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5月1日(火)
マヤ暦10月28日 |
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5月2日(水)
マヤ暦11月1日 |
うちでは2匹の猫を飼っている。 妹がニューヨークから連れ帰ってきたやつだ。アメリカン・トムキャット( トムキャットって山猫って意味なんだがなあ?)という種類でふたりともでかい。もともとの名前は「チビ」と「コマ」だったが、アイヌ語の猫を意味する「チャペ」に変わったり、現在はイタリア週間(何ヶ月もつつくが)なので、「ラ・キアーペ」と「イル・クォーモ」と呼ばれている。 3畳くらいにピアノやら本やらパソコン機器やらがつめこんであるオレの部屋を、やつらは根城にしている。とくに「ラ・キアーペ」の定位置はオレの左ひざだ。血が止まるのにもかかわらず、オレは座らせてやる。手乗り文鳥ならまだしも、ひざ乗り猫は重い。 「太ももの筋肉は脳に直結していて、知的労働者には自転車やジョギングを好む人が多い」というのをどこかで読んだおぼえ(たぶんライアル・ワトソン)がある。そういえば東大出身の友人関根君は、都内の移動はもちろん日光までも自転車でやってくる。 そこでオレは考えた。 「左太ももに猫をのせておけば、直結した右脳も活性化されるだろう」 今もオレはおしっこをがまんして、ヘビー級の猫をひざにのせている。 |
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5月3日(木)
マヤ暦11月3日 |
雨、雨、雨。 「せっかくのゴールデンウィークに雨 」と人は怒るかもしれないが、 オレは雨が好きだ。 オレの部屋の窓からは、霞に煙る鳴虫山(なきむしやま)が見える。 植林された針葉樹がますます深いヴィリジャンに沈み、 新芽を噴きだした広葉樹がもえぎ色に煌めく。 雨は木々たちの祭りだ。 天蓋をおおう乱層雲のなかで 水分の粒子が仲間たちとくっつきながら一粒の雨になっていく。天の恵みは樹冠をつややかに洗い、地中にしみ込んだ水分を美味しそうに枝根が吸い上げる。 そうゆっくりと味わいなさい。 今日は君たちの宴会なのだから。 そしてたっぷりと水分をふくんだ緑で、 人間たちをなぐさめておやり。 |
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5月4日(金)
マヤ暦11月3日 |
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5月5日(土)
マヤ暦11月4日 |
素樹文生家で春の宴。 年に2、3回おこなわれるこの宴も恒例化していて、気の置けない仲間たちが集まってくる(気の置けないって日本語まちがってない? なんか逆に、心を許せないって字面じゃん)。 家主である素樹文生、料理の鉄人兼博学者アッコちゃん、今や世界的名声を確立した美術家三田村美土里、広角打法をもつ日本サラリーマン協会名誉会長水野さん、孤高のヨガ行者兼タイ料理試食家の加納秀一、「ヴァンサンカン」誌の美人編集者兼サブカル研究者松田亜希子、世界初のラムネ・アーティスト兼おやじギャグ復興委員ミッシェル、ゲストは演劇界の金の卵ゴルゴこと屋良学というメンバーだ。 parerback誌の完成祝いをする予定が、編集長すぶやんは過労のため風邪をこじらせ欠席となった。 夕方四時から夜中まで八時間の痛飲マラソン。ビール、発泡酒、ワイン、紹興酒、泡盛の古酒をちゃんぽんする。 話題は、教育改革(お仕着せの授業をすべて廃止し、高校生が本当に学びたいもの=セックスだけを全教科にする)、実践ヨガ教室〔性欲を創作欲に昇華させる具体的な呼吸法)、怪談(「海亀のスープ」って知ってる?そのうち素樹文生がホームページで紹介してくれるだろう)、ゴルゴこと屋良学の集団いじめなど、多岐にわたる。 ばりばり創作に打ち込んでいる メンツばかりなので、芸術論など語りだすやつはいない。素樹家独特のくつろぎと、奇想天外なバカ話で盛り上がり、心地よい眠りに落ちていった。 |
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5月6日(日)
マヤ暦11月5日 |
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5月7日(月)
マヤ暦11月6日 |
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5月8日(火)
マヤ暦11月7日 |
