反戦右翼、鈴木邦男


鈴木氏の自宅にて

鈴木邦男は現代日本において、もっとも過激な右翼、いや行動する思想家である。反戦、テロの否定、左翼との連帯、反共ではなく反権力、軍備撤廃、原発反対、環境保護、外国人労働者との連帯、憲法改正は個人の人権と言論の自由を無制限に認めるため、そして天皇を否定する言論の自由さえも許容する。警察からの家宅捜索、右翼仲間からの脅迫状、盟友野村秋介の死、孤立無援な戦いはつづくが、時代はやっと彼に追いつきつつある。

AーAKIRA。Sー鈴木邦男。
A 「ガロに連載されてる日記を読むと、すごいスケジュールですね」
S「あれ読んだ人からは、ぼくが朝から晩まで遊びまわっていると思われますけど、普通 ですよ」
A「だってSPA!をはじめ8本ぐらい連載あるし、テレビ、雑誌の取材の他、河合塾、ジャーナリスト専門学校の講師に、本業の−水会だってあるじゃないすか」
S「一水会は代表だけど、もう運動の方はタッチしていません。現場は若いやつらにまかせた方がいいし、デモなんかでつい熱くなって、もめごと起こしたりすると悪いですからね。今は広告塔って感じかな」
A「本は今も毎月30冊読んでいるんですか?」
S「多いときはね。でも20冊以上は読んでますね」
A「SPA!の連載はどのくらい続けるんですか?」
S「もう100回を越えてますが、書かせてもらえれば、一生やりたいですよ。30万部の読者に向けて書くということで、ずいぶん表現に対する考え方も変わりました。表現というのはひとつの凶器にもなりえますからね」
A「『赤報隊の秘密』という本にも自分の住所までのせちゃってるじやないですか。いまだに捕まっていないテロリストなのに。すごい勇気だなあと思いました」
S「文章にしろ何にしろ、ものを発表するということは、そのリアクションを引き受けなくちゃいけない。極端な話、ぼくは作家は全員、住所を発表しなければならないと思います」
A「『腹々
時計と狼』で右翼というわくを越えて左翼とも連帯するというセンセーションを巻き起こしましたが、ぱくが鈴木さんに惹かれるところはジャンルを越えてゆく大きさですね」
S「ジャンル撲滅運動(とうじ魔さんやたまの石川さんとやったライヴ)おもしろかったですよ。とくに数字紙芝居(数字のみで作った近親相姦ドラマ)が」(笑い)
A「わざわざ立ち見までして見に来てくれてありがとうございました。ぜんぜん合いそうもないものをくっつけちやうのが好きなんですよ。スカトロアートとかフラ演歌(フラメンコまたはフラダンス+演歌)とか、放浪癖だってボーダーを越えるのが好きなのかな。鈴木さんが右翼と左翼を越えるみたいに。ジャンルを起越したパワーって何なんでしょう?」
S「子供の頃から好奇心が強かったですね。本もマンガも映画も好きだったし、まあ普通 の子供だったですね。それが60年安保以降、政治の季節があって、あの頃まじめにものを考える人間は左翼になるか右翼になるかしかなかったんですね。まあ、ほとんどが左翼だったんですけど。ただその悪いところは、一度イデオロギーを持っちゃつたら死ぬ まで変えちゃいけないようなことを言われるんですね。その後成長していっても自然なはずなのに、裏切り者扱いされるんです。もちろんいい友だちや出会いもあったんですが、捨て去ってきたものも大きい。それを今からでも取りもどそうと思います」
A「大学からですよね。右翼運動をはじめたのは」
S「右翼学生ってのはいわゆるエリートというか、理想主義的ななところがあって、プロの右翼運動にはいったときは驚きました。玉 石混交というか、金のためだけにやってる人や、ヤクザの人が隠れ蓑にやってたり、もちろんまじめに運動としてやってる人もたくさんいるのですが、ものすごい絶望感を感じました。 ぼくらも昔、非合法活動をやりましたが、自分が運動のためにやむをえずやっているのか、ただの犯罪者なのかわからなくなってくるんですね」
