日本聖地めぐり
東北篇


アメリカンインディアンの聖地、ヨーローッパの教会、インド、ヒマラヤ、チベット、エジプト、モロッコ、アフリカ、中近東、アジアと、なにかに追い立てられるようにさまよったが、オレを生み育てた島国には見むきもしなかった。日本と呼ばれてるこの一国家に関してはなんの魅力も感じないけど、この風土にはすごく愛着がある。高校ん時の地図帳の1ページ目を開くと、日本列島を赤丸がおおってるだろ? 活火山の印だ。世界中の活火山の10%以上がこの小さな島国に集中し、火山の輪は環太平洋文化園をつないでいる。
縄文の昔から、我々は火の山を畏れ敬いながら暮らしてきた。神の怒りは地震となって、人々が必死に築き上げた文明をも破壊する。これは恐怖を通 り越して一種のエクスタシーにまで昇華され、民族の記憶に刻みつけられてきたんだ。 オレは学問のことはよくわかんないけど、「時代は約30年サイクルで破壊衝動にとらわれる」って思う。
昔から踊狂現象というのがあって、突然人々がすべてをおっぽり投げて、狂ったように踊りだす。それはあっと言う間に伝染病のように広がり、何十万の人を巻き込みながら何カ月も続くらしい。
星野之宣が描いた劇画「ヤマタイカ」から引用すると、
644年 常世の神、
938年 ちまたの神、
945年と994年 シダラ神、
1096年 永長の大田楽、
1497年 盆の踊り、
1561年 伊勢踊り、
1604年 飛び神明、
1614〜1616年 伊勢踊り、
1705年 宝永のおかげ参り、
1771年 明和のおかげ参り、
1830年 文政のおかげ参り、
1867年 ええじやないか、
しかもこれらの前後には必ずと言っていいほど火山の噴火や、大地震が起こっている。
1937〜1945年の太平洋較争は 最も惨たらしい人工噴火、核爆弾によって幕を閉じた。
60〜70年代は安保闘争、学生運動、ヒッピーなどいっぱいあっただろ。オレ思うんだけと、右翼も左翼も正義も自由もだだの口実であって、裏側から人々を動かしてたんは時代の破壊衝動だ。だってあれだけ体制の打倒を叫んでた連中が、今じゃ知らん顔して若者押さえつけてんだもん。
オレたちは今、祭りの準備をはじめている。
ちょうど21世紀のあたまあたりに、例の破壊衝動はやってくる。いや、もうそれははじまりかけてるのかもしれない。マヤの暦は2013年に終わる。オレが思うにそれは世界の終わりではなく、新しい世界のはじまりになると思う。祭りのためには天の岩戸を開かないとね。日本中のパワープレイスから力を集めて噴火させるんだ。
ドッドド ドドウド ドドウド ドドウ。
オレの住むA倉庫のまえには、大阪から来たノンがバイクのエンジンをふかして待ってる。そんじや失われた縄文の記憶を求めて、Let's la gooooooo!
と、10分後にはJR高円寺駅南口にある氷川神社に到着。 4月に岡画郎でやった個展「高円寺新名所めぐり」ん時、なわとびバスで訪れたとこだ。ここにはなんとアラハバキとオモイカネが祭られている。アラハバキってのは大陸から来た侵略者(現日本人)によって歴史から抹消されたアラパキ王国(原日本人)が祭ってた神であり、その起源は縄文時代にまでさかのぼる。オモイカネは九州高千穂のところでくわしく書くよ。
ドッドド ドドウド ドドウド ドドウ。
栃木県小山市にある寺野東遺跡は直径180メートルにもおよぷ巨大なドーナツ状の盛り土遺跡だ。おそらくここでは大がかりな祭祀イヴエントが行われていたのだろう。
地元の人たちにたずね歩き、たどり着いたのは広大な野っ原だった。2年ほど前に発掘は終わり、再び土の中に埋め直されていたのだ。オレは大の字に寝そべって、1万年前と変わらぬ 空をながめた。
そりゃあオレだって次々と世界史を塗り替えていく縄文の発見(四大河文明をはるかにさかのぽる土器、農業、織物、漆塗りなど)には興味あるけど、発掘 そのものにとまどいを感じる。オレって寝ている人を起こすのが苦手なの。その安らかな寝顔見てると揺り起こすなんてとてもできないよ。3年前に母親をガンで看取ったときも、医者や家族を呼びにいったりせず、その安らかな死に顔をデッサンしていた。きっとあの土偶たちだって博物舘の冷たい蛍光灯の下よっか、眠かい土の下の方が寝心地はいいだろう。
それから母親の命日のため日光へむかい墓参りをすませると、どしゃ降りのなかを福島県にはいり、会津若松、喜多方をぬ け、熱湯温泉でただ風呂にはいったあと、山形県米沢の草むらにテントを張った。
