落ちこぼれも、
不登校も、
いじめられっ子も、
ひきこもりも、
鬱も、
援助交際も、
家出も、
出勤拒否も、
遅刻魔も、
ジャンキーも、
みんな正しい。

唯一絶対と教え込まれた物差しを叩き割って、
物事を反対側からながめてごらん。
まったく新しい世界が開けてくるから。

 
4月10日(火)
マヤ暦10月7日

巨大ホームページ「akiramania」ついに完成!
ネアンデルタール人の末裔とまでいわれる超アナログ人間のオレが、知識なんかなんもないところから1ヶ月で作りあげたもんね。
ことのはじまりは、天から降ってきたようなプレゼントだ。
新作小説「風の子レラ」を読んで感動してくれた 青山出版の営業部長、太田泰弘さんから、いきなりいくつかの段ボール箱が届いた。
開けてびっくり!
新品のi Book、カラリオのスキャナー、キャノンのプリンター、ニコンのデジカメが送られてきたんだ。
そういえば初対面のときに、オレはこんなことを言った気がする。
「今は銀行の残高が77円しかないけど、印税はいったら新しいマック買ってホームページが作りたいんですよ」
べつになにも考えていないオレの言葉に、太田さんは「作りたいものがあったら、すぐ作ったほうがいい」と自腹でプレゼントしてくれたのだ。
オレは数十万円もする宝箱を開けながら思った。
「こりゃあ天からのGOサインだな。未知の世界だけど、一丁やってみるか!」

はじめの三日間 ホームページデザイナーをやってる友人、合田ケムリちゃんがスパルタ指導してくれ、基礎をたたきこまれる。
しかし自分でやってるうちになにがなんだかわかんなくなって絶望のどん底に落ち、脳みそがアナログからデジタルに組み替わる知恵熱に倒れた。
なにしろ3年ほどまえから日光で隠遁生活をしているオレには、東京にその手の友人はたくさんいても、地元にはぜんぜんいない。
そんなときに、また空から天使のはしごが降りてきた。
「Do」というホームページのデザイン会社がオレの家から一分のところに引っ越してくることになったんだ。ふだんからシンクロの多いオレだが、このタイミングもかなりできすぎだろう。
i Bookをデイパックにいれ(i Macじゃなくてよかった)、ずうずうしくも彼らのオフィスに押しかけ、机を並べて御口授をさずかった。天才ホームページデザイナー半田崇氏を師匠と仰ぎ、沼尾君とさいとう君の「akiramania対策本部」にさまざまなトラブルを解決してもらったのがなによりの勝因だ。
「これだけ膨大な情報をたった一ヶ月で構築するのは奇跡だ」って言われるけど、 ほんと狂ったね。毎日15〜20時間もマックにむかい、 おまけに「風の子レラ」「アヤワスカ」「ケチャップ」の推敲も重なっちゃって、一生でいちばん忙しい一ヶ月(大げさかあ)だった。
「さあ、これでいつでも死ねる準備ができた!」
(べつに自殺するわけじゃないよ)過去の作品を清算することによって、心おきなく新しい創作に打ちこめるってもんだ。

4月11日(水)
マヤ暦10月8日


伊藤英明とかいう芸能人がマジックマッシュルームでパニクって病院に運び込まれた。
テレビのコメンテーターが正義の看板を振りかざして「今すぐにでも合法ドラッグを取り締まるべきです」とか言っていたけど、オレはまるっきり反対の理由で警告する。
マジックマッシュルームをはじめ、ペヨーテ、アヤワスカ(化学合成されたLSD、メスカリンをふくめて)などの幻覚系ドラッグを、遊び半分でやってはいけない。
これらの幻覚剤は何千年ものあいだ先住民たちの神聖な儀式に使われてきたものだ。シャーマンは祖先から受け継がれてきた知恵で、幻覚剤を摂取した者を深遠な世界へ導いてくれる。その世界とは、オレたちがやってきて、帰っていく場所だ。
古代エジプト人は「アメンティ」、ヘブライ人は「バーディッシュ」、ゾロアスター教は「メノグ」、アボリジニは「アンジェア=ドリームタイム」、チベット人は「バルドゥ」、アイヌは「神の国=カムイモシリ、または死者の国=ポクナモシリ」沖縄人は「後生=ぐしょう」と呼んできた彼岸だ。
オレたち現代人のストレスや孤独感や悲しみの根源を探っていくと、必ずここに突きあたる。楽園を追われたアダムとイブも、不倫自殺する失楽園カップルもこれが原因だ。
700万年におよぶ人類史の中で、オレたちはこの世界と共存してきた。「目に見える世界」と「見えない世界」、「現実」と「もうひとつの現実」、それをたった200年で失ってしまったんだ。いや、正確に言うと失われてはいない。「隠ぺい」してきたんだ。
あの世、死、幽霊、妖怪、精霊、超能力、シャーマニズム、そしてドラッグ。これらを、
恐ろしいもの、おぞましいもの、悪者と決めつけ、排除してきた。
オレたちのルーツであるアイヌが教科書検定の段階で削除されるように、 「もうひとつの現実」に関する教育はいっさいおこなわれない。だから人殺しを「ポアさせてあげてよかったね」とかんちがいする麻原や、遊び半分でドラッグをやってパニクるやつが、ますますドラッグや「もうひとつの現実」をオレたちから遠ざけてしまう。
近代文明に行きづまったオレたちは、もう一度700万年におよぶ先住民の知恵を学び直すときが来たのかもしれない。
去年の冬、3ヶ月間アンデスとアマゾンをさまよい、世界最強の幻覚剤アヤワスカを求めてたくさんのシャーマンたちとセッションをした。
ドラッグは「もうひとつの現実」の扉を開く鍵にしかすぎない。大切なのは環境(=セッティング)なんだ。アマゾンの木々に守られ、シャーマンの知恵に導かれていくと、今まで想像もできなかった深みに到達することができる(くわしくは12月に講談社から出る「アヤワスカ」をまってね)。
だから導き手もなしに、日本という最悪のセッティングで幻覚剤をやっちゃいけない。
なんて言わないほうがいいのかな? 
とにかくこの肉体をもって生まれてきたオレたちは「痛み」と「快感」をとおして世界を知覚するしかないんだから。