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5月9日(水)
マヤ暦11月8日 |
半田師匠がかけつけてくれ、瀕死のi Bookを完全蘇生させてくれた。 やっぱ持つべきものは師匠だな。 世界中のマックユーザーのために「クローン師匠」をバイオテクノロジーで増産し、一家に一師匠はそろえておきたい。 本棚の隅に人間ひとりが立てる「師匠スペース」を作り、わからないことがあると取り出して質問できるようになる未来も近いかもしれない。 海上自衛隊出身だから、六四式銃で泥棒も撃退できる。しかも今日は壁打ちテニスにつきあわせ、617回というラリー記録も打ち立てたしな。 こうしてオレの活動は たくさんの支えによって成り立っている。 幸せの総計は、出会いの総計と比例する。 |
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5月10日(木)
マヤ暦11月9日 |
オレの話した推理ゲーム「海亀のスープ」が、素樹文生のホームページ〔話しを知りたい人はここをクリック)で盛り上がっている。んで、外部から反則ヒントを与えちゃおう。知りたい人はここをクリック。 あさってはライヴだし、「風の子レラ」のゲラと「ケチャップ」の締め切りに追われて 日記を書くヒマないので、「海亀のスープ」ででも遊んでくれ。 |
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5月11日(金)
マヤ暦11月10日 |
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5月12日(土)
マヤ暦11月11日 |
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5月13日(日)
マヤ暦11月12日 |
翌朝、ジュンさんという尼さんがオレたちのテントにやって来た。 彼女こそインディアンのリーダー、デニス・バンクスを助け、アメリカのマイノリティーを命がけでサポートしつづけた 伝説の尼僧だ。 オレは 1984年、FBIに投降するまえのデニスに会いに行った。1973年アメリカ合衆国に対して一斉蜂起したアメリカンインディアンムーブメントの創始者であるデニスはFBIに追われ、マーロン・ブランドやジェーン・フォンダの交渉によってニューヨーク州の北に設定されたオノンダーガ保留地で暮らしていた。不自由なデニスの生活を支えていたのがジュンさんである。 オレも会いたいと思っていたが、17年もたって こんなところで会えるとは思ってもみなかった。 「あなたの歌を聴いて感動したので、お願いがあってきました」 ジュンさんはニューヨーク州北部のピータースバーグにある日本山の住職をしている。 現在は差別裁判によって死刑判決を受けた黒人運動のリーダー、ムミア・アブジマル氏のサポートに奔走しているという。ムミヤは警官殺害の罪でトイレの個室ほどしかない独房に閉じこめられている。ムミヤはジュンさんに手紙を書いた。 「ohayoudozaimasu Junsan. watasiha Mumiyadesu」 いつ死刑になるかわからない状況で 日本語を勉強するムミヤの姿に涙が止まらなくなったという。 現在アメリカ中の黒人のあいだでムミアを救うムーヴメントが急速に広がりつつある。 「独房の暗闇にとどくような歌を作って見せる」とオレはジュンさんに約束した。できあがったらジュンさんといっしょに、フィラデルフィアの刑務所にいるムミアに直接届けに行くつもりだ。 |
![]() AKIRA & JUN |
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5月14日(月)
マヤ暦11月13日 |
締め切り、全力疾走。 プールはいったけど。 |
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5月15日(火)
マヤ暦11月14日 |
仕事帰りのタケちゃんから 電話があり、日光JR駅前の喫茶店Cieroにi Bookをかついでいき、日記やJUNさんの写真を見せた。部屋中をハイテクの音響機器で埋め尽くしているのにタケちゃんはパソコンを持っていない。「デジカメでとった写真を見たい」と半田師匠を呼び出し、小嶋家で知恵を集める。 どう考えても日光なんて田舎で、先端を極めた(しかも全然別分野で)3人のクリエーターが出会うなんてあり得ないことだ。たぶん聖地の磁場がオレたちを出会わせたのだろうと勝手になっとくし、お互いの情報を交換する。 おとといのJUNさんをはじめ、 「運命は決まってないが、出会いは用意されている」 とつくづく感じるよなあ。 |
