5月1日(火)
マヤ暦10月28日


広末という女の子にもらい泣きしそうになった。
朝飯を食いながらテレビを見てたら〔オレはテレビをほとんど見ないが)広末さんが記者会見で泣いていた。リュック・ベンソン監督の「わさび」というフランス映画に主演するという。「レオン」という映画で主役を演じたジャン・レノ が肩を抱いてなぐさめてくれる。
「今は撮影中の映画に没入しているので、彼女も撮影が終わったら冷静に話せると思う」 って。やさしいねこの人。
オレがもらい泣きしそうになったのは「言語の壁」だ。
英語もフランス語もまったく話せなかった彼女が、撮影という必然にせまられて必死に 「異文化の国境」を越えようとしている。広末さんのなかで、唯一絶対と教え込まれてきたメイドイン・ジャパンの物差しがメキメキと音を立ててへし折られているのだ。
この痛みはたしかにおぼえている。
オレの20の誕生日、ニューヨークの34丁目にある YMCAのせまい部屋でひざを抱えて泣いていた、あの痛みだ。言葉も常識も通用しない世界にひとりで飛び込んでいって、生きのびるために異文化を受け入れるときの軋(きし)みだ。
ヘロイン中毒から逃れるためにハワイへ逃亡し、恋人たちが遊ぶ砂浜でひとり禁断症状にのたうちまわりながら、太陽と海を受け入れる痛みだ。
パルテノン宮殿へとつづくアテネの坂道で似顔絵屋をしながら、警察に追い払われ、ジプシーに刺されそうになり、 それでも生きるために描きつづける痛みだ。
フィレンツェの墓地で寝泊まりしながら、レストランの裏口をたたき、一言も話せないイタリア語で 仕事を探していた痛みだ。
マドリッドでスペイン語を話せないオレと、英語を話せないジョランダが、ベッドで交わした 種としての共通言語。
そうやって人は痛みとともに異文化を受け入れていく。
自分の価値観が崩れるのは、はじめ誰だって怖い。勇気をもって(キヨブタの覚悟で)最初の一歩を踏み出してみよう。

たとえばこの平均台を歩いていけば、安定した地位や名誉や成功が待っているよと誘われる。もしもそこから落ちたなら、真っ暗闇の地獄だぞって脅される。みんなあせって青い顔してバランスとって、このせまーい一本道をだまって行進していくんだ。
オレだって、踏み外したときゃビビったよ。ところがだ、落ちていった先にはいったい何があったと思う?
地面だよ。
落ちろ!落ちろ!落ちろ!
そして目覚めろ!
(「COTTON100%」80〜81ページより)

5月2日(水)
マヤ暦11月1日

うちでは2匹の猫を飼っている。
妹がニューヨークから連れ帰ってきたやつだ。アメリカン・トムキャット( トムキャットって山猫って意味なんだがなあ?)という種類でふたりともでかい。もともとの名前は「チビ」と「コマ」だったが、アイヌ語の猫を意味する「チャペ」に変わったり、現在はイタリア週間(何ヶ月もつつくが)なので、「ラ・キアーペ」と「イル・クォーモ」と呼ばれている。
3畳くらいにピアノやら本やらパソコン機器やらがつめこんであるオレの部屋を、やつらは根城にしている。とくに「ラ・キアーペ」の定位置はオレの左ひざだ。血が止まるのにもかかわらず、オレは座らせてやる。手乗り文鳥ならまだしも、ひざ乗り猫は重い。
「太ももの筋肉は脳に直結していて、知的労働者には自転車やジョギングを好む人が多い」というのをどこかで読んだおぼえ(たぶんライアル・ワトソン)がある。そういえば東大出身の友人関根君は、都内の移動はもちろん日光までも自転車でやってくる。
そこでオレは考えた。
「左太ももに猫をのせておけば、直結した右脳も活性化されるだろう」
今もオレはおしっこをがまんして、ヘビー級の猫をひざにのせている。

5月3日(木)
マヤ暦11月3日

雨、雨、雨。
「せっかくのゴールデンウィークに雨 」と人は怒るかもしれないが、
オレは雨が好きだ。
オレの部屋の窓からは、霞に煙る鳴虫山(なきむしやま)が見える。
植林された針葉樹がますます深いヴィリジャンに沈み、
新芽を噴きだした広葉樹がもえぎ色に煌めく。
雨は木々たちの祭りだ。
天蓋をおおう乱層雲のなかで 水分の粒子が仲間たちとくっつきながら一粒の雨になっていく。天の恵みは樹冠をつややかに洗い、地中にしみ込んだ水分を美味しそうに枝根が吸い上げる。
そうゆっくりと味わいなさい。
今日は君たちの宴会なのだから。
そしてたっぷりと水分をふくんだ緑で、
人間たちをなぐさめておやり。

5月4日(金)
マヤ暦11月3日


晴れ、晴れ、晴れ。
ひさびさに洗濯をしよう。オレにとって洗濯は月に一度の大行事だ。旅に出ているときは替えの下着 を一組しか持っていかないんでこまめに手洗いするけどね。
重量オーバーの「汚れ物」をむりやりつめこんで スイッチオン。
排水パイプから流れ出る「汚水」をふと、
愛しいと思った。
※注ーオレはスカトロ・アート作品をつくってるけど、汚物マニアじゃない。
給水パイプから注入された透明な水が、排水パイプから灰色になって排出される。
大げさに言えば、この「汚水」はオレの生きてる証なのだ。
わかりやすい例は飛行機だな。わずか一時間の国内線にしろ、二十五時間のペルー行きにしろ、到着時には散らかり放題。
ホテルの清掃の仕事もしたことがあるが、一夜明ければ、こんな俳句が浮かぶ。
「 ちり紙や 強者どもが 夢のあと」
人は生きているというそれだけで渾沌を生む。
たぶんオレがスカトロ・アートで言いたかったのはこれかもしれない。(なにしろ創ってるときは無我夢中でなにも考えていない)
血しぶきが舞い、臓物が飛び散るスプラッター映画の 人気の秘密も同じことだ。700万年間つづいた狩猟生活では、獲物の内蔵をさばくのが日常だ。それをたった100年のあいだに禁止された。正確には専門職以外の人には見ることができなくなった。どんなに美しいアイドルも、皮一枚したには「おぞましい」臓物が波打っているのだ。
人は生きる生ゴミ。
人は歩く糞袋。
などと、あたりまえなことを強調したくない。オレが「汚水」を愛しいと思ったのは、もっと原始的な感覚だ。
天の邪鬼主義者(アマノジャキスト)は、世間が言うことの反対を条件反射で考える。
望遠鏡や顕微鏡を使って、ぐるりと視点を移動させてごらん。そうそう、透明なパースペクティブで生命の起源から見通すんだ。
「おぞましい」「汚水」「汚れ物」は、微生物にとって「すばらしい」「清水」「栄養物」じゃないか。
しかし現代文明は700万年間つづいた食物連鎖を断ち切った。(化学物質だけじゃないけど、なるべく界面活性剤のはいっていない洗剤を使おうね)
引きこもりも、いじめっ子も、陰険な上司も、恋敵も、敵対する民族も、環境破壊も、インターネットも、
断ち切られたリンク〔循環)を いかにつなげていくかが、未来の鍵なんだろうね。
ぱりぱりに乾いたTシャツに鼻をうずめ、太陽の匂いをかいだ。