4月12日(木)
マヤ暦10月9日


オレは美術館やギャラリーにとりあげられちまったアートをストリートに引きずりもどすため、「野ざらし画廊」というプロジェクトをやってきた。
1回目はオリジナルの捨て看板に絵を描いてもらい、50人の参加者とともに高級貸し画廊が並ぶ銀座の街角に展示(放置)した。
2回目は「いい人」と書かれた5センチほどの矢印シールを作り、世界20カ国で、墓やギリシャ彫刻、選挙ポスターまで貼りまくった。
3回目は新宿安田生命ビルに幽閉されたゴッホのひまわりを奪還しようと、新宿の町中に5000粒のひまわりの種を植えた。
ストリートの魅力は、不特定多数の人間が行き交い、予想もできない化学反応を生みだすところだ。
時代はインターネットという混沌世界を生み、新しいストリートが形成される。
ここはまだ未知の世界でもあり、犯罪や狂気や魑魅魍魎が横行する電脳ストリートだ。
オレも参入したばかりだし、誰もこの怪物がどのように成長していくのかはわからない。
古代アングロ・サクソン人たちは、クモの巣のように世界をつなぐ情報網を「ウェイアード」と呼んでいた。ウェイアードは目に見えないものの、すべての存在を有機的につなげるテレパシーのような伝達網だ。
インターネットは我々の祖先が日常で使っていたテレパシーへ回帰するためのプロセスかもしれないし、国境や国家を越えた惑星意識を進化させるメディアかもしれないし、人類の滅亡を促進させる麻薬かもしれない。
少なくともオレは、確率の低い「希望」に賭けてみる。

4月13日(金)
マヤ暦10月10日

今日テレビの予告かなんかで見たんだけど、「天国にいちばん近い男」だったかなあ? とにかくその主人公は4月13日の金曜日に死ぬ と宣言された。
脚本家の思いっきり安易な設定だよな。4月の4は日本語で「死」、13日の金曜日はキリストが死んだ日。
つまり今日は、一年でいちばん「死ぬのにもってこいの日」なわけだ。
4という数字は、古神道でも「天、火、水、地」をあらわし、太占(ふとまに)という占い「天津金木(あまつかなぎ)」でも四角柱の四面 に一から四までの数字が配される。
アメリカインディアンも4という数字はもっとも重要で、東(悟り=ワシ=黄)西(内省=熊=黒)南(純粋、信頼=ネズミ=緑)北(知恵=バッファロー=白)の方位 と、赤(インディアン)、白(白人)、黄(アジア人)、黒(黒人)など民族の融合をあらわしている。
13という数字は古代マヤ文明においても重要な数字だ。一年に月は13回満ち欠けをする。(先住民はアメリカ大陸を亀の島と呼んでいて、大地や長寿の象徴である亀の甲羅は十三に分かれている)月の満ち欠け周期は約29、53日で、公転周期は27、32日だ。今オレたちが使ってるグレゴリオ歴が輸入されるまえは、マヤ歴と同じく、一ヶ月は28日だった。
金曜日は美とエロティシズムの女神ヴィーナスの象徴だし、感覚的な美より理性、快楽より禁欲を押しつけるために金曜日が不吉な日として選ばれたんだと思う。
新興宗教キリスト教が何百万年もつづいてきたシャーマニズムを弾圧するために、シャーマンの象徴である蛇を悪者にし、大天使ミカエルはドラゴンを殺す。
おそらく日本でも古神道を仏教が制圧したときに、4が不吉な数字にされたんじゃないかな。
あれ? でも仏教も「四諦八正道」とか説いてるし、四大聖地とか、四天王とかあるな。
オレがまえに電話番号を選んだときも、94(苦死)の番号が売れ残っていたし、天ぷらさえ4品はだめで、三品か五品にしなければいけないという。
つまり世間の言う不吉な数字は、逆に聖なる数字だったんだ。
世間が正しいと言ったら、まず反対のことを 考えるべし。
天の邪鬼主義(アマノジャキズム)でいこう!