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5月16日(水)
マヤ暦11月15日 |
「死ぬ理由もないけど、生きる理由もない」 そんなメモを残してふたりの少女は宙を舞った。 8階の非常階段からアスファルトの歩道にたたきつけられ、第一発見者が声をかけたときにはまだ呻き声をもらしていたが、まもなく絶命した。 ふたりは福岡の別々の学校に通う高校2年生で 、アニメ部とイラスト部に所属していた。 誰もが「生きる理由もないけど、死ぬ理由もない」と、生きている。 これがくるりと入れ替わるとき、世界が反転する。 ニュージャージーにあるアパートのバスルームでオレの手首からわき出した血の味がよみがえってくる。 人は誰でも世界を一瞬で消せる魔法をもっている。 それが自殺だ。 去年日本の自殺者は33000人という記録を作り、交通事故の3倍だという。 オレは自殺者を身勝手だとも弱虫だとも思わない。 肉体は消えても記憶は生者以上に刻みつけられる。 自殺もひとつの「生き方」だ。 とまれ! 生きているほうがつらい、さみしい、カッコ悪い、疲れる。 彼女たちが一瞬の自殺に使った「勇気」を、オレたちは毎日奮い起こして 生き続けなければならない。 オレたちは心と体の「痛み」をとおして世界を受け入れるために生まれてきたんだから。 テレビのコメンテーターは言う。 「命の重さを知らない」 「現代病」 「目的を喪失した世代」 善人づらで同情するな。 したり顔で批判するな。 彼女たちはあなたの代わりに死んでくれたのかも知れない。 アスファルトにたたきつけられる痛みをとおして届けられたメッセージをのがすな。 オレには彼女たちの声がこう聞こえる。 「私たちの屍を踏み越えて、生きていきなさい」と。 |
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5月17日(木)
マヤ暦11月16日 |
ひさびさに奥日光にある中禅寺湖へ行った。 紅葉もすごいが新緑の季節もすさまじい迫力だ。原生林が萌葱色に沸き立ち、発光する。緑色の炎が山々をおおい、天蓋を焼き尽くそうとする。遅咲きの桜が 暖色を散らし、木々たちの歓喜に湖面がさざめく。 こんな絵を描ける画家を、人間には知らない。 二酸化炭素削減を決めた京都議定書をアメリカがけっとばし、日本も「もっと柔軟な対応を」(=約束を守らないでもいい)とごまかす。 アイヌの良心、山道康子さん(「風の子レラ」のチュプばあちゃん役)がこんなことを言っていた。 「地球というお母さんは 、たくさんの子どもを産だんだ。でも人間はほかの兄弟たちを殺し、この世に生を授けた母親までも殺そうとしている。お母さんは痛みに耐えながら無言で絶命していくんだよ。ほら、耳を澄ましごらん。お母さんのすすり泣きが聞こえないかい?」 森林率60%を誇る日本は、一見森林破壊が進んでいないように見える。(まあ、ダムや治水工事ほどあからさまな破壊ではないというていどだが) しかし見えないところで日本企業は暗躍している。フィリピン、インドネシア、タイ、マレーシア、パプアニューギニアからオーストラリアのとなりにあるタスマニアまで、アジアの森を刈り取り、それにあきたらずアマゾンにまで手を伸ばしはじめた。 もちろん合法だから報道されないし、その国でも声をもたない先住民の森を狙うからたちが悪い。アマゾンの森を守ろうとする先住民は、日本企業から賄賂をわたされた警察に逮捕される。ピストレーロという殺し屋は200円ぽっちで雇える。 500年前には1000万人いたインディオは、現在97%が絶滅した。 日本人がクーラーの効いた部屋で唱える「環境保護」と先住民が命がけで戦う「環境保護」とは、なんと近くて遠い言葉なのだろう。 (ぜひ、ほんの木 から出版されている南研子さんの書いた「アマゾン、インディオからの伝言」を読んでほしい) 中禅寺湖のほとりで無邪気にはしゃぐ新緑たち。 オレの眼に水たまりができた。 同情の涙なんかじゃない、 この美しさを 自分の眼に映しとりたかったんだ。 |
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5月18日(金)
マヤ暦11月17日 |
