第二章 セネガ

 深夜近くなってダカール空港に到着した。
生まれてはじめてのブラックアフリカだ。アメリカで黒人には慣れていたものの、まわりが全部黒人に囲まれるというのはいささか緊張する。ニッキはまた熱がぶりかえしたらしく、苦しそうだ。
あやしげな客引きがやってきて、「ダカール市内のホテルは高いから、家にホームステイしなさい」と言う。三食つきで破格の値段だが、はたして信じられるのだろうか? ともかくタクシーで彼らの家にむかい、お母さんと三兄弟、三姉妹の大家族に迎えられた。
 翌日医者を呼んでくれと言ったら、来たのは六〇歳くらいの呪術師だった。
汚い革袋から五つの宝貝をとりだして、ニッキにわたした。ベッドから上半身だけ起きあがったニッキは、マットレスのうえに宝貝をころがした。こうやって、病気の原因を探るらしい。
「あなたの右肩に、昔の恋人が乗っておる」
 老シャーマンは深くしわがれた声で言った。荒唐無稽な診断に失笑しそうになる。シャーマンは薄汚いずだ袋からだしたさまざまな薬草を調合した。僕は指示どおり、ブリキのたらいに水を張って運んできた。シャーマンはすりつぶした薬草をたらいにとくと、ニッキに言った。
「この水を三回すくって飲み、沐浴しなさい」
 いいかげんな迷信を言うシャーマンにつかみかかった。
「アフリカで生水を飲むなんてもってのほかです! 見てください、ニッキは全身発熱で震えてるし、唇は真っ白にひび割れてるじゃないですか。こんな状態で水風呂を浴びるなんて自殺行為です」
 興奮する僕を制止したのは、ニッキ自身だった。
「このシャーマンを信じてみるわ。あんたには言ってなかったけど、昔別れた恋人はストーカーになって自転車に乗ったあたしを車でひき殺そうとしたわ。そのときの肩の傷が急に痛みだしてきたの」
 シャーマンとともに部屋から退出した僕は、五つの卵をわたされた。
「明日の朝、東西南北にむかって卵を投げなさい。もうひとつは、家を出て最初に出会った人にわたすんじゃ。その人が卵を受け取ってくれれば、彼女の病気は治るじゃろう」
 その夜ニッキは深い眠りに落ちていた。
 翌朝になっても眠っているニッキを起こさぬよう、卵をもって庭に出た。朝日をたよりに四方向に卵を投げた。卵は樹木に割れ、草むらに潰れ、ブロック塀に砕け、となりの庭に落下した。よしよし、ここまではOK、あとはこいつを受け取ってもらえるかだ。しかし早朝の道路には誰も出てきてはいない。
 電話ボックスみたいなパン屋が、届いたばかりのバケットを店に並べていた。アフリカでは子どもがよく働く。ちじれた髪を細かい三つ編みにあんだ少女に、卵を差しだした。少女はしばらく僕の顔を見つめ、はっと合点して卵を受け取った。
「ご幸運を」
 その笑顔に驚喜した僕は、バケットを三本も買いこんで家に帰った。
 ニッキは三八度まで下がった体温計を苦笑いとともに差しだした。三日後には三六度の平熱にもどり、完全に健康を回復しちゃった。こんなことってあるの? って感じだ。
  大学病院でも治らなかった病気をたった三日で治してしまうシャーマンの力に驚いた。


  月

八月の巨大なる天蓋
少年は今日も早起きして 天使を撃ちに出かける
アフリカの緑なす大陸
少年は今日も泣きながら 降りそそぐ羽をひろう
ひび割れた青空
包帯にくるまれた雲
太陽と争って 焼けただれた
月の無念を 誰が知ろう

星々の終りなき葬列
少年は今日も夜更かしして
魔女と遊びに出かける
アフリカの豊穣なる闇
少年は今日も歌いながら ざわめき立つ森を掃く
長靴を履いた蛇
逆立ちする木々
ティッシュペーパーに捨てられた おたまじゃくしを川に放てば
なんとうれしそうに 旅立っていくことか



  祭

Woow woow woow
Bonba bonbon Bobonba bonbon
Bonba bonbon bonbabon

今夜神々は
罪人たちの生肉を引きちぎっては
地上へとばらまき
ひからびた頭蓋骨のうえに
血の雨を降らせる
闇がいくつもの精霊を連れ
死者たちが生者とともに 歌うことを許された夜
オレはたしかに憶えている
血を沸き立たすタムタム
星をふるい落とすコーラス
老人たちは物語を紡ぎ
狂人は知恵を語った
ヤシ酒が配られ
ケシの実が焚かれ
夜空には女神が飛び交った

さあ祭だ、祭だ、祭だ!
祝福された民族たちよ
我らこそ永遠に踊りつづけよう

Woow woow woow
Bonba bonbon Bobonba bonbon
Bonba bonbon bonbabon

処女の生き血は豊作を約束し
若者たちの苦行は勝利を祈る
いくつもの戦が村を震わせ
侵略が野蛮人のひたいを飾る
略奪した女たちの尻を汚し
串刺しの赤ん坊を火にくべる
眼をふさいでもだめだ
耳をおおってもむだだ
その声はおまえたちの内側から聞こえてくる
その血はおまえたち自身の体をかけめぐっているんだ

さあ祭だ、祭だ、祭だ!
呪われた人類たちよ
きさまらこそ永遠に焼かれつづけろ

過去を語るのは死者の仕事だ
未来を語るのは生者の仕事だ
だからオレは現在(いま)を語っている



  猫

ベッドの下には猫がいる
黄金色の瞳には
臆病な残忍さと
しなやかな傷跡を秘め
流れゆく毛並みは
ペルシャ絨毯の凶悪さと
曇り空の母性を隠している

ベッドの下には猫がいる
幾夜となく繰りひろげられる人間どもの饗宴
その軋みと体温
ミルクはつらの上に痘痕の仮面を浮かべ
魚は蝿どもの翼をつけ安ホテルの天井を飛びまわる

夏だ、夏だ、夏だ!
それは前傾姿勢でオレに飛びかかる
夏だ、夏だ、夏だ!
壁際に追いこまれたオレに巨大な爪が振り下ろされる

夜の海
白いベッドが浮いている
ぷっかりぽっかり浮いている
女は上で爪を切り
男は横で釣りをする
ベッドの下には猫がいる
Meawと小さく泣いている



  乳

大いなる獣の乳を吸い
オレは育つ
アフリカの密林
狂暴な太陽
母親から捨てられた赤ん坊は
飛び出した肋骨をさすり
ハゲタカどもに身をさらす
その時だ
涸れあがったのどに 流れこんできた命
大いなる野性の
大いなる母性

大いなる獣の胸に抱かれ
オレは眠る
シベリアの雪原
猛り狂う吹雪
護送車から逃げ出した少年は
凍傷の足を引きずり 氷のベッドに身を投げる
その時だ
うすれゆく意識のなかでおおいかぶさってきた温もり
大いなる野性の
大いなる慈愛

大いなる獣に食いちぎられ
オレは笑う
ガンジスの大河
手招きする月光
人生から解き放たれた老人は
真っ白なサリーをまとい
天国にいちばん近い島へと流れ着く
その時だ
無用となった肉体に 食らいつく牙
大いなる野性の
大いなる祝福

オレの背後に蠢(うごめ)く影は
どんなライフルでも殺せやしない

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