4月14日(土)
マヤ暦10月11日


アーティストなんて聞こえはいいけど、舞台裏をばらしちゃうとけっこう大変なんだ。
作品は数カ月前に作りはじめなきゃいけないし、ギャラリーを借りるお金(オレはなるべく無料の企画でやってもらってるが、ふつうは1週間で20〜50万円)もかかる。いちばんめんどくさいのはDM(ダイレクトメール=ポストカード)だ。最低でも1000枚(いちばん安いフジ印刷で12000円)は刷らなくちゃいけないし、切手代(50円X1000枚=5万円)もかかるし、シールでプリントアウトした住所を貼るのも一苦労だ。偽アンディーウォーホル展みたく規模が大きくなっちゃうと、1万部のパンフレット刷るから、ギャラリーのスタッフと手折りで封筒につめる家内制手工業状態。作者は制作で気が狂いそうなんだけど、やっぱボランティアでオレの妄想を手伝ってくれる人たちのこと考えたら、参加せざるをえない。まあ人情というか、オレはそういうつながりを大切にしたいしね。
ところがどっこい、ホームページは20年分の「大回顧展」を一気にできる。
今までいくつのギャラリーで展覧会をやってきたか数えてないが、 100回分くらいの作品をまとめて発表できるんだ。
自主出版の画集にしたら、それぞれの時代で20冊くらいになっちゃうし、1冊につき千部刷っても、何千万もかかっちゃう。
「猫のように死んでいきたい」
生の痕跡をなにも 残さずに人生をまっとうするのが、「いちばんカッコいい」のはわかっている。ただ、ものを創る人間は「いちばんカッコ悪く」死にたい。
正確に言うと「残したい」んじゃない、「伝えたい」 んだ。
もちろんオレの作品が「人類の遺産」になるわきゃないし、ウンコで描いた絵が60億で落札されるわきゃない。
ただ、ただ、
今生きているバカに、
これから生まれてくるバカに、
バカ遺伝子を伝えたい。
それだけなんだ。

4月15日(日)
マヤ暦10月12日


今日またakiramaniaにアクセスできなくなった。
オレのマックがいかれたんじゃないかと、いろいろいじくってみたけどわかんない。ほんとオレ、機械類苦手なんだ。車もバイクも乗れないし、論理的思考ってのが大の苦手だ。
そういうときには他人のせいにするしかない。 たぶん引っ越したばかりのサーバーなので、いろいろとトラブってんのだろう。なにしろオレたちの細胞はコンピューターというウィルスを取り込みはじめたばっかりだからね。
カナダのメディア学者マクルーハンは、 早くも70年代に「電子メディアは人間にとって神経繊維の延長となるだろう」と予言している。
ネアンデルタール人がおこした火が、エジソンの電気にうけつがれ、アインシュタインの原子爆弾にもなったけど、ヘルムト&パッカード(シリコンヴァレーの始祖)またはスティーヴ・ジョブス(マッキントッシュの始祖)またはビル・ゲイツにバトンタッチされる。
オレのなかで「テクノロジー」って言葉は現代の科学技術だけに限定されない。
15万年前の「火の発見」だけじゃなく、30億年以上まえにオレたちの祖先であるゾウリムシにたいな無性生殖生物が開発した「セックス(有性生殖)」と「死(生殖細胞以外はすべて消滅する)」もそうだしね(くわしくは「アジアに落ちる」160ページを参照)。
オレたちは「新しいものに惹きつけられる」っていう初期設定(ライアル・ワトソンがいうネオフィリア)をされてるんだ。逆に言うと、だからここまで生き残ってこれたってわけ。大恐竜時代にハムスターとそっくりなかっこうで走りまわっていた哺乳類の祖先のほうがより好奇心が強かったから、恐竜を滅ぼし人間にまで進化しちゃったってことだ。
人は誰でも新しいものに出会ったとき、警戒し、排除しようとする。でもついつい「なんかおもしろそうじゃん」と近づいていく無節操なやつほど、進化するんじゃないか?
オレは明日、原チャリの教則本を買いに行こうと思う。

4月16日(月)
マヤ暦10月13日

「桜前線」ってかっくいい言葉だな。
なんか日本列島のうえを魔法の杖でキラランとやって、チェリーピンクに染まっていくイメージがある。
日光の桜前線は、東京よりも2週間以上おそい。今日は弥生祭りというのがあって、雅な笛太鼓の音が遠くから聞こえてくる。天気も最高だし、浮かれた気分になるのも当然だ。
幼なじみの悪友ヒー坊と花見に行った。
エビスビールと JINROの缶酎ハイを朝日屋で買い、つまみをサンクスでそろえる。 子供のころの記憶で桜の名所だった貯水池へ行ったが、桜がなくなっているではないか。下の方に桜を見つけたんで、丘をくだり、水力発電所 に忍び込んで花見をした。
透きとおったセルリアンブルーを背景に桃白色の花びらが空をおおう。ときおり、いたずら好きの春風が花びらをまき散らし、白昼に銀河が煌めく。
どうして日本人はこんなに桜が好きなんだろう?
ブルックリンのボタニック・ガーデンにも桜はあるが、花見に来るのは日本人駐在員の家族ばっかりだった。アメリカにもヨーロッパにも、日本ほど桜をめでる風習はない。
「桜の木の根本には死体が埋まっている」と書いたのはたしか坂口安吾だと思うが、「同期の桜」でも「同じ花なら散るのがさだめ」などと歌っている。人がいちばん輝くのは、死へむかう直前の瞬間だ。オレたちが桜に魅かれるのは、限りなく優雅な死の芳香に酔いたいためだと思う。
だったら西洋人だって惹きつけられるはずだろう? ってことになる。
雑誌のエッセイに「日本人が花火好きなのは、火の民族の記憶だ」と書いたことがある。高校のときの地図帳をひらくと、活火山の分布が赤い丸で示されている。スマトラ、ジャワ島も多いが、日本列島は火山列島だ。
オレたちの祖先は火山とともに生きてきた。
いつ噴火するともしれない火山のふもとに住み、山を神と畏れ崇め、地震の災害と温泉の恩恵を受け継いできた。
その昔、火山の噴火は祝祭であり、地震は大地の陣痛だった。
日本人というパスポート上の区分ではなく、危険きわまりない火山列島のうえで生き抜いてきた民族(もし海の水をぬ いたら、島国というのは海底からそそり立つ山頂だからね)の記憶なんじゃないかな。
温泉や花火はもちろん、桜も、火の民族の生死観に深くかかわっていると思う。
オレたちの深い記憶が、桜に噴火を観、散りゆく花びらに火の粉を観る。 花見のどんちゃん騒ぎも噴火の祝祭だ。
と、オレは思うけど、みんなどう思う?
火山と桜(もしくは花火)の関係を調べた学者とかいないのかね。