5月5日(土)
マヤ暦11月4日

素樹文生家で春の宴。
年に2、3回おこなわれるこの宴も恒例化していて、気の置けない仲間たちが集まってくる(気の置けないって日本語まちがってない? なんか逆に、心を許せないって字面じゃん)。
家主である素樹文生、料理の鉄人兼博学者アッコちゃん、今や世界的名声を確立した美術家三田村美土里、広角打法をもつ日本サラリーマン協会名誉会長水野さん、孤高のヨガ行者兼タイ料理試食家の加納秀一、「ヴァンサンカン」誌の美人編集者兼サブカル研究者松田亜希子、世界初のラムネ・アーティスト兼おやじギャグ復興委員ミッシェル、ゲストは演劇界の金の卵ゴルゴこと屋良学というメンバーだ。 parerback誌の完成祝いをする予定が、編集長すぶやんは過労のため風邪をこじらせ欠席となった。
夕方四時から夜中まで八時間の痛飲マラソン。ビール、発泡酒、ワイン、紹興酒、泡盛の古酒をちゃんぽんする。
話題は、教育改革(お仕着せの授業をすべて廃止し、高校生が本当に学びたいもの=セックスだけを全教科にする)、実践ヨガ教室〔性欲を創作欲に昇華させる具体的な呼吸法)、怪談(「海亀のスープ」って知ってる?そのうち素樹文生がホームページで紹介してくれるだろう)、ゴルゴこと屋良学の集団いじめなど、多岐にわたる。
ばりばり創作に打ち込んでいる メンツばかりなので、芸術論など語りだすやつはいない。素樹家独特のくつろぎと、奇想天外なバカ話で盛り上がり、心地よい眠りに落ちていった。

5月6日(日)
マヤ暦11月5日


超人気の回転寿司屋、浅草の「まぐろ人」は最高だった。
タコの白子煮やナマスという珍味まで180円で食えるし、寿司ネタの鮮度もボリュームもびっくりだ。(東武浅草駅や雷門から三分だし、仲見世の商店街で訊けばすぐ教えてくれる)
「日本人の優秀性」とか「日本文化のアイデンティティー」とか、さらさらこだわる気はないが、 寿司だけは究極の「日本文化」だと思う。いや、思わざるをえないほど美味い!
味覚だけじゃなく、視覚、触覚、思考回路にまで 訴えてくるからね。
「TOYOTA」「HONDA」「SONY」はもちろん、「北斎」や「手塚治虫」さえも「寿司」という芸術には勝てないんじゃないか?


PS
 サブカルチャー専門店の老舗タコシェからメールが届いた。
「ヒロシマナイトフィーヴァー」のCDと、自主出版「子宮外妊娠」の在庫があるという。
購入(たぶん定価は1500円だったかな?) したい人は、
タコシェのホームページにアクセスしてください。 
http://www2.pot.co.jp/tacoche/ 「通販の方法と注文表」をクリック。
または、Tel 03-5343-3010 Fax 03-5343-4010 へ連絡。
または、〒164-0001 東京都中野区中野5-52-15 中野ブロードウェイ3Fに来店。

5月7日(月)
マヤ暦11月6日


もともとふたりの相性が悪かった。
中田英寿はビル・ゲイツの命令などききたくはないのだ。
キャノンのプリンターとマイクロソフトのワードが接触した瞬間に、オレのiBookがクラッシュした。
低い地鳴りが高まっていき、キーボードの継ぎ目がレモンイエローに発光したかと思うと、爆轟とともに火を噴いた。ぐしゃぐしゃに縮れたキーボードカヴァーが白煙のなかに横たわり、有機物の焦げる匂いに鏡を見ると、オレの眉毛とまつ毛が焦げ、顔面が青黒い煤で覆われている。白いフリースは爆風で裂け、鎖骨の張りだした部分が水膨れになっていた。
……なんてわけないが、すべてが機能停止におちいってしまった。もちろんショートカットの再起動さえできず、画面も閉じられない。
「風の子レラ」のゲラと「ケチャップ」の締め切りは15日に迫っているし、そのデータも吹っ飛んでしまったかもしれない。
「失ってはじめて、その人の大切さに気づく」という恋の格言があるが、これほどコンピューターがオレの生活を支えているかをあらためて思い知る。

5月8日(火)
マヤ暦11月7日


マックが使えず悶々としていると、最近音楽ユニットを組んでいる小島剛成(通称タケ)ちゃんから電話があった。創作中毒のオレにとって、これ以上ないタイミングだ。
タケちゃんが打ち込みとノイズギターを駆使した「南無邪華法蛇花夢」のアレンジはパンキーでかっくいい。オレのヴォーカルをかぶせ、まる1日かかって録音を終えた。
いずれakiramaniaでも音楽コーナーを作りたいのだが、なにしろ3分の曲が50MBもかかってしまう。現在半田師匠が2MBに落とすことに成功。完成する日も近いと思う。
ところで5月12日、成田空港近くの日本山妙法寺成田道場にて「仏舎利塔落成記念」ライブに出演します。ヒッピーの教祖内田ボブさんやセネガルのパーカッションやインド、ネパール、スリランカ、ザンビア、アメリカ、ヨーロッパなどのお坊さんなど、いろいろな人が集まるのでおもしろそうだ。なにしろ昼の1時から夜の9時までライブはつづくので出演時間はわからないが、オレは新曲もふくめ6曲ほどやる予定。露天風呂もあるし(うえを飛行機が飛ぶ)、酒もOK、テントと寝袋を持ってる人は持参のこと。
成田空港駅〔京成、JRとも終点)下車、送迎車が往復しています。車での行き方やくわしい問い合わせはお寺に電話してください。0476−35−0247

5月9日(水)
マヤ暦11月8日

半田師匠がかけつけてくれ、瀕死のi Bookを完全蘇生させてくれた。
やっぱ持つべきものは師匠だな。
世界中のマックユーザーのために「クローン師匠」をバイオテクノロジーで増産し、一家に一師匠はそろえておきたい。 本棚の隅に人間ひとりが立てる「師匠スペース」を作り、わからないことがあると取り出して質問できるようになる未来も近いかもしれない。
海上自衛隊出身だから、六四式銃で泥棒も撃退できる。しかも今日は壁打ちテニスにつきあわせ、617回というラリー記録も打ち立てたしな。
こうしてオレの活動は たくさんの支えによって成り立っている。
幸せの総計は、出会いの総計と比例する。

5月10日(木)
マヤ暦11月9日

オレの話した推理ゲーム「海亀のスープ」が、素樹文生のホームページ〔話しを知りたい人はここをクリック)で盛り上がっている。んで、外部から反則ヒントを与えちゃおう。知りたい人はここをクリック。
あさってはライヴだし、「風の子レラ」のゲラと「ケチャップ」の締め切りに追われて 日記を書くヒマないので、「海亀のスープ」ででも遊んでくれ。

5月11日(金)
マヤ暦11月10日


音楽ユニットを組んでいる小島タケちゃん の家で「南無邪華法蛇花夢」を完成させた。明日の朝6時に出発するので小島家に泊まることにした。
小島夫婦は20歳で結婚したという。奥さんのヤスコちゃんは現在25歳、早くにお母さんと死に別れ、おばあちゃんの介護をしている。
今日おばあちゃんが死にはぐったという。病院の診察を終え、車イスからおばあちゃんをおんぶして車の後部座席にかけさせた。ヤスコちゃんが薬を受け取り車にもどってみると、後部座席のドアが開いたままおばあちゃんが駐車場のアスファルトの上に倒れているではないか!
助けを呼び、担架で もう一度病院に運び込まれたおばあちゃんはようやく意識を回復した。
「目ん玉が裏がえっちまんだあ。もどそうと思んだけっとゆうこときかねえ」
おばあちゃんは自分の死期が近いのを明らかに知っている。
「早く楽んなって、じいちゃんや娘(ヤスコちゃんの母親〕に会いてえ」
と、おばあちゃんは言った。

オレは自分の母親の死を看取ったときにふと思った。
「オレたちいつかは死ぬんだぜ」
という思いっきりあたりまえな事実に気づかされてしまったんだ。
緊急医療がめざましく発展し、臨死体験の膨大なデータが集められ、死後の世界が科学的に研究されはじまって20年がたつ。ここまで膨大なデータがそろった以上、「死」について知らないやつは損をする。
オレはニューエージがほざく夢物語が嫌いだし、ここでは医師や科学者の集めたデータと チベット仏教や先住民の伝承のみを参照することにする。
アメリカの医学博士レイモンド・A・ムーディー・jrが書いた「かいま見た死後の世界」の統計やターミナルケア(末期治療)にかかわり「死ぬ瞬間」を書いたE・キューブラーロスをもとに「オレたち死んだら、こうなるんだ」 ってのをシュミレーションしてみよう。