A「かなり危ないことをやってたらしいですね」(笑い)
S「そんな時、左翼の人たちと知り合ったんです。竹中労さんや遠藤誠さんなど、思想的には正反対なのに、いっしょにいると楽しいんです。思想なんかあとからはりつけたもので、最終的には人柄だなあって思って、それからふうっと楽になれました」
A「前回のフリークアウトにも書いたんですが、銘木さんたちがくぐってきた60年代から75年ぐらいまでの熟い時代は、左翼や右翼やヒッピーなどそれぞれが好きな衣装を選んだだけであって、実は周期的にやってくる時代の破壊衝動がみんなを操っていたんじやないかと」
S「種の保存とか、もっと大きな意志が働いていたのかな?」
A「やっぱ宇宙人がウイルスまいてんじやないすか」(笑い)
S「9月にタイヘ行って、昔よど号をハイジャックして今、偽ドル事件で刑務所にいる田中まさみさんに会ってきたんですが、ものすごく意気投合しちゃつて。新聞記者にどうして両極端の人が話し合えるんですか? って聞かれて、なんか昔おれたちが戦ったのは夫婦喧嘩みたいなもんじやないかって言ってました」
A「時代が−周してきてると思うんですよ。ファッション業界の人に聞くとわかりやすいんですが、だいたい30年前の流行をアレンジして出してるそうなんですね。ぱくもまたベルボトムはくなんて思ってもみなかった。 ぼくのまわりの二十歳ぐらいの連中も自らドロップアウトしはじめてるし。ヒッチハイクしたり、ホームレスやったり、河原に住みついたり、有機農法はじめたり、物質文明ばなれがはじまってます」
S「それはおもしろいですね」
A「21世紀のあたまぐらいにまた、熟い時代が来るんじやないすかねえ」
S「ぼくはそのエネルギーの結集が逆の方向にむくのを心配してるんですよ」
A「逆と言いますと?」
S「ぼくが言うのも変ですが、最近みんなが右翼化しはじめてるんですよ。たとえば従軍慰安掃の問題なんかもあれは娼婦が商売のためについていったんだとか、教科書に侵略戦争なんてのせるのは許せないなんて論調が目立つんです」
A「それはどうしてなんでしょう」
S「おそらく左翼が全部地盤低下したからなんでしょう。もう左翼がやったことは全部まちがっていた、だから悪法を改正して再軍備しょう、世界のためなら自衛隊を外に出そうというところへ急激に行ってしまう危険性があるんじやないかな」
A「マスメディアが力を持ちすぎてますからね」
S「太平洋戦争だってそうでしょう。新聞がいっせいにあおって一気に突入していく。それに歯止めをかけるには個人個人が国家に頼ってはだめです。天皇を中心にしろ、政治家を中心にしろ、国家が一人歩きしてイデオロギーを持っちゃうのは危ない。国家は個人個人の集合であるはずだし、透明であって欲しい。ぼくたちひとりひとりが自由に楽しく生きるために国家があるんだから。いつの日か国家も民族もなくなる時が来るかもしれない」
A「アナーキーですね」(笑い)
S「個人の妄想も自由だし、戦争をしたいって言うのも自由だけど、したい人たちはその人たちだけ、どっかに集まってやればいいんです。したくない人たちを巻き込まないで欲しい。ヒロシマだってナガサキだって、キリスト教徒もいればアメリカを好きな人たちだっていたはずです。そういう人たちまでいっしょに殺してしまうのは許せないことです」
A「それすらも口に出せない状況に追い込んでいってしまったんですね」
S「現代の日本を批判する人たちは、魂のない平和でいいのかとか、特攻隊で死んでいった人たちはこんなくだらない日本を作るために命を捧げたのか、なんて言います。でもこんなくだらない日本を作るために死んでいったんです。平和な日本を作るために死んでいったんです。生き甲斐のある国家っていうのはおかしいですよ。生き甲斐、死に甲斐っていうのは、ひとりひとりが自分で見つけるものです。魂とか精神っていう大切なものを他人に、ましてや国家に、預けちゃいけないって思います」
