下にいくほど新しくなっています

1 july(mon)
5 cosmic
moon

 半蔵があやしいーグルトをもってきた。
 なんでも、主婦たちのあいだで静かなブームを起こしているカスピ海のヨーグルトだという。500mlの牛乳パックに謎の菌を流し込み、常温で10時間待つ。
 半蔵がただの「腐った牛乳」をオレに飲ませ、毒殺する可能性もあるので調べてみる。(ズームイン!! SUPER
 ふむふむ、「プレーンヨーグルトに見られる乳酸菌がカスピ海のヨーグルトでは見つからない」
「普通のヨーグルトは乳酸桿菌や乳酸球菌ですが、これらとは違い、学名ラクトカッカス・クレモリス菌がカスピ海のヨーグルトを作っている」
「カスピ海西岸のコーカサス地方は旧ソ連から独立したアゼルバイジャン共和国にあり、100歳以上のお年よりがたくさんいる長寿村があることが知られています」
「コーカサス地方ではヨーグルトが毎日食され、ヨーグルトがいたるところで売られ、レストランでは水代わりにヨーグルトドリンクが振舞われる世界」
「長寿村として知られるレリークのハリファ・フニ村には、120歳の老人たちが元気に暮らしている」
 10時間後にカスピ海のヨーグルトが完成した。
 ふつうのヨーグルトの酸っぱさがなく、淡泊で味わい深い。こんなあっさり味なら毎日食ってもあきないかもしれない。
 そこへタケちゃんがやってきた。バイクのガソリンが切れ、雨の中を1時間も押してきたという。さっそく味見をしてもらい、おすそ分けをする。
 美味いし簡単にできるので、主婦の間に広がったのだろう。まるで「100人の地球村」や「ねずみ講」のように菌は増殖していく。
 願わくば、美しい自然に育まれたコーカサス地方の笑顔も伝播していってほしいものだ。

2 july(tue)
6 cosmic
moon

 中島らもさんの「ダラの豚」を読み終わった。
 アフリカと東京を舞台にした呪術合戦を極上のエンターティメントに仕上げている。2段組で600ページもある超大作をぜんぜんあきさせることなく、最後の最後まで楽しませる手腕はなんというか、その……トルストイ以上だ。
 テレビでらもさんのインタビューをやっていたが、アルコールとコデインで手は震え、奥さんに口述筆記して書いている姿は壮絶だった。
 あっち側の世界から受け取ったメッセージを翻訳して、こっち側の世界に伝える。
 「なに」(What)を伝えるかではなく、「どう」(How)伝えるかが作家の力量である。
 同じ「真実」を伝えるなら、むずかしく語るより、シンプルで楽しい方がいい。
 先輩ジャンキー、達人なり。

3 july(wed)
7 cosmic
moon

 再来週の15日から4日間、新潟県奥只見で始生活にはいる。
 ずぶ濡れで源流を遡行し、釣った魚で生き延びるというハードなサバイバルキャンプだ。今回は半蔵(もとハン師匠)やホセ(バードウオッチャー)は都合でいけないが、加納さん(ヨガ行者)と素樹文生(作家)が参加するのでお楽しみに。
 去年は嵐と落雷にみまわれたり、オレが奇跡的に釣ったイワナが盗まれたり、恐怖と爆笑の4日間だった。(去年の日記の7月9日と12日以降を参照
 圧倒的な大自然の中で人間がどれだけちっぽけか知ることは、宇宙的マゾの快感だ。
 今日はタケ隊長の車で宇都宮周辺のアウトドアショップをめぐった。
 去年の教訓から、長時間背負っても疲れないバックパックや、寝袋が濡れないようにする防水バッグや、ゴアテックスの雨具を買ってしまった。
 「アヤワスカ!」の印税が8万円しか残っていないのに、6万の出費だ。つぎの本がでるまでたった2万で生き延びなきゃなんない。
 サバイバルは大自然じゃなく、平凡な日常にある。

4 july(thu)
8 cosmic
moon

 いきなりがやって来たって感じだなあ。
 ひさびさに洗濯できたし、扇風機も出してきた。蚊もいないのに「緊張香取先公」をインセンス代わりにつける。8月生まれのせいか、夏になるとわけもなく浮かれてしまう。
 猫は溶けたアイスクリームみたいにへたばっている。毛皮脱げねえからかわいそうだが、猫は夏になると身長が10センチくらい伸びてしまうのだ。
 オレがベッドに寝ころんで本を読んでいると、胸の上にのってくる。けっこう重いが、かわいいので許す。ヒゲに鼻をくすぐられ、でっかいくしゃみをすると、30センチくらい飛び上がり逃げていく。祖先が森で暮らしていたため、音に敏感なのだ。
 ときどきなにもない空間を見つめていたりするのだが、オレは「霊が見えるのでは!」と思うと恐くなり、そっちを見ないようにする。
 うちの老猫たちは15歳(人間でいうと80歳くらい)なので、いつ「猫又」になるかもしれない。
 100年生きた猫は尻尾が二股に分かれ、人を食う「猫又」になるのだ。「明月記」によると、天福元年(1233年)8月2日、南都に猫又が現れ、たくさんの人を食い殺したので、人々に打ち殺されたとある。猫又の毛の色は黄色と信じられ、金花猫とも呼ばれた。純黄色と純黒色の猫又がもっとも危険だという。(うちのは三毛猫なのでちょっと安心)
 灯籠の油を舐めながら手ぬぐいでほっかむりをして踊るというのが恐い。障子に映った影は巨大なシルエットとなり、それを見たものは食い殺される。
 食い殺されるのも嫌なので、さっ、フリスキークランチをあげるよ。(ううむ、この伝説はペットフード会社の陰謀やも知れん)