人間の祈りが植物につうじるという実験は、さまざまなデータで証明(工作社からでてる「植物の神秘生活」は絶対お薦め)されているけど、もっともかんたんな実験方法のひとつをオレもまねしたことがある。 どんな種類でもいい、同じ植物から三枚の葉っぱをちぎってくる。箱に並べ平等に日に当てる。ここまではいいかげんでいいが、つぎがポイントだ。彼らを人間に見立てて、思いっきりえこひいきする。 とりあえずオレは、ひいきするやつを「ニコちゃん」、 いじめるやつを「コマッタちゃん」、 無視するやつを「ムシッコちゃん」と名づけた。 毎朝毎晩ニコちゃんに話しつづける。「ニコちゃん、いい子だから死なないでね。がんばって生きつづけるんだよ」 心を鬼にして、コマッタちゃんを罵る「おまえなんか早く死んじゃえ」 ムシッコちゃんには一切話しかけない。 ムシッコちゃんは四日で茶色く縮こまり、一週間で枯れてしまった。人間にもそのまま当てはまるけど、最大のいじめは「完全無視」なんだ。 コマッタちゃんは二週間も健闘した。いじめは歪んだ愛情で、短期間だけど生命を活性化させるらしい。 ニコちゃんはやや黄色がかったものの一ヶ月間緑を保ち、「ごくろうさま、もう死んでもいいからね」と祈りをやめた三日間でいきなり枯れた。 ほんとびっくりするから、みんなもやってみるといいよ。 |
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5月19日(土)
マヤ暦11月18日 |
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5月20日(日)
マヤ暦11月19日 |
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アイヌのシャーマン山道康子(アシリ・レラ)さんが東京にやって来る。ぜひ康子さんの話を聞きに行ってほしい。 5月31日(木)文京シビックホール 18時半開場、19時開演 料金3000円(全席自由) 聴き手 田口ランディー(作家) 道先案内人 鎌田東二(宗教哲学者) 文京シビックホールへは、営団地下鉄「後楽園」駅徒歩0分。または都営地下鉄「春日」駅徒歩1分。 チケットのお求めは、 オフィスTEN http://www.office-ten.net FAX 03-3828-5090 電話 03-3828-5070 |
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康子さんはアイヌの聖地、北海道二風谷で子どもたちにアイヌ語と伝統文化を伝える「山道アイヌ語学校」を主宰している。さまざまな事情で預けられた10人もの子どもたちの親代わりをしながら、平和運動をつづけている。
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5月21日(月)
マヤ暦11月20日 |
20数年ぶりのお受験勉強ざあます。 明日6時起きして原付免許の試験を受けに行く。 「この年になって車も乗れないのは恥だ」と友だちにさんざん言われつづけてきたが、オレだってジェットスキーのインストラクター(ハワイでは免許がいらない)やってたし、象やラクダや馬になら乗ったことがある。 今までニューヨーク、アテネ、フィレンツェ、マドリッド、東京と都会ばかり住んできたので車の必要性なんて感じなかった。しかし日光ではちと不便である。新しくできるショッピングモールは車型社会に合わせ郊外に建てられる。原チャリさえあれば、ジャスコで試食ができるし、ブックオフで古本あさりもできるし、文教堂で新刊も買えるし、足尾温泉にも行ける。 |
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カバの絵が表紙の「原付免許はこれだけで取れる」という漫画テキスト(ブックオフで100円)を買ってきて今日はじめて真剣に読んだ。
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交通標識は色違いで全然ちがう意味になるし、内輪差、路側帯、空走距離、制動距離、遠心力は速度の2乗に比例…… だ、だめだ、わからない! その昔「一夜漬けの狼」と呼ばれていたオレだが、「カバでも取れる原付免許」はニーチェの「ツラトゥストラ」 よりむずかしかった。 問33 「軌道敷内通行可」の標識のあるところでは、原動機付き自転車も軌道敷内を通過できる。(イエスはノーかのマークシート) う〜む、 言葉で飯を食っている者でさえ「軌道敷内」などという単語は耳にしたことがない。しかも原付はバイクでなく自転車なのか! オレの脳裏にはETをのせたマウンテンバイクが地球の周回軌道をまわる姿が浮かぶ。 わからない、まったくわからないのだ! 輪廻やシャーマニズムに関する問いはないのか? せめて「なぜ人は乗り物に乗るのだ?」という問いでもあれば、快感中枢A-10神経の仕組みから説明してやる。いや、問題はすべてマークシートで答えなければならない。 ああ、オレが20年もかけて世界中を放浪し蓄えてきた知識が、「カバでも取れる原付免許」のまえでは圧倒的に無力だった。 こうなったら徹夜でカバと戦ってやる! |