(AKIRA無言で感動)
A「去年被爆50周年のヒロシマ、ナガサキにむけて走る、アメリカンインディアン・ムーヴ メントのリーダー、デニス・バンクスが企画したセイクレットランというのがありました。もちろん再会したデ二スといっしよに走ろうと思ったのですが、悩みました。いっしょに走ることはもちろん大切なのですが、自分だけにしかできない表現方法はないのかと……もちろんギャラリーを借りる金銭的余裕や、時間的余硲はなかったんで、8月6日の原爆ドーム前で「SHADOWS」っていうパフォーマンス個展をやって、ヒロシマに到着したインディアンたちと合流しました。しかし8月6日の広島はおもしろいですね。ぼくたちが伝説の中でしか知らないヘルメット、覆面 、サングラスに角捧持った左翼のよこで右翼の黒塗りの車が演説して、市民団体が弁当食ってるよこで宗教団体が太鼓をたたいて、インディアンがセレモ二−をおこなうむこうでほくがアートパフォーマンスをやってる。ごった煮の祭りと言うか、縁日みたい」
S「ぼくたちがデモとかやってた頃なんかも、祭りみたいなもんですね。手をつないで道いっぱいに広がるフランスデモとか、横棒につかまってやるジグザグデモとか、あれは文化ですよ」
A「日本の伝統文化として保存すべきですね」(笑い)
S「こんどアートでやってみたらいいじやないですか。乱闘ごっことか、機動隊ごっことか、火炎瓶の代わりにペットボトル飛ばして、石の代わりにコンニャクとか豆腐でも投げる」
A「催涙弾は玉葱のみじん切りですか」(笑い)
S「そういう笑いがないと、運動だって硬直しちゃいますからね」
A「とうじ魔さんが興味深いこと言ってたんですが、60年代は実験芸術ですんだんだけど、90年代我々がやってるのは応用芸術だと。よく頭の固い評論家が、君たちがやってることはもう60年代にやりつくされてるとか言うんですね。たとえば60年代、ステージでアーティストがウンコして、それを客席に投げつけるってパフォーマンスがあったそうです。ぼくのスカトロ書道作品では4つの掛け軸に「おともだち」と言う文字をそれぞれカレー、ミートソース、ミソ、クソで書いて、どれがどれでしょう?とクイズ形式にしました」
S「どつちもすごいな」(笑い)
A「やりっぱなし、壊しっぱなしで満足していた時代は終わったんでしょう。この世妃末に、自己主張や反抗だけでは誰も振り向いてくれないですよね。今まで、軟弱だ!とか、こぴるな!って、捨て去ってきた笑いやサービス精神が逆に武器として再発見されてきてる。そこで今だからこそ、鈴木邦男なんです」
S「いきなり飛びましたね」(笑い)
A「そろそろページ数も少ないし、いやいや鈴木さんが体を張って戦ってきた時代の足跡をたどることによって、我々の未来が見えて来るんです」
S「強引にまとめましたね」(笑い)

余談になるけど、写真を撮ってくれたゴウソウさんがこの対談の風景を7年前夢に見て、 日記に書いてあるっていう。ゴウソウさんと 知り合ったのは2年前だし、もちろん鈴木さんも知らない。しかも写 真は三田村光土里に 頼んだんだけど、仕事で来れないって言うんで、偶然その時、ゴウソウさんにやってもらうことになったん だ。ゴウソウさんだって特別霊感が強いとかじやなくて、たまたま、おぽえてた夢を書き留めただけなんだって。その日記には「画家の人と右翼の人の家に行き、話を聞く。画家の人は、右翼の人に肖像画をあげた」と書かれているという。ギャラが払えないオレは実際、鈴木さんの肖像画を描き、お礼にあげた。
って ことはオレたちの未来はすでに決められているのか? ゾクゾク! よくわからんけど、なんだかおもしろい……


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