5 july(fri)
9 cosmic
moon

 なんだか、んでもない展開になってきた。
 まずアイルランドに住む親友マサと奥さんのオーラと4歳になる息子トロジャンと浅草の回転寿司「まぐろ人」で昼飯を食った。たぶん6,7年ぶりの再会だ。
 これだけでも大きな出来事なのに、問題はそのあとに起こった。
 「めるくまーる」に復帰したオーさんと神保町の三省堂で待ち合わせし、「信画堂」という画廊へいく。
 オーナーの新居さんに見てもらうため、1,5メートルもある油絵を電車でもってきた。4時にアポイントメントをとっていたが、画廊はしまっている。30分待ち、一時間待っても新居さんはこない。
 オーさんは申し訳なさそうに「日をあらためましょうか」と提案してくれたが、オレはなんとなく「となりの居酒屋で飲んでいましょう」と言った。
 オーさんは何度も席を立ち、新居さんが帰ってきてないかを見にいく。何度も「だめでした」がつづいたあと、いきなり「帰ってきましたよ!」オレを呼んだ。
 73歳の新居さんは、勝海舟と西郷隆盛を和解させたお坊さん新居日薩の孫である。これはオーさんが調べたことで、新居さんは権威や名声を嫌い、誰とでもわけへだてなく話す。
「まずは絵を見せてください」
 オレは唐草模様の風呂敷をほどき、スペイン時代に描いた「Temptation of Dvil」という作品をさらした。
 柔和なおじいさんの眼が「獣」に変わる。
 こんな恐い目を見たことがない。オレはもう金縛り状態、文字通り「蛇ににらまれたカエル」だ。
「わかりました」
 新居さんは静かに言った。
 もうオレの過去も、未来も、無意識まで見透かされ、素っ裸にされた恐怖だ。
 信画堂にインターネットがないため、オレはオーさんが2年前に買ってくれたiBookを背負っていった。ホームページに収納した作品群をつぎつぎに見てもらった。油絵だけじゃなく、「スカトロアート」から「野ざらし画廊」まで真剣に見てくれる。
「来年中に大きな個展をやりましょう」
「は?」オレはなにが起こったか、わからない。
「わたしのコレクターたちにも収蔵してもらいましょう」
 オレとオーさんは、あんぐり口を開けたままだ。
「失敗作は許します、ただし手抜きは許しませんよ」
 ヤクザに脅されるより恐いひと言だ。
「あなたは好き勝手やりなさい」
 救世主に許されるよりうれしいひと言だ。
 新居さんに別れを告げ、オーさんとお茶の水駅へ急ぐ。駅のトイレで連れションしながら、笑った。
「これって、現実ですか?」

6 july(sat)
10 cosmic
moon

 「知覚の縛」(ちくま学芸文庫1000円)を読んだ。
 ランディさんが帯で「メガトン級のショックを受けた」と書いているが、オレもふらふらに打ちのめされた。
 分裂病患者Sさんを精神科医渡辺哲夫氏が10年間にわたって分析していくノンフィクションだが、「哲学ミステリー」とでも呼べそうなスリルがある。
 驚いたのは、Sさんの妄想が作り上げた世界観が、量子物理学の対称世界、ニュートリノの反物質、アマゾンやアイヌの冥界神話、仏教の無常観、チベットやエジプトの「死者の書」、臨死体験、幽体離脱、アヤワスカ、ヒクリ(幻覚サボテン)、テオナナカトル(マジックマッシュルール)などのサイケデリック体験とそっくりだったことだ。

 何が起こったのか…この世が終わる。世界中が変わって崩れて、見る家(うち)みんなウチカタ(家形)になって、ウチカタにはヒトカタ(人形)が住んでるんです。ウチカタ…ワラ人間、ロボット、アヤツリ人形、宇宙人さん…。それでキチガイになって走り廻って暴れた。

 こんなすげえ「詩」読んだことねえぞ!
 もちろんこれは詩ではないが、Sさんの妄言がオレの免疫機構を破壊して突き刺さってくる。 オレは一度読み終えたあと、Sさんの言葉の部分をショッキングオレンジのマーカーで囲って何度も読み返した。
 オレににとってこの本は、戦慄すべき「詩集」だ。

7 july(sun)
11 cosmic
moon

 ただいま「チャップ」に全力投球。
 本にして約200ページ分が仕上がり、いよいよ最終章だ。
 なんだか急に忙しくなってきたので、ひとつひとつ順番に終わらせていかないと混乱する。
 まずは「ケチャップ」優先。8月締め切りの写真エッセイ、文芸誌の短編も急がねばならん。「天の邪鬼主義」は出版社にわたしたし、書き下ろしの長編もやらねば。CDも6曲録音し終え、あと4曲ほどいれる。おまけに画集の出版や講演依頼まできた。古い油絵も修復もあるし、あっ屋根も直さなきゃ。
 猫の手を借りようとしても、やつらは伸びてるばかり。いいよ、いいよ、お父さんは一生懸命働いて、おまえたちが猫又になるまでエサを運びつづけるからね。

8 july(mon)
12 cosmic
moon

 ついに根の修理をやり遂げた。
 2カ月ほどまえに屋根を塗ったのに風呂場の雨漏りはやまなかった。ほんとバケツ一杯くらい漏るのよ。
 屋根を乾燥させるため3日間晴れのつづく日を待ったが、なかなかこなかった。今日しかない、これを逃すとまた梅雨がはじまってしまう。
 使い捨てのつなぎ服(もう三回も着ているが)に身を包み、銀のはしごで天へと昇る。沸き立つ入道雲、はるかに日光連山、SUN SUNと照りつける太陽。
 あっちー! こりゃあ「焼けたトタン屋根の上の猫」だぜ。
 強力ボンドを波形トタンに塗り、分厚いビニールシートを貼り付ける。背中から華厳の滝が流れ、パンツは中禅寺湖のクラゲになる。「中禅寺湖にクラゲはいないって」うっせー、頭がくらくらしてそういう幻覚が見えるの。はじっこを貼るとき転げ落ちそうになるが、ケツがボンドで張り付いて助かる。
 3時間の格闘で完成する。天界からはしごを降り、地上へと生還したのだ。
 嵐よこい、雨よ降れ、2度とオレの屋根にはお漏らしはなせない。ほんとに雲行きが怪しくなってきたな。そうだ、水の神様ワッカ・カムイにお祈りにいこう(実はプール)。

