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落ちこぼれも、 不登校も、 いじめられっ子も、 ひきこもりも、 鬱も、 援助交際も、 家出も、 出勤拒否も、 遅刻魔も、 ジャンキーも、 みんな正しい。 唯一絶対と教え込まれた物差しを叩き割って、 物事を反対側からながめてごらん。 まったく新しい世界が開けてくるから。 |
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4月10日(火)
マヤ暦10月7日 |
| 巨大ホームページ「akiramania」ついに完成! ネアンデルタール人の末裔とまでいわれる超アナログ人間のオレが、知識なんかなんもないところから1ヶ月で作りあげたもんね。 ことのはじまりは、天から降ってきたようなプレゼントだ。 新作小説「風の子レラ」を読んで感動してくれた 青山出版の営業部長、太田泰弘さんから、いきなりいくつかの段ボール箱が届いた。 開けてびっくり! 新品のi Book、カラリオのスキャナー、キャノンのプリンター、ニコンのデジカメが送られてきたんだ。 そういえば初対面のときに、オレはこんなことを言った気がする。 「今は銀行の残高が77円しかないけど、印税はいったら新しいマック買ってホームページが作りたいんですよ」 べつになにも考えていないオレの言葉に、太田さんは「作りたいものがあったら、すぐ作ったほうがいい」と自腹でプレゼントしてくれたのだ。 オレは数十万円もする宝箱を開けながら思った。 「こりゃあ天からのGOサインだな。未知の世界だけど、一丁やってみるか!」 はじめの三日間 ホームページデザイナーをやってる友人、合田ケムリちゃんがスパルタ指導してくれ、基礎をたたきこまれる。 しかし自分でやってるうちになにがなんだかわかんなくなって絶望のどん底に落ち、脳みそがアナログからデジタルに組み替わる知恵熱に倒れた。 なにしろ3年ほどまえから日光で隠遁生活をしているオレには、東京にその手の友人はたくさんいても、地元にはぜんぜんいない。 そんなときに、また空から天使のはしごが降りてきた。 「Do」というホームページのデザイン会社がオレの家から一分のところに引っ越してくることになったんだ。ふだんからシンクロの多いオレだが、このタイミングもかなりできすぎだろう。 i Bookをデイパックにいれ(i Macじゃなくてよかった)、ずうずうしくも彼らのオフィスに押しかけ、机を並べて御口授をさずかった。天才ホームページデザイナー半田崇氏を師匠と仰ぎ、沼尾君とさいとう君の「akiramania対策本部」にさまざまなトラブルを解決してもらったのがなによりの勝因だ。 「これだけ膨大な情報をたった一ヶ月で構築するのは奇跡だ」って言われるけど、 ほんと狂ったね。毎日15〜20時間もマックにむかい、 おまけに「風の子レラ」「アヤワスカ」「ケチャップ」の推敲も重なっちゃって、一生でいちばん忙しい一ヶ月(大げさかあ)だった。 「さあ、これでいつでも死ねる準備ができた!」 (べつに自殺するわけじゃないよ)過去の作品を清算することによって、心おきなく新しい創作に打ちこめるってもんだ。 |
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4月11日(水)
マヤ暦10月8日 |
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4月12日(木)
マヤ暦10月9日 |
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4月13日(金)
マヤ暦10月10日 |
今日テレビの予告かなんかで見たんだけど、「天国にいちばん近い男」だったかなあ? とにかくその主人公は4月13日の金曜日に死ぬ と宣言された。 脚本家の思いっきり安易な設定だよな。4月の4は日本語で「死」、13日の金曜日はキリストが死んだ日。 つまり今日は、一年でいちばん「死ぬのにもってこいの日」なわけだ。 4という数字は、古神道でも「天、火、水、地」をあらわし、太占(ふとまに)という占い「天津金木(あまつかなぎ)」でも四角柱の四面 に一から四までの数字が配される。 アメリカインディアンも4という数字はもっとも重要で、東(悟り=ワシ=黄)西(内省=熊=黒)南(純粋、信頼=ネズミ=緑)北(知恵=バッファロー=白)の方位 と、赤(インディアン)、白(白人)、黄(アジア人)、黒(黒人)など民族の融合をあらわしている。 