下にいくほど新しくなっています

3 augost(sat)
9 magnetic moon

 モンイエローの光が
 海をたぎらせ
 大地を発情させる
 人々は
 毛穴から噴きだす記憶と
 沸騰する欲望に火傷する
 夏

5 augost(mon)
11 magnetic moon

 を洗った。
 妹と凛太郎と周二郎も手伝わせる。
 おだてると、なかなか役に立つものだ。
 初盆なので、念入りに掃除する。
 両わきにある木の枝をそろえ、苔を落とす。
 見違えるほどピカピカになった。
 うち捨てられたプラスチック製のバナナを見つけたので、墓のてっぺんにおいてきた。
 きっと猿がくやしがるだろう。
 志渡渕川にサンダルではいり、じゃぶじゃぶと歩いて帰った。
 凛太郎と周二郎は大はしゃぎだ。
 今はすねくらいしか水量がないが、トトチョフの時代には泳げたという。
 トトチョフの夏が、オレや妹に、そして凛太郎や周二郎に受け継がれていく。
 いつかやつらが大人になったとき、この夏の日を自分の子どもに語るのかもしれない。
 人はいつまでも回想の夏休みを生きる。

6 augost(tue)
12 magnetic moon

 従弟のトッシーのっ越しを手伝った。
 日記を読んでる人は知っていると思うが、20年間ニューヨークに住んでいたトッシーは911テロで被爆し、日本に引き上げてきた。ニューヨークでやっていたコンピューターネットワークのコンサルティング会社を東京に作ろうと引っ越したのだ。相棒はホームページのデザイナーの半蔵。なかなかの凸凹コンビで将来が楽しみである。オレも役員になれといわれたが、お茶くみや用心棒のほうがむいてるだろう。
 よりによって今年の最高気温、しかも広島の原爆記念日。
 オレはおとといの登山でひどい筋肉痛だ。いちばん暑い午後3時にエレベーターのない3階に荷物を運ぶ。最近肉体労働ばっかりだなあ。
 怒濤のごとく拭きだす汗、容赦ない太陽、熱射病で階段から落ちそうになる。もう東京は人間の住むところじゃないね。
 日光へ帰ると、すさまじい雷と豪雨だ。ネットもつながらないし、窓を閉め忘れたので原稿がぐしょぐしょになっていた。せっかく天井にといをつけたキッチンも雨漏りで水浸しだ。
 東京のヒートアイランド現象は日光の豪雨と関係しているという。なにしろ江戸時代からの光の都市と闇の都市だからね。
 おい、東京人。君んちのクーラーから漏れる水滴は、オレんちの雨漏りになるのだぞ。
 そう心して使いなさい。
 すべてはつながっているのだから。

7 augost(wed)
13 magnetic moon

 河原でーベキューをやった。
 ちなみにバーベキュー語源はスペイン語の「barbacoa」だ。カリブ海にあるハイチでは木の枝で枠を組んで、豚や猿や人間を焼いていた。この枠組みが barbacoaと呼ばれた。
 実はオレ、昨日の引っ越し手伝いのお礼に韓国焼き肉をおごってもらったので、朝飯を抜いて参加した。
 メンバーはオレ、タケちゃん夫婦、ケンちゃん、妹とその子ども凛太郎と周二郎、高校生のアユミ、飲み屋で知りあったマルさん夫婦と長男のユー君。大人8人、子ども3人の大所帯だ。
 丸さんは日光霧降に建てたログハウスから東京の会社に通勤している。工具の芸術品と呼ばれるアメリカのツールメーカー「スナップオン」の営業担当だ。アイヌ系美人の奥さんは2人目の子どもを宿していて、つわりの真っ最中。3歳のユー君は丸坊主で、オレがつけたあだ名は「マルコメX」。いつの日かブラックモスレムの代表として、虐げられた人々にみそ汁を配給する存在となるだろう。
 バーベキューのとちゅうでいきなり20人ほどのおばさんグループがやってきた。最近のマイナスイオンブームで盛んな滝めぐりツアーだ。
「マックラ滝はどこですか」
 川を見ると人格が変わる奇病を背負ったタケ隊長は、やにわに下着のパンツ一丁になり、水深20センチのせせらぎに飛び込む。子どもたちもフルチンで遡行していくと、みごとな滝が現れた。地球温暖化による連日の豪雨で水量が増えているのだ。
 3歳の周二郎が母ちゃんの口まねで滝を叱った。
「すいどうしめなきゃ、だめでしょ!」