9 july(tue)
13 cosmic
moon

 オレの祈りがワッカ・カムイにつうじたのか、ほんとにがきちゃったよ。
 神様が雲の廊下においてあったバケツを突っかけちゃったみたいだ。
 ふっふっふ、しかしオレの屋根は漏ら……漏ら……マンモラホラチンチ〜ン!
 漏ってるじゃないの。
 あっ、風呂場のよこのキッチンも漏ってる。
 あああっ、今まで一度も漏らなかった居間からも漏ってるぞー。
 よくオネショをしていた「ネッシー」時代を思い出す。
 ここは江戸時代の長屋か。
 ちったあ屋根らしくしてみろってんだ。
 まあ、70歳の老朽家屋だから雨漏りの点滴も必要かあ。
 そうだ、蛇口が3つ増えたと思えばありがたいかもな。
 雨の日にはたらいで沐浴し、鍋に溜まった水でみそ汁を作り、大口開けて床に寝ころび天の水を飲む。う〜む風流じゃのう。
 こうなったらベストセラーを書いて屋根を張り替えてやる。(書棚では赤川次郎のとなりなのになあ)

10 july(wed)
14 cosmic
moon

 タケちゃんとケンちゃんで温泉卓球にいった。
 タケちゃんは卓球の町鹿沼でならしたそうだが、左利きのオレが右手でやっても敵ではない。ケンちゃんは卓球部出身なので自信満々だったが、スマッシュ製造機の異名をとるオレのまえに敗退した。なにしろ全球スマッシュしてしまうんで、ケンちゃんも返しようがない。
 バドミントン部のミッシェルも破ったし、つぎはテニスのチャンピオン素樹文生に挑戦だ。
 「美術や文学や音楽や写真までよくいろんなことをやれますね」と言われるが、すべてのものに共通する「意」があるのだ。
 でもそれは、内緒。ラーメンおごってくれたら教えるけど。

11 july(thu)
15
cosmic moon

 「つぎの一歩でめろ。逃げるか、戦うかをな」
 (今日書いた「ケチャップ」の一節より)

12 july(fri)
16 cosmic moon

 猫のトイレの砂を人間のトイレに流した瞬間、しまったと思った。
 今までの砂は流せるタイプだったが、今日から変えた砂は固めて燃やすタイプだったのだ。案の定トイレはつまり、オレは憧れの「ラシアン」を呼んだ。
 ハワイアンやポリネシアンと同じように、クラシアンは南太平洋西部に位置する「クラシー諸島」の民族だ。海に囲まれて暮らしているせいか、水のトラブルには伝統の知恵を持っている。
 午後四時半にクラシアンはやってきた。パパガヨの羽飾りをつけた戦士の帽子をかぶり、褐色の顔に護符の入れ墨をしている。
 水の神様に祈りの踊りを捧げた。
 エーホーマイカヘケー、マイローナーマイヤー(天なる知恵を我らに与えたまえ)
 ノーナーメーヤーホーナーノーヤウ(歌に隠された)
 ノーナーメーレーエー(秘宝を)
 エーホーマイ、エーホーマイ、エーホーマイ(我らに与えたまえ、我らに与えたまえ、我らに与えたまえ)
 クラシアンはヤシを編んだ腰蓑につけた瓢箪から白い粉をトイレに振りいれる。「チュパ」と呼ばれる魔法の杖には天然ゴムでつくられた黒い花がついている。
 クラシアンは「チュパの花をトイレに食べさせてあげる」と表現するが、なかなか激しい動きである。どちらかというと、ドラゴンの口に剣を突き刺すミカエルを連想させる攻撃的な技だ。ドラゴンは苦しげな嗚咽をくり返したあと、ついに水を呑み込んだ。
 トイレが開通したのだ。
 クラシアンは恭しく謝礼を受けとると、「安くて早くて安心よ」と腰蓑を振りながら帰っていった。

13 july(sat)
17 cosmic moon

 が吹くんだ
 風にはほのかな色や香りがあって
 
すべてに満たされなかったあの頃の映像がよみがえってくる
 風が吹くんだ
 たしかにオレたちは不幸だった
 風が吹くんだ
 でも不幸者にしかわからない幸福がある
(今日書いた「ケチャップ」の一節より)

14 july(sun)
18 cosmic moon

 強力な風7号が、日本列島を縦断するという。
 現在、沖縄が風速25メートル以上の暴風域に入っていて、明日の夜には九州に上陸
する。
 明日から山ごもりする新潟に出発すれば、明後日に直撃を受けてしまう。
 土砂災害も頻発し、雷注意警報もでている。
 鉄砲水や大水で釣りどころじゃないだろう。
 タケ隊長は奥さんのおばあちゃんから、
「あんだら、いっだら死ぬ」と預言された。
 痴呆症でシャーマニックな老人の言葉は説得力がある。
 もう少し山ごもりは延期しよう。

