『子宮外妊娠』

オレは作品を自分で創作してると思ってない。急に何者かがマリオネットのようにオレを操り、気がつくと目の前にできあがっているって感じだ。オレを操る何者かを“神”とは呼びたくない。失われ忘れ去られていく者たち自身が必死でオレに呼びかける。
「ボクたちはここにいるよー、誰にも聞いてもらえないぼくたちの声を伝えて欲しいんだ。しばらく君の体を貸してくれ」
実感として、シャーマンやきつね憑きやチャネリングなんかと似ているけど、固定観念を捨てていつでも自分を空っぽにしておけば誰にでもできると思う。
このときもまさに、“物語が向こうから降ってきた!”
オレは慣れないワープロをたたき続けた。一日15時間なんてのはざらだ。電話のコードを抜き取り、外界との連絡を絶った。飯を食う時間もトイレに行く時間も惜しかった。
そのころカーサ石神井が取り壊されることになって、オレはひとりで吉祥寺に引っ越していた。マサはロシアバレー団の運転手をしていたときに知り合ったバレリーナを追って、モスクワへ行ってしまい、イケちゃんも吉祥寺に自分のアパートを借りた。
こうして約一ヶ月で『子宮外妊娠』は完成した。
一番喜んでくれたのはイケちゃんで、95年の4月に自費出版したときに解説を書いてくれた。哲学者の難解な文章をオレが多少手直ししたり補足したが、ここにそれを写 そうと思う。

解説ー池田栄
はたしてこれが小説だろうか?
文字絵、試験問題、マンガ、しりとり、回文、語学講座、どうどうめぐり、ワープロ変換ミス、時刻表、ダジャレ、憲法、デッサン、モールス信号、SF、ポルノ、怪奇、そしてコンドームetc・・・およそ文学とは呼べないものの集まりである。
登場する人物たちも、アル中、ジャンキー、兵士、変態、老人、子供、王、奴隷、身体障害者、教祖、被爆者、そして胎児etc・・・およそ社会から除外された者たちばかりである。ここでタイトルが浮かび上がってくる。
『子宮外妊娠 Ectopic Pregnancy 』
子宮という適所(Topic)の外に生みつけられて卵たちの悲痛な叫び、もしくは復権の宴なのではないか?
ボーダーレスという言葉では生やさしすぎるくらい、彼の破壊は徹底している。原本はこの倍はあり、点字やカラーグラビア、ミュージックカセット、ヴィデオまでついている。
この小説の出現は「紙にはさまるもんだったら、何でも小説よ」とうそぶいたキャシーアッカーや、「すべては許されている」と文学を切り刻んだウィリアムバローズを越えて、ジョイスへとつながってくる文学史的“事件”だと思う。
まず特徴的なのは言語の視覚化への執拗なこだわり。しかも彼は文章によってではなく文字そのものの配置によって言葉を映像化していく。
たとえば「KISS」などは、今まで文章によって描かれたどんなキスシーンより生々しい。ましてやコンドームにいたっては言語の立体化、触覚化・・・おいおい、コンドームまで小説と呼ばせる気か!しかしお恥ずかしながら解説書いてる私も、初め気づかなかった。「ろ」→「る」になってるのわかりました?(AKIRAの悪ふざけは、美術に洗剤の箱やスープ缶 を持ちこんだウォーホール、便器を展示したデュシャンを彷彿させる)このように回文からしりとり遊びまで、様々なイタズラがこの本には仕掛けられている。
なかでも圧巻なのは、物語の細胞分裂化!図書館を舞台にした純情学園小説が、メルヘン、怪奇、ポルノ、SFと繁殖していくとは・・・ボルヘスさえもここまでやらなかった。物語の生成過程を、見事に笑い飛ばしている。なんとジャンルとはバカバカしく、イマジネーションは無限に繁殖していくことだろう!
この小説が書かれていた1994年の1月、ほとんど彼の電話はつながらず、また旅行にでも出たのかなと思っていた。すると突然、当時私が店長を務めていたフィリピンレストランに、彼から電話がかかってきた。
「池ちゃん、またヤバイもん作っちゃった。ちょっと見にきてよ。」彼のオンボロ6畳じゅうにコピーが散乱してて、美術作品を期待していた私を驚かせた。
「小説なんだ・・・誰がなんと言おうと小説なんだよね。」
少しやつれながらも、彼は「ガハハ」と笑った。
(それにしても前年ガンによって亡くなられる母を描いた彼のデッサンは、小説と呼ぶにはあまりに痛々しい・・・)
この小説が“胎んでる”社会問題はあまりに多岐にわたっており、政治、宗教、戦争、テロ、憲法、マスコミ、人種差別 、福祉、環境、原発、家族等々・・・いちいち考えていたらきりがない。
「ゴッシャゴシャでいいんだよ、ゴッシャゴシャで・・・」
これを印刷するにあたって解説を頼まれ、再読した1995年3月現在、地震、サリン、新興宗教・・・さまざまな一致に遭遇する。
たとえば「振動が増幅されビルディングがきしみはじめる」「赤がたわむ」「もちろん蛇は何の前ぶれもなくやってくる」「預言者のまわりには膨大な数の信者が集まっていった」etc・・・まだメルトダウンが(原発事故)が起こってないのが、せめてもの救いだ。
私は彼を預言者などとは思わない。ただこの小説を彼に書かせたのは、「何かが突然やってきて、それが去ったあとには何にも書けなくなっちゃうんだ。」と彼が言う、我々の集団無意識だったのかも知れない・・・
<楽しいスペイン語>講座の単語を辞書で引いてゆくと混沌、苦痛、罪、飢餓、汚れ、恐怖、狂気、戦争、エゴイズムetc・・・絶望的な言葉ばかりだ。しかし彼は最後にこう言い切る。
「それこそが私のパラダイスだ」と。
この未曾有の混沌をつめこんだ『子宮外妊娠』は、現代を生きる我々の“リアリズム小説”なのかも知れない。