まず君は、交通事故や自殺や病気で死に直面する。

1、生きているときと同じ感覚で耳が聞こえる。
たとえば救急車のサイレンや、病院のベッドで医者が「ご臨終です」という声が聞こえる。聴覚は死後最後まで残る感覚だ。チベットで「死者の書」を死者の枕元で 読み上げるのはこの理由だと思う。

2、心に安らぎと静けさが訪れる。
自分の死を信じられずにパニクってた死者が落ち着きをとりもどす。

3、聞きなれない耳ざわりな音が聞こえはじめる。
日常生活でオレたちは脳に入ってくる情報の90%以上を視床にある検閲装置によって切り捨てている。150億年前に起こったビッグバンの音も聞こえているはずなのに、生存に直接必要のない情報は認識できない。

4、 暗いトンネル のようなものに引きずり込まれる。

5、 死にゆく自分の肉体を空中から俯瞰する。
まわりで泣く家族が見えるが、話しかけてもこっちの姿は生きている者たちからは見えない。一生涯盲目であった人も自分の臨終風景が見えるという。

6、先に死んだ肉親や友人、またはガイド的役割をもつ存在があらわれる。
ヤスコちゃんのおばあちゃんが「じいちゃんや娘に会いてえ」と言ったのは迷信でも古い考えでもない。アイヌをはじめ、世界中の先住民も同じこと言っているし、700万年間信じられてきた「常識」に現代科学がやっと追いついたにすぎない。

7、まばゆい光につつまれる。
チベットの「死者の書」、ユングの言う「集合無意識」、退行催眠、LSD、アヤワスカ、メスカリン、マジックマッシュルーム、スタニスワフ・グロフ博士の過呼吸法などに共通のものだ。おそらく生命の根源的姿は「光」なのだろう。

8、自分の人生を再評価する。
キリスト教では最後の審判、古代エジプトではアヌビス神がその人の一生を秤にかけ、仏教では閻魔大王が出てくるが、あれはあくまで生者によりよく生きさせるための「脅し」にしかすぎない。臨死体験者のデータを見ていくと、ぜんぜん逆だ。わかりやすいたとえで説明してみよう。君は信頼のおけるガイドに案内され、ちょっとビビりながらも「裁判所」にはいっていく。ところがそこはニュースとかでみる裁判所とは似ても似つかないリラックスできる場所だった。たとえば木漏れ日の降りそそぐ森の切り株に君は腰をおろす。アイヌの長老みたいな白ひげの老人が微笑みをたたえながら君に訊く。
「今ふりかえってみると、どんな人生だった?」
君の脳裏に一生涯で起こった出来事がフラッシュバックする。子どものころ友だちをイジメた記憶が生々しく再現されたりする。おもしろいのは、イジメた友だちの側に立って痛みを再体験しちゃうことだ。包丁で母親を刺し殺したやつは、母親が感じた心と体の痛みを再体験する。
これがいわゆる「地獄」なのだろう。
※心臓を蘇生させる専門医師モーリス・ローリング博士の書いた「死の扉の彼方」を読んでみて。たいていの図書館にはあると思う。
「も、もう反省だらけです」君は言う。
「そうかい、 たくさんの痛みを学んだんだねえ」白ひげの長老は君を祝福する。
君は前回の人生をおさらいし、つぎの人生への抱負を述べる。
「 今度生まれてくるときには、友だちや母親にあんな痛みを味あわせたくないです」

9、待合室
地獄を見るのはほんの一瞬で、そのあとはキリスト教がいう「天国」、チベット人がいう「バルドゥ」という待合室で、先に死んだ家族や友人と再生を待ちながら楽しく暮らす。おそらくそこは「イメージがそのまま形になる世界」で、思ったことが即現実感をともなって感じられる世界なのだろう。オレたちが毎晩見る夢は、そこへもどるための準備体操、いわば生者の「プチ家出」なのかもしれない。
「アジアに落ちる」でも書いたが、オレがインドのカジュラホで会った少女はこの待合室に図書館があったという。べつにデパートでも、レストランでもいい。とにかくつぎに借りる本やつぎの買い物やメニュー(つぎに転生する先の両親)を選ばなくてはならない。

10、再生
( 言葉をおぼえはじめた3〜5歳の子どもたちに訊いてみるといい。
「生まれてくるまえは、なにやってたの?」
「おっきいテレビで ママとパパがチュッチュするのをみたよ」
生まれるまえのガキがAVビデオを見てるのか!
「せまいすべりだいをつるんとすべったらまぶしいとこにでちゃった」
これって、トンネルに吸い込まれるのと逆じゃん。生まれるときは死ぬときの逆回しビデオなのか?

まだ死んでもいねえのに、天の邪鬼主義者の独断と偏見にみちた結論。
あの世はとりあえず居心地のいいところらしいが、ずっととどまることはできない。
この世は 居心地わりいけど、「痛み」がなけりゃあ成長できない。
ヤスコちゃんのおばあちゃん いわく
「めんどくせえ」

5月12日(土)
マヤ暦11月11日


朝6時出発のはずが、 まさに予定通り7時となる。
となり町の今市商店街に住む半田師匠が1980円で買った折り畳み式テーブルイスをもってあらわれる。高速をつかうと回り道だし、金もかかるので、日光ー宇都宮ー真岡ー筑波学園都市ー(ここで道に迷う)ー牛久ー成田のルートで、三里塚にある日本山妙法寺に着いたのは12時半だった。
予想していたよりはるかにでかい。30mはある純白の仏舎利塔だ。土台に円形の回廊が 二段あり、丸いドームの四方にはブッダの像が飾られ、てっぺんに黄金の炎を頂いた塔がそそり立つ。
隣接した空港の鉄条網フェンスには物々しい見張り塔が立ち、轟音をあげて頭上を飛行機が飛ぶ。東京のA倉庫に住んでいたときは西武線の電車が通るたびに会話が途切れたが、飛行機の轟音はもっとすごい。そんなところにサフラン色の袈裟を着たお坊さんたちやドレッドヘアーのミュージシャンやヒッピーたちが集まってくるから圧巻だ。日本山の坊さんたちは、もとヒッピーや放浪者あがりが多く、インド、ネパール、スリランカ、チュニジア、ザンビアなどに単身でのりこんで貧しい人たちを助けている。視野の狭い日本の坊主など足もとにも及ばないほどたくましい。オレもそうだが、たくさんの貧乏旅行者が世界中の日本山で一宿一飯の恩恵にあずかっている。

タケちゃんがもってきた5人用の テントをはっているうちに、昼飯にふるまわれたカレーライスをのがす。しまった。カレーへの悔恨を断ち切れず、ろうそくや氷を買うために行ったローソンでカレーパンを買う。
小さいながらも立派なステージが組まれていて、PAもしっかりしている。オレはタケちゃんの演奏をバックに「FUFU Bird」「ラプソディー・イン・ブルー」「Holy night」「レインカネーション」などを熱唱した。とくにスラッシュメタル化した「南無邪華法蛇花夢」のラストを日本山のお経である「南無妙法蓮華経」に変えて歌うと、お坊さんたちがうちわ太鼓をたたいて 唱和し、大いに盛り上がった。

5月13日(日)
マヤ暦11月12日

翌朝、ジュンさんという尼さんがオレたちのテントにやって来た。
彼女こそインディアンのリーダー、デニス・バンクスを助け、アメリカのマイノリティーを命がけでサポートしつづけた 伝説の尼僧だ。
オレは 1984年、FBIに投降するまえのデニスに会いに行った。1973年アメリカ合衆国に対して一斉蜂起したアメリカンインディアンムーブメントの創始者であるデニスはFBIに追われ、マーロン・ブランドやジェーン・フォンダの交渉によってニューヨーク州の北に設定されたオノンダーガ保留地で暮らしていた。不自由なデニスの生活を支えていたのがジュンさんである。
オレも会いたいと思っていたが、17年もたって こんなところで会えるとは思ってもみなかった。
「あなたの歌を聴いて感動したので、お願いがあってきました」
ジュンさんはニューヨーク州北部のピータースバーグにある日本山の住職をしている。 現在は差別裁判によって死刑判決を受けた黒人運動のリーダー、ムミア・アブジマル氏のサポートに奔走しているという。ムミヤは警官殺害の罪でトイレの個室ほどしかない独房に閉じこめられている。ムミヤはジュンさんに手紙を書いた。
「ohayoudozaimasu Junsan. watasiha Mumiyadesu」
いつ死刑になるかわからない状況で 日本語を勉強するムミヤの姿に涙が止まらなくなったという。
現在アメリカ中の黒人のあいだでムミアを救うムーヴメントが急速に広がりつつある。
「独房の暗闇にとどくような歌を作って見せる」とオレはジュンさんに約束した。できあがったらジュンさんといっしょに、フィラデルフィアの刑務所にいるムミアに直接届けに行くつもりだ。