4月17日(火)
マヤ暦10月14日

西表島から幼なじみ浜崎が帰ってきた。
浜崎は第三書館から本も出してるが、ばりばりの肉体派だ。四ヶ月間のサトウキビ刈り生活で真っ黒に日焼けして、腕は丸太のように太くなっている。
最果ての楽園、西表島の南風見田には日本社会にノーを言った世捨て人がテントを張り、海で魚を釣り、岩場でサザエなどをとり、悠々自適の生活をおくっている。現金収入はサトウキビ畑を手伝ったり、サトウキビ工場で臨時雇いをする。
10年もテント生活している人もいるし、冬は西表島、夏は北海道と、移動をくりかえしている人もいる。
ここのよさは、コミューンなんかつくらないことだ。もちろんキャンパー同士、泡盛を酌み交わしたり、飯によんだりよばれたりもするが、あくまで個人なんだ。
風光明媚な沖繩の離島はたくさんある。しかし勝手にテントは張れないし、事件や自殺もあったりするので、村人は歓迎しない。西表島のキャンプは、村人にとってもサトウキビ刈りや、サトウキビ工場の人手を供給するので、双方が微妙なバランスで認めあっている。友人が会ったドイツ人は、ここが気に入り、一度本国に帰ってから、またもどってきたという。
毎晩潮騒の音を子守歌に眠り、釣った魚を味噌鍋にして食す。
楽園は待ち望むものではなく、自分で汗を流して手にいれるものだ。

4月18日(水)
マヤ暦10月15日


akiramaniaの完成祝いと、無償のヘルプを仰いだ半田師匠の労をねぎらって、韓国料理屋「希光」にて祝杯をあげた。
ここは民家をそのまま使っているので、みんな驚く。古風な民家などではなく、ふつうの家なのだ。
韓国伝統の酒マッコリは絶品である。陶器の壺にはいっていて、ヒョウタンを半分に切った柄杓ですくう。乳白色の酒は日本のどぶろくっぽいが、端麗な清涼感とほのかな甘みが「ヨーグルトジュース」さえ思わせる。半田君いわく、
「まさに桃源郷か竜宮城で振る舞われる酒って感じっすね」
つぎは生のカニを辛いタレに漬け込んだケジャンが、またすごい。とろけるような胴体にむさぼりつき、はさみをちゅうちゅう啜り、足をしがむ。唇が腫れるほど辛いカニ刺しだ。宮廷料理サムゲタンは次回の楽しみにとっておいて、牛肉の刺し身ユッケジャンと 豚バラの葉っぱ包みサムギョプサムパプをつまみに、杯を交わす。
半田師匠は、もと海上自衛隊のエンジニア、アジア放浪、などの経歴をもつ異色のホームページデザイナーだ。東京で大手企業のホームページを作っていたが、最近出身地の今市市にもどってきて、フリーで仕事をしている〔推定年齢20代後半、顔は人材派遣会社のCMにでてくる桃太郎のアニメに似ている)。
今後の「akiramania進化計画」をねる。
FLASHというソフトを使って音楽や動画をいれこんだり、「内網画廊」で画像を募集するプログラムや、 akiramaniaのCD-ROM化など、むっちゃ楽しそうなアイデアが出る。
焼けた大理石の碗にはいった ビビンパは、創作の子宮である渾沌そのものの美味がした。

