NEW YORK ニューヨーク

 慈悲の街。
 マンハッタンからウイリアムスバーグ・ブリッジをわたって最初の駅マーシー・アヴェニューを訳すと、そんな皮肉な街の名前になる。そこはプエルトリコからの移民と保守的なユダヤ人からなるニューヨークでも屈指の麻薬地帯だった。
 巨大な地下倉庫を月六〇〇ドルで借り受け、自分たちで改装した。ボクが狂ったように創りつづける美術作品を収納するには狭いアパートではまにあわないし、イーストヴィレッジのチンピラたちと大喧嘩をしたため街を追われた。ボクのロフトにも社会から見捨てられた男たちが集まってくる。ディランやサイモン&ガーファンクルと同じフォークシティーで歌っていたブルースマン粉じじい、せつないほどに純粋な中毒者ジャンキーティキ(もち肌ミイラ、アルマジロ)、ボクサーくずれのイタリアの種ロバ、泥雪で靴が反り返った男など。
 収入源はコカインを売って稼いだ。
 プエルトリコ人から安く仕入れたコカインを売り、自分のためのジャンク(ヘロイン)を買う生活だ。しかしティキに盗まれたコカインによって麻薬ビジネスは破綻した。
 コカイン中毒だった粉じじいはフロリダに仕事を見つけ、ニューヨークをはなれた。ボクは何度も何度もヘロインをやめようとしたが、三日ともったためしはない。「あたしとジャンクとどっちが大切なの?」と恋人にも愛想をつかされ、どんづまりデッドエンドに立たされる。
 容赦なく襲いかかる禁断症状と闘いながら、ひとつの武器を見いだした。
 それは詩だ。
 乾いた皮膚をかきむしり、
 奥歯を砕き、
 注射器の血で書かれた呪詛だ。




 おまえの舌苔(したごけ)を陽にさらせ

ジャンクこそ神だ
静脈に突き刺さる針の痛み
それが祈りだ
真夜中の迷路 雪解けの路地を
血走った眼球を落としそうになりながら走りつづける
どこだ どこだ どこだ
神はいったいどこに隠れているんだ
 おまえの舌苔を陽にさらせ
 さもなくば永遠にくたばれ!

101 South 6th St Brooklyn
それがボクらの大聖堂だ
六〇畳にもおよぶ地下ロフト
日も射さず 風呂もなく 家賃も払えず
祈れ 祈れ 祈れ
ボクたちに許されているのは
ひたすら祈ることだけなんだ
 おまえの舌苔を陽にさらせ
 さもなくば永遠にくたばれ!

救世軍で払い下げられたおんぼろピアノ
コンクリートの天井から下がったサンドバッグ
汚れた寝袋と錆びついた鉄パイプのベッド
そして膨大なゴミ……それこそがアートだ
創れ 創れ 創れ
ボクたちに許されているのは
ひたすら創ることだけなんだ
 おまえの舌苔を陽にさらせ
 さもなくば永遠にくたばれ!

深夜のJトレインには
森から逃げ出した小人たちが乱舞する!
フルボリュームのカセットデッキ
極彩色のスプレーペイント
彼らは白雪姫を強姦した罪で
一生追われつづけるんだ
なんという幸福な一生だろう
 おまえの舌苔を陽にさらせ
 さもなくば永遠にくたばれ!

突然バンから飛び出してきた警官たちは
いっせいにボクにつかみかかる!
のどもとに食いこむ警棒
手をつかされたボンネットの渇望
足をけり広げる鉄板ブーツの欲望
やつらは自分のコカインが切れたときジャンキーを襲う
思う存分愛撫するがいい
残念ながら三パックは靴下のなかさ
 おまえの舌苔を陽にさらせ
 さもなくば永遠にくたばれ!

「火をかしてくれないか?」
客待ち顔の娼婦にきいた
「フェラだけなら十ドルでいいわ ジャンクと同じ値段よ」
十四丁目で売ってる安物の香水がからむ
「火がほしいんだ」
礼儀上タバコを差し出したとたん
「うす汚い寄生虫!」
娼婦が投げつけた紙マッチがボクのほほを打つ
ひざまづいて拾おうとする後頭部に唾が吐き捨てられる
「あたしたちは体をはって生きてんのよ!」
娼婦より卑しい階級に堕ちた喜びを誰が知ろう
 おまえの舌苔を陽にさらせ
 さもなくば永遠にくたばれ!

「撃っちまえ! 撃っちまえ!」
こめかみに当てられた銃口の冷たさ
暴漢はボクのポケットをまさぐり
十ドルの全財産を強奪する
大切なのは生きのびることだ
明日打つジャンクのためだけに
 おまえの舌苔を陽にさらせ
 さもなくば永遠にくたばれ!

おぞましい重低音の唸りをあげて
野犬の群が襲いかかる
街灯に閃くよだれと狂暴な牙
ボクのけがれた肉塊で飢えた胃袋を満たすがいい
奈落の井戸を落下していく
ひとつの
腐ったトマト
 おまえの舌苔を陽にさらせ
 さもなくば永遠にくたばれ!