AKIRA & JUN
5月14日(月)
マヤ暦11月13日

締め切り、全力疾走。
プールはいったけど。

5月15日(火)
マヤ暦11月14日

仕事帰りのタケちゃんから 電話があり、日光JR駅前の喫茶店Cieroにi Bookをかついでいき、日記やJUNさんの写真を見せた。部屋中をハイテクの音響機器で埋め尽くしているのにタケちゃんはパソコンを持っていない。「デジカメでとった写真を見たい」と半田師匠を呼び出し、小嶋家で知恵を集める。
どう考えても日光なんて田舎で、先端を極めた(しかも全然別分野で)3人のクリエーターが出会うなんてあり得ないことだ。たぶん聖地の磁場がオレたちを出会わせたのだろうと勝手になっとくし、お互いの情報を交換する。
おとといのJUNさんをはじめ、
「運命は決まってないが、出会いは用意されている」
とつくづく感じるよなあ。

5月16日(水)
マヤ暦11月15日

「死ぬ理由もないけど、生きる理由もない」
そんなメモを残してふたりの少女は宙を舞った。
8階の非常階段からアスファルトの歩道にたたきつけられ、第一発見者が声をかけたときにはまだ呻き声をもらしていたが、まもなく絶命した。
ふたりは福岡の別々の学校に通う高校2年生で 、アニメ部とイラスト部に所属していた。
誰もが「生きる理由もないけど、死ぬ理由もない」と、生きている。
これがくるりと入れ替わるとき、世界が反転する。
ニュージャージーにあるアパートのバスルームでオレの手首からわき出した血の味がよみがえってくる。
人は誰でも世界を一瞬で消せる魔法をもっている。
それが自殺だ。
去年日本の自殺者は33000人という記録を作り、交通事故の3倍だという。
オレは自殺者を身勝手だとも弱虫だとも思わない。
肉体は消えても記憶は生者以上に刻みつけられる。
自殺もひとつの「生き方」だ。
とまれ!
生きているほうがつらい、さみしい、カッコ悪い、疲れる。
彼女たちが一瞬の自殺に使った「勇気」を、オレたちは毎日奮い起こして 生き続けなければならない。
オレたちは心と体の「痛み」をとおして世界を受け入れるために生まれてきたんだから。
テレビのコメンテーターは言う。
「命の重さを知らない」
「現代病」
「目的を喪失した世代」
善人づらで同情するな。
したり顔で批判するな。
彼女たちはあなたの代わりに死んでくれたのかも知れない。
アスファルトにたたきつけられる痛みをとおして届けられたメッセージをのがすな。
オレには彼女たちの声がこう聞こえる。
「私たちの屍を踏み越えて、生きていきなさい」と。

5月17日(木)
マヤ暦11月16日

ひさびさに奥日光にある中禅寺湖へ行った。
紅葉もすごいが新緑の季節もすさまじい迫力だ。原生林が萌葱色に沸き立ち、発光する。緑色の炎が山々をおおい、天蓋を焼き尽くそうとする。遅咲きの桜が 暖色を散らし、木々たちの歓喜に湖面がさざめく。
こんな絵を描ける画家を、人間には知らない。
二酸化炭素削減を決めた京都議定書をアメリカがけっとばし、日本も「もっと柔軟な対応を」(=約束を守らないでもいい)とごまかす。
アイヌの良心、山道康子さん(「風の子レラ」のチュプばあちゃん役)がこんなことを言っていた。
「地球というお母さんは 、たくさんの子どもを産だんだ。でも人間はほかの兄弟たちを殺し、この世に生を授けた母親までも殺そうとしている。お母さんは痛みに耐えながら無言で絶命していくんだよ。ほら、耳を澄ましごらん。お母さんのすすり泣きが聞こえないかい?」
森林率60%を誇る日本は、一見森林破壊が進んでいないように見える。(まあ、ダムや治水工事ほどあからさまな破壊ではないというていどだが)
しかし見えないところで日本企業は暗躍している。フィリピン、インドネシア、タイ、マレーシア、パプアニューギニアからオーストラリアのとなりにあるタスマニアまで、アジアの森を刈り取り、それにあきたらずアマゾンにまで手を伸ばしはじめた。
もちろん合法だから報道されないし、その国でも声をもたない先住民の森を狙うからたちが悪い。アマゾンの森を守ろうとする先住民は、日本企業から賄賂をわたされた警察に逮捕される。ピストレーロという殺し屋は200円ぽっちで雇える。
500年前には1000万人いたインディオは、現在97%が絶滅した。
日本人がクーラーの効いた部屋で唱える「環境保護」と先住民が命がけで戦う「環境保護」とは、なんと近くて遠い言葉なのだろう。
(ぜひ、ほんの木 から出版されている南研子さんの書いた「アマゾン、インディオからの伝言」を読んでほしい)

中禅寺湖のほとりで無邪気にはしゃぐ新緑たち。
オレの眼に水たまりができた。
同情の涙なんかじゃない、
この美しさを
自分の眼に映しとりたかったんだ。

5月18日(金)
マヤ暦11月17日

人間の祈りが植物につうじるという実験は、さまざまなデータで証明(工作社からでてる「植物の神秘生活」は絶対お薦め)されているけど、もっともかんたんな実験方法のひとつをオレもまねしたことがある。
どんな種類でもいい、同じ植物から三枚の葉っぱをちぎってくる。箱に並べ平等に日に当てる。ここまではいいかげんでいいが、つぎがポイントだ。彼らを人間に見立てて、思いっきりえこひいきする。
とりあえずオレは、ひいきするやつを「ニコちゃん」、
いじめるやつを「コマッタちゃん」、
無視するやつを「ムシッコちゃん」と名づけた。
毎朝毎晩ニコちゃんに話しつづける。「ニコちゃん、いい子だから死なないでね。がんばって生きつづけるんだよ」
心を鬼にして、コマッタちゃんを罵る「おまえなんか早く死んじゃえ」
ムシッコちゃんには一切話しかけない。
ムシッコちゃんは四日で茶色く縮こまり、一週間で枯れてしまった。人間にもそのまま当てはまるけど、最大のいじめは「完全無視」なんだ。
コマッタちゃんは二週間も健闘した。いじめは歪んだ愛情で、短期間だけど生命を活性化させるらしい。
ニコちゃんはやや黄色がかったものの一ヶ月間緑を保ち、「ごくろうさま、もう死んでもいいからね」と祈りをやめた三日間でいきなり枯れた。
ほんとびっくりするから、みんなもやってみるといいよ。

5月19日(土)
マヤ暦11月18日


「女性も天皇になれるよう、法律を変えよう」というのをテレビで討論していた。
とっくにCTスキャンして性別はわかっているはずだから、生まれてくる子は女の子なのだろう。
「海亀のスープ」レベルのうわさ話だが、天皇家に男の子が生まれないよう呪いがかけられているという。1文字ずつ飛ばして上下ジグザグに読んでみて。