8 augost(the)
14 magnetic moon

 玄関にをつけた
 70年も鍵をかけたことのない家だった
 業者さんがジグソーでアルミを削り
 30分で取り付けた
 玄関に鍵をつけた
 警察署の真ん前にある家だった
 厳重なやつは18000円もするので
 13000円の安いほうにした
 玄関に鍵をつけた
 泥棒の一度もはいったことのない家だった
 鍵がなければ玄関は開かない
 鍵をなくせば玄関は開かない
 玄関に鍵をつけた
 いったいこの罪悪感は
 なんなんだろう

10 augost(sat)
16 magnetic moon

 ン屋のおばちゃんが死んだ。
 うちから歩いて30メートルほどのご近所だ。
 子どものころ、1日30円のこづかいをにぎりしめてパン屋にかよった。
「おばちゃーん、マーガリンせんべいちょうだい」
 おばちゃんは赤縁メガネの奥で微笑んで、ブリキ缶からとりだしたせんべいにマーガリンを塗る。しょう油味のせんべいとマーガリンが絶妙のハーモニーをかもしだすんだ。
 これはおばちゃんのオリジナルだったのかな。日光でもここだけだったし、他の地方にこんなのある?
 中学校にはいると、アップルパイがオレのお気に入りだった。
 野球の練習がないと、押入れベッドに引きこもり、漫画を読む。マガジッン、ジャンプ、サンデーなどの少年誌だけじゃなく、りぼん、別マ、少フレ、なんでも読んだ。本では星新一を全部読破した。
 つまみはもちろんアップルパイ。1枚ずつ薄皮をはがし、何時間もかけて1個のアップルパイを味わう。今でもときどきアップルパイを食うと、「失われたときを求めて」トリップすることがある。
 マーガリンせんべいやアップルパイを売ってくれるおばちゃんは、オレを幸せに導く「魔法使い」だったんだな。
 お嫁さんがおばちゃんの顔にのっていた白い布をめくった。少々しわは増えているが、赤縁メガネの奥にあった微笑だった。
 カムイモシリではトトチョフも待ってるし、オレが死んだら真っ先にマーガリンせんべいを食べにいこう。
 老後の楽しみじゃなく、「死後の楽しみ」がふえた。
 いつの日かわからないけど、死ぬのがけっこう待ち遠しい。

11 augost(sun)
17 magnetic moon

 池袋東口キンカ堂に入した。
 本館5階の毛糸売り場にでると、編み物教室の先生がちらっと冷たい視線を投げか
ける。
 ヒゲ面にドレッドの男などキンカ堂の歴史はじまって以来の異端者だ。
「なにか、お探しですか?」
 ベテランのおばちゃん店員が迷子を保護しようとよってくる。
「はい、そのう、いちばん色の種類があって、安いのはどれですか」
 おばちゃんは意味もなくニヤッと笑った。
 やばい、完全にオレは「男子手芸部員」にまちがわれたのだ。
「そうですねえ、初心者の方ですと、ハマナカ・ボニーが60色ありますし、ウール100%の半額です」
「100年もちますか」
「えっ?」
「ウールとアクリルとどっちが長くもつんですか」
 おばちゃんは男子手芸部員の突飛な質問にうろたえる。
「もちだけで言うと、虫が食わないアクリルのほうがいいかもしれませんね」
「セーター1着で、何玉くらいいりますか」
 おばちゃんは、やっぱりこいつ初心者だって顔をしてる。
「デザインにもよりますが、成人ですと10〜15玉です」
「じゃあ、ハマナカ・ボニーの60色を2玉ずつ、赤、黄、青、白、黒は10玉ずつください」
 1玉380円の毛糸を5万円分も買ってしまった。
 おばちゃんは、男子手芸部員をおまえ何者なんだ
? という顔で見つめている。
 オレはメキシコ旅行で、ウイチョル族の「ネアリーカ」という毛糸絵画に魅せられた。20年以上も先住民文化に接してきてこれほどの美術作品に感動したことはない。
 日光に引っ越してからの5年間、ずっと文章のみに集中してきた。プロフィールには「美術家」と書いているが、一生美術にはもどらないと思っていた。
 文学は理性、音楽は感情、美術は知覚に訴えかけるといわれるが、
 オレがいちばんむいているのは美術だと思う。
 文学をとおして知り合った人には申し訳ないが、オレの中のメインジョブは今、美術に回帰しつつある。
 いつも、いつも、
 マガママに生きる。
 (ロンドンにそんな名前のレストランがあったなあ)
 逆に言うと、
 自分の直感に忠実に生きる。
 まちがうのは毎度のことだ。
 べつに恐くもない。
 恐いのは「慣れること」。
 直感の声に耳をふさいでうずくまる。
 誰にでも、悪魔のささやきはあるはずだ。
 いけない、
 恐い、
 やばい。
 じつは、悪魔のささやきに身をまかせることが、
 「進化」だったりする。