4月19日(木)
マヤ暦10月16日


やっと本屋に並んだ「paperback 」(SWITCH別冊)の編集長すぶやんから電話があった。
大仕事を終えたすぶやんにオレは言った。「NY取材からあとがきまで、
よくあれだけ膨大な文章を書きましたね。もうすぶやんオンステージにオレや素樹文生がゲスト出演したようなもんですよ」
すると、なにをかんちがいしたか、すぶやんは「すいません、すいません」とあやまる。
ちがうちがう。ほとんどひとりで、 あんな素敵な雑誌〔この雑誌は通勤電車のなかでは読まず、帰宅後にリラックスして、3ヶ月かけて読んでください)を立ち上げたすぶやんを畏敬し、SWITCHなどで培った英知を総結集したすぶやんの「代表作品」を讃美したのだ。
「表紙も地味だし」すぶやんはまだ戸惑っている。
いやいや、いくらでもポップにできた SWITCHの敏腕編集者が、ここまで抑えた美意識をカックイイのだ。〔表紙を見たい人はこちらへ
これから3ヶ月ごとに出るこの雑誌にオレは「ケチャップ」という最新小説を連載する。エッセイの連載はあったが、小説の連載ははじめてだ。
「日本のアーヴィン・ウェルシュ(「トレインスポッティング」の作者)になれるのは AKIRAさんだけですよ!」なんて、すぶやんにおだてられこの小説を書きはじめた。
オレも「COTTON100%」では書ききれなかったジャンキー時代の生活を清算せねばと思っていたので、打てば響く鐘のごとく「ケチャップ」に没入した。
最初はほとんどノンフィクションでいくはずだったのに、どんどん物語の亡霊がオレを引っぱりまわし、とんでもない方向に連れていかれる。
運命にしろ創作にしろ、コツはひとつ。
自我とかに縛られて逆らったりせず、いっしょに遊ぶことだ。
物語の亡霊は、いつもいつも「僕の話を聞いて」「あたしのことを書いてよ」と、みんなに語りかけてるのに、いつも無視されて悲しい思いばっかりするらしい。

気がつくけばいつも、 自分では予想だにしなかった作品が「誰か」によって創られている。


4月20日(金)
マヤ暦10月17日

たった2個のボタンをさがすために4時間もネットをさまよった。
まるで土日の渋谷東急ハンズ で作品の材料をさがすようなもんで、頭がくらくらした。
HOMEとNEXT をもっとわかりやすくするためのボタンだ。やっと気に入ったのがフリー素材集「G-TOOL」のページから見つかった。しかし1000ページを越すakiramania全部のHOMEとNEXTを書き換えることを考えると気が遠くなる。
思わぬ拾い物は、「招き猫マン」(著書のページ)と「あわただしく回る地球」〔野ざらし画廊のCONTENTS)を「G-TOOL」から拝借した。
基本的に著作権や特許はなくなればいいと思っている。
今のところは印税が入らないとオレも生きていけないけど、いずれそういう世界にもどるんじゃないかな。
「所有」という概念が発明されたのは、ここ数千年、農耕がはじまってからだ。700万年にもわたる狩猟採集生活で、オレたちの祖先は「与えあう」ことを当然の常識として生きてきた。
北米インディアンのポトラッチという祭りでは、主催者が徹底的に自分の所有物をみんなに与えつくす。すっからかんになってもだいじょうぶ。つぎのポトラッチでたくさんの贈り物をもらえるからだ。
「母なる大地の皮膚を傷つける」と農耕を嫌ってきた草原のインディアンは、狩の獲物を平等に分け与えることによって生き延びてきた。老人や子供、未亡人や体の弱い者も自然に生きていける仕組みがあったんだ。
白人が乗り込んできて「柵」という見たこともない壁をつくりはじめたとき、彼らはなんのために大地に線を引くか理解できなかった。
「古きよき時代にもどれ」なんて甘い考えはないけど、所有物は少なければ少ないほどいい。旅に出てみると、その感覚が実感としてわかる。
「なんだ、こんなちっぽけな荷物でじゅうぶんじゃないか」って。もっともっと省いていくと、最後にはこうなる 。
荷物なんて「命」ひとつでじゅうぶんじゃないかってね。

4月21日(土)
マヤ暦10月18日

テレビで「ターミネーター」を見た。
アンチ・ハリウッドで東欧映画ファンのオレとしては珍しいことだ。まあ15年前にアシッドを決めながらイーストヴィレッジ・シネマで見た記憶も手伝って楽しんだ。
ちなみにゴキブリやネズミやシロアリの駆除人も「ターミネーター」という。
2029年の未来では、意志を持った機械が人類を抹殺〔ターミネート)しようと していた。人類軍のリーダー、ジョン・コナーをこの世に生まれさせないため、母親サラ・コナーを殺しに殺人機械ターミネター〔シュワちゃん)が1984年のロスアンジェルスに送り込まれる。人類軍もサラを守るためカイルを送り込むのだが、サラは未来人カイルと恋に落ち子供を身ごもる。この子が人類軍のリーダー、ジョン・コナーになるのだ。
「それじゃあ、つじつまが合わねえじゃねえか」と思ったが、オレとしては未来と現代がループ状につながっているところが面 白いと思った。
量子力学には「多世界解釈」、いわゆるパラレルワールドという考え方がある。無限の可能性を持った未来、 無限の可能性を持った過去さえ、それぞれの世界に存在しているという。 無限の選択肢のなかからどの世界を経験するかは、すべてオレたちの選択にかかっているというのだ。
おもしろいのはアマゾンのシャーマンも最先端の科学である量子物理学と同じ考え方をする。古い科学者や宗教者は「過去を書き換えることができない」 とか「運命はすべて決まっている」とか言うけど、 「すべては自分しだい」という自由意志を信じるほうがずっと楽しいじゃないか。

4月22日(日)
マヤ暦10月19日
アースデイ〔地球の日)