お わ だ ま さ こ
 X   X   X  X  X
か わ し ま き こ

お互いの名前が縛りあう、言霊の呪いだそうだ。
そんなことはどうでもいいし、女性が天皇になってもかまわない。卑弥呼ばっかり クローズアップされるが、農耕がはじまるまでの長い間は女性が政治を司ってきたんだ。
現代の「父系制支配型社会」なんぞ数千年の歴史しかない。数百万年間もつづいた「母系制強調型社会」では、結婚というがんじがらめの制度がない〔天皇家の嫁のように縛りあわない)。
しかも女のほうが男を選び、複数の男性と関係を持つ。子どもは村の共有財産として育てるから、関係した男の名前を明かす必要はない。孤立した村では、種を多様化させるにも有効な戦略だ。祭りでは他の部族と積極的に交わったし、旅人はモテまくっていたことだろう。
今でもアマゾンやアフリカでは、男は狩りとセックス以外は昼寝している。なまじ男が政治なんぞやるから、どんどん地球を破壊してしまう。日本の男ももっと怠けるべきだ。
男の仕事である狩りが寡黙な行動を要求されるのにたいして、女の仕事である採集は情報交換が必要だ。どの木の実が食べられるとか、どこに生えている草は熱病に効くとか、ユカ芋をどう料理すれば毒がぬけるとか、肉食獣を近づかせないためにも音を発していたほうがいい。狩りによって男の脳は空間認識を発達させ、採集によって女の脳は言葉と知恵を発達させていった。
その昔日光の男体山は女人禁制で、いろは坂の下りにある女人小屋というところまでしか行けなかった。フェミニストは「女性差別だ!」と怒るだろうが、オレにはもっと深いわけがあると思う。当時の登山は命がけの行為だし、狩猟経験のない女性たちには危険きわまりないものだ。男なんか消耗品だが、女は命を宿す貴重な存在なので、「女人禁制」として登山を禁じたのだと思う。
インディアンが生理中の女性をスエットなどの儀式に参加させないのは、「ムーンタイム」といって生理中の女性は非常にパワフルな力を持っているからだという。
アイヌのカムイノミ(神への祈り)という儀式は男だけでおこない、イチャルパ(先祖供養)は女だけでおこなうのが習わしだった。なぜなら男は人間(アイヌ)なので神に祈らなくてはならないが、女は神(カムイ)なので人間である祖先に祈るのだ。
「差別はないが、区別がある」
10年以上アマゾンのインディオにかかわってきた南研子さんは言う。現代では精神病院や障害者施設に閉じこめられてしまう人たちも、「神に近い人」として大切な役割を与えられた。 障害は「個性」どころか「才能」として敬われたのだ。
このように 「母系制強調型社会」ではすべてのものに神が宿り、すべてのものがそれぞれの役割を持っていた。「父系制支配型社会」が行き詰まった現代、この大らかさをとりもどす時が来たのかも知れない。

5月20日(日)
マヤ暦11月19日
アイヌのシャーマン山道康子(アシリ・レラ)さんが東京にやって来る。ぜひ康子さんの話を聞きに行ってほしい。

5月31日(木)文京シビックホール
18時半開場、19時開演
料金3000円(全席自由)
聴き手 田口ランディー(作家)
道先案内人 鎌田東二(宗教哲学者)

文京シビックホールへは、営団地下鉄「後楽園」駅徒歩0分。または都営地下鉄「春日」駅徒歩1分。
チケットのお求めは、
オフィスTEN
http://www.office-ten.net
FAX 03-3828-5090
電話 03-3828-5070

康子さんはアイヌの聖地、北海道二風谷で子どもたちにアイヌ語と伝統文化を伝える「山道アイヌ語学校」を主宰している。さまざまな事情で預けられた10人もの子どもたちの親代わりをしながら、平和運動をつづけている。
六月の終わりに出るオレの小説「風の子レラ」の主人公レラにいろいろな知恵を伝えるチュプばあちゃんは彼女がモデルだし、あとがきも書いてくれた。
この物語自体康子さんとの出会いがなかったら生まれなかった。オレは毎年北海道の二風谷にかよい、康子さんからアイヌの知恵を教わってきた。アメリカインディアンのデニス・バンクス、アマゾンのパブロ・アマリンゴとともに、康子さんはオレの人生でもっとも影響を受けた偉大なるシャーマンだ。
ここで康子さんの略歴を紹介しよう。
1946年、苫小牧に近い鵡川に生まれる。うそのような実話だが、彼女が生まれたとき、家のかまどに雷が落ちた。驚いた父親はこう言った。「この子は大泥棒か偉人になるべ」と。
中1のとき父を亡くし、18歳で結婚。19歳で長男、22歳で次男を出産。
25歳のとき、夫を亡くす。夫は対向車をよけ、電柱に激突し、2ヶ月後に白血球が減り死んだ。
民芸店を営むが、家事で大やけどを負ったり、交通事故で大けがをしたり、苦境はつづく。
二風谷ダムが着工され、アイヌの大地を守るため反対運動をはじめる。さまざまな嫌がらせにもめげず、彼女のまわりにさまざまな人々が集まってくる。
平成1年「アイヌモシリ1万年祭り」をはじめる。

毎年8月15日から20日までおこわれるこの祭りには、全国から500人もの若者がテントをしょって集まってくる。巨大なたき火を囲みながら のライヴ(オレも毎年歌わせてもらっている)、アイヌの歌や踊り、ユーカラ、伝統工芸のワークショップ、弓大会からパン食い競争まで盛りたくさんだ。
今年はまたアボリジニの人たちもくるし、オレも絶対に行く。レイヴをはじめいろんな祭りに行ったけど、やっぱりこの祭りが最高だね。森のなかでのキャンプ生活とアイヌの知恵は忘れていたなにかを思い出させてくれるだろう。みんなも ぜひ来てみてほしい。
今年も8月15日(水)から20日(月)。入場料は5日間で2000円。
茨城県の大洗港からフェリーで苫小牧港まで20時間。2等で片道1万円くらい。
夏休みで混むので2週間くらいまえから予約しておいたほうがいい。
ブルーハイウェイライン東京予約センター 03−3578−1127
インターネットの予約はhttp://www.sunflower.co.jp/
苫小牧港からバスでJR苫小牧駅。日高本線富川下車、バスで二風谷アイヌ博物館前下車、道を聞いて徒歩2分で 康子さんの家に着く。そこから会場の貫別旭まで車で連れていってくれるから安心だ。

「誰のためでもない。自分のため、子どもたちのためにも地球をきれいにしてカムイにかえしてあげないとね。アイヌ・ネノアン・アイヌ(人間らしい、人間)でありますように。 アイヌとは人間という意味です」アシリ・レラ(山道康子)

5月21日(月)
マヤ暦11月20日

20数年ぶりのお受験勉強ざあます。
明日6時起きして原付免許の試験を受けに行く。
「この年になって車も乗れないのは恥だ」と友だちにさんざん言われつづけてきたが、オレだってジェットスキーのインストラクター(ハワイでは免許がいらない)やってたし、象やラクダや馬になら乗ったことがある。
今までニューヨーク、アテネ、フィレンツェ、マドリッド、東京と都会ばかり住んできたので車の必要性なんて感じなかった。しかし日光ではちと不便である。新しくできるショッピングモールは車型社会に合わせ郊外に建てられる。原チャリさえあれば、ジャスコで試食ができるし、ブックオフで古本あさりもできるし、文教堂で新刊も買えるし、足尾温泉にも行ける。
カバの絵が表紙の「原付免許はこれだけで取れる」という漫画テキスト(ブックオフで100円)を買ってきて今日はじめて真剣に読んだ。

交通標識は色違いで全然ちがう意味になるし、内輪差、路側帯、空走距離、制動距離、遠心力は速度の2乗に比例……
だ、だめだ、わからない!
その昔「一夜漬けの狼」と呼ばれていたオレだが、「カバでも取れる原付免許」はニーチェの「ツラトゥストラ」 よりむずかしかった。

問33 「軌道敷内通行可」の標識のあるところでは、原動機付き自転車も軌道敷内を通過できる。(イエスはノーかのマークシート)

う〜む、 言葉で飯を食っている者でさえ「軌道敷内」などという単語は耳にしたことがない。しかも原付はバイクでなく自転車なのか! オレの脳裏にはETをのせたマウンテンバイクが地球の周回軌道をまわる姿が浮かぶ。
わからない、まったくわからないのだ!
輪廻やシャーマニズムに関する問いはないのか? せめて「なぜ人は乗り物に乗るのだ?」という問いでもあれば、快感中枢A-10神経の仕組みから説明してやる。いや、問題はすべてマークシートで答えなければならない。
ああ、オレが20年もかけて世界中を放浪し蓄えてきた知識が、「カバでも取れる原付免許」のまえでは圧倒的に無力だった。
こうなったら徹夜でカバと戦ってやる!