16 july(the)
20cosmic moon

 昨日は20時間も「ケチャップ」のストを書いていた。
 今日も神がかり状態。
 ごめん、日記書くの不可能。

17 july(wed)
21
cosmic moon

 ついに「ケチャップ」書きえた。
「やったぞ!」
 もちろん推敲はあるが、拳を振り上げてジャンプした。
 つぎの瞬間、玄関が開き、山岳会の岡部さんが訪ねてきた。
 八月三日(日)にトトチョフの追悼登山をやるという。
 トトチョフは北関東山岳会の会長だった。
 オレはトトチョフの遺骨を日光の山に撒いてもらいたいと、山岳会の人にたのんでいた。

 登山には興味のないオレが、なぜかこんな言葉を口走ってた。
「ぼくも参加したいです」
「それは、願ったり、叶ったりですよ」
 高齢に達した岡部さんが笑う。
「じつは、その言葉を聞きたかったんです」

 明日の夜から山ごもりにはいる。
 新潟県は観測史上でもっとも地盤が緩んでいるというし、山で死ぬまえに「ケチャップ」を完成したかった。でも完成しちゃうと「ハイ、死んでください」みたいな用意が整う。これも不吉だ。
 オレはトトチョフの死を、生の意味を、メキシコの旅行記で書き尽くそうと思う。
 それが書き終えるまでオレは死ねない。トトチョフは自分のことを発表されたいがために、オレを生かしてくれるだろう。
 こんなふうにオレは、ひとつひとつの作品を書き上げている。
 死者に守られて生きている。
 そう感じるのは、分裂病患者の発想に近いが、オレは別々の出来事を束ねる糸のようなものを感じるんだ。
 これは論理じゃなく、実感だ。
 いくら科学が進歩したって「死者が生者を守る」なんて証明されないことは、オレにだってわかってる。現代でもシャーマンは理論体系なぞ興味を示さないが、実際に人々を治癒させつづける。
 オレは「死者が生者を守ってくれる」と感じることによって、自分の生を肯定できる。強烈な感謝の念で包まれるのだ。
 来週の火曜日には、生きて帰ってくるだろう。
 つぎの作品を書くために。

18 july(thu)
22 cosmic moon

 源流遡行前夜

 夜7時にタケ隊長のワンボックスで新潟県にある奥只見へむかう。
「今回は二人だけだし、登りしませんか」
 隊長はブナ原生林の曲がりくねった山道を80キロで飛ばしながら訊く。
「沢登りって、沢をじゃぶじゃぶ登るの」
「ええ、ときどき釣りをしたり、川沿いでキャンプしたりして、源流へ登っていくんです。綺麗な沢の水で割ったバーボンや冷やしそうめんは最高ですよ」
「いいね、いいね、それいこう。ただし辛いのはやだよ。オレは遊びにきてるだけなんだから」
「あっはっは、もちろんですよ。このガイドブックのしおりがはさんであるところを読んでください」
 「日本の渓谷97」奥只見支流恋ノ岐川について豊野則夫という人が書いている。
 「美渓に酔いイワナと恋でもしてみよう」「渓の精悍たちとの出会いに我を忘れて遡る」ふんふん、なかなかよさそうなところだ。「50メートルのナメ滝となる」
「隊長、ナメ滝ってなに」
「なめらかな角度の滝ですよ」
「50メートルの滝を登るの? オレあんま高いところ苦手だから」
「この著者だって60過ぎのおっちゃんですよ。そのあとに、直登ができるので、なかなか快適であるって書いてあるでしょ」
「うん、まあ快適ならいいけど」
「トトチョフの骨を恋ノ岐川へ撒きましょう」
 オレは登山好きだったトトチョフを奥只見に連れてきてやろうと、2ミリほどの頭蓋骨の破片を小瓶につめてもってきた。
「そうだな、オレとちがってトトチョフは高いところ好きだから。いっちょ源流まで遡るか」
 今晩は車中泊なので、隊長はビール、オレはギルビーズのジンで乾杯をあげた。