毎日壁打ちテニスをやっている。
作家という職業は頭んなかの妄想フィールドをかけまわっているが、肉体的には完全に運動不足だ。オレはダイエットというより、体力をつけるためにはじめた。チベットやアマゾンなど辺境を旅するには、人一倍の体力が必要だ。
ジョギングじゃ退屈だし、スポーツクラブも金がかかる。なによりチャレンジャー的人生であるオレは、目に見えて上達するものがいい。そこで一度もやったことのないテニスを選んだ。
はじめは適当な壁が見つからず、「ひとりテニス養成マシーン」を買ってきた。これは鉄の重しに3メートルほどのゴムがボールについたやつだ。
打つとぴよ〜んとゴムが伸び、びよよ〜んと返ってくる。瑠璃色の空にレモンイエローのボールが吸い込まれ、思い出したように引き返してくる、まったりと間延びした時間だ。
パシン、ぴよ〜ん、びよよ〜ん。パシン、ぴよ〜ん、びよよ〜ん。パシン、ぴよ〜ん、びよよ〜ん。パシン、ぴよ〜ん、びよよ〜ん。
なんだか、今生に生を授かったことが虚しくなってきた。
東武線のガードしたにちょうどいい壁が見つかった。これで「びよよ〜ん」がない壁打ちができる。
一般の車は通らないが、古河電工の倉庫があるためときおりでかいトラックがとおりすぎる。
1日目は3回しかつづかなかったが、2日目は11回、3日目は25回、1週間もすると100回をこえ、1ヶ月で300回もつづくようになった。壁との距離をじょじょにはなし、少しずつ力を入れて打つ。「びよよ〜んマシーン」とは対照的に、0、01秒を争うスピードの世界だ。
悲劇は去年の12月ごろ起きた。
コマネズミのごとくひとりで ボールを追いかけていると、左足首がグキッとねじれ、アスファルトの地面 に倒れ込んだ。とんでもない激痛にのたうち、2時間も立ちあがれなかった。それから1週間は2歳児にもどり、トイレにいくにもはいはいで暮らした。
そうそう悪いことばかりでもない。1月に大雪が降ったとき、まっさきにマイ・コート〔壁打ちスペース)を 雪かきした。すると小学生が50センチも雪の積もった歩道を歩いているではないか。常日ごろ社会になにも貢献していないオレは、ぐいっとプラスチックシャベルをにぎりしめた。
「こんなオレでも、たまには人様のお役に立とう!」
気の遠くなりそうな直線歩道を雪かきしはじめた。全身ぐっしょり汗をかき、誰に見られるわけではなく、小学校から表彰されるわけではなく、電車や車に乗った人たちはひげ面 にドレッド男が狂ったように雪をかいていると怪しんだだろう。
「オレって、なにやってんの?」
とアホらしくなり、とちゅうで何度もやめようと思ったが、
5時間もかかって1キロの道のりを開通 させてしまったのだ。(まるでこのホームページのようだな) よれよれになって家に帰り、疲労困ぱいで寝入ってしまった。
その夜、講談社の編集者、綾木さん(ほんじゃまかというコメディアンのやせたほうに似てる)から「アヤワスカ」の出版が決まったとの電話があった。
「おおっ、神は見ている!」
それにしても、高速通信ブロードバンドのようにレスの速い神だなあ。
それ以来、「見えない親切」を実行している。たばこの投げ捨てをやめたり〔オレは巻きたばこを吸っているので土に帰らないフィルターなどついてないが)、 落ちてる 空き缶を拾ってみたり、ズボンのすそについた「バカ」と呼ばれる種をアスファルトじゃなく、わざわざ土のところに捨てたりする。
くだらないと思うだろ?
ところがどっこい、どっこい、こういう迷信が効くのだ。
「風の子レラ」の出版が決まり、4月10日の日記にも書いた太田さんからiBook が送られてきたり、ホームページデザイナー半田師匠があらわれたりと、幸運つづきだ。
だまされたと思って「見えない親切」をやってごらん、絶対効くぜ。
と断言してはみるものの、自信はない。
「ぜんぜん効かねえじゃねえかよ」とか、「かえって裏目に出た」とか、みんなからの実験報告を聞きたい。

4月23日(月)
マヤ暦10月20日
ひさしぶりに足尾にある「かじか荘」の露天風呂〔風呂だけなら600円)につかった。 ぴりぴりするほどの鉱泉からは、人工物がいっさい視界に入らないご機嫌の風景が広がる。素っ裸になって満天の星を見上げるのもよし、陽に焼かれるのもよし〔日本にはヌーディストビーチはない)、雨に打たれるのもよし、雪が降ったら最高だ。

温泉トリップほど素敵なものはない。
4月16日の日記にも書いたが、火山列島に住むオレたちは「火の民族」だ。噴火や地震の危険とセットで、自然はちゃんとお楽しみも与えてくれる。
「火の民族」の末裔であるオレたちは、「温泉主義」(オンセニズムと読む)を高らかに謳おうではないか。「火の民族」=「温泉主義者」(オンセニストと読む)なのだ。
いっそ「日の丸」を「温泉マーク」(あのクラゲを逆さにしたようなやつ)にしてもいいが、「温泉民族」は日本だけには限らない。フィリピン、スマトラ、ジャワ、ニューギニア、ソロモン諸島、フィジー、ニュージーランド、アンデス山脈、中米、カリフォルニア、バンクーバー、ベーリング海峡〔アリューシャン列島)と、太平洋をぐるりと一周する文化圏なのだ。そこには火山とともに暮らしてきた先住民の知恵があり、温泉文明があるはずだ。
白人文化に対抗する「環太平洋文化圏」という意味だけじゃなく、もっとのんびりと温泉につかりながら、いろんな話をしてみたい。
温泉は「なになに対なになに」という考え方を溶かす力を持っている。