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5月22日(火)
マヤ暦11月21日 |
運命の日は来た。 朝の4時まで勉強し、2時間ほど仮眠を取った。はっきり言って徹夜の一夜漬けほど効率の悪い勉強方法はない。 記憶は3つのレベルに分けることができる。 レベル1、瞬時記憶。(さっきまで何を考えていたっけとか) レベル2、短期記憶。(朝飯はなんだっけとか、試験のためだけの勉強とか) レベル3、長期記憶。(一生忘れない思い出とか) 反復学習によってカテコールアミンやグルタミン酸が分泌され、記憶を運ぶシナプスの結合が強化され、記憶は海馬(1972年に発見される)へと定着する。 ボディービルダーが1日おきに休息日を設けるように、記憶ホルモンを分泌させるのには睡眠と休養が欠かせないのだ。 6時半の電車に乗りおくれそうになったので、切符も買わずに飛び乗る。こっくりこっくりするたびに太ももをつねり、寝過ごさないようにする。「東大一直線」という漫画では太ももにキリを突き刺してたなあ。楡木という無人駅で降りて、はたと気づいた。 「オレ金払ってねえじゃん」 幸先の良いスタートなのか? いや、こんなことで運を使い果たしてしまってはまずい。 早くもバス停には茶髪族がヤンキー座りし、免許センターに着いたのは8時だ。試験会場は懐かしいスチール机が並ぶ。よくもまあ小中高と12年間、一日6時間もこんな机に縛りつけられていたものだ。 テストの直前にトイレに行って何度も顔を洗うが、頭のなかの霧は晴れない。 テスト会場にもどるとき、オレの受験番号「4008」を見て受付が言った。 「末広がりですね」 こんなときに謎かけすんなよ。気になってあれこれ考えてみると最後の「8」が「八」で末広がりという意味らしい。(だったら漢字を使え! アラビア数字の8は永久運動を意味するし、永久にオレはこの試験場に通わなければならないじゃないか!) 試験官の説明も子守歌に聞えるし、ここで試験を受けていることが夢なのではないかと太ももをスチール机の下でつねる。 「それではテストをはじめます」 50問中45問を正解しなければならない。1問2点で100点満点中90点以上が合格だ。ずっと80点が合格ラインだったのに交通事故の多発により最近90点に引き上げられたという。30人ほどの受験者のなか、まわりはほとんど16歳から20まえのヤンキーだ。 眠い、眠すぎる。 20数年ぶりの答案用紙、その催眠術にかかった。 ほとんど亡霊状態でマークシートを塗りつぶしていく。 とちゅうで眠りかけた。 ヤバイ、試験官に肩をたたかれて目覚める。ふたりほど書き終えた若者が退出している。残り時間10分、あと20問を解かねばならない。 問45 原動機付自転車に乗るときは、肩の力を抜き、ひじをわずかに曲げ、背筋を伸ばし、視線は先の方にむける。 う〜む、「背筋を伸し」ているのは、スーパーカブに乗る郵便配達人か信用金庫の集金人だけだろう。 答えは「ノー」 ぎりぎりで全問を書き終え、退出する。「カバでも取れる原付免許」を開くと、 「背筋を伸し」と書いてある! 目の前が真っ暗になり、芝生の上にたおれこんだ。 2時間ほど眠ったろうか、試験で前の席だったヤンキーが 「発表ですよ」と起こしてくれた。このまま爆睡していたら夜になっていただろう。 やさしいやつだ。銀髪の彼はまだ十六歳。母親に付き添われ、もう試験は三回目だという。 2階の試験場にもどり、電光掲示板の発表を待つ。 4008 がポツンとオレンジに点灯した。 火山のごとく突き上げてくる歓喜を必死に押さえ、 「むふっ」とだけ微笑んだ。 オレをわざわざ起こしてくれたヤンキーは、がっくりと肩を落とし、階段を下っていく。 勝者ほどいやなものはない。 |
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5月23日(水)
マヤ暦11月22日 |
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最近小さなシンクロでは驚かなくなったが、このタイミングもすごい。 死刑囚ムミア・アブ=ジャマール(5月13日の日記を参照)の歌がふと浮かび、「Freeedom is dead」という歌詞を書き留めていたときだ。郵便受けになにか大きな物を入れる音がしたので取りに行ってみる。 なんと「戦う尼さん」ジュンさんからの手紙と、ムミアが獄中でつづった著書「死の影の谷間から」(現代人文社1700円)が訳者の今井恭平さんから送られてきたのだ。 |
