常識以下だ。とうぜん高山病が襲ってくる。動悸、息切れ、オレは真夜中の砂漠でのたうちまわりながら「空気をくれー、空気をくれー!」と砂まみれになってころがっていた。この経験がCOTTON100%」の窒息死する男のベースになったのだろう。
 よくこういう質問をされる。
「今まで旅したなかでどこがいちばんよかったですか?」
 「よかった?」と訊かれても、「すべてよかった」としか答えられないが、「美しかった?」と訊かれたらこう答える。
「北パキスタン」
 幻覚と見まごうほど凛々しく屹立するK2の山々、よこたわる氷河、可憐な色彩に揺れる花々、タイムスリップしたような小さな村々、無口だが繊細なホスピタリティーをもつ人々、はにかみ屋の子どもたち。上野さんの写真を見ていると、胸をかきむしるような郷愁におそわれる。
 フンザという谷あいの村は、「ナウシカ」に出てくる風の谷そっくりだ。イギリスの探検家が「ついにわたしは地上のユートピアを見つけた!」と書き記したほどの桃源郷だ。しかも世界三大長寿の村でもある。フンザ、ビルカバンバ、沖縄だ。
 南米エクアドルにあるビルカバンバは二年ほどまえに訪れている。くわしいことは来月の終わりに講談社から出る「アヤワスカ」に書いたが、百二十六歳のおじいちゃんを訪ねた。
 フンザ、ビルカバンバ、沖縄に共通することは、自然の美しさと人間の大らかさである。フンザはイスラム教になった今も「フンザ・ウォーター」といって、ひそかにぶどう酒を造っている。
 現在、フンザから西よりの村は原理主義者に占領されているという。「地上のユートピア」が破壊されないことを願うばかりだ。

 今年結婚した拓ボンが、結婚生活三十年に近い上野さんに訊いた。
「長続きさせるコツとかあるんですか?」
「う〜ん、そうだねえ、夫婦いっしょに旅することだね。それもきびしいところをね。平和な生活をおくってると、お互いに感謝を忘れてあら探しばっかしちゃうじゃない。きびしいところへ行けば、力を合わせざるを得ないから」
「なるほど!」
 一同、ひざを打つ。しかも上野さんは少年のようにいたずらっぽい目で追加する。
「支持率を上げるために戦争するブッシュのようにね」
 一同、大爆笑。シンハビールを鼻から噴き出すほど、腹を抱えて笑った。

 テロ事件のあとから、やけに熱くなって日記を書いてる自分がときどき嫌になるんだ。もちろん伝えたいことは伝えなくちゃなんないんだけど、正義の看板せおっちゃうのはヤバイ。「自分は正しい、自分は正義なんだ」と酔うのは貿易センターに突っ込んだテロリストと同じになっちゃう。
 安全な場所で、おいしいものを食って、平和を唱える。だからといって「戦争を語るならアフガンへ行け」という短絡的なものじゃない。
「オレたちにできることはなにか?」
 大げさに考えなくていいよ。
 しいていえば夫婦長続きのコツみたいに、
 「感謝」と「ユーモア」を忘れないことかな。

10月11日(木)
マヤ暦3月22日

 長嶋監督が引退したのより驚いた。
 突然、素樹文生が「ゆるゆる日記」をやめたのだ。
 何年もつづいた人気サイトだったし、ショックを受けているの人はたくさんいるだろう。どんなささいなことをとりあげても、読者を楽しませてしまう「素樹マジック」は、シャーマンの域にたっしている。
 「拡声器の力を借りて大声を張り出し過ぎていたことに気づいたみたいだから」というのがやめた理由だ。昨日オレが書いた「やけに熱くなって日記を書いてる自分がときどき嫌になるんだ」という文章とシンクロしている。素樹は「日記はつづけるけど、ホームページでは発表しない」と言っている。
 いやあ、その気持ち痛いほどわかる。
 はっきり言って、毎日日記を発表することは、つらいのよ。三時間以上はとられるし、資料とか読んでいるとまる一日つぶれることもある。
 誰かに強制されているわけでもないし、一円もはいるわけではない。いずれ本になるとしても、それは結果であって、目的ではない。
 基本的にオレは日記など書くタイプの人間じゃない。中学校のとき女の子と交換日記をちょこっとしたくらいで、旅日記さえ書いたことがないのだ(アマゾンの旅だけは例外)。昔はこう思っていた。「日記などというものをチマチマつける男は、日本男児の風上にもおけん!」
 ところが今は、日記に「取り憑かれ」ている。
 ほかの原稿でふらふらになっても、旅行で何日も家を空けていても、すんげえ体調悪くても、なあんもやる気がおきなくても、
 書く。 書いてしまう。書かされてしまう。
 あんまり「今日はなにを書こうかな?」なんて考えない。iBookの帆立て貝みたいなふたをあけ、ドリームウイヴァー(訳すると、夢をつぐむもの)というホームページソフトにはいっている日記を開く。日付を書き、しばらくは文字を打ち込むべき空欄をぼっけ〜とながめる。この「ぼっけ〜」という時間が五秒のときもあり、十分くらいたっちゃうときもある。
 するとどういうわけだか、最初の一行が浮かんでくる。
 あとはもう没入状態。だいたい夜は酒を飲みながら書いているが、へたに自我でコントロールするより、無意識に任せたほうがおもしろいのが書ける。いちおう推敲はするが、とりあえずアップしちゃう。
 翌朝読み返して赤面したり、とんでもない変換ミスなどに笑う。誤字は直すけど、ほとんど書き直したりはしない。
 そういえば「アジアに落ちる」を書き終えたとき、素樹に訊ねた。
「つぎはどんなのが読みたい?」
「ニーチェみたいな哲学書を書いてください」
 ガッチョーンとコケたが、素樹は本気らしい。
「AKIRAさんの思っていることをぜんぶをつめ込んで、おもしろおかしく書けばいいんですよ」
「むりむり、そんなの書けるわけないじゃん」
 そのまま二年半もこんな会話は忘れていた。
 「うつわ」が見つからなかったんだ。一冊一冊の本にはテーマがあるし、なんでもつめ込める「うつわ」など存在しないと思っていた。
 それが見つかった。
 「日記」という無法地帯を。
 オレは家出した子どもみたいにこの遊園地を楽しんでいる。基本は自分が楽しむことだが、みんなもいっしょに遊んででほしいと思って書いている。オレも大人になったなあ。なしろ今までの作品がひとりで先走ってたからね。
 オレは書くよ。
 素樹も分まで(これは傲慢か)。
 まだまだ書きたいことは夢の島(ゴミ捨て場)よりある。
 「天の邪鬼主義」がニーチェの哲学書になるわきゃないが、
 「遺言」になるまで書きつづける。

10月12日(金)
マヤ暦3月23日


 ひゃっほー、ついにADSLがつながった。
 都会じゃあたりまえかもしれないけど、日光にフレッツADSLがきたのは、やっと今月だよ。
 工事費が一万二千円とかいうから自分でやったら、えらい簡単じゃんか。いくつかのジャックを差し込むだけですんでしまった。ハン師匠の言うとうり、工事をキャンセルしてよかった。こんなんで一万二千円もとられたら詐欺だぜ。
 速い、速い、一〇〇倍速い。
 今までは節約のためにいちいち切ったりしていた。それでも毎月一万五千円くらいかかる。フレッツは二十四時間使い放題で五千円ほどだ。地域の個性は守ってほしいが、通信網の格差はなんとかしてほしい。
 パソコンをもっているのは地球人口の一パーセントしかないというが、デジタル通信網は地球部族が手にした武器となるだろう。