4月24日(火)
マヤ暦10月21日

今日は一日かかって、1990年にアフリカで書いた 詩集「マダム呪々の夏」を打ち込んだ。
オレがはじめてシャーマニズムにふれたのも、このアフリカ旅行だった。
沖縄のユタやアイヌのシャーマンはともかく、日本には偽物のシャーマンが多すぎる。おまけにオウムみたいな新興宗教がでたらめな神秘主義を説くので、一般 の人は精神世界アレルギーになってる。ちょっとでもシャーマニズムやパラレルワールドや輪廻の話しとかすると、「あっ、この人ハマってるう!」とか言われてしまう。
本当に力のあるシャーマンと偽物を見分けるコツは意外に簡単だ。
本物は、威張らない、押しつけない、自己顕示しない。利他的で、寛容で、ユーモアを忘れない。
アイヌの山道康子(アシリ・レラ)さん、アマゾンのパブロ・アマリンゴ、アメリカインディアンのデニス・バンクス〔厳密にはシャーマンという専門職ではないが)など 、大きなふところと繊細な思いやりはみんな共通している。
しかし怪しげな新興宗教も同じ顔を装って近づいてくるから注意が必要だ。
それらの集団の見分け方も、根本的な物差しに照らしてみるといい。それは、教団の教義や方向性が「多様化」にむかっているかどうかだと思う。36億年の生命の歴史を振り返ると、「多様化」を目指した者たちは進化し、「多様化」を拒んだ者たちは淘汰されてきた。
自分とちがったものに出会ったとき、相手の文化を尊重し受け入れるか、見下して拒絶するかでは、個人の進化も大きくちがう。
ほとんどの宗教団体は自分たちの教義しか認めず、 徹底的に他の団体を批判する。こういうところはさっさと見限ったほうがいい。
宗教団体も、政治派閥も、暴走族も、いじめグループも、パッケージツアーも、なにかと人は「群れ」たがる。できればどこの団体にも属さず、自分の目で真実と思うものを、四苦八苦しながら探しつづけるのがいちばんいい。
「群れるな!」
と叫びたいところだが、群れたい人はご自由に。
オレは霞を食ってでも、
ひとりで探す。

4月25日(水)
マヤ暦10月22日

いよいよ「風の子レラ」の仮ゲラが送られてきた。
明日は編集者の平井拓ちゃんが日光にやって来て打ち合わせだ。
こんな日記書いてるヒマねえぞ。

4月26日(木)
マヤ暦10月23日

「風の子レラ」の核となる箇所を、納得がいくまで何度も何度も直しプリントアウトする。
「こんなに紙を無駄づかいしていいのか?」
1冊の本を書きあげるまで何千枚プリントアウトするかわからない。
出版社にわたしても300ページもの本を何千部も刷るわけだ。だからオレにはもろ手を上げて環境保護を叫ぶ資格なんかない。
アマゾンの森で断食をしながら木々たちと約束した。
「オレはおまえたちの 命の上に文章を書く。たった1行、いや一字一句でも無駄 な作品は創らない」と。

4月27日(金)
マヤ暦10月24日


「遅刻王」
青山出版の平井拓ちゃんが東武日光駅に昼ごろ着いた。
前日の夜10時に来るはずだったから、15時間の遅刻だ。
人間本来の感覚として、オレは「ぜんぜんオッケーじゃん」どころか、「こうでなくっちゃ」と思った。
もちろんオレが東京に行って、新宿西口の喫茶「滝沢」 で15時間待たされたらちがうな(だいいち待つわけない)。午前中も壁打ちができたし、なにより昨日の夜に『風の子レラ』のいちばん核であるところを書き終えることができた。( あっ、遅刻とか言っちゃ、ヤバいのかな? 小川社長、平井拓はオレといっしょに思いっきり働いてましたよ) 友人の喫茶店「Ciero」での集中ミーティング、 幼なじみで作家の浜崎が車で連れてってくれた足尾の温泉、韓国家庭料理で食べた蟹刺し、とっても充実〔拓の視点はすごい、とあらためて思ったね)、かつ楽しい一日だった。
「遅刻=信頼を失う」なんて浅いね。逆に、
「遅刻=信頼を生む」のだ。
オレ自身が遅刻魔だし、相手の遅刻によって「自分の自由度が拡大される」ってことを現代社会は忘れてる。