5月22日(火)
マヤ暦11月21日

運命の日は来た。
朝の4時まで勉強し、2時間ほど仮眠を取った。はっきり言って徹夜の一夜漬けほど効率の悪い勉強方法はない。
記憶は3つのレベルに分けることができる。
レベル1、瞬時記憶。(さっきまで何を考えていたっけとか)
レベル2、短期記憶。(朝飯はなんだっけとか、試験のためだけの勉強とか)
レベル3、長期記憶。(一生忘れない思い出とか)
反復学習によってカテコールアミンやグルタミン酸が分泌され、記憶を運ぶシナプスの結合が強化され、記憶は海馬(1972年に発見される)へと定着する。
ボディービルダーが1日おきに休息日を設けるように、記憶ホルモンを分泌させるのには睡眠と休養が欠かせないのだ。
6時半の電車に乗りおくれそうになったので、切符も買わずに飛び乗る。こっくりこっくりするたびに太ももをつねり、寝過ごさないようにする。「東大一直線」という漫画では太ももにキリを突き刺してたなあ。楡木という無人駅で降りて、はたと気づいた。
「オレ金払ってねえじゃん」
幸先の良いスタートなのか? いや、こんなことで運を使い果たしてしまってはまずい。
早くもバス停には茶髪族がヤンキー座りし、免許センターに着いたのは8時だ。試験会場は懐かしいスチール机が並ぶ。よくもまあ小中高と12年間、一日6時間もこんな机に縛りつけられていたものだ。
テストの直前にトイレに行って何度も顔を洗うが、頭のなかの霧は晴れない。
テスト会場にもどるとき、オレの受験番号「4008」を見て受付が言った。
「末広がりですね」
こんなときに謎かけすんなよ。気になってあれこれ考えてみると最後の「8」が「八」で末広がりという意味らしい。(だったら漢字を使え! アラビア数字の8は永久運動を意味するし、永久にオレはこの試験場に通わなければならないじゃないか!)
試験官の説明も子守歌に聞えるし、ここで試験を受けていることが夢なのではないかと太ももをスチール机の下でつねる。
「それではテストをはじめます」
50問中45問を正解しなければならない。1問2点で100点満点中90点以上が合格だ。ずっと80点が合格ラインだったのに交通事故の多発により最近90点に引き上げられたという。30人ほどの受験者のなか、まわりはほとんど16歳から20まえのヤンキーだ。
眠い、眠すぎる。
20数年ぶりの答案用紙、その催眠術にかかった。 ほとんど亡霊状態でマークシートを塗りつぶしていく。
とちゅうで眠りかけた。
ヤバイ、試験官に肩をたたかれて目覚める。ふたりほど書き終えた若者が退出している。残り時間10分、あと20問を解かねばならない。

問45 原動機付自転車に乗るときは、肩の力を抜き、ひじをわずかに曲げ、背筋を伸ばし、視線は先の方にむける。

う〜む、「背筋を伸し」ているのは、スーパーカブに乗る郵便配達人か信用金庫の集金人だけだろう。 答えは「ノー」
ぎりぎりで全問を書き終え、退出する。「カバでも取れる原付免許」を開くと、
「背筋を伸し」と書いてある!
目の前が真っ暗になり、芝生の上にたおれこんだ。
2時間ほど眠ったろうか、試験で前の席だったヤンキーが 「発表ですよ」と起こしてくれた。このまま爆睡していたら夜になっていただろう。
やさしいやつだ。銀髪の彼はまだ十六歳。母親に付き添われ、もう試験は三回目だという。
2階の試験場にもどり、電光掲示板の発表を待つ。
4008
がポツンとオレンジに点灯した。
火山のごとく突き上げてくる歓喜を必死に押さえ、
「むふっ」とだけ微笑んだ。
オレをわざわざ起こしてくれたヤンキーは、がっくりと肩を落とし、階段を下っていく。
勝者ほどいやなものはない。

5月23日(水)
マヤ暦11月22日
最近小さなシンクロでは驚かなくなったが、このタイミングもすごい。
死刑囚ムミア・アブ=ジャマール(5月13日の日記を参照)の歌がふと浮かび、「Freeedom is dead」という歌詞を書き留めていたときだ。郵便受けになにか大きな物を入れる音がしたので取りに行ってみる。
なんと「戦う尼さん」ジュンさんからの手紙と、ムミアが獄中でつづった著書「死の影の谷間から」(現代人文社1700円)が訳者の今井恭平さんから送られてきたのだ。
むさぼるように読んだ。
死の崖っぷちから発信されるムミアのメッセージは強烈で、クールで、この期に及んでもユーモアを忘れない。オレもアメリカの裏側をさんざん見てきたつもりだったが、今さらながら人種差別大国アメリカの残酷さに背筋が凍りついた。
事件を概要をざっと説明しよう。
ムミア・アブ=ジャマールは1954年フィラデルフィアに生まれる(現在47歳)。14歳のときブラックパンサー党フィラデルフィア支部の創立に参加する。ブラックパンサーは黒人武装組織として有名だが、貧民に朝食を配付したり、若者たちをドラッグから矯正させたりとさまざまな福祉活動もおこなっている。
70年代はジャーナリストとして活躍し、警察や市政の腐敗を批判する。
1978年、黒人組織MOVE本部を600人の警官隊が銃撃した事件を、ムミアは徹底的に報道したため放送局をクビになった。彼が家族を支えるために夜勤タクシー運転手として働いているときに、 いよいよ事件は起こった。

1981年12月9日、白人警察官がムミアの弟の車を停車させ、懐中電灯で何度も殴りつけ、しばらくしてムミアがやってくる。ムミアは警官に撃たれ、危篤状態となる。別の男が(捕まっていない)が 警官を撃ち殺し逃走する。
おそらくこれが事件の本当の全貌だと思う。
しかし不運なことにムミアは銃を持っていた。アメリカでは夜勤のタクシー運転手が銃を持っているのも珍しくないし、実際強盗に襲われたことのあるムミアは武器の携帯許可証を得ている。
差別裁判のはじまりだ。
アルバート・セイボ判事はアメリカの現職裁判官の中でもっとも多くの人々を死刑囚官監房に送り込んだ悪名高い人物で、人種差別と証拠偽造、証人脅迫によってムミアに死刑判決を言い渡した。
アメリカ全土で黒人は11%しかいないのに、死刑囚人口の40%を占めている。白人を殺したときに死刑を宣告される率は、黒人を殺した場合の4・3倍という恐るべき数字を示している。
ムミアは獄中からアメリカやヨーロッパの新聞(40誌あまり)に手記を掲載し、世界中でムミアを救うムーヴメントがはじまった。
1999年4月、フィラデルフィアに3万人、サンフランシスコに2万人が集まり、ムミアの再審と死刑執行停止を訴える大集会がもたれた。ローマ法王や南アフリカのネルソン・マンデーラ、レイジ・アゲンスト・ザ・マシーン、ウーピー・ゴールドバーグなど、ムミアを支援しているという。
タタミ3畳にも充たないペンシルバニア死刑囚監房で2度の死刑執行をかろうじて差し止められ、今この瞬間も死を見つめながら暮らしているひとりの男がいる。

ムミアのことを教えてくれた日本山妙法寺のジュンさん、素晴らしい本を送ってくださった訳者の今井恭平さん、本当にありがとう。
そして生きることと自由の切実さを教えてくれたムミアに届くような歌を書きたい。
くわしくは http://www.jca.apc.org/mumia/