 辺境の地から一通のメールがとどいた。
 拙著「アジアに落ちる」を読んでチベット行きを決心した青山ミユキさんは、一人旅もしたことのない二十七歳の女の子だ。
 三週間前に神戸からフェリーに乗って上海にわたった。彼女は旅の経過をリアルタイムで報告するために「Inner Trip」というホームページを開き、各地のインターネットカフェから掲示板に旅の行程をレポートしていた。
 はじめミユキさんは安全策をとり、成都から飛行機でラサにはいるはずだった。
 オレは西寧というところから七十二時間もバスに揺られて、チベット(現在もチベットは中国に占領されている)の首都ラサにはいったが、高山病や寒さ(十一月)など、陸路でチベットにはいる過酷さは身をもって知っている。
 ところがどっこい、とんでもないことが掲示板に書かれているではないか。
 なんとラサまでヒッチハイクするというのだ!
 中国は今でも「開放地区」と「未開放地区」というのにわかれている。とうぜんヒッチハイクで通るのは外国人の立ち入りが禁止された「未開放地区」だ。公安に見つかれば、犯罪者として扱われる。運が良くて中国に連れもどされるか、国外退去、運が悪ければ投獄の可能性だってある。そもそもオレの本を読んでチベットに行ったんだし、責任は重大だ。
 彼女の書き込みが十日間もない。
 オレは心配になって、アイヌのカムイノミ(お祈り)をし、こんなことを彼女の掲示板に書き込んだ。日本語ソフトのはいっていないインターネットカフェでは日本語が文字化けするため、アルファベットでうちこむ。

osoi,ososugiru.MIYUKI ga hittihaiku wo hajimeru to ittekara mou 10ka ga tatudehanaika.
MIYUKI ga ikite Latha ni tadoritukuyou minnnade inorimashou.inori ha kitto tibet made todokuhazu.

 なんと、みんなの祈りはチベットまでとどいてしまった。
 今日メールを開いてみると、ミユキさんから感謝の言葉が届いているではないか。もちろんあの世じゃなく、ラサからだ。祈りのADSLは光ファイバーより速いぞ。

ありがとうAKIRAさん!!すごく嬉しかったです!!
本当に、髪は埃だらけ、顔と手は日焼けと砂埃で真っ黒。
江達のお店のお姉さんに「あんた、漢人?蔵人?」と聞かれてしまいました。
この年になってこんな日焼けして、日本に帰って回復するのかしら・・・
昌都からラサまで、トラックの荷台に揺られて来ました。
4日間、チベタンと一緒にぎゅうぎゅう詰めで、座るのにも、一人A4サイズくらいしかスペースなかった・・・
皆「アイヨー」「アララララ」(チベット語で多分「あいたたた」だと思う)と顔をしかめつつ、毛布を分け合い、冷たい手を暖め合い、歌を歌いながら、山や草原や川や青い空、それに満天の星、の大パノラマを満喫する、という100元(1200円)で何とも贅沢な4日間でした。
4日間の間にピンチあり、恋あり(!)で、本当に、荷台で良かった(笑)。
なんだか、20日間でも既に盛りだくさんすぎて、4ヶ月も旅をしたら何も話せなくなっちゃうかも。
そういう意味で、今帰って、この旅の話をしたい、という気持ちになったりもしま
す。
日本を出てから、毎日まめに日記をつけてます。
読み返すと、日々、段々充実してきてるみたい。
チベット文化圏にはまってしまいそうです。
今日の午前四時にラサに到着して、寝ずにジョカンへ行き、チベットに来させてくれて、ありがとう、と言って来ました。
今はシャワーもさることながら、爆睡したいです・・・
それでは。

 「旅」よりすごい先生を、教育を、医者を、癒しを、オレは知らない。
 最初の一歩は誰だって恐いんだ。
 オレだってビビりまくっていたしね。
 日本でぬるま湯の生活をしていても、旅先で苦境に立たされると野性の本能がよみがえってくる。
 旅は自由になるためにするものじゃない、不自由への挑戦だ。
 この天の邪鬼主義を読んでいるひとりでも多くの人が、ひとつでも多くの国を、たったひとりで旅してほしい。
 自分が教えられてきた常識がどれだけ通用しないかを知るために。
 きっと君はミユキさんのように、自分のなかで眠っていた獣の力に驚く。
 そう、自分自身の本当の強さに。

10月13日(土)
マヤ暦3月24日

 「日光にオオカミを放そう」という計画がある。
 提案者は東京農業大学教授の丸山直樹氏が会長をつとめる「日本オオカミ協会」というグループだ。おもしろそうなので、去年日光総合会館でおこなわれた説明会にでかけていった。
 観光客の餌付けによって拡大した猿の害はみんなも知っているだろう。ふえすぎた鹿に樹皮を食われて枯渇する森林の被害も深刻になっている。日光にはいないがイノシシに田畑を荒らされる農家も頭をかかえている。
 日本ではじめての「猿の餌付け禁止条例」をだしたり、樹木の根本一メートルくらいまでネットをはったり、ナチの強制収容所みたいな電流網で畑を囲ったり、費用の支出もバカにならない。
 北海道新聞のインタビューで丸山さんはこう説明している。「日本のハンター人口は七二年の五十二万人をピークに減っていて、今では十五万人を割っている。ハンターによる鹿の個体調節は難しくなる」
 これらの難問をいっきに解決できる魔法がある。
 オオカミの導入だ。
  人間のエゴによって生態系は崩れた。食物連鎖の頂点に立つオオカミは、江戸時代まで、田畑を荒らす害獣を駆除してくれる「大神」とされてきた。
 「カミ」は、アイヌ語の神をさす「カムイ」からきている。大昔からアイヌたちは、カムイからの贈り物である鹿を「ユク」と呼んで大切な食料源としてきた。明治政府はアイヌの鹿狩りを禁じ、企業が乱獲をはじめる。
 アイヌだけではなく、オオカミも困った。
 飢餓におちいったオオカミは家畜として導入された馬を襲うしかない。怒った人間たちは、オオカミに襲いかかる。アイヌのように生態系のバランスを巨視的に見る視点のない当時の日本人たちは、ついにひとつの種を絶滅させてしまう。
 エゾオオカミは一八八九年、ニホンオオカミは一九〇五年に消える。
 オレたちは「赤頭巾ちゃん」や「三匹の子豚」などの童話によって、「オオカミ=悪者」と洗脳されてきた。
 オオカミを田畑の守り神とする農耕民族とは反対に、それらの童話はヨーロッパ牧畜民族から輸入されたものだ。
 まずこれだけは知ってほしい。
 「オオカミは人を襲わない」
 これは歴史的な事実である。繊細で警戒心の強い野生のオオカミは、人前に姿を現すことさえまれだ。
 しかし人の目を盗んで家畜を襲う。それゆえオオカミは牧畜民族の目の仇にされてきた。
 アメリカのイエローストーン国立公園はオオカミの導入に成功した。ヨーロッパ連合でオオカミは保護指定動物になっていて、家畜の被害には補償金が支払われている。
 オレは日光国立公園にオオカミが復活することを夢見る。
 オオカミ・ウォッチング・ツアーは、イエローストーンと同じようにオオカミを見ることが目的ではない。湿地の足跡や食べ残した死骸や糞を見るだけでわくわくする。
 オオカミを見られないまでも観光客は激増するだろう。「ウルフまんじゅう」や「ロボゆばラーメン」など、オオカミ・グッズも売れるはずだ。
 なにより人間に管理された自然が、人間のコントロールできない「聖域」に還る。
 オレたちに必要なのは、「恐れ」ではなく、「畏れ」だ。

10月14日(日)
マヤ暦3月25日



 不思議体験その13
 「足の犬」


 富山の呉羽山(くれはやま)には古墳があった。そこに建てられたガラス造形の専門学校は神社をどかしてつくられたという。
 むかいの梨畑のまえにはジュースの自販機があり、なぜかいつも盛り塩がしてあり、兵隊の幽霊が目撃されるという噂があった。ガラス学校の生徒であるTさんが、夜自販機にジュースを買いに行ったときのことだ。
 梨畑のほうでなにかがせわしげな音がした。
 街灯の明かりに浮かび上がったのは、走っていく犬の足だ。
 しかしその犬は足だけしかなかったのだ。


 不思議体験その14
 「手首」


 Aさんは中学一年生のころ、しょっちゅう金縛りにあっていた。
 この夜だけは感覚がちがう。左の手首だけが強い圧迫感を感じるのだ。
 恐る恐る目を開いたが、丸い蛍光灯に灯るオレンジ色の豆電球が見えた。のしかかる人なんかが見えなくてよかったと、ほっとした。しかし手首の圧迫感はますます強まっていく。思い切って手を布団のなかから出した瞬間、悲鳴をあげた。
 ひじから下だけの真っ白い腕が自分の手首を締め上げていたのだ。