19 july(fri)
23 cosmic moon

 源流遡行一日目

 どい二日酔いだ。
 20度くらいの焼酎と同じだと思って500mのボトルを空けた。見ると37,8度もあるではないか。吐き気はするし、頭ん中で小人さんが除夜の鐘を突いているように痛い。
 朝8時、最悪のコンディションで出発だ。
「地図によると、川沿いに踏み跡があるそうなので、はじめはそこを通りましょう」
 去年行った中ノ岐川のような林道を期待していたが、「踏み跡」というのはただの獣道だった。薮のなかをあるかないかの足跡をさがして歩く。オレたちのバックパックには3日分の食料やら酒がめいっぱいつまっていて、とてつもなく重い。オレの頭より30センチも上にせりだした部分や差した釣り竿がひっかかり、なかなか前へ進めないのだ。おまけに隊長がつくった「源流マタギの会」のTシャツしか着ていないオレは、肘から先に細かい擦り傷がいっぱいできる。
「マムシを踏まないようにしてください、1時間で毒がまわってしまいますから」
「えっ、そんなの聞いてないぞ。隊長のうそつき。ぜんぜん快適じゃないじゃん」
 踏み跡を見失い、疲れ果てたオレたちは川へ降りることにした。
「うわー、気持ちいいじゃん。はじめから沢を登ればよかったな」
 フエルト底の渓流足袋に清流が染み込み、汗だくの体を心地よい川風が鎮めてくれる。「ナメ」と呼ばれるなだらかな岩の上を清冽な飛沫が滑走する。たしかに美しい渓谷だ。
 2メートルほどの滝を登った。
 バックパックは重いが、四角く欠ける花崗岩がほどよい足場をつくってくれる。流れの中に手を突っ込み、とっかっかりを探す。冷たい飛沫が顔にかかると、爽快な気分になる。
 両側に切り立った岩が流れを狭めている。こういう景観をゴルジュというらしい。
「へつりますよ」
 隊長は岩にはりつき、慎重に横歩きですすんでいく。水の深さは2メートルくらいだろうから、落ちてもたいしたことはない。
「いいですか、3点支持をしっかり保って、つぎの手や足を出すんです。体重移動のコツはバランスですからね」
 オレもマネしてついていく。忍者になったようでおもしろい。
 つぎつぎに新しい滝が現れる。
 4,5メートルのものから15メートルのものまである。段状になったものは落ちたときに頭を打つ可能性があるので気をつけなくてはならない。水中にヌルをはった岩や水をたっぷりふくんだ苔はすべりやすいので注意する。
「これじゃ、沢登りじゃなくて、滝登りじゃないか」
 オレが文句を言うと、隊長が屁理屈で答える。
「だって滝は沢の中にあるんです。滝の中に沢があるんじゃないでしょう」
 7時間歩いて30個ほどの滝を越えただろうか。オホコ沢をすぎた左手にテント場にちょうどいいスペースを見つけた。今夜の寝ぐらはここだ。
 テントは支柱が重いのでもってきていない。3メートルX2メートルほどのブルーシートをしき、もう1枚を木の枝に結んで屋根にする。水面から50センチほどの高さなので鉄砲水になったら危険だが、今夜は降らないだろうと腹をくくった。
 オレは流木を集めてたき火を起こす。このあいだの台風でたくさんの木が流されてきている。隊長がわずか1時間ほどで3匹のイワナを釣ってきた。1匹は「尺」と呼ばれる30センチ級の大物である。炊き立ての飯ができあがったところで、塩焼きにかぶりつく。桜チップなどを使わなくてもたき火でゆっくりと燻されたイワナは香ばしい味わいだ。
 両側にそそり立つ巨大な原生林を夕闇が荘厳に呑み込んでいく。人工物の一切ない大自然のなかにいると、いつも実感する。
 人間てちっぽけだ、本当にちっぽけだ。

 たき火を囲み、清流の水で割ったジャックダニエルを飲んでいると、信じられないことが起こった。
 隊長の携帯電話が鳴ったのだ。
 「まさか」オレたちは顔を見合わせる。はじめはオレの幻聴か鳥の声だと思った。
 隊長が携帯をビニール袋からとりだす。ベルは3度鳴って、消えた。
「かみさんから着信がはいってました。かけ直してももちろん圏外です。こんな人里離れた山の中で通じるわけはありません」
 隊長はゴクリとつばを呑み込んでから言った。
「しかも……電源がはいっていなかったんです」
 背中を恐怖が駆け抜けていく。不可能だ、絶対こんなことあり得ない。
「きっと奥さんの心配の念が強すぎて、ベルを鳴らせたんだよ」
 このできごとによって森の不思議に呑まれた。
 寝袋にはいってからもオレの幻聴はつづく。
 がさごそっと枯葉を踏んで人が近づいてくる気配がする。それも子どもの足音だ。
 遠くで子どもたちの歌う声がする。手をつなぎ輪になって遊んでいる。もちろん恐かったが、なにかなつかしい感情を呼び覚まされる。
 タケちゃんに訊いてみたが、歌声なんて聞えないという。
 深い森にはさまざまな精霊が棲んでいるということを、アマゾンで教わった。
 オレは幻聴を受け入れ、子どもたちの歌声を子守歌に眠りについた。

20 july(sat)
24 cosmic moon

 源流遡行2日目

 小たちのさえずりで目を覚ます。
 朝日が昇るにつれ、谷底をおおっていた霧が引いていく。目の前を流れる清流が光の粒子を反射して真珠のごとく輝いている。
 コールマンのガスコンロで湯を沸かし、たっぷり甘くしたココアを飲んでいると、隊長が起き上がる。
 ん? ミッキーマウスの帽子でもかぶっているのか。
 隊長は耳だけを蚊に襲撃され、真っ赤に腫れ上がってしまった。
「かいかいー、おれは耳なし芳一かあ!」
 隊長は両耳をガシガシ掻きながら叫んだ。去年は顔面全部がお岩さん状態になったが、今回は耳なし芳一、いやミキマウ芳一だ。
 朝飯はマルちゃんの冷やし中華でいく。
 我々は「源流マタギの会」でもあるが、「ぜんらたい」(全国ラーメン部隊)でもある。インスタント麺を隊長が絶妙のタイミングで茹で上げ、清流にさらす。
「ううむ、このコシと歯ごたえはさすがだね、隊長」
 照れた隊長は頭を掻かずに、耳を掻いた。
 木の枝に干しておいたバックパックに荷物をつめているとき、ふとたいへんなことに気づいた。
「トトチョフの骨がない!」
 昨日荷物を出したときにこぼれたのだ。河原に細かく散らばる石のあいだからたった1センチの小瓶を見つけるのは不可能だ。
「探しましょう。石を動かさないで、4方向からスキャンしていくんです」
 オレたちは1時間以上も探しまくったが見つからなかった。オレはトトチョフに申し訳なくってドーンと落ち込んだ。お守りをなくしたように不吉でもある。
 ブルーシートをたたみ、ゴミの一片も残さないように片づける。インディアンは自分の痕跡を完全に消してから去る。燃え残った流木と灰を川に流し、石組みを散らばらせ、来たときと同じ状態にもどした。
 「よし、出発だ」とバックパックを背負ったとき、目の前の石の下になにかが光った。勝手に視線が吸い寄せられ、フォーカスしていく。
 トトチョフの骨だった。
「おいおいトトチョフ、こんなドラマチックな演出すんなよ」
 オレは拾い上げた瓶に笑いかけた。