ドッドド ドドウド ドドウド ドドウ。
天童でむっちゃうまい水車そばのそば餅を食い、羽黒山、月山、と並ぷ湯殿山の神社に参る。ここいらへんは修験道の行者たちが自在に飛び回っていたところで、やつらは仏教に帰依しながらも山それ自体を神と仰ぐ汎神論的世界に生きていた。木も草も花も石も川も滝も虫も熊もすべては神の化身なんだ。そしてコンクリートジャングルにすむオレたちには、ビルもネオンもアスファルトも車も飛行機もコンビニのビニール袋にさえ神は宿っていると思う。120円の湯の浜温泉にはいり、近くの海辺でテントを張った。
朝起きて見るとそこは由良で、海岸沿いの堤防に「WELCOME TO YURA SACRET RUN」と書かれていた。セクレットランはアメリカンインディアン・ムーヴメントのリ−ダー、デニス・バ ンクスが企画するイヴェントで、北海道から去年被爆50周年のヒロシマ、ナガサキにむけて平和の祈りとともに走った。ノンもランナーのひとりで、堤防に書かれてる日付けを見て驚いた。「7月15日」なんと1年前の今日、同じ浜辺を彼らは走ったのである。
島の頂上にある白山神社にお参りしたあと食った浜丼とどんがら汁という魚介料理は安くて大盛りで最高だった。
ドッドド ドドウド ドドウド ドドウ。
酒田、秋田を通りぬけ、鹿角市にある大湯ストーン サークルに着いたときはもう夜だった。温泉銭湯で地元の人が言った 「あそこでふたり死んでる」なんて話を思い出しながらストーンサークルのよこにテントを張った。
東側に直径40メートルの野中堂遺跡、西側に直径45メートルの万座遺跡がある。これらの石は石英をふくんだ花崗岩でできていることが多く、特殊な電磁場を生成する。迷信どころか、やつらは現代よりも進んだ地球磁気学と天文学の知識をもっていたのかもしれない。
すぐむこうには、自然の山を改造してつくられたピラミッド、クロマンタ山が見える。クモの巣を断ち切らないように登っていき、頂上に印を下ろした(神道の方法)。レーダー調査では頂上から地下10メートルのところに石室のような空間があるらしい。
十和内湖のほとりでキリタンポをほおばりながら、高村光太郎先生の乙女の像を眺める。(やっぱ先生は文学に転向して正解だったな。失礼。)
十和田湖から東へちょっと行くと大石神ピラミッドがある。なんでもかんでもピラミッドにすんじやね一ぇぞ!なんて登っていくと、どうやって運びあげたのか10メートルもある巨石が頂上にころがっているではないか。1857年の地震までは上下の巨石が南北を向いて起立していて、下から北極星を観察する天文学的な意味をもっていたという。
石の上にあるほこらをそっと開けると、1枚の写真がはいっていた。なんとそれはノンが、不思議な力を持つ親友、圭子からもらった「白光」の写 真と同じものだった。オレもよく知らないけど「白光」ってのは、あやしい新興宗教とはちがうような気がする。「世界人類が平和でありますように」ってピースポール見たことあんだろう? あれはたぷん地球のつぼにさしこんだ鍼なんだ。
さてつぎはキリストの墓だ。
山根キクの「キリストは日本で死んでいる」というトンデモ本でセンセーショナルな話題を巻き起こした青森県ヘライ村に着いた。その本によれば、ヘライは当然ヘブライを連想させるし、盆踊りに歌われる「ニイヤドレ」という歌は古代ヘブライ語で解読されるという。ゴルゴダの丘でキリストの身代わりに磔になったのは弟のイスキリで、キリストは日本に帰化し、この地で余生を終えたという。強引というか、むちゃくちゃ我田引水な説だが、おもしろいじゃないか。人面 犬にしろ、口裂け女にしろ、おもしろいからつい人に言いたくなっちゃうだろ?  そうやって世界中の神話は組成されてきた。壮大なホラ話と、学会では相手にされない歴史書「竹内の文書」も真実か否かなんていうイタチゴッコじやなく て、聖書やギリシャ神話をはるかにしのぐスケールの文学作品として読まれてもいいんじやないかな。
駐車場ではキリストだんごが売られ、村おこしできれいな公園つくられている。小高い丘にむかって階段をのぼっていくと、2メートルほどの木製の十字架があった。昔は薮のなかをかき分けて見たのだろうが、これじゃせっかくの十字架もますます真実味がなくなってしまう。キクさんが生きてたら怒られるぜ。