※あなたの不思議体験をメールしてください。
 べつに心霊現象や恐怖体験に限りませんし、オチや理由づけもいりません。

10月15日(月)
マヤ暦3月26日


 日光は雲ひとつない青空。
 どこまでも青い空を見つめていると、ふっと吸い込まれそうになる。

 9月25日のニューヨーク・タイムズ紙に、おそろしくシンプルな全面広告が掲載された。

 Imagine all the people living life in peace
 想像してごらん、すべての人々が平和に暮らすことを

 「イマジン」の一節をオノ・ヨーコが匿名でのせたものだ。企業がこぞって愛国心をあおる全面広告を出す中で、スポンサー名や写真などはなにもなく、白地にたった一行だけがぽつりと浮かんでいた。ジョンとベトナム反戦を戦い抜いてきたヨーコらしいアートじゃないか。

 10月9日、ジョンの誕生日、ニューヨーク・タイムズ紙に別の平和広告が載せられた。
 ハワイの先住民の墓にゴルフ場をつくっているJALに反対するイベントでお会いした四児の母きくちゆみさんと、ジョン・レノンと同じ誕生日の山田バウさん(神戸元気村)が中心となって、グローバルピースキャンペーンの募金が集められた。驚くべきことに、たった2週間足らずで、15023384(約一千五百万)円もの広告代金が集まったのだ!
 アメリカでの広告主になってくれたのは「平和のための退役軍人の会」(Veterans for Peace)だ。内容は退役米海兵隊員グレッグ・ニーズ氏がブッシュ大統領にあてた手紙である。つぎはパキスタンと日本の新聞に同じ広告を出そうと募金がつづけられている。
 少し長いが、できるだけたくさんの人に知ってもらいたいので日本語訳(森田玄)の全文を紹介しよう。NYタイムスの画面はこちら

 「アメリカは世界を平和と公正に導くことができるか?」
 2001年9月13日 ブッシュ大統領殿

 私はこの国によく尽くし、1970年に栄誉ある退役となった元海兵隊軍曹です。このような手紙を書くのは初めてですが、役人のチェックをうまく通り抜けて無事にあなたの手元に届くことを祈ります。
 多くのアメリカ国民同様、目撃した2日前の死と破壊に私は非常なショックを受けました。
 私たちは恐ろしい攻撃を受け,たくさんの同胞が苦しみ死にました。貴方もこの虐殺の犠牲者やその家族と共にやり場のない悲しみで苦しんで居られると思います。貴方の怒りや焦躁感、そしてはっきりと仕返しをしたいという気持もよくわかります。このような厭うべき犯罪行為に対して、それは当然で正当化できる反応でしょう。
 しかし、貴方には慎重にことを進めることを忠告したいのです。ここでの私たちの過ちは渦巻いている暴力を容易に拡大することにもなりかねないからです。
 大統領閣下、貴方は今やアメリカ合衆国が単に恐るべき経済と軍事大国以上のものだと示す歴史的なチャンスを得ました。 アメリカが英知と憐れに導かれ、法を守る信頼できる民主国家であることを世界に示すことができるのです。
 あらゆる法的手段をもちいて、この恐ろしい犯罪の犯人を確定し、しかるべき法定で裁いていただきたい。世界が望んでいる正義を彼らにこそ与えてほしい。
 しかし、これだけはお願いしたいのですが、それがアメリカ人、イスラエル人、パレスチナ人、アフガン人あるいはどの国民であれ、これ以上無実の人を犠牲にしてはいけません。
 我が国の兵器が無実の犠牲者のいのちを奪ってしまうことがあまりにもよく起こります。
 軍事的な言い方では「副次的被害」などとされていますが、実際は殺人とまで言わなくも大量殺戮だと思います。私たちにさらに多くの無実のいのちを奪う権利があるのでしょうか。それはまたひとつのテロではないでしょうか。私たちは、襲った者たちのレベル以上の高い見地に立てるでしょうか。
 貴方はこれを悪の行為と表現しました。そのような扇動的な言葉を用いれば単に状況を悪化させ報復を叫ぶ群集心理を刺激するだけです。私たちに必要なことは、世界中の人間の平和と繁栄と民主主義という私たちの真の目標に到達するための憐れみの精神と冷静な理性です。
 大統領閣下、尊厳と英知を持って私たちを導いてください。私たちの存在の原始的な部分に力を貸さないで下さい。南アフリカ共和国のネルソン・マンデラが行ったように、真の理解と毅然とした正義を求める偉大さと力と勇気を持ったリーダーであることを世界に示してください。
非常に重要なことは、犯行者たちがあえて暴力に訴えたことだけではなく、このような悲惨さと彼らの自己犠牲を招いた政治的および歴史的な状況を認識することです。
 元海兵隊員として、自分が真に信じることに自己の命を捧げることの意味はわかっているつもりです。この人たちは卑怯とか邪悪というよりは、むしろ過った恐るべき指導を受け、憎しみを植え付けられ絶望したとも考えられないでしょうか。もし彼らが、自分たちの生活を奪おうとするゴリアテに立ち向かうダビデに自分たちを見たてているなら、私たちは確かに同調する必要なないでしょう。しかし、もし私たちが永続する平和を望み、私たちが大事にしている権利や自由が奪われるような閉ざされた世界にしたくないなら、この見方を理解しなければなりません。
 何ヶ月か前に、銃撃戦に巻き込まれ成す術もなく釘付けになった父親とその子どもの写真が雑誌に載りました。あなた自身父親として、わが子のいのちが消えつつある父親の苦悩を想像できますか。もし、銃撃戦にほかの家族を無情に巻き込むような軍事行動を私たちがとれば、それはわたしたちの中の最も人間的なものを否定することです。
 この危機的な時はまた、大きなチャンスの時でもあります。私はあなたに世界を暴力と苦しみから遠ざけ、全人類のために平和と自由と豊かさに導いてほしいのです。罪を犯した者たちに公正さを与えてください。しかしまた、これらの絶望の声を聞かせてやってください。南アフリカダーバンでの人種差別に関する国連会議でわたしたちが最近犯した間違いを繰り返さないようにしましょう、そうではなく、たとえ彼らが叫び、私たちが聞きたくないようなことを言っているとしても、一緒にテーブルについて全員の声を聞くようにしましょう。
 私たちは本当に強大な存在なのでいつも主張し、他の人たちは聞くのが当然のように思っています。私たちが他の人たちの声も聞くことができる勇気ある国民だということを世界に示そうではありませんか。
 貴方が性急に暴力にうってでようという声を押し止め続けるよう祈っています。この恐ろしい悲劇の中で、永続する平和創造への偉大な機会を見い出す知恵を神が貴方にお与えくださるように。未来の歴史家たちがあなたの行動を振り返って、世界を全人類のために公正と民主主義に向わせた、貴方の偉大な精神と冷静な理性を賛美することを私は願っています。
 尊敬をこめて、
 グレッグ・ニーズ 元アメリカ海兵隊軍曹

 

10月16日(火)
マヤ暦3月27日


 友人が経営する焼き肉屋へいった。
 1000円で食べ放題だ。カルビ、ハラミ、タンをはじめ、豚肉や鳥肉などの肉類が二十種類以上、エビ、ホタテ、イカ、野菜、キノコ、キムチ、ビビンバ、ミネストローネのスープ、ガーリックライス、四種類のケーキ、杏仁豆腐、メロン、キーウィー、ブドウ、コーヒー、なんと六十品目もあるのには驚いた。
 しかし大きな店内にわずか三組の客しかいない。
 狂牛病の影響だ。
 狂牛病は牛海面状脳症(BSE=Bovine Spongiform Encephalopathy)といって、脳がスポンジ状になり死亡する。一九八六年イギリスで狂牛病が発見されてから十五万頭の感染牛が見つかっている。ヨーロッパやカナダでも発見されたが、九八%はイギリスだそうだ。はじめは人間にはうつらないといわれていたが、ごくごくまれに人間にも感染することがわかった。現在イギリスで狂牛病が感染した患者(クロイツフェルト・ヤコブ病=nvCJD)は107人いる。
 日本での狂牛病の発生も、今年の六月からEUの報告書で指摘されていたのに、日本のお役人はなにもしなかった。
 おまけにバカなマスコミが危機感をあおるもんだから、いつでも犠牲になるのは庶民だ。焼き肉屋も肉屋も業者も不況に追い討ちをくらっている。