12 augost(mon)
18 magnetic moon

 盆の飾り付けをした。
 折り畳み式の段に白い布をかけ、プラスチックの灯籠をたてる。泡がぶくぶく湧くやつで、けっこうサイケデリックなのだ。
 祭壇のよこにたつ走馬灯は、不死鳥のバックに原色の水玉がまわる。臨死者が自分の一生をフラッシュバックでみるようなといおうか、永遠の輪廻をめぐる不死の魂といおうか、これぞアジアのミラーボールだ。この安っぽさと下品な色彩がたまんないよな。
 日光では割りばしを折って4本足にしたキュウリとナスをつくる。死者が乗ってやってくる馬と牛だそうだ。
 仏壇にはホオズキと塩のついたワカメとそうめんをつるす。山と畑と海の幸である。
 迷信だとひと蹴りするより、オママゴトを楽しんだほうがいい。死者だって生者と遊びたいわけよ。こうしてオレたちは死者とともに在ることを実感してきた。
 悪のりしたオレは、トトチョフの膨大な写真作品を引っ張り出し、額にいれて展示した。初盆ついでに写真展までやっちゃうとは。
 おっと、こんなことしてる場合じゃない。
 自分の絵画作品にとりかからねば。

13 augost(tue)
19 magnetic moon

 明日からイヌモシリ一万年祭へいってきます。
 会場で会ったら声をかけてください。予定は以下のとおりです。

8月14日(火)17:30JR宇都宮駅前ロビンソンデパート5階ミキハウス集合。
18:00宇都宮出発。
8月15日(木)5:30八戸からフェリー。
13:30室蘭到着。
18:00祭り会場到着。テント泊。
8月16日(金)テント泊。
8月17日(土)9:30千歳空港でミッシェルの出迎え。テント泊。
8月18日(日)12:00千歳空港でランディさんとタッキーの見送り。
8月19日(月)5:00苫小牧からフェリー。
13:30八戸到着。
22:00宇都宮到着。

14 augost(wed)
20 magnetic moon

 夕方5時半にタケ隊長が働くキハウスに全員が集合した。
 メンバーはオレとタケ隊長にくわえ、ヨガ行者加納さん、ワンゲル丸橋、トランス系編集者タッキー、スペシャルゲスト田口ランディさんの6人だ。
 みんなが重いバックパックを背負ってくるなか、小型のキャスターつきトランクひとつであらわれたランディーさんは旅慣れた余裕を感じさせた。しかし集合場所をミキハウスにしたのがまちがいだった。「きゃあ、これかわいい!」などと愛娘モモちゃんの服を大量に購入してしまったのだ。しかもトランス系のクマ柄ばかりだ。
 エスティマのワンボックスにのりこみ、7時に宇都宮を出発した。
「ゴーゴー、レッツゴー、アイヌモシリへ」

15augost(thu)
21 magnetic moon

 東北自動車道をひた走り、真夜中の3時に青森県戸に到着。
 かつてワンゲル丸橋が大学時代をすごした土地であり、市場へ案内してくれた。お盆でお目当ての食堂は閉まっていたが、新鮮な魚介類に目をみはった。
 牛乳瓶にはいったウニの塩漬け、筋子、鱒のハラコ、ニシンの薫製、そして新鮮極まりない生ウニだ。
 早朝5時半に八戸からフェリーにのる。
 完璧なつまみで宴会を楽しむものの、みんな疲労困ぱいのため即爆睡にはいった。
 午後の1時半に室蘭到着。苫小牧にむかうが地図がない。こんな長旅に地図ひとつもってこないとは、ベテランなのかバカなのかわからない。行き当たりばったりで富川にでて、スーパーマーケット・ダイエーで酒や炭やスパゲッティーなどをかいこむ。ここは康子(レラ)さんと何回も来ているし、ランディさんもはじめて康子さんと会った場所だ。
 突然ランディさんの知り合いから電話がはいり、今富川のバス停にいるという。なんと沖縄からやって来た在(ある)さんという女性だ。これもなんかの縁だろう。在さんをぎゅうぎゅうの後部席につめ込む。
 平取、二風谷をぬけて、貫別にある祭り会場に到着したのは夕方五時だった。明るいうちにテントをはる。
 十勝ワインとビールで乾杯し、宴がはじまる。本場アルタイ共和国帰りのランディさんのホーメイをみんなで習い、「タラバガンダ」という曲を即興で演奏していると、ジャンベやディジュリドゥーをもった連中が集まってくる。演奏の輪が広がり、何十人もの人が踊りにやってくる。このテント村がメインステージより盛り上がってしまう異常事態だ。酔っぱらって憶えていないが、オレはみんなに酒を振る舞い、何曲も熱唱し、いろんな人をほめながら乗せていたという。
 いやはや初日からこんな楽しいスタートをきれるとは最高の祭りになりそうだ。