 またいくつもの滝をよじ登り、遡上していく。
 登頂が困難な滝は「巻き」といって、薮の中を迂回する。巻いたのはいいが、今度は降りられなくなる。
「懸垂下降にトライしましょう」
 隊長は崖から突き出た倒木にロープを巻き、ハーネスという腰とももに巻いたベルトの股間部分につけた8の字リングにロープをかける。よくテレビでレンジャー部隊が崖をおりるときのやり方だ。いきなり素人にこんな技をやらせないでよ。いつロープがはずれるか心配でだ。オレも恐る恐るやってみるが、案外かんたんに下降できた。
 深い滝つぼにはイワナが飛びはねている。オレが釣り糸を垂らして10秒もしないうちに当たりがきた。痺れるような快感が首筋から沸き上がり、野性の力と格闘する。中空に銀が弾け、網のなかに落下する。
 ド素人のオレまでかんたに釣れてしまうとは。こんな奥までくる釣り師も少ないのだろう。すれていないイワナは入れ食い状態だ。なんだか純粋な処女たちをだます結婚詐欺師みたいな気分になってきたので、もう釣りはやめる。
 予想では今日中に源流に着くはずだったが、いつまで歩いても川はせばまってくれない。午後4時頃、右手の高台にテント場なりそうなスペースを見つけたので、ブルーシートをしく。天気が良かったので、屋根を張るのをやめた。流木もあまりなかったし、疲れていたから、たき火もせずに寝ることにした。
 気温はかなり下がっているのに、酷使した筋肉が発熱して熱い。寝袋からでて、ゴアテックスの上下を脱ぎ、Tシャツ1枚でよこたわった。
 満点の星空にひとつ、流れ星が走る。
 地球に落下する宇宙塵が大気との摩擦で発光する。
 「早く願い事をしなくては」とあせる。

 人類の意識が新しいレベルに進化しますように。
 森の熊さんに会いませんように。
 もう一度軍鶏ラーメンが食べられますように。

 だめだ、やはり秒速12kmのスピードには追いつけなかった。

21 july(sun)
25 cosmic moon

 源流遡行3日目

「いくらなんでも、今日こそはくよね」
「もちろん、ゴールは目の前です」
 体中が筋肉痛でホンダの二足歩行ロボット「アシモ」ようにしか動けなくとも、希望だけは捨てちゃいけない。
 今日こそは源流にたどり着き、トトチョフの骨を流し、楽な登山道をおりて、人間界に着く。
 またしても滝につぐ滝をよじ登っていく。
 「滝狂」の横尾忠則さんをお招きして、「これでも滝が好きかあ!」と尋問したいくらいである。もう「タキ」ザワハムも、「たき」こみゴハンも、ケン「タッキー」フライドチキンも食いたくない。
 隊長は浮き石で滑り、右手人さし指を突き指してしまった。そのせいか2度ほど水のなかに転落する。ふたりとも疲労困ぱいでボロボロノの状態である。そこへとんでもない怪物が現れた。
 高さ80メートルの巨大滝だ。
 滝は4段になっていて、段の区切れ目が「ナメ状」になっている。これが最も危険なのだ。もし直角に切れ込んでいれば、上から落下してもそこで止まる。しかし「ナメ状」ではつぎの段、またつぎの段へと転落、80メートルを落下すれば、確実に死が待っている。
「隊長、オレが死んだら、『ケチャップ』のフロッピーが机の2番目の引きだしにはいってるから、出版社にわたしてやってくれ」
 冗談でも何でもなく真顔で言った。
 オレたちは最後の勇気を振り絞って登りはじめる

 1段目の滝、
 2段目の滝、
 3段目の滝、
 4段目の滝の絶壁で隊長の動きが止まった。
「無理です、取っ掛かりがありません」
 隊長が蒼白な顔で、オレが待つ3段目までおりてきた。
 しかたなく右手に流れ込む小さな沢から薮の中を迂回することにする。恐ろしい急斜面に密生したネマガリタケという大笹がこちらにむかって突きだしている。登山家たちは「薮を漕ぐ」というが、手の平いっぱいに笹をつかみ、左右に分けながら登っていく。これはあまりにも体力を消耗する最悪の行軍だ。
 左目の眼球に硬い笹が当たった。痛みに目を開けていられなくなる。
「上の方に稜線が見えましたよ。登山道があるかもしれません」
 隊長の言葉に励まされ、さらに薮を漕いでいく。
 しかし行けども行けども登山道はおろか、稜線にもたどり着かなかった。白く濃い霧が降り、視界が完全に失われる。
 ……遭難。
 この2文字が頭をよぎった。
 オレたちは体力と同時に希望を失い、薮の中でうずくまる。この極限状況の中で隊長は苦肉の決断をした。
「滝へもどりましょう」
 オレは耳を疑う、あの登頂不可能な80メートル滝の3段目へもどれというのか。
「もどるか、遭難か、ふたつにひとつです」
 隊長の強い口調に、オレはうなずかざるを得なかった。
 2時間もかかって登ってきた薮をひきかえし、滝の3段目へ立った。ふたりは悲壮な顔で遠い滝つぼを見下ろし、滝頭を見上げた。昔見た「二百三高地」という雪山で遭難する軍隊の映画を思い出す。遊びのつもりできたバケーションが、命がけの行軍になるとは。
 オレたちはお祈りをすることにした。マタギ猟師の祖先であるアイヌの祈りだ。
「森の神様シリコロカムイよ、川の神様ワッカウシカムイよ、山の神様キムンカムイよ、世界をとりまくすべてのカムイよ、トトチョフをはじめ無数の死者たちよ、どうか我々を守りたまえ。カムイ・ピリカ・チコ・プンキネ・イエ・カルカンナ」
 隊長は意を決して登りはじめた。突き指をかばいながら慎重に足場を選んでいく。滝頭にひざをかけ、ぐいっと重心を持ち上げる。
 成功だ。
 隊長はロープを木に縛りつけ、自分の肩にかけ、オレにむかって投げ下ろした。ハーネスにカラビナ(〇型リング)でロープをつなぐ。これで落下の危険性は最小限にとどめられたものの、やはり自力で登らねばならない。
 ちいさな窪みにつま先を突っ込み、指先で水苔がないかを確認しながら重心を移動していく。
「いったいオレはこんなところでなにをやっているんだろう」
 邪念を振り払い、目の前の運命だけに集中する。いかなる理由があろうと、現実はひとつひとつ越えていかねければならない。
 生と死が急速接近し、背中合わせに息づいている。
 この指先の力を抜けば、かんたんに死は抱きとめてくれるだろう。
 オレは生きたい。
 いや、創りたい。
 創るために生き延びたいのだ。
 日常生活ではぼんやりとかすんでいた生の意味があまりにも鮮明に認識されたとたん、不思議な力が沸き上がってきた。
 顔面を洗う飛沫に手を突っ込み、ぐいっと最後の岩を引き寄せ、登りきる。
「やったー!」
 隊長は心から安堵の笑みで迎えてくれた。
 大滝を越えた平地の草を刈り、テント場をつくった。精も根も尽き果てたオレたちは最後のジャックダニエルを飲み干し、大いびきで川音と合唱した。