13という数字は古代マヤ文明においても重要な数字だ。一年に月は13回満ち欠けをする。(先住民はアメリカ大陸を亀の島と呼んでいて、大地や長寿の象徴である亀の甲羅は十三に分かれている)月の満ち欠け周期は約29、53日で、公転周期は27、32日だ。今オレたちが使ってるグレゴリオ歴が輸入されるまえは、マヤ歴と同じく、一ヶ月は28日だった。 金曜日は美とエロティシズムの女神ヴィーナスの象徴だし、感覚的な美より理性、快楽より禁欲を押しつけるために金曜日が不吉な日として選ばれたんだと思う。 新興宗教キリスト教が何百万年もつづいてきたシャーマニズムを弾圧するために、シャーマンの象徴である蛇を悪者にし、大天使ミカエルはドラゴンを殺す。 おそらく日本でも古神道を仏教が制圧したときに、4が不吉な数字にされたんじゃないかな。 あれ? でも仏教も「四諦八正道」とか説いてるし、四大聖地とか、四天王とかあるな。 オレがまえに電話番号を選んだときも、94(苦死)の番号が売れ残っていたし、天ぷらさえ4品はだめで、三品か五品にしなければいけないという。 つまり世間の言う不吉な数字は、逆に聖なる数字だったんだ。 世間が正しいと言ったら、まず反対のことを 考えるべし。 天の邪鬼主義(アマノジャキズム)でいこう! |
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4月14日(土)
マヤ暦10月11日 |
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4月15日(日)
マヤ暦10月12日 |
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4月16日(月)
マヤ暦10月13日 |
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「桜前線」ってかっくいい言葉だな。 なんか日本列島のうえを魔法の杖でキラランとやって、チェリーピンクに染まっていくイメージがある。 日光の桜前線は、東京よりも2週間以上おそい。今日は弥生祭りというのがあって、雅な笛太鼓の音が遠くから聞こえてくる。天気も最高だし、浮かれた気分になるのも当然だ。 幼なじみの悪友ヒー坊と花見に行った。 エビスビールと JINROの缶酎ハイを朝日屋で買い、つまみをサンクスでそろえる。 子供のころの記憶で桜の名所だった貯水池へ行ったが、桜がなくなっているではないか。下の方に桜を見つけたんで、丘をくだり、水力発電所 に忍び込んで花見をした。 透きとおったセルリアンブルーを背景に桃白色の花びらが空をおおう。ときおり、いたずら好きの春風が花びらをまき散らし、白昼に銀河が煌めく。 どうして日本人はこんなに桜が好きなんだろう? ブルックリンのボタニック・ガーデンにも桜はあるが、花見に来るのは日本人駐在員の家族ばっかりだった。アメリカにもヨーロッパにも、日本ほど桜をめでる風習はない。 「桜の木の根本には死体が埋まっている」と書いたのはたしか坂口安吾だと思うが、「同期の桜」でも「同じ花なら散るのがさだめ」などと歌っている。人がいちばん輝くのは、死へむかう直前の瞬間だ。オレたちが桜に魅かれるのは、限りなく優雅な死の芳香に酔いたいためだと思う。 だったら西洋人だって惹きつけられるはずだろう? ってことになる。 雑誌のエッセイに「日本人が花火好きなのは、火の民族の記憶だ」と書いたことがある。高校のときの地図帳をひらくと、活火山の分布が赤い丸で示されている。スマトラ、ジャワ島も多いが、日本列島は火山列島だ。 オレたちの祖先は火山とともに生きてきた。 いつ噴火するともしれない火山のふもとに住み、山を神と畏れ崇め、地震の災害と温泉の恩恵を受け継いできた。 その昔、火山の噴火は祝祭であり、地震は大地の陣痛だった。 日本人というパスポート上の区分ではなく、危険きわまりない火山列島のうえで生き抜いてきた民族(もし海の水をぬ いたら、島国というのは海底からそそり立つ山頂だからね)の記憶なんじゃないかな。 温泉や花火はもちろん、桜も、火の民族の生死観に深くかかわっていると思う。 オレたちの深い記憶が、桜に噴火を観、散りゆく花びらに火の粉を観る。 花見のどんちゃん騒ぎも噴火の祝祭だ。 と、オレは思うけど、みんなどう思う? 火山と桜(もしくは花火)の関係を調べた学者とかいないのかね。 |