5月24日(木)
マヤ暦11月23日


タケちゃんがもっていた「ホピの予言」のヴィデオを見た。
宮田雪監督が86年に発表した映画作品は日本だけではなく、アメリカやヨーロッパでも好評を博している。
なぜアメリカインディアンの映画を日本人が撮るのか?
アメリカインディアンは古くから母なる大地を傷つける農業を嫌い、ホピ族は自分たちの大地が地球の脊髄にあたると教えられてきた。ところが単なる迷信と笑っていた白人が目の色を変えてホピの大地に押しかけることになる。石炭、天然ガス、石油、そしてウラニウムが発見されたのだ。アメリカ政府と多国籍企業が乗り込み、見捨てられていた南西部の不毛地帯は、いきなりエネルギー戦争のメイン舞台となる。
ホピの大地(現在ナバホ族移住区レッドロック村)に眠るウラニウムが掘り出され、原爆となって広島、長崎へ投下されたのだ。
それを知ったホピの長老たちは、秘密裏に伝えられてきた予言をはじめて明かしあった。
「ホピの大地を掘ってはいけない。灰のつまったヒョウタンが現れて、川をたぎらせ、地を焼き尽くし、不治の病が人々をおおう」
予言は何百年も前から伝えられてきたものだ。
「人類は2度洪水で滅んでいる。3度目の大きな浄化が近いうちに起こる」
しかしホピの宇宙観は、キリスト教の直線思想のように人類滅亡を意味しない。円環でつながる時間の中で3度目の浄化とは、物質文明の終焉と同時に精神文明の目覚め、母なる大地との和解の日がくるという。
「車輪のない乗り物が空の道を行き来する」(飛行機の登場)
「大地の表面はクモの巣でおおわれ、はるか遠いところにいる人と話ができるようになる」(電話、ファックス、インターネットの登場)などもとっくに予言していたのだ。
ホピの聖地ビッグマウンテンがアメリカ政府に略奪(2000年の2月1日の強制退去)されるのに抗議する行進に日本山のジュンさんをはじめたくさんの日本人も参加した。その記録は大重潤一郎監督の映画に残されている。
ナチスによるユダヤ人の強制収容所の話しは日本人の誰もが知っている。しかしインディアンは500年もの間、強制退去、強制移住をくり返され、祖先たちの土地を日常的に奪われつづけてきたのだ。
過去の話しじゃない。白人社会の仕事につけないインディアンはウラニウム炭鉱のもっとも危険な仕事につき、80%ラドンガスによって肺ガンになり、なんの保証金も払われぬまま使い捨てられる。
イエローケーキと呼ばれる放射能廃棄物は3億トンも放置され、1979年に廃棄物を貯蔵していたダムが決壊しプエルコ川を汚染し、コンクリートとそっくりな廃棄物で家を建てたインディアンたちは肺に直径10センチもの穴を開け、小頭症、ダウン症、卵巣ガン、骨髄ガンの子どもたちが増えつづけている。
死刑囚ムミアをはじめ、アメリカという国の全体像を把握するには、黒人やインディアンの視点を無視できない。 ホピの大地で掘られたウラニウムの2%が現在日本に輸入されている。
まちがっちゃいけないのは、「悪」を告発する自分自身の「正義」に酔ってはいけない。
自分たちの土地から掘られたウラニウムが原爆となって広島、長崎に落ちたことにインディアンが心を痛めるように、オレが今このパソコンで使っている電気もインディアンの命を削ってできていることを知ることだ。
「それでもおまえは書くのか?」と亡霊は言う。
「オレは書く」
彼らが犠牲になってまで作ってくれた電気を使い、白人が作ったマッキントッシュのパソコンを使って書く。

「感謝」は「覚悟」だ。


ホピの予言のホームページ

http://www2c.airnet.ne.jp/assisi/Influence/Native/NativeBookPhoto/HopiYogen.htm

5月25日(金)
マヤ暦11月24日


ついに我が愛車を買った。
深緑色のHONDAスーパーカブ。
7万5千円(もちろん10回払いのクレジットだけど)。
オレは郵便配達夫が乗る「ミスターポストマン」カブや、信用金庫の集金人が乗る
「マネーコレクター」カブにあこがれていた。
機能と実用性だけを追及した究極のダサさ、それがスーパーカブだ。
いつかオレの本を注文してくれた人のところへ1冊ずつ届けにいき、日の当たる縁側でほうじ茶などをすすってみたい。1500円の料金を集金するために、黒い合成皮の集金かばん(手首からぶら下げるあこがれのアイテム)で集金旅行をしてみたい。 白い耳当てへルメットはもちろんだが、黒縁メガネやライダースウェアとしてネズミ色のくたびれた背広やコインランドリーの乾燥機で縮んだ紺のネクタイも欠かせない。
はじめての愛車にどんな名前をつけようか?
「ヤン・グルジンスキー」
「バルトオメオ1世」
「ザ松吉」
「讃岐うどん」
「ヴェジタリアンキング」
いろいろ考えたが、深緑の姿態から「カマキリ夫人」というのもいいかも知れない。カマキリは英語で「Praying mantis」。あのポーズが祈りに似ているという。「カマキリ夫人」は日活ポルノ映画のタイトルでもあり、射精を終えた雄カマキリを牝カマキリは頭から食らう。
ちょっと不吉だが、オレは 「カマキリ夫人」にまたがり、霧降高原の坂道をロウギアを全開にして上っていった。

5月26日(土)
マヤ暦11月25日

今日はトトチョフ(父)の誕生日だと妹から電話があった。
戦中生れの71歳。もと北関東登山連盟の会長で、いまだにトレッキングやスキーを欠かさない。なにしろ病院に行ったこともないし、薬も飲んだことがないというのはすごい。かなりのヘビースモーカーなので、市がおこなう健康診断にいっしょに行くか? と訊ねると、「楽しくたばこを吸って死ぬからいい」と悟りきっている。
若いころは酒乱でオレの少年時代は暴力の嵐だった。
ババチョフ(母)は妹を連れ別居し、「家庭とは戦場のことだ」と思っていた。これだけ人間の不条理をたたき込まれて育てば、犯罪者かアーティストになるしかない。
ニューヨーク時代のオブジェに「殺し合う家族」があるが、べつにあれは誇張でもなんでもない。子ども時代の精神生活をそのまま形にしたにすぎない。
オレが40になっても独身なのは家庭に対する幻想をいっさいもたないからかもしれないが、今では逆に感謝している。
あの嵐の日々は人間洞察のための「英才教育」であり、「アーティスト養成ギプス」だったんじゃないかな。
どんなにきれい事を言う人間でもその内側に残忍性を秘めているし、どんなに残忍な犯罪者でも内側に聖性を秘めている。
深く傷ついた人間であればあるほど、他人の痛みがわかるし、孤独の谷間を覗いた者ほど、人のぬくもりを大切に思う。
往年の暴力おやじは完全になりをひそめ、仙人のようにやさしい老人になってしまった。
トトチョフはオレの本を読んだこともないし、ホームページで自分のことを書かれているなんて夢にも思わないだろう。
この反面教師の「拳」と「微笑み」によって、「許すこと」と「感謝」を教わったのかも知れない。