22 july(mon)
26 cosmic moon

 源流遡行4日目

 もう望的観測は口にしない。
 いくら滝を越えてもまだすごいのが現れるかもしれないからだ。先が見えない、希望が持てないということが、心に重くのしかかっていた。
 少しづつ水量が減り、川幅が確実に狭まってきた。そのかわり登りの角度が急になる。
「雪渓だ」
 若葉色に山頂に真っ白いトライアングルがよこたわっている。
「あれですよ、あの雪渓こそが我々の目指す源流にちがいありません」
 隊長の目の輝きが真実を物語っていた。
 ようし、目標が見えてきた以上、行軍あるのみだ。
 倒木をまたぎ、ブナの幼木を引っぱり、ひたすら上へ上へと足を運んでいく。身長ほどもあったネマガリダケが腰ほどの熊笹にかわり、小さな高山植物が目を楽しませてくれる。 川幅が50センチくらいにちぢまり、水温が明らかに下がってくる。
 ついに山頂近くの雪渓へ到着した。
 源流だ、ここが恋ノ岐川のなのだ。
 切れるように冷たい水を飲み、水滴を放りあげる。一瞬中空で停止した鏡の球体には世界という現象がすべて封じ込められていた。
オレたちはふたたびアイヌのセレモニーでカムイたちに感謝し、トトチョフの骨を源流に流した。
 降り積もった雪が太陽と結婚して水となる。
 尾根をくだり、沢をすべり、
 さまざまな支流が集まって川になる。
 川は出会いの総体だ。
 源流遡行は退行催眠に似ている。
 自分を存在を形づくったルーツをほどいていく旅だ。
 限りある肉体だけをたよりに一歩一歩始原へと遡っていく。
 オレの両親は登山で出会い、結婚して、オレを生んだ。
 源流に運ばれたトトチョフの骨は、
 また山をくだり、帰っていくだろう。
 遠い昔すべての生命が生まれ落ちたあの海へと。

★Photo

25 july(thu)
day out of time

 今日はマヤ歴の正月ともいうべき「間をはずした日」だ。
 仕事を終えたら、ゆっくりと休もう。
 静かに目を閉じて、呼吸を調える。
 つらいことやうまくいかないことが山ほどあるだろう。
 一瞬でもいいから、すべて忘れるんだ。
 そして思い出してくれ。
 オレたちの魂の奥にはもうひとりの自分がいる。
 広大な宇宙と長大な時間のなか、
 今ここにある命を受け継いできた、
 勇敢な旅人が。

30 july(tue)
3 magnetic moon

 熊本の須藤さんからきたメールを少し抜粋させてもらいます。

 川辺川のダム建設問題をめぐる状況のご報告を少し。
 ダム建設計画に対して、住民側はダム建設でなくても治水は可能だという案をだしています。代替案というものです。
 堤防の嵩上げや河床の掘り起こし、遊水地に水を逃がす、山に緑をふやす緑のダム構想・・・
 この代替案が、いつのまにかダム計画に対する住民側の「最終決定案」という捉え方をされ、その代替案潰しに国土交通省は総力をあげてきています。
(この計算方法は間違っている、遊水地の補償は、河床の掘り起こしにかかる費用の算定は、基本高水はどこから、山の管理は誰が、費用は・・・・と)
 少ない情報(国土交通省は情報開示に応じない)、少ない財力のなかでダムに頼らなくても治水はできるはず、多くの県民を巻き込んでダム建設について話し合いができるような、そんな討論のたたき台をつくろうと練り上げた試案が、国や推進派によって、これでもかこれでもかと
不備を攻め立てられています。