 しかし狂牛病を語るとき、大事な視点がぬけてないかい?
 牛本人の視点である。
 オレのニューヨーク時代につくった作品に「人間農場」という作品がある。強制的に産み落とされた人間の赤ちゃんがベルトコンベアーにのって運ばれ、牛や豚やニワトリたちが食べる。オレたちが日常的にやっていることを反転させただけである。
 宮沢賢治は「フランドン農学校の豚」という短編で、屠殺される豚の視点から書いている。
 ザ・スミスという英国バンドに「MEAT IS MURDER」という曲がある。

 あなたは微笑みながら子牛の肉をそぎ落とす
 それは殺人といっしょだ
 あなたはお祝いに七面鳥をスライスする
 それは殺人といっしょだ
 知らないのかい、どうやって動物たちが死んでいくか?
 台所にただよう食事の匂いが暖かい家庭の匂いだなんてウソだ
 そんなもん心地よくもなければ、愛らしくもない
 それは殺人の煮えたつ血と下品な臭い
 そんなものは自然でもないし
 正常でもない
 あなたが気まぐれに料理してる肉も
 あなたの口の中にある肉も
 あなたは殺人の味を楽しんでいるんだ

 現代の家畜たちの境遇はますますひどくなっている。緑の牧場で草を食む牛たちという牧歌的なイメージは、今や観光牧場くらいのもんだ。アニマル・ファーム(動物農場)は、アニマル・ファクトリー(動物工場)となった。家畜は身動きのできない柵にいれられ、共食いの骨粉をたべさせられ、自分の足で立ち上がれないほどに肥え太らされる。
 屠場に出荷されると、ガンで眉間に穴を開けられ、その穴から突っ込まれたワイヤーで脳を掻きまわされ、即死する。床が斜めに落ち、足の腱に鉤が引っかけられ、オートメーションで吊り運ばれていく。しかしその風景は一般には公開されない。
 まず屠場で働く人々に感謝しなければならない。彼らのおかげでオレたちは「殺す」ことを直接しないですむからだ。「直接」というのは、「間接」的に殺しているのはオレたち消費者だという意味だ。
 オレたちは七〇〇万年間も自分で動物を狩り、自分でさばいてきた。「風の子レラ」でも、カンナ父ちゃんがレラに鹿のとどめをささせる場面がある。
 オレはマジで思うんだけど、学校の授業で屠殺を学ばせるべきだ。命をもらい受けることの大切さを身をもって体験すれば、少年犯罪も殺人事件も激減するだろう。
 それでも炭火の焼き肉は美味い。
 オレはタイで「ヴェジタリアン・キング」と命名されたが、菜食主義になるつもりはない。たったひとつできることといえば、「ありがとう、ありがとう」とつぶやきながら残さずきれいに食べることだ。
 あたりまえすぎて忘れているが、
 オレたちの生は、無数の死のうえに成り立っている。


10月17日(水)
マヤ暦3月2
8日

 素樹文生から電話があった。
「明日デモいきませんか?」
「な、なんだよいきなり。ゆるゆる日記やめたんで淋しいんじゃないの」
「いや、ぼくたちの世代はデモ文化が終わっちゃってたんで、一度どういうものか見たいんですよ」
「う〜ん、まずはヘルメットとサングラスとタオル、ゲバ棒はモップとか物干しざおで代用するか」
「そんな危ないカッコしたら捕まっちゃいますよ」
「なにごともファッションからはいらんとな」
「ぼくは手作りサンドイッチとハーブティーを魔法瓶につめて、タータンチェックの布のうえにピクニック・バスケットをひろげるのがいいな。丸いおにぎりに反戦マークを海苔で書くのも粋ですね」
「いっそ浅草のサンバカーニバルを連れてきて、食い込みTバックで反戦マークをつくったほうが人目を引くぞ」
「そうなると沿道には出店が必要ですね。金魚の中に大きな出目金を一匹いれて、ペンタゴンを表す五角形の針金で『ラビンすくい』を出したら儲かりますよ」
「空爆をやめさせるために、アメリカ国旗の水風船で『ボンブボンブ釣り』のほうがいいだろう」
 アメリカでは、ビンラディンの写真がシューティング・ラウンジ(射撃場)で撃たれ、殴ると壊れる似顔人形や似顔絵が印刷されたトイレットペーパーが大人気だそうだ。
「不謹慎ですね」
「うん、とっても不謹慎だ」
 誰よりも悲惨な境遇にも関わらずテレビカメラをむけられると、はしゃいでしまうアフガンの子どもたちが好きだ。
 ユーモアを忘れたとき、人類は滅びるだろう。

10月18日(木)
マヤ暦4月1


 みんな、突然メール送ってごめんね。
 今日送られなかった人も、オレにメールしてくれれば、アドレスを登録します。
 無記名で送ったのは、そのまま転送しやすい形にしたかったのと、自己宣伝と思われるのがいやだったからです。
 中村医師の「マスコミが報道しないアフガンの現状」にびっくり、感動して、はじめて「全員に転送」しました。はじめやり方がわからず、何度もまちがえて、やっと送れました。
 オレが今日苦労したメールソフト「OUT LOOK」のやり方を説明します。
 「アドレス帳」を開いて、シフト・キーを押しながら送りたい人、オレにメールを送ってくれた数百人全員をそれぞれクリックしました。
 選び終わったら、「新規グループ」をクリック。グループ名を「全員」にして、「送信」をクリックします。
 もうドキドキです。今までひとりの相手にしかメールしたことはありません。
 午前中に発信して、夜帰ってみると、どっと返信が届いてました。
「失礼ですが、どのアキラさんですか?」とかもあり、やっぱアドレスをのせて、転送する段階ではずしてもらうよう書いたほうがよかったのかな、と反省してます。でも「わたしの友だち全員に転送させていただきました」というのもかなりあり、「平和のネズミ抗」が広がれば世界を変えていけるかもしれないと思っています。
 ネットがマスコミをくつがえす最初の挑戦だから、できるだけたくさんの友人に転送してください。でも「正義」に酔わず、むりしない範囲で友人に伝えていってね。
 
 きょうは神保町にある信画堂の主人、新居さん(72歳)に会ってきた。
 ビル・ゲイツにピカソの絵をゆずった人である。今ピカソの絵はビルの娘の部屋にかけてあるという。
 そもそもこのパソコン一式をポケットマネーからかってくれた太田さんに、「風の子レラ」の表紙になった油絵をオレがプレゼントしたところからはじまる。
 「レラ」の編集者拓ボンが、撮影を終えたキャンバスを、なんと四つ折りにたたんでしまったのだ。油絵の知識のない拓ボンを責めることはできないし、むしろこのミスから貴重な出会いがはじまる。
 無残にもバッテンがはいったキャンバスを抱えて、太田さんは画材やを探す。とりあえずはいった店は接客中だったので、路地裏の信画堂という店に持ち込んだのだ。いつもは店にいない主人(新居さん)がたまたま店にいて、四つ折りのキャンバスを広げる。
「これならすぐ直りますよ。それにしてもいい絵だ。空間にアイヌの宗教観が滲みだしている」
「あっ、この本を書いた作家が画家で、自分で描いたんですよ」
「これは少なくとも300万の価値がでますよ」
「ひぇっ、そ、そうなんですか?」
「この作家は一生貧乏のほうがいい。お会いしたいな」

 そんな成り行きで東京に行った。
 太田さんと地下室に案内されると、日本油絵界の巨匠、林武のむっちゃ荒々しい初期作品が並んでいる。
 太田さんが営業部長のネットワークを駆使して、新居さんの人物像を割り出していた。
 100年もつづく日本屈指の画商であり、近代画壇を動かしてきた人物だった。おじいちゃんの新居日薩は近代日蓮宗最大の豪傑としてさまざまな文献に名をとどめている。勝海舟と西郷隆盛を呼びつけ、「これ以上ケンカするな」と和解させ、東京を戦場にさせなかった歴史上の英雄である。
 その孫がオレの目の前にいる。
 ピカソやマチスと交友し、岡本太郎をはじめ、日本の画壇を影から支えてきたパトロンだ。
 ぜんぜん威張りもせず、淡々とおもしろいエピソードを話してくれる新居さんはむちゃくちゃチャーミングだった。
「いい作家は貧乏でいいんです。だってつぎの時代のために作品つくってんだから」