| むさぼるように読んだ。 死の崖っぷちから発信されるムミアのメッセージは強烈で、クールで、この期に及んでもユーモアを忘れない。オレもアメリカの裏側をさんざん見てきたつもりだったが、今さらながら人種差別大国アメリカの残酷さに背筋が凍りついた。 事件を概要をざっと説明しよう。 ムミア・アブ=ジャマールは1954年フィラデルフィアに生まれる(現在47歳)。14歳のときブラックパンサー党フィラデルフィア支部の創立に参加する。ブラックパンサーは黒人武装組織として有名だが、貧民に朝食を配付したり、若者たちをドラッグから矯正させたりとさまざまな福祉活動もおこなっている。 70年代はジャーナリストとして活躍し、警察や市政の腐敗を批判する。 1978年、黒人組織MOVE本部を600人の警官隊が銃撃した事件を、ムミアは徹底的に報道したため放送局をクビになった。彼が家族を支えるために夜勤タクシー運転手として働いているときに、 いよいよ事件は起こった。 1981年12月9日、白人警察官がムミアの弟の車を停車させ、懐中電灯で何度も殴りつけ、しばらくしてムミアがやってくる。ムミアは警官に撃たれ、危篤状態となる。別の男が(捕まっていない)が 警官を撃ち殺し逃走する。 おそらくこれが事件の本当の全貌だと思う。 しかし不運なことにムミアは銃を持っていた。アメリカでは夜勤のタクシー運転手が銃を持っているのも珍しくないし、実際強盗に襲われたことのあるムミアは武器の携帯許可証を得ている。 差別裁判のはじまりだ。 アルバート・セイボ判事はアメリカの現職裁判官の中でもっとも多くの人々を死刑囚官監房に送り込んだ悪名高い人物で、人種差別と証拠偽造、証人脅迫によってムミアに死刑判決を言い渡した。 アメリカ全土で黒人は11%しかいないのに、死刑囚人口の40%を占めている。白人を殺したときに死刑を宣告される率は、黒人を殺した場合の4・3倍という恐るべき数字を示している。 ムミアは獄中からアメリカやヨーロッパの新聞(40誌あまり)に手記を掲載し、世界中でムミアを救うムーヴメントがはじまった。 1999年4月、フィラデルフィアに3万人、サンフランシスコに2万人が集まり、ムミアの再審と死刑執行停止を訴える大集会がもたれた。ローマ法王や南アフリカのネルソン・マンデーラ、レイジ・アゲンスト・ザ・マシーン、ウーピー・ゴールドバーグなど、ムミアを支援しているという。 タタミ3畳にも充たないペンシルバニア死刑囚監房で2度の死刑執行をかろうじて差し止められ、今この瞬間も死を見つめながら暮らしているひとりの男がいる。 ムミアのことを教えてくれた日本山妙法寺のジュンさん、素晴らしい本を送ってくださった訳者の今井恭平さん、本当にありがとう。 そして生きることと自由の切実さを教えてくれたムミアに届くような歌を書きたい。 くわしくは http://www.jca.apc.org/mumia/ |
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5月24日(木)
マヤ暦11月23日 |
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| http://www2c.airnet.ne.jp/assisi/Influence/Native/NativeBookPhoto/HopiYogen.htm |
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5月25日(金)
マヤ暦11月24日 |
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5月26日(土)
マヤ暦11月25日 |
今日はトトチョフ(父)の誕生日だと妹から電話があった。 戦中生れの71歳。もと北関東登山連盟の会長で、いまだにトレッキングやスキーを欠かさない。なにしろ病院に行ったこともないし、薬も飲んだことがないというのはすごい。かなりのヘビースモーカーなので、市がおこなう健康診断にいっしょに行くか? と訊ねると、「楽しくたばこを吸って死ぬからいい」と悟りきっている。 若いころは酒乱でオレの少年時代は暴力の嵐だった。 ババチョフ(母)は妹を連れ別居し、「家庭とは戦場のことだ」と思っていた。これだけ人間の不条理をたたき込まれて育てば、犯罪者かアーティストになるしかない。 ニューヨーク時代のオブジェに「殺し合う家族」があるが、べつにあれは誇張でもなんでもない。子ども時代の精神生活をそのまま形にしたにすぎない。 