 今回の源流遡行の直前に新潟県は2つの台風が通過し、「観測史上もっと地盤がゆるんでいる危険がある」と報道されていた。ところが実際いってみると、土砂崩れ一つなく、川の水量も通常と変わらなかった。
 これはなぜか?
 ナの原生林のおかげである。
 須藤さんも「山に緑をふやす緑のダム構想」と書いておられるように、ブナの森は別名「緑のダム」と呼ばれている。
 山吹色に紅葉した葉は秋風に舞い落ち、林床に分厚く積みあがる。その量は、1ha当たり2.8トンといわれ、大量の雨水や雪解け水を蓄えることができる。この非常に高度な貯水能力が「緑のダム」といわれる所以だ。
 緑のダムは洪水や干ばつを防ぎ、水田を潤し、海の幸をも育んできた。
 最新の研究成果では日本列島に人類が出現したのは100万年前まで遡れる可能性が出てきたが、35000年前(後期旧石器時代)の寒冷期には大型獣を主食にしていた。氷河期が終わり、縄文時代と呼ばれる温暖期にはいると、採集による植物食に切り替わる。植物食は肉食よりもずっとエネルギー効率が高い。縄文文化を花咲かせ、我々という子孫にまで命を乗り継いでこられたのは、ブナの森のおかげなのである。
 「ブナの果実は、ツキノワグマやニホンザル、ムササビ、ヤマネ、ネズミなどの動物やカケスなどの鳥の餌にもなる。」 「倒れたブナの木には、ブナハリタケやナメコ、シイタケなどのキノコがたくさん生える。春には、雪国に暮らす人々にとって欠くことのできない山菜が、鉄砲水のごとく土から顔を出す。ブナの森から流れる清流には、イワナ、ヤマメが踊り、春には天然のアユが遡上し、秋には、大量のサケが故郷の川へ帰ってくる。」(白神山地のホームページより)
 「ブナ帯文化」という言葉を聞いたことがあるかな?
 ブナの森はヨーロッパとアメリカ東部にもあるが、大陸氷河によって植物相がかなり単純化してしまった。日本だけ大陸氷河が発達せず、モクレンやトチノキなど多様な植物相が残されているという。
 日本におけるブナの南限は鹿児島県大隅半島の高隅山、北限は北海道の黒松内町とされる。
 戦後は杉や桧などの金になる木ばかりが植林され、ブナは製紙産業によってひたすら伐採されていったが、白神山地を世界遺産になるまで守り抜いたのは、アイヌ民族の伝統を引き継ぐ「マタギ」という猟師たちだ。
 とっくに脱ダムした欧米では「緑のダム」の植林が盛んだが、土地に適した植物が慎重に選ばれている。日本でもやたらとブナを植えればいいってもんじゃない。ブナは肥沃な土地にしか育たないし、針葉樹の土地に植えるには先駆植生でもあるシラカバやダケカンバを先に植えねばならないという。
 未来のないダムに蕩尽する公共事業費を「緑のダム」の研究と建設に転換し、インディアンの言うように七代先までもを視野に入れた構想で再検討すべきときである。
 源流遡行で身をもって実感したもん。
 日本ほど、やさしく美しい川をもったところはないぜ。

 

31 july(wed)
5 magnetic moon

 今市市のはずれにある照温泉へいく。
 旅館と併設された大広間には低い折畳みテーブルが並び、浴衣の老人たちが生ビールを酌み交わしている。値段も良心的だし、熱々の唐揚げも美味い。こういう場末の雰囲気って好きなんだよなあ。少々足の臭いのする脱衣所でかごに服を入れてるとき、なつかしい歌が聞えてきた。

 キューピーちゃん
 キューピーちゃん
 大きなお目々をびっくり開き
 どうして裸で立ってるの
(いまいち歌詞がうろ覚えなので、知ってる人は教えて欲しい)

 脱衣所で「どうして裸で立ってるの」と歌われても困ってしまうが、ベッカムヘアーの原形となったキューピーちゃんの歌詞をはじめて真剣に聴いた。
 ここの選曲は、童謡やロシア民謡など、アヴァンギャルドなものが多い。おそらく足裏マッサージ室の奥に石野卓球などが皿を回しているのだろう。
 午後5時の温泉は先客もなく、貸しきり状態だった。
 釣り堀を見下ろせる露天風呂にはいると、猛烈な蝉時雨が降ってくる。
 茶色いアブラゼミか透明の羽を持つクマゼミか、ツクツクボウシやヒグラシかはわからないが、5種類ほどのまったくちがった音色が協奏曲、いや狂騒曲(ラプソディー)を奏でる。
 欧米人は虫の鳴き声を右脳で雑音として聴き、日本人は左脳で情緒として聴くといわれる。ふつう左脳は言語や計算を司るものだが、日本人は動物や虫の声を感情表現として受け入れることができるのだ。
 「ホントかなあ」
 人種的優劣説をいぶかしんでいたオレだが、たしかに蝉シャワーは記憶や感情を刺激する。
 子どものころ虫取り網をかかえてカブトムシやクワガタを探しにいった森、
 母親が入院していたガンセンターの庭、
 原爆50周年にパフォーマンスをおこなった広島平和公園、
 さまざまな情景が蝉時雨とともによみがえってくる。
 この音色はなにかに似ている。
 アヤワスカやマジックマッシュルームなどの幻覚物質を摂取したとき聞えてくる「宇宙のノイズ」にそっくりなのだ。
 そうか、蝉時雨のサウダージ(郷愁)は異界へとつうじているのだ!
 露天風呂の石床に股間にタオルをかけたままよこたわるオレは、深遠なる真理をつかみかけていた。
 オレの瞑想を音楽の相棒であるタケちゃん(もと隊長)が破る。
「これがホントのセミヌードですね」


News

★ アイヌモシリ一万年祭のインフォメーション。
★ オレが解説を書かせてもらった田口ランディさんの新刊文庫「アンテナ」(幻冬社文庫600円)が発売されました。原本に大幅な加筆修正を加えたニューヴァージョンは、小説を越えた「怪物」に進化している。単行本を読んだ人も再読すべし。
★ オレが裏帯を書かせてもらった佐川一政さんの「霧の中」(彩流社1300円)がついに復刻されました。これぞ日本文学最大の奇書なり!
 AKIRA + TAKEの新しいCD(「Holy night」「ええじゃないか」「Reincarnation」の三曲入り。歌詞はこちら)がほしい人は、メールください。80円切手6枚を同封してくだされば、CDを送ります。
 「アヤワスカ!」の感想
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