10月19日(金)
マヤ暦4月2

 昨日送った中村医師の現地報告にさまざまな反響が寄せられた。
 そのなかでも、高校3年生のカケル君からおくられてきた「友人が書き起こしている」中村医師の講演記録フルヴァージョンに感動した。なるべく原文をそこなわないように、自分なりに書き直す作業で1日かかった。
 またみんなに送り付けるかもしれないが、誰に送るかどうかは、
「自分で判断して」
 あまりにもオレたちは、「自分で判断する」ことに慣れてない。だってオレのメールを転送して君の貴重な友人を失ってほしくはない。
 いつもオレが思うのは、
「自分の正義に酔わないこと」だ。

10月20日(土)
マヤ暦4月3

 森の民と出会った。
 早稲田大学の奉仕園でおこなわれたサワラク先住民の講演会にいってきた。
 おかっぱ頭の五〇代の男性プダパアンさんが話はじめた。
「森にはすべてがありました。お金も時計もいりません」
 熱帯雨林のスライド写真を説明しながら、夢見るように話す。
「テナガザルの鳴き声が目覚まし時計です。毎日決まって朝の五時に起こしてくれます。鮮やかなくちばしをもったサイ鳥をわたしたちは森の王様と呼んでいます。朝の六時、昼の十二時、夕方六時、夜の八時に鳴いてくれるので、わたしたちは王様の時報に合わせて行動します。王様が卵を産む木は切りません。ある日息子が王様の子どもを吹き矢でとろうとしましたが、わたしは小さな鳥が大人になるまで待ちなさいと教えます。おまえだって子どものうちに死ぬのは嫌だろう? 王様は自分の一生が終わりたくなると、わたしたちのまえにあらわれてくれるんだから」
 慎み深い言葉がゆったりと会場をただよって、森の時間に引き込まれていく。
 「サワラク」と聞いても、それがどこにあり、オレたちとどんな関係をもっているか、知る人は少ないだろう。
「またネイティブおたくのAKIRAが」とか、「聞いたこともねえ原始人なんて関係ねえよ」と言われてもしかたがない。それほど日本のマスコミは大切な情報を伝えない。日本のマスコミが無視する理由は、だいじなスポンサーである大手商社の圧力だ。まさに「報道管制」がひかれているのはアフガンではなく、オレたちの住むこの島国のほうだ。
 サワラク州はボルネオ島のマレーシア領土内にある熱帯雨林だった。「だった」というのは、日本人が彼らの森を奪ったからである。
 まず知ってほしいのは、日本が世界最大の熱帯木材輸入国であるという事実だ。この経済大国は森林率60%という自国の森を守りつつ、東南アジアの森を刈り尽くしてきた。
 高度成長期の5、60年代から順に追っていくと、フィリピン、インドネシア、マレーシア・サバ州の森を壊滅させた。現在、日本がもっとも木材を輸入しているのがサワラク州だ。早くもつぎのターゲットであるパプア・ニューギニアの森を刈りはじめている。
 サワラクの先住民が7年間ものあいだ来日できなかったのは、マレーシア政府にパスポートを取り上げられたからだ。政府は先住民を助ける環境保護団体やNGOなどを今も弾圧しつづけている。それらを報道すると、マレーシアのマスコミは半年間の営業停止をくらう。警察も裁判所も先住民を人間と見なさない。
「今から十五年ほど前のことです。ドッドッドッド。聞いたこともない怪物のうなり声にわたしたちは泣き出してしまいました。今ではそれがブルドーザーという機械の音だとわかりますが、はじめて聞いたときには、村中がパニックになったものです」
 プダパアンさんたちは道路にバリケードをつくり、「怪物」の侵入を非暴力で阻止する。しかし抵抗運動をつづける先住民が千人以上も逮捕された。七十五歳の盲目の老人が十二年の実刑判決を受けた。
 今回来日した二十三歳の女性ジェッキーさんは、ときおり静かに涙をぬぐいながらも気丈に話をつづける。
「父親と兄を二年近くも刑務所に拘留されました。突然男手をなくした女たちは、過酷な農作業をこなし、刑務所へ面接に行くバス代を借金して、右も左もわからぬまま弁護士をさがしたました」
 伐採会社がやとったマレーシアのヤクザは、ピストルやゴルフクラブをふりあげて先住民を脅した。なかでも長い刀で切りかかろうとする。その刀を現地の人は「サムライ」と呼ぶ。
 その響きが無性に悲しかった。
 当時彼らはうしろで地元業者を操る日本企業の正体など知らない。
 森の民がいつも身につけている三十センチほどの山刀はすべて没収された。彼らはそれで稲を刈り、野菜をきざみ、肉をさばく、生活必需品である。「サムライ」という刀は人を殺すための道具だ。
 黒沢映画の「七人の侍」を見た外国人にとって「サムライ」という単語は、「強きをくじき弱きを助ける孤高の武士」であろう。しかし実際に日本商社のサムライは、「弱きをくじき、強きを助ける集団サラリーマン」だった。
 日本に送られてきたサワラクの木々は、建築現場で使い捨てられるコンパネ(コンクリートを流すときの型枠)となる。
 日本人の誰もが、サワラクの森に住む先住民の死など願っていない。オレの友人にインドネシアの材木を輸入する会社で働いているやつがいるが、彼だって家族を支えるのに精一杯なのだ。しかし、このシステムに乗っているかぎり、殺人の依頼主になってしまう。
 「ただ日本人として生活することが罪人である」というどうしようもないジレンマに身を引き裂かれる思いだ。
 もう一度立ち止まって考えてみよう。
 押し寄せてくる人波のなかで立ち止まる勇気、
 自分自身で考えてみるんだ。
 なにもできなくていい。
 それでもたったひとりで考えることから、
 すべてははじまると思う。

「王様は自分の一生が終わりたくなると、わたしたちのまえにあらわれてくれるんだから」

※くわしくはサワラクのホームページへ。

10月21日(日)
マヤ暦4月4


 昨日書き残したことがいろいろある。
 講演の休み時間にプダパアンさんがプナン人の踊りを披露してくれた。鳥の動き
をまねたこっけいな動きに会場は大笑いする。ジェッキーさんは鈴ような美しい音色を奏でる金属をつなぎあわせた民族衣装で、女性の踊りを見せてくれた。優雅な手の表情や身のこなしに、みんなうっとりしている。
 無味乾燥な平和集会とちがって、先住民の集まりには伝統の豊かさがある。しまいにはつぎつぎと会場の客をステージにあげて、ダンス大会になってしまった。鳥の声をまねて奇声を発するプダパアンさんを、のりのりのおばさんがまねる。それがむちゃくちゃおかしくって、会場は大爆笑した。

 「地球にやさしい」という言葉がある。
 「天然の原料ヤシの油を使いました」という石鹸、洗剤、シャンプーなどが、癒し系のCMにのって売られている。
 油ヤシからとれるからとれるパーム・オイルは、カップ麺、レトルト食品、マーガリン、揚物、アイスクリーム、化粧品など、オレたちの日常に深く関わっている。
「この会場にいるみなさんを批判するためにわたしたちは来たのではありません。わたしたちの伝統では、ちがう考えをもった人たちと出会ったら、友だちになりなさいと教えられてきました」
 もっとも悲惨な状況にありながらも他人を許すプダパアンさんのおだやかに微笑む。「正義と悪の戦い」と興奮する日本の首相やアメリカの大統領とは対照的だ。
 森を刈り尽くされた先住民の土地には、最終破壊である油ヤシの大規模なプランテーションがおこなわれている。伐採なら太い木だけを運び出せばすむが、油ヤシのプランテーションは草一本残さずに油ヤシの単一種のみを植林する。生態系は完全に破壊され、先住民は奴隷化する。
 プランテーションで使われる農薬(一般的なのは除草剤パラコート)は、ベトナム戦争の枯葉剤の成分「2.4.5-T」「2.4-D」をふくんでいる。油ヤシの収穫は力仕事なので、女性は農薬散布にまわされる。防毒マスクや手袋は支給されないので、農薬を素手をかきまわしたり、事故もあとを絶たない。生理不順、流産、皮膚疾患、胃痙攣、鼻血、失明など、農薬散布に関わった九八%の女性が異常に苦しんでいる。
 東南アジアの森林伐採も五年ほど前まではたくさんのマスコミが報道していた。現在マスコミが戦争報道にかたよるなか、世界中でさまざまな呻き声が黙殺されている。
 もちろん「戦争反対!」を叫ぶのはすばらしいことだ。
 しかし自分の叫び声にすべてはかき消されてしまう。