16 augost(fri)
22 magnetic moon

 目覚めると、テントのまわりの草がミステリーサークルのごとく踏み固められている。おそらく100人以上の人がオレたちの演奏でり狂っていたのだろう。見知らぬ人たちから「昨日は最高でしたよ」と声をかけられ、差し入れをくれる。
 はっしーとミユキちゃんが到着した。ふたりは富川の駅で声を掛け合った。
「祭りはどこで知ったんですか」
「知り合いから教わったんです」
「わたしも『風の子レラ』という本を書いてる人から」
 なんのことはない、ふたりともオレの友人だったのだ。
 昨日のセッションでランディさんにミュージシャンとしての才能を発見したオレたちは、最強のユニット「AKIRANDY+TAKE」を結成した。
 会場の中心には巨大なたき火があり、枝で組まれたメインステージのドームにはブルーシートがかけられている。
 オレたちがステージに上がるころにはたくさんの観客がつめかけていた。
 1曲目の「HOLY NIGHT」はランディさんのホーメイではじまり、オレが歌う。康子さんが太鼓で応援してくれる。ますます最強のメンバーになってきた。
 2曲目はランディさんのソロヴォーカルで「ぽつり」を歌ってもらった。声の張りと伸びも抜群だし、高音のかすれがむっちゃ色っぽい。
 3曲目は究極の問題作、「ええじゃないか」。もともとこの曲は男女のドュエットになっていて、「銀座の恋の物語」風に二人の掛け合いにした。
 4曲目は静かなバラード「レインカネーション」でお口直し。
 ラストは楽器を持ってる全員にステージに上がってもらい、「タラバガンダ」を再演した。ランディさんのヴォーカルにオレが即興でコーラスを重ね、棒やロープにつけた火を振り回すファイヤーダンスも登場する。昨日よりさらに観客は熱狂し、狂喜乱舞する。
 この祭りには5年かよったが、もっとも熱い一夜だった。

17 augost(sat)
22 magnetic moon

 「たけしの誰でもカソ」に出演していたために来るのがおくれたミッシェルを千歳空港にむかえにいく。
 苫小牧の魚市場で今夜のバーベキュー素材を仕入れた。ホタテ、ツブ貝、イカなど、新鮮なものばかりだ。
 ランディさんが康子さんに連れてきてもらったという記憶をたよりに、静内にあるアイヌの遺跡を探す。アイヌの英雄シャクシャイン像が立つ歴史資料館の人さえもわからなかった。いろいろ走りまわったが見つからず、あきらめて新冠にあるレ・コード温泉にいく。
 会場にもどり、炭火をおこし、海鮮バーベキューを味わった。今夜も楽しい酒に酔い、夜は更けていく。
「5,4,3,2,1」
 深夜12時にむけてカウントダウンがはじまり。みんなが歌いだす。
「Happy birthday to you」
 オレの誕生日を祝ってくれたのだ。本当は19日だが、明日ランディさんとタッキーは飛行機で帰らなくてはならない。生クリームにイチゴがのったケーキまで用意されている。オレはロウソクを吹き消し、みんなの友情に感謝した。
「一度これがやってみたかったのよね」
 秋田犬のようなランディさんの目が光った瞬間、視界が停電した。
 瞼をぎゅっと閉じると眼球にはりついた生クリームがムニュッとしぼり出される。オレはケーキの台座に手を添え、落とさないように顔をはがした。顔からヒゲから真っ白で、凍傷にかかったデルス・ウザーラみたいだ。オレはわざと平静を装って口ヒゲのクリームを舌で舐める。
「うまい、こんな美味しい食い方を教えてくれて、あ、り、が、と、う!」
 不意をつかれたランディさんの顔面にケーキが炸裂する。
 ランディさんはとなりの加納さんに、オレは逃げ惑う全員の顔にケーキを塗りまくり、もう乱闘状態。
 戦士の化粧をする原始部族のように、オレたちは野性に返った。