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4月17日(火)
マヤ暦10月14日 |
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西表島から幼なじみ浜崎が帰ってきた。 浜崎は第三書館から本も出してるが、ばりばりの肉体派だ。四ヶ月間のサトウキビ刈り生活で真っ黒に日焼けして、腕は丸太のように太くなっている。 最果ての楽園、西表島の南風見田には日本社会にノーを言った世捨て人がテントを張り、海で魚を釣り、岩場でサザエなどをとり、悠々自適の生活をおくっている。現金収入はサトウキビ畑を手伝ったり、サトウキビ工場で臨時雇いをする。 10年もテント生活している人もいるし、冬は西表島、夏は北海道と、移動をくりかえしている人もいる。 ここのよさは、コミューンなんかつくらないことだ。もちろんキャンパー同士、泡盛を酌み交わしたり、飯によんだりよばれたりもするが、あくまで個人なんだ。 風光明媚な沖繩の離島はたくさんある。しかし勝手にテントは張れないし、事件や自殺もあったりするので、村人は歓迎しない。西表島のキャンプは、村人にとってもサトウキビ刈りや、サトウキビ工場の人手を供給するので、双方が微妙なバランスで認めあっている。友人が会ったドイツ人は、ここが気に入り、一度本国に帰ってから、またもどってきたという。 毎晩潮騒の音を子守歌に眠り、釣った魚を味噌鍋にして食す。 楽園は待ち望むものではなく、自分で汗を流して手にいれるものだ。 |
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4月18日(水)
マヤ暦10月15日 |
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4月19日(木)
マヤ暦10月16日 |
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4月20日(金)
マヤ暦10月17日 |
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たった2個のボタンをさがすために4時間もネットをさまよった。 まるで土日の渋谷東急ハンズ で作品の材料をさがすようなもんで、頭がくらくらした。 HOMEとNEXT をもっとわかりやすくするためのボタンだ。やっと気に入ったのがフリー素材集「G-TOOL」のページから見つかった。しかし1000ページを越すakiramania全部のHOMEとNEXTを書き換えることを考えると気が遠くなる。 思わぬ拾い物は、「招き猫マン」(著書のページ)と「あわただしく回る地球」〔野ざらし画廊のCONTENTS)を「G-TOOL」から拝借した。 基本的に著作権や特許はなくなればいいと思っている。 今のところは印税が入らないとオレも生きていけないけど、いずれそういう世界にもどるんじゃないかな。 「所有」という概念が発明されたのは、ここ数千年、農耕がはじまってからだ。700万年にもわたる狩猟採集生活で、オレたちの祖先は「与えあう」ことを当然の常識として生きてきた。 北米インディアンのポトラッチという祭りでは、主催者が徹底的に自分の所有物をみんなに与えつくす。すっからかんになってもだいじょうぶ。つぎのポトラッチでたくさんの贈り物をもらえるからだ。 「母なる大地の皮膚を傷つける」と農耕を嫌ってきた草原のインディアンは、狩の獲物を平等に分け与えることによって生き延びてきた。老人や子供、未亡人や体の弱い者も自然に生きていける仕組みがあったんだ。 白人が乗り込んできて「柵」という見たこともない壁をつくりはじめたとき、彼らはなんのために大地に線を引くか理解できなかった。 「古きよき時代にもどれ」なんて甘い考えはないけど、所有物は少なければ少ないほどいい。旅に出てみると、その感覚が実感としてわかる。 「なんだ、こんなちっぽけな荷物でじゅうぶんじゃないか」って。もっともっと省いていくと、最後にはこうなる 。 荷物なんて「命」ひとつでじゅうぶんじゃないかってね。 |
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4月21日(土)
マヤ暦10月18日 |