4月28日(土)
マヤ暦10月25日

また日本の総理大臣が替わった。
オレは放浪癖のほかにもう一つの病気がある。「政治アレルギー」だ。
ニューヨーク時代、黒人運動や 先住民運動にかかわっていたとき、「いかにアメリカはひどい国か」、「いかに白人は残酷な民族か」とかなんとか、ことあるごとに吹きまくり、気がつくと白人はもちろん友人全員をなくした。そりゃあそうだ、会うたびに政治の話しかしないオレを敬遠するのは当然といえる。
自分が麻薬中毒、ホームレス、泥棒に堕ちてはじめて気づいた。「オレに正義は語れない」と。
以来オレは猛反省し、完全に「政治的なるもの」から遠ざかった。政治の季節は熱病みたいなもんで、過ぎ去ってはじめていかに自分が盲目だったかがわかる。政治的視点で見ると、どんなにやさしい人でも「白人だから悪人」 、どんなに極悪なやつでも「インディアンだから善人」になってしまう。つまり個人の個性など見えなくなってしまうんだ。
「個が見えなくなるメガネ」ほど恐ろしいもんはない。
集団によるいじめも、オヤジ狩りも、暴走族同士の抗争も、猟奇殺人も、ナチのユダヤ人虐殺も、ヨーロッパ人によるアメリカ大陸略奪も、日本人による戦争や経済侵略(アジアの森を刈りつくし、アマゾンの森林破壊を率先して進めている)も、「個が見えなくなるメガネ」のせいだ。相手も自分と同じ痛みを感じる人間だ〔もっと言えば、動物も、虫も、木も、川も、大地も、自分と同じ痛みを感じている)ということを忘れさせてしまう。
政治はこのくもりメガネをかけないとできない職業なのかもしれないが、彼らの 人格の低さは目をおおうものがある。
反撥を受けるだろうが、天の邪鬼主義者(アマノジャキスト)であるオレは逆差別 する。世間が排斥する者たち(老人、子供、病人、障害者、精神病者、落ちこぼれ、犯罪者、娼婦、ジャンキー、ホームレス、先住民など)の気高い魂レベル(孤独という物差しで計ったもの)と比べると、政治家の魂レベルは人間の職業中最低のものである(あくまでオレの独断と偏見で計るとね)と思ってしまう。
まあ森君や小泉君も個人的にはいい人なんだろうけどね。
とにかくオレの政治嫌いは「病気」なんで 、選挙投票を強要したり、ややこしい議論をふっかけないでほしいものだ。イデオロギーをもたないというイデオロギー、ポリシーをもたないポリシーがあってもいいじゃないか。 広大な宇宙と無限の時間を漂う星のかけらとしての誇りさえあれば。

4月29日(日)
マヤ暦10月26日


「海亀通信」はすごい!
オレが敬愛する作家というか、地球に降りた宇宙人、宮内勝典のホームページには驚かされる。
宮内さんとはともにイーストヴィレッジでニューヨーク時代を過ごした。といっても、宮内さんは「プレイボーイ」や「コモンセンス」誌などに連載する作家であり、オレは無名のアーティストだった。たまたまオレはインディアンの「ロンゲスト・ラン」に参加したり、ラッソー・ミーンやデニス・バンクスとかかわっていて、宮内さんはサウスダコタに出かけていった。
宮内さんのアパートは、ホームレスや貧しい移民達が集うウクライナ教会がある10丁目(オレは九丁目)に住んでいて、日本そばを食べさせてもらった記憶がある。下校時の宮内さんの長男〔当時五、六歳かな)を見つけて路地に隠れ、奥さんの喜美子さんがアイスクリームを買ってあげたところで急に飛び出し驚かせた。長男はアイスクリームを道に落とし、泣き出した(たぶん彼にとっては、トラウマになってると思う)。
宮内さんとの交際がとぎれたのは、オレがヘロインにどっぷり漬かったからだ。当時オレは、友人の金を盗み、置き引きや、地下鉄スリ、泥棒へと堕ちていった。
友人たちを裏切り、自分よりも貧しいジャンキーから盗んでいたにもかかわらず、宮内さんをだますことは考えられなかった。
あの鉱石のように澄んだ眼をごまかすことはできない。
ぼろぼろに荒んだヘロインジャンキーにとってさえ、宮内さんの目は「最後の良心」だった。
誰よりも「人に優しく」、「自分に厳しい」。
オレは長男で妹しかいないし、こんな兄貴に出会えたのを誇りに思う。

「海亀通信」はこちら http://pws.prserv.net/umigame/


4月30日(月)
マヤ暦10月27日


昨日、宮内さんのホームページを紹介するはずが、思い出話になってしまった。
「海亀通信」のすごさは、宮内さんの日記と呼応する掲示板にある。そこに集まってくる人たちが議論を戦わせる場として掲示板があるのだ。たとえば、

昨年の11月、友人たちと共に、この「海亀通信」を通じてトカラ列島・十島村の核廃棄物施設に抗議する署名運動を起こしたところ、電子の波がひろがり、連動し、わずか十日ぐらいの間に、7210人の署名が集まりました。
 その署名が追い風となって、十島村議会は、放射性廃棄物の持ち込みを禁じる条例をつくることになりました。
 そしてついに、条例が公布されました。

動いている。
たった一枚の掲示板が世界を動かす。
これって集まってくるメンバーもすごいし、宮内兄貴は「Let'it be」だし、日本一濃い掲示板だ。
ただ オープン一ヶ月のcafe akiramaniaは、みんながリラックスできる場所でいいんじゃないかな。できれば永遠にね。

5月6月7月8月

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