 オレたちにできることは、
 叫ぶことじゃなく、
 耳をふさぐことじゃなく、
 声無き声を聴くために、

 耳を澄ますことだ。

※くわしくはサワラクのホームページへ。

10月22日(月)
マヤ暦4月5

「捨て猫をもらってくれませんか?」
 近所の大学生、敦君からいきなり電話があった。
 一度も話したこともないどころか、顔もおぼえていない。うちの二匹の猫を見て電話したという。
「生まれたばかりの赤ん坊が二匹捨てられていて、かなり弱っているんです。片方は目に白い膜がかかっていて、あまり見えないらしいんです。発泡スチロールの箱にタオルをしいて、ミルクをあげているんですが、もうすごい勢いで飲んじゃうんですよ」
 とつとつと話す彼の口ぶりから、切実さと誠実な人柄が伝わってくる。
「君の家じゃ飼えないの?」
「ううん、だめなんですよ。この電話は親にも内緒にしてください」
「わかった。とりあえず知りあいにあたってみるよ」
 十四歳の老猫二匹をかかえるうちもむりだ。モジョという猫が二年前に失踪した妹の家に電話してみる。
「ほしいのはやまやまだけど、友だちからもらう約束をしちゃってるのよ」
 何人かに訊いてみたが、だめだった。

 今日の夕方、敦君から電話があった。
「二匹とも……いっしょに……死にました」
 彼の声はこみあげてくる嗚咽を必死にこらえている。
「そうか、力になれなくてごめんな。オレの知ってるアイヌ民族のやり方で猫たちが成仏できるよう祈るよ。いっしょに埋めにいこうか」
「もう埋めました」
「えっ、どこに?」
「うちのまえにある大きな植木鉢のなかです」
 ぎょっとした。死を忌むべきものと教えられてきた若い子が、猫の死体をこんな身近な場所に埋めるとは。アボリジニは死者を自分の家の床に埋めた。死んだあとも生者と変わりなく会話をしていたし、生と死のあいだに境界線を引く必要もなかった。はじめて話をする敦君は、この日記はおろか、オレが本を書いていることなど知らない。
「猫たちは化け猫や幽霊にならないから安心していいよ。逆に敦君に感謝して、ずっと守ってくれるから。いつまでも悲しむのはよくない、また会おうねって送りだすんだ」
 あまり込みいった話をすれば、怪しい宗教にはまっているとでも思われてしまう。オレはどもりながらも、大切なことだけを伝えた。
「あっというまに死んでいった小猫たちだってむだな人生じゃないんだ。おかげでオレたちははじめて話ができたし、敦君になにかを教えてくれるために旅立っていったんだよ」
 世界は意味に満ちている。
 それが真実かどうかなんて誰にもわからないが、
 オレはそう信じたい。
 なぜなら「意味」を見つけることによって、
 世界を丸ごと受け入れられる勇気をもてるからだ。

10月23日(火)
マヤ暦4月6

 宇都宮行きの電車にのりおくれちまったじゃねえか。
 とちゅうでカムイノミ(アイヌのお祈り)なんかしていたからだ。敦君が小猫を埋めたという花壇を見つけた。植木鉢ではなく街路樹の土のなかだった。ペットボトルにいれられた牛乳と小さな木の苗が植えられていた。
 じわっときた。
 駅へと急いでいたのに、こんなの見たら立ち止まらざるを得ない。短い一生を終えた小猫たちをカムイモシリ(神様の国)に送りだしたかった。両手をすり合わせ、手の平をうえにむけ、線香の煙をかぶるように招き寄せる。
「チャペ(アイヌ語で猫)ちゃんたち、あっちで楽しく遊んでください。そして生きてる者を守ってください。あっ、やべ!」
 駅へむかってダッシュする。改札が見えた瞬間、扉は閉まり、列車は動きだしてしまった。
「ちぇっ、まあつぎのへ乗ればいいや」
 家へ帰るとすぐ、電話が鳴った。講談社の綾木さんからだった。
「アヤワスカの初稿があがりましたよ。今日届けにいってもいいですか?」
「届けにって、宅急便じゃなくて……」
「ええ、そちらの都合がよければ、ぼくが日光へ届けにいきます」
 なんという贅沢な宅急便だろう。時刻表を見ると、綾木さんの滞在時間は二時間もない。それを往復四時間もかけて、編集者が自ら初稿を届けてくれるとは!

 日も暮れた六時に綾木さんが到着した。
「ほんとに人間宅急便が届きましたね」
「すいません、突然おじゃまして」
 ひょうひょうとした話し方の裏側には、熱い情熱がこめられている。
 綾木さんはもと「フライデー」の編集者で、今一生さん(「日本一醜い親への手紙」の編者)の紹介でオレのことを知っていた。二年ほどまえに文芸の担当に移籍した綾木さんは『アジアに落ちる』を読んで、「一度お会いしましょう」と電話をかけてきた。
 オレはばかでかい講談社のビル群に驚きながらも、にこにことあらわれた綾木さんに胸をなでおろしたもんだ。
 推定年齢三十五歳、八十年代風の流行おくれのよれよれスーツ、おっとりとした口調と眠そうな目、この人のまわりだけゆったり時間が流れているような印象だった。ちょっと心配になってオレは訊いた。
「エンターテイメント小説の担当なのに、旅行記なんか出していいんですか?」
「ぼくもまだこの部署では新人なんで、ぜんぶ自由というわけにはいきません。でも自分が出したい本が出せなかったら編集者やってる意味がないですよ」
 たんたんと語る綾木さんの言葉に静かな情熱を感じた。
 「アヤワスカ」の原稿をわたし、打ち合わせで日光へくる日に、綾木さんはぎっくり腰になった。
「脊髄と腰骨がぬけたみたいでしたよ」
 それから数ヶ月がたち、綾木さんは今日、念願の「来日」(日本ではなく、日光)をはたした。
 韓国料理屋「希光」でマッコリ(韓国のどぶろく)を飲みながら、打ち合わせをした。打ち合わせといってもゆったりゆったり、やっぱこの人のまわりにはアマゾンみたいな時間が流れている。
 『COTTON100%』の素樹文生、『アジアに落ちる』のフィーこと郡司裕子、『アジアントランス 出神』の落合美砂、『ケチャップ』の増渕俊之、『風の子レラ』の平井拓、『アヤワスカ』の綾木均、すごい個性派ぞろいだ。
 おそらく、こんなおもしろい編集者に恵まれる作家はめずらしいはずだ。
 わずか二時間の滞在で駅へ急ぐ綾木さんが顔をほころばせて言った。
「明日も三歳の娘を保育園に送ってから出社するんです」
 編集者という仕事は、自分の子どもを社会へ送りだす親と似ている。