 Photo

18 augost(sun)
23 magnetic moon

 クリームの臭いをぷんぷんさせて、ランディさんとタッキーを千歳空港に送る。
 鵡川にある公共浴場「四季の湯」でべたついた体を洗い、会場へ帰るとさっそく雨が降りだした。究極の晴れ女であるランディさんが去ったあとはいつもこうなるのだ。
 暗くならないうちにテントをたたみ、帰り支度をする。
 康子さんに別れのあいさつをすると、ぎゅっと抱きしめてくれる。その巨大な愛情に涙ぐみそうになる。誕生プレゼントといって虹色のマタンプシ(流線模様のはちまき)をくれた。来年もまたこの笑顔に会いに来よう。

22 augost(thu)
28 magnetic moon

 また明日から3日間ほど東京に画を描きにいくので、日記はお休みします。
 ああ、忙しいよう。

25 augost(sun)
3 lunar scorpion moon

 東京駅の真ん前にある歴史的建造物、の内ビルが大々的にリニューアルした。三菱が社運をかけた巨大プロジェクトだそうだ。
 5階にあるレストラン街はそうそうたる名店が並び、ランチ難民が大集結するという。なかでも最大の話題は、エレベーター前の一等地にある「エッセンツィア」というイタリアレストラン。日本でいちばん予約がとれない「アロマフレスカ」の3号店だ。
 「君の腕試しだ」と新居さん(ピカソの画商)連れていかれ、外装の窓枠となかに掛ける油絵を描くことになった。
 この3日間、店とホテルに缶詰めになり、やっと今日、外装の窓枠の絵が完成した。昨日なんか15時間描きっぱなしだぜ。あと2週間でメインの油絵を描かねばならない。9月にオープンだが、たぶん何カ月も先の予約と長蛇の列で食事はできないだろうが、オレの絵だけでも見にいってちょうだい。
 猫に餌をやらねばと、やっと今、日光にもどってきた。また明日いかなくちゃなんないんだけどね。
 今回のパートナーとなったのは、「アロマフレスカ」の仕掛け人カズミさん。見かけは村上里佳子も真っ青という美女だが、モネをはじめ何億もする印象派をあつかう画商だ。オレと同時期にニューヨークで暮らし、メトロポリタン美術館前で画廊も経営していたという強者である。おたがい外国暮らしが長いので、むっちゃ気が合う。しまいには筆を洗ってもらったり、アシスタントのようにこき使ってしまった。
 オレの作品を気に入ってくれて、追いつかないほど仕事をもらった。それも某大手企業の本社ビルをはじめ、すごいところに飾られるものばかりだ。50号二枚とか、1メートルのヌードデッサンとか、おかめ納豆とか、疲れ切っていて憶えきれないし、台風6号にさらわれた蟻さん状態だよ。
 「はあ?」の連続。
 ドレッドに針金を入れて「?」ちょんまげを立てて歩こうかというくらい、夢のような話ばかりだ。
 なんとなく素樹文生がプレゼントしてくれたスピッツの「チェリー」を聴く。