オレが40になっても独身なのは家庭に対する幻想をいっさいもたないからかもしれないが、今では逆に感謝している。 あの嵐の日々は人間洞察のための「英才教育」であり、「アーティスト養成ギプス」だったんじゃないかな。 どんなにきれい事を言う人間でもその内側に残忍性を秘めているし、どんなに残忍な犯罪者でも内側に聖性を秘めている。 深く傷ついた人間であればあるほど、他人の痛みがわかるし、孤独の谷間を覗いた者ほど、人のぬくもりを大切に思う。 往年の暴力おやじは完全になりをひそめ、仙人のようにやさしい老人になってしまった。 トトチョフはオレの本を読んだこともないし、ホームページで自分のことを書かれているなんて夢にも思わないだろう。 この反面教師の「拳」と「微笑み」によって、「許すこと」と「感謝」を教わったのかも知れない。 誰にでもいつか必ず、親を許す日がくる。 それはとりもなおさず、自分を許す日なんだ。 |
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5月26日(日)
マヤ暦11月25日 |
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5月27日(月) |
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5月28日(火)
マヤ暦11月27日 |
週に一度はプールで泳ぐ。 郵政省がやっているメルモンテには宿泊棟のほかに遊泳施設を備えている。オレはあらかじめ電話で団体がいないのを確認し、家から徒歩1分の東武駅前から無料の送迎バスに乗る。 ここにつづく有料道路が乗用車900円もとるため、平日はガラガラだ。今日も一組の家族が帰ったあとには、オレ一人。2つのプール、3つのジャグジー、ミストシャワー、低温サウナを独り占めだ。 まるでオレ一人のためにつくってくれたようなものじゃないか。 毎日20万円の赤字だそうである。だから郵政省の民営化には反対だ(笑)+(プルサーマルの住民投票を説明不足とうそぶく小泉総理や石原都知事を信じてはいけない) スイミングキャップとゴーグルをつけ、異世界へ滑り込む。 ガラス張りの天窓から差しこむ太陽光線が波形文様を紡ぎ、湖底に潜れば潜るほど虹色に分光する。オレは生まれたての子どものように目を見張り、2度とくりかえしのきかない水の芸術に感嘆する。 ほどけていく、ほどけていく、ほどけていく。 いそがしい日常が、行き詰まった小説のストーリーが、陸上生物の使命感が。 思いっきり人工的なプールだろうが、温泉だろうが、 水はすべてを溶かしていく。 「水」と「時間」はなんと似ていることだろう。 地球も人も70%は水。 オレたちは満員電車という段ボールににつめこまれるひとり38リットルのペットボトルなのだ。 ひとつひとつのボトルには「意識という水中花」が咲いている。 |
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5月31日(木)
マヤ暦12月2日 |
アイヌのシャーマン、アシリ・レラ(山道康子)さんと田口ランディーさんのトークイベントに行った。文京シビックホールは長蛇の列、1800人のホールが満席である。 浅草で買った駄菓子を差し入れに、開演まえの楽屋へ行った。ファックスはやり取りしていたが、康子さんとは10ヶ月ぶりの再会だ。 「すてきなあとがきをありがとう」 すっかりガンから回復した体は貫録をまし、抱きしめても腕がまわらないほど健康になっていた。青山出版の太田営業部長と担当編集者平井拓ボンは緊張のあまり直立不動で名刺を差し出す。 「あの物語はAKIRAと同じくぶっ飛んでるから、読者もぶっ飛ぶよ」康子さんは河馬口を開いて豪快に笑う。「なにしろ『風邪のコレラ』は怖い病気だからみんなに感染するね」 トークイベントでは司会の田口ランディーさんが感動のあまりぐしゃぐしゃに泣いていた。真剣に未来を模索する者たちに康子さんの言葉は染み込んでいく。それは康子さんというシャーマンをとおして語られる祖先の叡知、オレたちがなくしてしまった共存の知恵だ。 康子さんからオレが受け継いだ知恵をつめこんだ小説『風邪のコレラ』じゃない、『風の子レラ』の発売日が8月10日に決まった。予定よりだいぶ遅れたが、そのぶん極限にまで完成度が高められたと思う。 夜は無国籍料理屋で飲む。小学館の重鎮上野明雄氏、石川さん、めるくまーるから地湧社に移ったMARUさん、作家の野中柊さん、ラムネアーティストMichalle、青山出版の太田さん、拓ボンと楽しい一夜を過ごした。 『風の子レラ』の挿し絵8点とカラー表紙などを描かねばならなくなったので、また忙しくなりそうだ。 |