とうじ魔とうじにノーベル賞を!

むっちゃ面白い彼の著書『とうじ魔とうじ養成ギブス』で彼は“タレント宣言”をした。
と言っても彼がアイドル歌手に転向するわけじゃない。
たまたまタレント名鑑なるものを開いていたとき、自分の名前をそこに発見しちまったのだ。
「そ、そうかオレはタレントだったのか・・・」
これってひとつの啓示だし、芸術扱いされることをひつように拒み続ける彼を勇気づけた。
実際、TVや雑誌で“変な音楽家”として紹介される彼は、お茶の間の主婦から子供まで喜ばせちゃうんだ。

まずは見せる音楽家としての作品からご紹介しよう。
ステージの中央には白い布をかぶせたキーボードが置いてある。「それでは今日の共演者、キーボード担当のちゅうじ魔ちゅうじです!」布をはぎ取ると鍵盤の上に乗ったガラスケース。中にはなんとネズミ!が入ってる。
とうじ魔とうじがギターを弾き始める。ギターといったってピックじゃ弾かない。電気ひげそり、泡立て器、生け花の剣山、時にはゲストに金魚を招いて金魚鉢をホースでブクブク吹く。エレキギターによって増幅されたノイズに驚いたネズミは鍵盤の上を走り回り、見事な演奏を披露してくれる。
ある時はお坊さんの声明とセッションしたり、またある時は「それでは散髪という曲を聞いて下さい」と実弟とうじ魔とう三の髪をピックアップマイクをつけたハサミで刈ったり、2本のZライトをリードギター、サイドギターにわけベースとドラムにのせて演奏するノイズユニットZ’sは圧巻である。
こうした日用品の中でも最もシンプルかつ見事なものは糸による演奏だ。たった一本の木綿糸を擦ったり弾いたりしながら様々な音色を紡ぎ出す彼は、まるで魔術師のようだ。いいかい、魔術師ってのはゼロから何かを生み出すもんじゃないんだ。普段ひとが聞き逃しているささやかな精霊たちの声に耳を澄まし、ありふれた物たちが持つ意外な可能性に目を見開かせてくれるんだ。(どうだい、これって人間に当てはめてもステキなたとえだろ?)ってなわけで彼は商店街を歩くときも常に目を光らせ、耳を澄ましている。
「すいませーん。これ見せて下さい」「はいはい、卵切り器ですね」彼はおもむろに開き、鉄線をつま弾き始める。怪しむおばさんに返しながら「せっかくですが、音が悪いんで」
ついつい、こんなノリに走ってしまいがちだが、あえてオレはこう言っちゃうもんね。
「とうじ魔とうじこそジョンケージを乗り越えた唯一の音楽家である!」
その昔シェーンベルグってじじいがいて、ピアノの鍵盤全部使って(あのネズミはシェーンベルグか!?)クラシック音楽終らせちまったんだ。そのあとブーレーズ、シュトックハウゼン、クセナキスなんてゆー変人もいたんだけど、一番危ない音楽家ってのがケージっておっさんだ。なにしろやつはピアノの演奏会でおもむろにピアノのふたを開けて4分33秒もただ座ったまんま、ふたを閉めて帰っちゃうってんだから大したやつだ。その無音の演奏の間にはコンサートホールの外を通 る車の音や、客の咳払いが聞こえる。それもこれもひっくるめて「すべてが音楽だ」ってことさ。これを最初にやったケージはすごかった。でも、まねしたやつらはバカだった。ほら、未だにいるだろ?こむずかしー顔して退屈な「前衛」やってるやつ。やつらの特徴は他人にキビシク、自分にアマイ。とうじ魔とうじは逆だ。一見自由奔放に見える彼の作品を支えているのは、俗に芸人根性と呼ばれるクールな自己批判能力だ。これはモーツァルト、ベートーベンからピストルズ、ボアダムスまで伝統だ。
ベートーベンで思い出したんだけど、数年前の大晦日に彼の行ったライヴではベートーベンの第9を大音響で流しながら、ピックアップマイクをつけたノコギリでギターを切断するという(黒いジミヘンも真っ青!)演奏を行った。
第9と大工、たんなる「シャレ」で片づけられそうな言葉遊びも彼の重要な特質だ。「ことばの写 真館」というヴィジュアル作品では、碁盤の上に置かれたかけそばの上に碁石がういてる「五目そば」や、ゆでダコの足を八本の手が引っ張る「ひっぱりダコ」、布団の上にお煎餅を並べた「せんべい布団」などなど・・・見せる音楽と同じように読ませる写 真というジャンル突破をあっさりやってのける。
「たま」の知久素焼、石川浩司らと作ったCD「移動式女子高生」では「女と死体」の歌詞に「左手オナニー、時にはマニキュアつけて」や、ドとレの音階で作った「奴隷の反乱」、「ヒサヤ大黒堂」の広告をそのまま歌詞にしたものなど、ナンセンス詩人とうじ魔とうじとしての一面 も知ることができる。母国語の中でしか通じないシャレは古いもんだと言う固定観念は、それこそナンセンスで、ジェームス・ジョイス、ルイス・キャロル、モルゲンシュルテンと文学のアウトサイダーたちの特色でもある。
最後に彼が一番重きを置いている「文殊の知恵熱」っていきたいところだけど、これを話はじめたらきりがない。詳しくは洋泉社からでてる「とうじ魔とうじ養成ギブス」を読んでくれ。そしてライヴに足を運んでくれ。特に毎回新しい試みをし続ける彼のようなアーティストは、総合的な評価がされにくい。
いつの日かとうじ魔とうじの全容が語られるとき、オレたちは彼の巨大な脳ミソに「おちこぼれたちのノーベル賞」を捧げるだろう・・・
とうじ魔とうじが教えてくれることはこうだ。ギターが弾けなくても、歌が歌えなくても
、デッサンなんかできなくてもすばらしい音楽やアートは創れる。学校なんかで教わる知識じゃなく、みんなん中に眠ってる野生の知恵をつかえばね。

AKIRA's Information go go !
最近とうじ魔さんとの共演が多い。6月、ガロに連載中の「とうじ魔劇場」で習字家として取り上げてもらって以来、7月はオレのスカトロアート大全展でドライヤーでふくらませた巨大なビニール袋にガスホースをさして演奏するパフォーマンスをやってくれたし、10月のとうじ魔劇場ライヴは「フラ演歌」でトリをとらしてもらった。
12月2日(土)天王洲アイルで行われる「現代詩フェスティバル」では和合亮一ってステキな詩人と音楽ーとうじ魔とうじ、美術ーAKIRAってコラボレーション。これはスゴイぜ!新作のTV作品20個並べっからさ。絶対来いよな!
そのあと即、8年ぶりの里帰りってんでニューヨークだ。NYダンスフェスティバルに参加する舞踏家の有科珠々、ニッティングファクトリーでジョンゾーンやボアダムスと共演する10円あなきのこ達たちといっしょに遊んでくるぞー!
そいでもって正月明けたらライヴ「AKIRA vs とうじ魔とうじ ジャンル撲滅運動 新春キャンペーン!」
こん時は何かひとつ「ジャンルを越えた物」を持ってきてくれ。品評会やろうぜ。たとえば大根おろしときゅうりのスライスがいっしょに付いてるやつとかさ、ようじ付き歯ブラシでも、幼児付き花嫁でも、ニューハーフでも「ジャンルを越えたもの」なら何でもOKだ。

とうじ魔とうじの著書
「半芸術」青林工藝社
「とうじ魔とうじ養成ギブス」扶桑社

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