10月24日(水)
マヤ暦4月7


 テレビに中村医師がでていた。
 雄弁なコメンテーターたちとは対照的に、うつむきながらとつとつと話す姿が印象的だ。十七年間アフガンの人々のためにつくしてきた男がもつ「品格」を感じた。
 中村医師の講演録を読んでいるからなおさら、テレビで話せる内容の制限に驚いた。これはもう「報道管制」以外のなにものでもない。テレビとは、本当に伝えたいことの百分の一も言えないメディアなのだ。それが世論を動かしていると思うとぞっとする。
 アフガン人にとっていちばん必要な小麦粉と食用油を輸送する風景が映しだされていた。中村医師のペシャワール会は、その小麦粉がナーンになって飢えた人々の口にはいるまで見届けるという。
 アメリカ軍が投下したビスケットやピーナッツバターやイチゴジャムや肉の缶詰などはほとんどが破棄されている。イスラムで禁じられた豚の油が使われているかもしれないし、肉類もイスラムに定められたものでないと現地の人は食べない。餓死寸前の人々に高タンパクな食料はかえって危ない。だいいち爆弾といっしょに落としていった食料など、誰が食う気になれるものか。
 自衛隊は、パキスタン製のテント315張を輸入してから、わざわざ飛行機でもっていくというコントを見せてくれた。
 この戦争がはじまるまえに日本が飢えで死にかけている人々に送ったものは、ノート、エンピツ、それからパンティー。パンティーなどはく習慣のない女の子は侮辱されたと感じたそうだ。
 よくニュースで燃やされるアメリカ国旗など現地で売っているわけはない。あれはCNNやBBCがわざわざ撮影のためにわたしているしろものだという。
 これは確認のとれない裏情報だが、貿易センターにあれほど正確に飛行機を命中させるには空港の管制塔が使っている誘導システムを使う以外にないという。国家ぐるみの茶番なのだ。
 まってましたとばかりイスラエルとパレスチナの中東戦争がはじまった。
 おびただしい血しぶきをまき散らしながら世界がギャグを演じている。

 自慢じゃないけど、きょう1万円寄付しちゃったよ。
 はじめは1000円のつもりだったのに、ついつい5万もキャッシングしたせいか、気が大きくなっちまった。銀行の残高は50円だし、「風の子レラ」の印税はぜんぶ前借りしちゃったので収入0だ。そのうえキャッシングで20万も借金してるのに、バカだね。みんなもまねしちゃだめだよ。

 現地では2000円で家族10人が1ヶ月生きのびられるという。オレがラーメンを4杯がまんすれば、アフガンの家族10人を1ヶ月支えることができるわけだ。1万円なら5ヶ月だな。
 とりあえず信じられるのは中村医師のペシャワール会だし、ユニセフとかの募金は九割が運営費にまわされちゃう。ペシャワール会は九割が直接援助にまわされるからね。
 くわしい内容はペシャワール会のホームページを見てください。
ペシャワール会 http://www1m.mesh.ne.jp/~peshawar/

寄付金の振込先
 郵便振替口座番号 01790−7−6559
 加入者名 ペシャワール会
 2ページ目の通信欄に「いのちの基金」とお書きください。

10月25日(木)
マヤ暦4月8

 妹の家の家具の移動を手伝った。
 オレの美術作品は妹の家のプレハブにおいてもらっているので、暖炉の煙突掃除や衛星中継のアンテナはずしまで積極的にボランティアする。まあ、なによりも子どもたちと遊ぶのが楽しいからだ。
「ここは凛君の基地だぞ」
 小学一年生の凛太郎は二十畳ほどもあるプレハブの物置きを「基地」と呼んだ。
 こんな言葉が現代にまで受け継がれていることにびっくりした。
 子どもたちは「基地」をもっている。
 オレが子どもの頃も、建設用具置き場、河原の堤防の影、松の木の太い枝など、秘密の隠れ家をもっていた。大人たちの支配のおよばない自由の楽園だ。
 アメリカ軍の基地反対とか、ゲリラたちが洞窟を転々とするのも「戦争ごっこ」の延長だろう。
 ZONEという女の子バンドの「シークレット・ベース」という歌でこんな歌詞がある。

 うれしくて、たのしくて、冒険もいろいろしたね
 ふたりの秘密の基地のなか

 かなしくて、さみしくて、ケンカもいろいろしたね
 ふたりの秘密の基地のなか

 突然の転校で、どうしようもなく、手紙書くよ
 ふたりの秘密の基地のなか

 君と夏の夜のおわり、将来の夢、大きな希望、忘れない
 十年後の八月、また出会えるのを信じて

 オレはこんなフレーズを付け足したくなる。

 世界も自分も、どうしようもなく変わってしまったけど、
 千年後の八月、また出会えるのを信じて
 ふたりの秘密の基地のなか

10月26日(金)
マヤ暦4月9


 十一月三十日に出る「アヤワスカ」の推敲に没頭している。
 あと一ヶ月後には本屋に並んでしまうのだ。今まで一年に1冊のペースが、「風の子レラ」の三ヶ月後につぎの本が出るハイペースだ。
 すべての作者がそうだろうが、「一冊入魂」、一字一句たりとも手抜きはできない。校閲と編集者の綾木さんが書き入れた言葉を反芻し、あらゆる可能性からひとつの言葉を選ぶ。
 日常の会話とはまったくちがった次元だ。
 このひと言が何千人に読まれ、影響をおよぼし、作品として残る。
 昔は自分を天才だと思い込んでいたし、「つくるだけつくっておけば、ゴッホのように誰かが見つけてくれるだろう」と、タカをくくっていた。
 甘い。
 ゴッホだって、ゴーギャンをはじめ画商の弟など、さまざまなコネクションを求めつづけたから「発見」された。
 作品は発表してはじめて「作品」になるのだ。
 他人という鏡に照らされて、作品は独り立ちするのだ。
 「世間はわかってくれない」という、自己完結する過保護な親になっちゃいけない。
 「作品」という子どもは、「作者」という親とは別の人格だから。
 自腹で個展を開くのも、路上で歌うのも、自主出版の詩集を売るのも、公募するのも、ギャラリーや出版社に持ち込むのもいい。
 とにかく自分の世界を閉じないことだ。
 自分の作品を見た一〇〇人が一〇〇人とも称賛してくれるなんてあり得ないからね。おうおうにして発表前のアマチュア・アーティストはこれを望んでしまう。ひとりでも批判があると、自分の殻に引きこもる。
 甘い、甘い。
 発表し、批判され、ボロボロになって、九九%のアーティストが消える。
 それでも創りつづける1%だけが残る。
 創ることは楽しい。
 しかし、創りつづけることは苦しい。
 たったひとりにでも届けばいい。
 それだけで、オレが、作品が、この世に生まれてきた価値があるというものだ。


10月27日(土)
マヤ暦4月10

 レモンイエローのテニスボールに、
 真っ黒い蟻がつぶれて、
 はりついていた。

 こんなにも無造作に、
 人は命を奪うことができる。

10月28日(日)
マヤ暦4月11


 パソコンを使って八年目で、はじめて「エロサイト」に挑戦した。
 その道の権威がたくさんいるのに驚く。アクセス数も何十万単位だ。こんなすばらしい世界をなぜ今までトライしなかったんだろうと思いながらダウンロードする。
 挫折した。
 ダイヤルQ2に六秒で十円かかるのだ。ということは一分で百円、十分で六百円、一時間で三千六百円もとられてしまう。オレの経済力では高嶺の花だ。
 女たちも男のあさはかな行動をバカにしないでほしい。女が言語野や触覚で感じる性欲を、男は視覚に求める傾向がある。
 がっくりしてテレビをつけると、NHKスペシャルで「ブラックホール」の特集をやっていた。
 かねてからオレはブラックホールを「宇宙のヴァギナ」だと思っていた。
 宇宙の「落とし穴」とか、「底なし沼」とか、なんでも吸いこむ「掃除機」とか。いままでブラックホールは「たちの悪い娼婦」のようにおとしめられてきた。
 
人は理解できないもんや、なんでもくわえこむ「ヤリマン女」を悪役にしちゃう傾向がある。
 ブラックホールほどセクシーなものはない。
 ブラックホールは巨大惑星の死、大爆発(ビッグバーン=射精)によってできる。銀河のいたるところでブラックホールが見つかっている。
 新たな仮説が生まれてきた。
「ブラックホールは銀河の母」であると。
 なんでも吸いこんでしまう吸引力が、ガスや塵を集め、新しい星を生み、銀河を創造するのだ。
 宇宙ほど巨大な「エロサイト」はない。
 オレたちの住む「天の川銀河」は、「アンドロメダ銀河」をナンパしようとぐるぐる踊りながら近よっている。30億年後、ふたりは勢いあまってとうりすぎ、接触をくりかえしたあと、キスを交し、セックスする。銀河どうしがひとつになるのだ。
 もちろんこの時点で人類はいるわけない。
 現実世界で人々が殺戮を重ねるなか、ふうっと宇宙の視点に引き寄せられる。
 それは現実逃避や思考停止ではなく、
 オレたちが失ってはいけない永遠の「エロサイト」なのだろう。