 きっと想像した以上に騒がしい未来がぼくを待ってる

26 augost(mon)
4 lunar scorpion moon

 今日もードな東京往復。
 神保町で画商の新居さんと打ち合わせした。油絵の乾燥剤をもらい、キャンバスや絵の具は好きなだけくれるという。
 「エッセンツィア」と同じ丸ノ内ビルの最上階にあるコンベンションホールにかける2メートルの絵4点を描かないかという。
「はあ?」
 またまたわからないまま、やけくそで「やります」と答えていた。
 めるくまーるの営業部長で画商まではじめた太田さんと丸ビルにいき、カズミさんと「ミカミ・カフェ」へいく。
 太田さんとカズミさんが金縛り体験で盛り上がる。
 カズミさんは子どものころから「濡れた足の男」がやってきたり、鹿児島の海辺でたくさんの霊たちがいるのが見えたんだって。妹がニヤニヤ笑いながら寝ている自分を見下ろしているんで文句を言ったら、そのむこうにちゃんと眠っている妹が透けて見えた。ニヤニヤ笑っている妹は半透明で、空中に浮いていたそうだ。
 太田さんは出張でホテルの部屋にはいった瞬間、「ここはやばい」と感じた。そういうときはAVチャンネルをつけっぱなしにして、ずっと起きてるんだって。
 「なんでAVチャンネルなんだ!」と突っ込みたかったが、幽霊とか「死」に近いもの接すると、人は「生」に近いセックスに助けを求めるのか?
 おそらく真実は、たんに本人の趣味なのだろう。
「こういう話って、体験してない人にはわかんないのよね」
 ずるいぞ、ずるいぞ。
 オレも一度でいいから、金縛りにあってみたい。
 でもホテルで幽霊が見えると、恐くて旅ができなくなるからやだな。
「エッセンツィアのなかに飾る絵は15日締め切りになってるけど、6日のオープニングに間に合ったら最高なのよね」
 さりげなくカズミさんがつぶやく。
 またもや催眠術にかかり、「やります」と答えてしまった。
 オレがなりたいのは、そういう金縛りじゃないっつーに。

28 augost(thu)
6 lunar scorpion moon

 1週間後に締め切りの油絵をはじめる。
 昨日のうちに下塗りをおえ、下書きを描いた。スペイン時代以来、10年ぶりの油絵だ。ちょっと不安だったが、描きはじめたとたん、昔のカンがもどってくる。語学やボディービルなどと同じように、一度習得したものは、体が憶えているのだ。
 タケちゃんとケンちゃんを呼んで、毛糸絵画「ネアリカ」を手伝ってもらう。妹が凛太郎の夏休みの宿題に毛糸絵画を提出させようと、周二郎も連れてやってきた。いつもはうるさいガキどもが真剣になって毛糸を貼り付ける。
 毛糸絵画は、ふつうの絵の10倍の手間と時間がかかる。おそらくこれからは5人〜10人くらいのボランティアスタッフが必要となるだろう。
 オレの毛糸絵画も7割方すすみ、凛太郎の絵も完成した。小学校の宿題に「ネアリカ」を提出するのは、日本でもはじめてだろうな。
 ウォーホルのファクトリーというより、袋貼りの町工場みたいに、アートな一日だった。

30 augost(fri)
8 lunar scorpion moon

 深夜2時、今やっとをおいた。
 朝の7時からはじめたので、18時間くらい描きつづけている。この日記をアップしたらまたつづけるかもしれない。
 左手が腱鞘炎になりそうに痛い。おまけに朝飯をつくっているとき親指を包丁でざっくり切ってしまった。
 脳内麻薬全開の自分のリアクションが笑える。
 傷口から流れる血を見たら、ふつう止血とか、バンドエイドとか考えるだろう。でもオレは絵のところに走っていき、キャンバスのうしろにサインを書いていた。市松模様の床にぽたぽたたれる血液を「もったいない」とすくいながら、「これで魂がはいった」などとつぶやいてる。
 ほんとバカだね。

31 augost(sat)
9 lunar scorpion moon

 ついに「ネアリカ」の処女作が成!
 オレがメキシコの聖地ウィリクタの砂漠でヒクリ(=ペヨーテ=幻覚サボテン)を食って見たビジョンだ。

 ウイチョル族はアイヌと同じように鹿を重要な食料源としていた。「すべてに神は宿る」という考えをもち、「我々は死者をふくめたあらゆる神の眼(自然)に見守られている」という。
 上部と両わきにある朝顔のような三つの眼はヒクリの形を表し、ハルシネーション(幻覚)による光の体験は、太陽であり、眼でもある。
 地層の上部から生える植物を鹿が食らい、その肉を、死を、人間が生のためにもらい受ける。
 50号キャンバス(116,7cmX91cm)に接着剤としてストロングメディウムを塗り、アクリル毛糸を貼っていく。絵の具で塗れば一瞬なのに、直径2mmの糸で埋めるのに何日もかかる。写真では見えないが、毛糸のうねりが渦を巻く。縄文土器でお湯を沸かすと渦ができるような求心力だ。
 気の遠くなるような毛糸貼り作業にかかわってくれた、ケンちゃん、タケちゃん、ヤスコちゃん、ミユキちゃん、アルさん、丸さん、加納さんに感謝を捧げます。
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