白昼の路上で手淫する乞食よ
世界中の子宮に拒まれた精子よ
悲鳴をあげる主婦たち
のけぞり笑う女子高生の群
飽食に肥えたブロイラーたちを
酸性雨(アシッドレイン)となって焼き溶かせ
 おまえの舌苔を陽にさらせ
 さもなくば永遠にくたばれ!

肛門に突き刺さった頭
肩車で愛人をかかげ
チューブから酸素をほおばる双生児たちよ
肛門にねじりこまれた拳
上腕筋の根本まで腸内に受け入れる苦行僧よ
「いったいなんのために?」
子孫を残すためだけに愛を語る愚かな質問はやめろ
悟りを開くためだけに禅を組む安全な修行をやめろ
極北の苦悩を受け入れるものだけに
門は開く
 おまえの舌苔を陽にさらせ
 さもなくば永遠にくたばれ!

西洋女の肉を喰らった東洋の小人よ
殺人者には生きる権利はない
しかし創る義務がある
死者の無念
生者の孤独
美しく美しく歌いあげろ
罪人は祝福されるために
この世に使わされる
 おまえの舌苔を陽にさらせ
 さもなくば永遠にくたばれ!

イーストリヴァーに浮かんだ友よ
炭酸ガスで膨らんだ水死体を引きあげるな
親もとからくすねたジャンクの名は
「青い月ブルームーン」
夜の海を漂う風船は
惑星の泡となって月へ帰る
 おまえの舌苔を陽にさらせ
 さもなくば永遠にくたばれ!

セント・ヴィンセント・ホスピタルによこたわる友よ
同じジャンクを分け合った針兄弟よ
「エイズは悪魔なんかじゃないよ
 ただでモルフィネの点滴を受けられるなんて
 ジャンキーたちが夢見た天国じゃないか」
おまえの留置針を今すぐ引き抜き
ボクの腕に突き立てろ
今夜もまた世界中の闇に
呪われた血液をいっぱいにつめた
針の雨が降る
 おまえの舌苔を陽にさらせ
 さもなくば永遠にくたばれ!

みんなみんな狂ってて
それに気づいちまった不幸な連中だけが
至福の正気に到達できる
まるで狂人たちのションベンを毎日飲まされても
あんなおだやかに笑ってる便器のようだ
 おまえの舌苔を陽にさらせ
 さもなくば永遠にくたばれ!

亀の島に屹立する巨大な注射器
皇帝楼エンパイア・ステート・ビルディング
世界中の薬物信者たちがひれ伏す仏塔(
ストゥーパ)
赤いランプの灯った針先で
われわれの欲望を天にとどけたまえ
宇宙の毛細血管のすみずみにまで
この祈りがとどくよう
永遠にわれわれが不幸でありますように
幸福の罠から守りたまえ
 おまえの舌苔を陽にさらせ
 さもなくば永遠にくたばれ!




 田島ハルの尻尾

アリゾナの砂漠に
タージマハールを建てようとした
バチが当たったんだ
尻尾をふりあげたスコーピオンに
ボクは右腕を刺される
 それでも歌おうと
 歌おうと
 必死で鍵盤をまさぐる

そういえば稲荷町三丁目には
田島ハルという婆さんがいた
そういえば日光総合会館には
スコーピオンズという悪役コンビがきた
 それでも思いだそうと
 思いだそうと
 ボクは夜をさまよい歩く




 
薔薇色のクジラ

深夜の洞窟にすべりこんできたJトレインには
夢に落ちる寸前に見る薔薇色の雲が描かれている

 そのとき
 雨粒がしがみつく窓から
 ひとりの男が顔をのけぞらせ
 じっとボクを見つめていた
 闇のようにくり貫かれた眼には
 哀しい湖があって
 ときおり魚たちが銀のうろこを月に煌かせながら
 命の跳躍をする

ボクは見てはいけないものを
見てしまったらしい

 動き出すトレインとともに
 男は車内のポスターに顔をもどし
 夜のなかに消えていった
 ボクは二度と彼に会わないという
 運命に感謝しながら
 ブルックリン行きのトレインへ乗りこむ

そしてふと
窓からホームをのぞくと
驚いたように別の男が
ボクの目をのぞきこんでいる

 しかし幸いにも涸れあがったボクの湖には
 ひからびたクジラが
 おだやかに死を待つだけであった




 
監督の赤い腰巻き

真っ赤なジャケットがボクは好きなんだ
真っ赤なジャケットが恋を結ぶ
 血をはりつめたプールには
 無数の愛が戯れてる
 ボクはアヒルの浮輪につかまり
 彼らとバレーボールをしている
 ため息でふくらませた地球は
 踊るように宙に舞う
 こんな楽しそうな地球を見たのは
 ひさしぶりのことだ

真っ赤なジャケットがボクは好きなんだ
真っ赤なジャケットが恋を結ぶ
 少年たちは鬼の監督にしごかれて
 血の涙を流してる
 ボクは天使の娼婦にしごかれて
 血の精液を流している
 どっちが気持ちいいかは
 一生考えてもわからない

真っ赤なジャケットがボクは好きなんだ
真っ赤なジャケットが恋を結ぶ
 「だいいち男子たるもんが
  そんな女の腰巻きみたいな派手な色を……
  ご近所の手前も考えて考えてちょうだい!」
 「もう母さん古いんだよなあ」
 「フルイもタライもありません 世間が許しませんよ!」
 刹那
 母はネギを刻んでいた包丁を
 明の胸に突き刺した!