10月29日(月)
マヤ暦4月12

 スペイン時代に知りあった家族が、突然日光に訪ねてきた。
 奥日光の紅葉はピークを終えていたので、足尾方面に案内した。紅葉をながめながらの露天風呂は最高だ。
「妻が離婚したいと言い出したんだ」
 まさに寝耳に水である。夫はアメリカ人、奥さんは日本人、十歳の男の子と四歳の女の子がいる。
「オレが小学校のとき、両親が別居していたんだ。子どもたちのトラウマになるよ」
 なぜ人は離婚をするのだろう?
 おもしろいデータがある。先進国から部族社会まで世界六十二の国、地域、民族グループで、離婚したカップルを「何年目で離婚したか」調べると、もっとも多い離婚年は四年なのだ。グラフにすると、結婚一年未満から昇りつづけた離婚年は四年目をピークに下がりはじめる。
 アフリカ・カラハリ砂漠のクン族、オーストラリアのアボリジニ、ニューギニアのガインジ族、アマゾンのヤノマモ族、ネトシリク・エスキモー、シッキムのレプチャ族など、先住民の子どもは四年で乳離れするという。
 哺乳類で一婦一夫制をとるのは、人間をふくめて、わずか三%しかいない。
 メスは子育てに数年とられるのに対し、オスは一秒の射精で終わってしまう。だからメスは夫を慎重に選ぶし、オスは妻以外のメスを求める。この初期設定が男と女のトラブルの根源だろう。
 九〇%が一婦一夫制をとる鳥類のほとんどが、子育て期間のみ夫婦契約を結ぶ。子どもが巣立つと、お互いが別の伴侶を求めて別々の方向へ飛び立っていく。
 すべての生き物は多様性を目指さなくてはいけない。現在生き残っている種は多様な子孫を残したおかげであらゆる災害をくぐりぬけてきた。つまり祖先たちがいろんな相手と「ヤリまくってきた」からこそ、今オレたちがここにいるのだ。
 しかし多様性と相反する一婦一夫制を人間が採択したのには特殊な事情がある。
 異常な脳の進化だ。
 ほかの哺乳類に比べると、人間の新生児は「未熟児」そのものである。比較的近い猿の新生児の身体機能にたっするのには、生後六ヶ月から九ヶ月かかる。
 肥大化する脳をこれ以上待っていると、産道を通らなくなる。そのため「未熟児」の段階で産み、大切に育てるという戦略を人間は選択した。
 子育ては女性だけでは手に負えるのものではなくなり、一婦一夫制が発生する。
 子どもが村の共有財産として育てられる先住民社会とちがって、個人財産として子どもを育てる先進国では約二十年間親離れをしない。なぜなら社会システムが複雑になればなるほど、学習期間は長くならざるを得ないからだ。

「で、離婚する気なの?」多様な色彩を湯船から愛でながらオレは訊いた。
 十歳の息子は父親のチンポをインスタントカメラで写してはしゃいでいる。
「いや、この子たちが自立するまで別れるつもりはない」
「でも奥さんには新しい恋人ができたんだろう?」
「今だから言えるけど、恋と結婚は別物だ」
 夫は金髪の陰毛と割礼したチンポを湯船の底で揺らしながら答えた。
「お互い浮気しながら子育てしていくよ」

10月30日(火)
マヤ暦4月13

 ビンラディンのことを知ったときに、真っ先に思い浮かべたのは「山の老人」である。
 イスラム教の九割はスンニ派で、一割はシーア派だ。シーア派から分派したイスマイル派があり、さらにニザリ派という暗殺教団が九百年前にあった。
 開祖は「山の老人」ハッサン・サバアだ。
 サバアはペルシャの名門の出身で、大学で数学、天文学、魔術などを修めたインテリである。純粋なイスラム神秘主義を唱え、豊かな資金源を背景に多くの信者を獲得していった。一〇九〇年からアラムートにある山の砦にこもり、さまざまな暗殺指令を発信する。イスラムの首長や十字軍を率いるリーダーたちがつぎつぎと「見えないテロリスト」に殺害されていった。
 教団の別名でもある「暗殺者=アサッシン=ハシシーン」の語源は、麻薬の「ハシシ」からきている。
 彼らは屈強な若者にハシシを吸わせて眠らせたあと、誘拐する。若者はとんでもない楽園で目覚める。
 美しい花が咲き誇り、馨しい香がたきこめられた庭園には、蜜や乳が流れ、妖艶な美女たちがあらゆる性技をつくして若者を快楽の絶頂へ導く。
 もちろんこれはサバアの城内にある人工楽園なのだが、過酷な砂漠で育った貧しい若者には天国以外の何ものでもなかったのだろう。
 ふたたたびハシシで眠らされた若者は、不毛の砂漠で目覚める。そこでサバアはこう説くのだ。
「もし楽園にもどりたければ、イスラムの敵を暗殺しろ。たとえおまえが死んでも楽園は約束されている」
 どお、ビンラディンとそっくりでしょ?
 この伝説を最初に書き残したのは十七歳でアジアを放浪したマルコ・ポーロだが、口承の形でアジア各地に伝えられているため、「山の老人」は実在したはずだ。
 ハッサン・サバアを敬愛した小説家ウィリアム・バローズは、サバアの遺言をアレン・ギンズバーグに書き送っている。

「真実など存在しない。すべては許されている」

10月31日(水)
マヤ暦4月14

 オレは思いつくまま日記を書いてきた。
 昨日の日記を読んだ人から「テロを肯定するのですか」というメールがきた。
 思いっきり落ち込んだ。
 たしかにオレはきのうの日記をテロリスト側から書いた。
 「テロを肯定する」ととられてもしかたがない。
 「正義の看板に酔うな」というのは、正反対の視点、複数の視点でものを見ることも忘れてはいけないということを言いたかったんだ。
 「正義」という近視は大量の血を流し、これからも多くの血を流しつづけるだろう。
 「〜のために」というシェルター(避難所)をずっと拒否しつづけてきた。死ぬまで自分の足で立つつもりだ。
 そう言いながらも、オレは正義っぽい口調で主張してきた。
 あらゆる宗教、政治、主義、主張に属さないといいながら、「天の邪鬼主義」という看板を掲げてる。
 矛盾しまくりだ。
 じゃあ「天の邪鬼主義」ってなんなんだ?
 この日記はおろか自分の生き方まで考え直さざるを得ない。
 「天の邪鬼」というのを広辞苑で引くと、
「わざと人の言に逆らって、片意地を通すもの」とある。
 う〜ん、悩んでしまう。
 自分ではあらゆる視点から「ひとつの真実」を追及してるつもりでも、実は幼い反逆児にすぎないのかもしれない。
 平和な時代には革命を叫び、戦乱の世には平和を祈る。
 アメリカの報復テロに反対し、アメリカ製のパソコンを使う。
 原発はよくないと思いながら、電気を消費している。
 森を守れといいながら、たくさんの紙を消費する本を書いている。
 動物を殺すなといいながら、今日も焼き肉食い放題へいってしまった。
 これだけ矛盾してんだから、なんも言う資格ないよ。
「じゃあなぜ、こんな文章書いてんの?」
 自問自答で気が狂いそうになってきた。
 やばい、この「ひとり悩み相談室」にはまると、自分で自分を縛りつけ、なにも言えなくなってしまう。
「書きたいんだから、しょうがねえじゃん!」
 今までも、そしてこれからも、
 オレは矛盾しまくりながら生きていくだろう。
 そのヨタヨタの足跡が「天の邪鬼主義」日記だ。

号外

★ 本物の古代フラダンスを観にいこう
★ マスコミが報道しないアフガニスタンの実情
★ 
反戦サイト
★ 伊藤竜太さんとの対談
★ 「風の子レラ」の感想


4月5月 6月 7月8月9月11月

HOME