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テレビで「ターミネーター」を見た。 アンチ・ハリウッドで東欧映画ファンのオレとしては珍しいことだ。まあ15年前にアシッドを決めながらイーストヴィレッジ・シネマで見た記憶も手伝って楽しんだ。 ちなみにゴキブリやネズミやシロアリの駆除人も「ターミネーター」という。 2029年の未来では、意志を持った機械が人類を抹殺〔ターミネート)しようと していた。人類軍のリーダー、ジョン・コナーをこの世に生まれさせないため、母親サラ・コナーを殺しに殺人機械ターミネター〔シュワちゃん)が1984年のロスアンジェルスに送り込まれる。人類軍もサラを守るためカイルを送り込むのだが、サラは未来人カイルと恋に落ち子供を身ごもる。この子が人類軍のリーダー、ジョン・コナーになるのだ。 「それじゃあ、つじつまが合わねえじゃねえか」と思ったが、オレとしては未来と現代がループ状につながっているところが面 白いと思った。 量子力学には「多世界解釈」、いわゆるパラレルワールドという考え方がある。無限の可能性を持った未来、 無限の可能性を持った過去さえ、それぞれの世界に存在しているという。 無限の選択肢のなかからどの世界を経験するかは、すべてオレたちの選択にかかっているというのだ。 おもしろいのはアマゾンのシャーマンも最先端の科学である量子物理学と同じ考え方をする。古い科学者や宗教者は「過去を書き換えることができない」 とか「運命はすべて決まっている」とか言うけど、 「すべては自分しだい」という自由意志を信じるほうがずっと楽しいじゃないか。 |
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4月23日(月)
マヤ暦10月20日 |
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温泉トリップほど素敵なものはない。 |
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4月24日(火)
マヤ暦10月21日 |
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今日は一日かかって、1990年にアフリカで書いた 詩集「マダム呪々の夏」を打ち込んだ。 オレがはじめてシャーマニズムにふれたのも、このアフリカ旅行だった。 沖縄のユタやアイヌのシャーマンはともかく、日本には偽物のシャーマンが多すぎる。おまけにオウムみたいな新興宗教がでたらめな神秘主義を説くので、一般 の人は精神世界アレルギーになってる。ちょっとでもシャーマニズムやパラレルワールドや輪廻の話しとかすると、「あっ、この人ハマってるう!」とか言われてしまう。 本当に力のあるシャーマンと偽物を見分けるコツは意外に簡単だ。 本物は、威張らない、押しつけない、自己顕示しない。利他的で、寛容で、ユーモアを忘れない。 アイヌの山道康子(アシリ・レラ)さん、アマゾンのパブロ・アマリンゴ、アメリカインディアンのデニス・バンクス〔厳密にはシャーマンという専門職ではないが)など 、大きなふところと繊細な思いやりはみんな共通している。 しかし怪しげな新興宗教も同じ顔を装って近づいてくるから注意が必要だ。 それらの集団の見分け方も、根本的な物差しに照らしてみるといい。それは、教団の教義や方向性が「多様化」にむかっているかどうかだと思う。36億年の生命の歴史を振り返ると、「多様化」を目指した者たちは進化し、「多様化」を拒んだ者たちは淘汰されてきた。 自分とちがったものに出会ったとき、相手の文化を尊重し受け入れるか、見下して拒絶するかでは、個人の進化も大きくちがう。 ほとんどの宗教団体は自分たちの教義しか認めず、 徹底的に他の団体を批判する。こういうところはさっさと見限ったほうがいい。 宗教団体も、政治派閥も、暴走族も、いじめグループも、パッケージツアーも、なにかと人は「群れ」たがる。できればどこの団体にも属さず、自分の目で真実と思うものを、四苦八苦しながら探しつづけるのがいちばんいい。 「群れるな!」 と叫びたいところだが、群れたい人はご自由に。 オレは霞を食ってでも、 ひとりで探す。 |
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4月25日(水)
マヤ暦10月22日 |