真っ赤なジャケットがボクは好きなんだ
真っ赤なジャケットが恋を結ぶ




 
キリンの雨

ゾワゾワゾワージュリロー
突然の雨
 雨はなにかを待っているとき降るという
 ボクはなにを待っているんだろう?
 大福もち パチンコ屋の花輪 キリン
 やつらは雨の夜なにを待ってるんだ?
 なんでもいい
 だれでもいい
 とにかく ボクのところに来てくれ
 ただ となりにいてくれればいいんだ
 それだけで それだけで
 じゅうぶんなんだ

ギャラクシ ダッシャーン!
突然の雷
 雷はなにをそんなに怒ってるんだ
 ボクはなにもしてないよ
 おんぼろピアノ サンドバック 注射器
 なんでもする
 だれとでもする
 とにかく ボクのことを怒らないでくれ
 ただ 歌ってくれればいいんだ
 それだけで それだけで
 じゅうぶんなんだ

 それだけで それだけで
 生きていけるんだ




 
スルメの前歯

彼女は虫歯を放っておきすぎたために
本当のことが言えなくなってしまった
「AKIRA愛してる」
と言おうとすると
「スルメが食べたい」
になってしまい
「AKIRA抱いて」
と言おうとすると
「ご注文の包丁はまだ届いておりません」
になるのだ
 とにかくボクの願いといえば
 早く歯医者のアポイントメントをとってくれ!

彼女の鋭い前歯のせいで
ボクのチーズは穴だらけ
ひゅるひゅる風が吹きこんで
チェダーアイスの鍾乳洞
 とにかくボクの願いといえば
 早く歯医者のアポイントメントをとってくれ!

歯っ欠けばあさんになったおまえは
雪深い国鉄の小さな駅長室で
ボクとだるまストーブを囲みながら
背中を丸めて渋茶をすすることができるんだ
 とにかくボクの願いといえば
 早く歯医者のアポイントメントをとってくれ!




 天国のジャガイモ

しょっちゅーしょっちゅーしょっちゅー
意識が天国と地獄を往復する
ときどき体がついていけなくなる
そしてボクは風邪をひく
 そりゃあ地下室もいいさ
 でも青空だって同じくらい好きなんだ

じぃーっとじぃーっとじぃーっと
座ったまま暖房と冷房を交互に入れる
ときどき笑いすぎて涙が出る
そしてボクは風邪をひく
 そりゃあお医者さんごっこもいいさ
 でも野球だって同じくらい得意なんだ

まいばんまいばんまいばん
王様と乞食がシングルベッドで添い寝する
ときどき混乱して眠れなくなる
そしてボクは風邪をひく
 そりゃあ狂人もいいさ
 でもジャガイモだって同じくらい幸せなんだ

しょっちゅーしょっちゅー
じぃーっとまいばん
しょっちゅーしょっちゅー
じぃーっとまいばん




 
ハーゲンダーツの肝臓

針の根が
地脈をつらぬき
注射器(シリンジ)に
颯っと噴き出す
紅の薔薇

一瞬!
すべてがかえってきた
それはあまりにも つらかった
それはあまりにも なつかしかった
それはあまりにも かなしかった
それはあまりにも やりきれなかった
それはあまりにも おおきかった
それはあまりにも うつくしかった

一瞬!
すべてがかえってきた
嵐が濁流になって
海にもどっていくように
子どものころケンカに勝ったボクのほうが
なぜか泣き出してしまったように

今までボクを
愛し育んできた者たち
 すすり泣きがきこえる
 すすり泣きがきこえる

今までボクが
愛し育んできた者たち
 去っていくのが見える
 去っていくのが見える

お願いだ
もう一度笑っておくれ
もう一度帰ってきておくれ

愛しているよ
愛しているよ
なによりもかえがたく

愛しているよ
愛しているよ
だれよりもはなしがたく

どうして今まで気づかなかったんだろう
この地下室に太陽は昇らないんだ
日の出を待って毎晩ミシンを踏みつづけてきたのに
おかげでボクの肝臓は
こんなにきれいな刺繍ができた

 雪だるまを溶かせ!
 雪だるまを溶かせ!

太陽の神はフロリダの牢獄ジェイルにつながれてる
もうしばらくの辛抱です
ボクがノコギリをもっていきます
イーストリヴァーを凍らせてつくりました
日本の大工さんもびっくりです

 雪だるまを溶かせ!
 雪だるまを溶かせ!
 ドロドロに溶かして
 ハーゲンダーツに売りわたせ!


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