過激な古典復古

オレが0からアートをやり直そうと学校を探していると、毎年200人も受験して、18人しか生徒をとらないニューヨークアカデミーに一人欠員が出来たって知る。
オレは半年も家賃の払ってないブルックリンのロフトから3枚の油絵を運び出し、300以上の作品を置き去りにした。だって大がかりな引っ越しなんかしたら大家に見つかっちゃだろうし、とりあえず生きてる限り作品なんかいくらでも創れるだろう。その油絵と100枚ぐらいの作品のスライドを持って、ニューヨークアカデミーに提出しにいったんだ。
提出もビレッケツだし、デッサンもやったことない。おまけに4年の違法滞在。ぜったい無理に決まってるやん。
2週間後に合格の電話が来た時には5回くらい聞き直し「PASS IS・・・ P・A・S・S?」なんてやっていた。
あとから主任のザビエル先生が教えてくれた。オレを18人目に選ぶことはほとんどの先生が反対だったという。欠員には当然自席のやつが繰り上げ合格するのが筋だ。それを逆転したのがアンディーじいさんの鶴の一声だ。
「おもしろそうだから入れてやれ」
オレの膨大な作品写真を見ながら言ったそうだ。
それから1年間、アンディー・ウォーホルから奨学金をもらうことになる。

「授業は朝の9時から夕方5時までみっちりある。3回無断欠席すると退学になる。
しかもイタリアルネッサンスの教育方法を現代によみがえらせる」というコンセプトで、授業がおこなわれる。
まずはアナトミー(解剖学)のクラスでド肝をぬかれた。
生徒は病院に連れていかれ、ゴム手袋とマスクをわたされる。ホルマリン臭い部屋に入ると、皮膚を剥かれた死体が天井からぶら下がっているではないか!
オレたちはゴム手袋で実際に死体の筋肉にさわりながらデッサンを描かされる。女子生徒ふたりが部屋を飛びだしていき、トイレで吐いていた。

HOME