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いよいよ「風の子レラ」の仮ゲラが送られてきた。 明日は編集者の平井拓ちゃんが日光にやって来て打ち合わせだ。 こんな日記書いてるヒマねえぞ。 |
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4月26日(木)
マヤ暦10月23日 |
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「風の子レラ」の核となる箇所を、納得がいくまで何度も何度も直しプリントアウトする。 「こんなに紙を無駄づかいしていいのか?」 1冊の本を書きあげるまで何千枚プリントアウトするかわからない。 出版社にわたしても300ページもの本を何千部も刷るわけだ。だからオレにはもろ手を上げて環境保護を叫ぶ資格なんかない。 アマゾンの森で断食をしながら木々たちと約束した。 「オレはおまえたちの 命の上に文章を書く。たった1行、いや一字一句でも無駄 な作品は創らない」と。 |
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4月27日(金)
マヤ暦10月24日 |
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4月28日(土)
マヤ暦10月25日 |
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また日本の総理大臣が替わった。 オレは放浪癖のほかにもう一つの病気がある。「政治アレルギー」だ。 ニューヨーク時代、黒人運動や 先住民運動にかかわっていたとき、「いかにアメリカはひどい国か」、「いかに白人は残酷な民族か」とかなんとか、ことあるごとに吹きまくり、気がつくと白人はもちろん友人全員をなくした。そりゃあそうだ、会うたびに政治の話しかしないオレを敬遠するのは当然といえる。 自分が麻薬中毒、ホームレス、泥棒に堕ちてはじめて気づいた。「オレに正義は語れない」と。 以来オレは猛反省し、完全に「政治的なるもの」から遠ざかった。政治の季節は熱病みたいなもんで、過ぎ去ってはじめていかに自分が盲目だったかがわかる。政治的視点で見ると、どんなにやさしい人でも「白人だから悪人」 、どんなに極悪なやつでも「インディアンだから善人」になってしまう。つまり個人の個性など見えなくなってしまうんだ。 「個が見えなくなるメガネ」ほど恐ろしいもんはない。 集団によるいじめも、オヤジ狩りも、暴走族同士の抗争も、猟奇殺人も、ナチのユダヤ人虐殺も、ヨーロッパ人によるアメリカ大陸略奪も、日本人による戦争や経済侵略(アジアの森を刈りつくし、アマゾンの森林破壊を率先して進めている)も、「個が見えなくなるメガネ」のせいだ。相手も自分と同じ痛みを感じる人間だ〔もっと言えば、動物も、虫も、木も、川も、大地も、自分と同じ痛みを感じている)ということを忘れさせてしまう。 政治はこのくもりメガネをかけないとできない職業なのかもしれないが、彼らの 人格の低さは目をおおうものがある。 反撥を受けるだろうが、天の邪鬼主義者(アマノジャキスト)であるオレは逆差別 する。世間が排斥する者たち(老人、子供、病人、障害者、精神病者、落ちこぼれ、犯罪者、娼婦、ジャンキー、ホームレス、先住民など)の気高い魂レベル(孤独という物差しで計ったもの)と比べると、政治家の魂レベルは人間の職業中最低のものである(あくまでオレの独断と偏見で計るとね)と思ってしまう。 まあ森君や小泉君も個人的にはいい人なんだろうけどね。 とにかくオレの政治嫌いは「病気」なんで 、選挙投票を強要したり、ややこしい議論をふっかけないでほしいものだ。イデオロギーをもたないというイデオロギー、ポリシーをもたないポリシーがあってもいいじゃないか。 広大な宇宙と無限の時間を漂う星のかけらとしての誇りさえあれば。 |
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4月29日(日)
マヤ暦10月26日 |
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4月30日(月)
マヤ暦10月27日 |
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