誰にでもいつか必ず、親を許す日がくる。
それはとりもなおさず、自分を許す日なんだ。

5月26日(日)
マヤ暦11月25日


花束が落ちていた。
愛車「カマキリ夫人」を駐車しておくスペースは、うちの家から5軒ほど上ったところにある。小雨が降っていたので100円ショップで買った銀色のカバーをかぶせ、歩き出した足もとに花束を見つけた。これは今年のあたまに鈴木さんが倒れていた場所に捧げられている。
透明なセロファンの内側が「花の息」でくもり、誰も刈る人のいなくなった雑草の上によこたわる色彩が、唐突でもあり、魅惑的でもあった。
鈴木さんは独身で、50歳くらいだったろうか、看護婦をしながら80歳の母親と二人暮らしだった。 その日の朝、元気な声で回覧板をとどけにきたはずなのに、午後家のまえに倒れた。急性心不全だった。 80歳の母親は長女の家に引き取られ、家は誰も住んでいない。
なぜ人は死者に花を捧げるのだろう?
花葬の歴史は6万年ほどまえにさかのぼる。イラク北部のザクロス山地で、洞窟の入り口に埋葬されたネアンデルタール人(成人男性)の骨格が発見された。 ネアンデルタール人はなんと現代人より150cc(缶ビールの半分)も大きい脳をもち、サイキックな能力が発達していたという。骨のまわりで見つかった膨大な花粉から、この男は花に埋もれて埋葬されたらしい(おそらく重要なシャーマンだろうといわれている)。
花の誕生は1億1千年まえにさかのぼる。
4億年前に現れた植物は水辺を30メートル級の巨木でおおい、恐竜が闊歩する三畳紀、ジュラ紀、白亜紀には100メートルを越す巨木の森ができあがった。
花粉を風で飛ばす(花粉症は先祖返りか?)裸子植物しかなかった時代に、革命が起こった。
花の誕生である。
植物は「セックス」を発明した、それが花だ。
植物は昆虫と「まぐわった」。あてずっぽうに大量の花粉を風で飛ばすより、甘い蜜で昆虫を惑わし、足に湿った花粉をつけさせて確実な配偶者のもとへ運ばせる。裸子植物は受精に半年から1年かかるのに、被子植物は3分しかからない。花は赤道近くの低緯度地域で生まれ、昆虫とともに爆発的に増えていった。
さらに花はつぎの恋人に哺乳類を選んだ。
自ら移動できない花は、高カロリーの甘い果実を食べさせ、消化しない殻で包んだ種をいろんな場所に排泄させる。当時ネズミのようだった人類(哺乳類)の祖先はまさに花の恋人として選ばれたのだ。
フラれたのは大食漢のヒモ、恐竜だ。
1日600kgから1トンの植物を食らうだけ食らって恩恵をかえさない恐竜は進化からはじき出された。きっかけはメキシコ湾に落ちた巨大隕石で気候が激変したことだが、
恐竜は「花に追われて滅んでいった」
地球の女王は植物なのだ。
これまでも、これからも「植物と愛し合えない者」は淘汰される。

ちょっと言い方がきつかったかなあ。植物を暴君みたいに言っちゃったけど、彼女たちだってせいいっぱいきれいになろうと咲いている。
日光は今ツツジが満開だ。 受粉するためだけじゃない、それを見る人間たちも「きれいだなあ」って思ってほしいからだ。オレは環境保護の正義以前に、こんなにきれいな花をいつまでも見ていたい。
死者の倒れた場所に手向けられた花を見て思う。
花は新しい時代を飾り、古い時代を祝福する。
願わくばオレも、花に埋もれて死んでいきたい。

5月27日(月)
マヤ暦11月26日


「ケチャップ」第二稿を読んだpaperbackの編集長すぶやんとの会話。
す「すばらしい出来なんですが、ちょっとスカルが……」
A「やっぱスカルはやばいっすか?」
す「ええ、スカルは女性読者などにはきつすぎるかと」
A「じゃあ、フィストも
だめですか?」
す「いや、フィストはいいですよ」
A「フィストはOKで、スカルはNGなんですか?」
す「なんの話をしてんだ、おれたちは(笑)」

80年代、ゲイたちのあいだで究極の快感を求めるフィストファックと スカルファックが流行した。
フィストとは拳だ。拳を相手の肛門に突っ込み、猛者になると肩口まで差し入れてしまう。
スカルとは頭蓋骨だ。呼吸用のチューブをくわえ、頭を相手の肛門に差し入れ、肩車で担ぎ上げる。
信じられない話だろうが、人間の体はこのようなことが可能なのだ。スカルファックで強姦された男の死体がハドソンリバーに浮かんでいたことがある。肛門は20センチも裂けていたという。
突っ込まれたほうが心臓マヒを起こしたため肛門筋収縮し、ぬけなくなった相手が窒息死したケースもある。
はっきり言って命がけである。
「究極のエロティシズムは、死である」と三島由紀夫は言う。しかしライアル・ワトソンが「ネオフィリア」と呼ぶ根源的好奇心のほうがあたっているだろう。人は「求め続けてやまない」基本プログラムを初期設定されている。

肛門に突き刺さった頭
肩車で愛人をかかげ
チューブから酸素をほおばる双生児たちよ
肛門にねじりこまれた拳
上腕筋の根本まで腸内に受け入れる苦行僧よ
「いったいなんのために?」
子孫を残すためだけに愛を語る愚かな質問はやめろ
悟りを開くためだけに禅を組む安全な修行をやめろ
極北の苦悩を受け入れるものだけに
門は開く
 おまえの舌苔を陽にさらせ
 さもなくば永遠にくたばれ!

(1983年 詩集「少年ジャンク」より)

5月28日(火)
マヤ暦11月27日

週に一度はプールで泳ぐ。
郵政省がやっているメルモンテには宿泊棟のほかに遊泳施設を備えている。オレはあらかじめ電話で団体がいないのを確認し、家から徒歩1分の東武駅前から無料の送迎バスに乗る。 ここにつづく有料道路が乗用車900円もとるため、平日はガラガラだ。今日も一組の家族が帰ったあとには、オレ一人。2つのプール、3つのジャグジー、ミストシャワー、低温サウナを独り占めだ。
まるでオレ一人のためにつくってくれたようなものじゃないか。
毎日20万円の赤字だそうである。だから郵政省の民営化には反対だ(笑)+(プルサーマルの住民投票を説明不足とうそぶく小泉総理や石原都知事を信じてはいけない)
スイミングキャップとゴーグルをつけ、異世界へ滑り込む。
ガラス張りの天窓から差しこむ太陽光線が波形文様を紡ぎ、湖底に潜れば潜るほど虹色に分光する。オレは生まれたての子どものように目を見張り、2度とくりかえしのきかない水の芸術に感嘆する。
ほどけていく、ほどけていく、ほどけていく。
いそがしい日常が、行き詰まった小説のストーリーが、陸上生物の使命感が。
思いっきり人工的なプールだろうが、温泉だろうが、
水はすべてを溶かしていく。
「水」と「時間」はなんと似ていることだろう。
地球も人も70%は水。
オレたちは満員電車という段ボールににつめこまれるひとり38リットルのペットボトルなのだ。
ひとつひとつのボトルには「意識という水中花」が咲いている。

5月31日(木)
マヤ暦12月2日

アイヌのシャーマン、アシリ・レラ(山道康子)さんと田口ランディーさんのトークイベントに行った。文京シビックホールは長蛇の列、1800人のホールが満席である。
浅草で買った駄菓子を差し入れに、開演まえの楽屋へ行った。ファックスはやり取りしていたが、康子さんとは10ヶ月ぶりの再会だ。
「すてきなあとがきをありがとう」
すっかりガンから回復した体は貫録をまし、抱きしめても腕がまわらないほど健康になっていた。青山出版の太田営業部長と担当編集者平井拓ボンは緊張のあまり直立不動で名刺を差し出す。
「あの物語はAKIRAと同じくぶっ飛んでるから、読者もぶっ飛ぶよ」康子さんは河馬口を開いて豪快に笑う。「なにしろ『風邪のコレラ』は怖い病気だからみんなに感染するね」
トークイベントでは司会の田口ランディーさんが感動のあまりぐしゃぐしゃに泣いていた。真剣に未来を模索する者たちに康子さんの言葉は染み込んでいく。それは康子さんというシャーマンをとおして語られる祖先の叡知、オレたちがなくしてしまった共存の知恵だ。
康子さんからオレが受け継いだ知恵をつめこんだ小説『風邪のコレラ』じゃない、『風の子レラ』の発売日が8月10日に決まった。予定よりだいぶ遅れたが、そのぶん極限にまで完成度が高められたと思う。
夜は無国籍料理屋で飲む。小学館の重鎮上野明雄氏、石川さん、めるくまーるから地湧社に移ったMARUさん、作家の野中柊さん、ラムネアーティストMichalle、青山出版の太田さん、拓ボンと楽しい一夜を過ごした。
『風の子レラ』の挿し絵8点とカラー表紙などを描かねばならなくなったので、また忙しくなりそうだ。

4月6月7月8月

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