一路、原発の都六カ所村へむかう。正面玄関で追っぱらわれたが、横の入口から侵入して、ノンが印をむすぶ。夕暮れの空に虹が走った。そのむこうには龍の形をした雲が浮かんでいる。
日本でいちばん深いところから汲み上げたと書いてある六ヶ所村温泉にはいった。それがもうとろけるように快適で、これがほんとのメルトダウン。アメリカにいた頃、原発事故で有名なスリーマイルアイランドヘ行ったことがあるんだけど、パンフレットには釣りをするおやじだの、花を摘む子供だのが写 っちゃって笑えるんだ。それにしても世界一の地震列島にボンボン原発おっ建てるのは、よっぽど大爆発が好きなんだなぁ。
ドッドド ドドウド ドドウド ドドウ。
真夜中過ぎ、やっと青森市郊外にある三内丸山遺跡にたどり着く。オレ、柵とかフェンスとかがあると、ついつい乗り越えちゃう悪いクセがあんだけどさ、天罰とかもよくあるわけ。ズズズーっと足を滑らせ、すねを鉄柱に激突! この傷1ケ月たっても治らねぇくらいひどかった。それでも越えてしまう悲しいサガ、たのむから、そういう人種のためにも柵は作らんでくれ。
草むらに張ったテントで目覚め、遺跡のなかを散歩する。それにしても巨大な集落だ。いや、これはもう都市と呼んでもいいだろう。復元された竪穴式住居が並んでいるが、いくつかは高床式で、なかにはいると、200人は収容できる建物だ。もうちょっと踏み込んで、昨日はここで寝ればよかったな。
金木町にある太宰治の生家、斜陽館に寄り道。オレは三鷹に住んでた頃よく大宰の墓参りに行ったなあ。目の前にある森鴎外の墓はひっそりなのに、太宰の墓は酒やらタバコやらの供えもんでいっぱいだった。さすがミーハー治ちゃん。
謎の海洋族、安東水軍の伝説が残る十三湖でしじみ汁を食ったあと、アラハバキ神社の本家本元、洗磯崎神社にむかった。実にこじんまりとした神社で、うしろのピラミッド風の山とまえの荒々しい海岸が印象的だ。神社やら神殿やらを写 真で見ただけでは全体性がつかめない。そこへ行き、まわりの風景といっしょに 感じて初めて、そこにある必然性がつかめてくるんだ。
岩木山の分身として、ビラミッドと呼ばれるモヤ山をあとに亀ヶ岡遺跡へむかう。ここから出土した遮光器土偶がアラバキ王国の神アラハバキである。現代のハイテク・セラミック工法に近い技術で作られ、NASAはこれを宇宙服だという見解を発表している。
江戸時代から発掘されていた遺跡はもうとっくに埋められていて、田んばの真ん中にはアラハバキの石像がかかしのように立っていた。
映画「ガイアシンフォニー」に出てきた癒しの館「森のイスキア」を訪ねるが、初音おばちゃんはいなかった。
獄温泉にはいったあと、岩木山神社に参拝する。岩木山はアラバキ王国の聖山で、お山参詣の日以外は誰も入ることを許されない禁足地だった。
くたくたになって弘前に着き、山唄という津軽民謡ライヴハウスにはいる。疲れた心にあの硬質な弦の響きが押しいり、こじ開け、潤していく。津軽民謡は、世界のなかでもフラメンコとならんでもっとも高い抽象性を獲得した音楽のひとつだろう。
なんと演奏者の女の子の一人に友だちの友だちがいた。その子は津軽三味線を勉強するために、3年前東京から青森に移住し、やっとのことで弟子入りを許されたという。さあ、ぬ るま湯の生活なんか投げ捨てて、みんな動け、動け、動け!
ドッドド ドドウド ドドウド ドドウ。
さあてそろそろ折り返しだ。盛岡でジャージャー麺を食って、花巻の 宮沢賢ちゃん記念館に立ち寄った。生原稿のすさまじい殴り書きにぶっ飛んだ。賢ちゃんの静謐な世界の根本にあるのは、荒々しい渾沌なんだ。結晶化された暴力は、もっとも深い慈愛となる。

青いくるみも吹きとばせ
すっぱいくぁりんも吹きとばせ
どっどど どどうど どどうど どどう

奥州藤原文化の中心地だつた平泉には、中尊寺金色堂がある。この豪奢な小宇宙は見事だけど、裏手にひっそりとたたずむ白山神社には、奇妙なしめ縄が下がっている。このしめ縄をくぐって参拝し、終わればまたくぐり出なければならない。あきらかにこれは死と再生を司るオマンコであろう。
仙台は雨のため広瀬川の下で野宿したあと、福島第二原発の正面玄関で追っぱらわれたが、横から侵入して印をおろした。
夜中前、高円寺に到着。氷川神社のアラハバキにあいさつしてA倉庫にたどり着いた。
さてさて、次はヒロシマでの個展をはさんでパワー プレイス九州篇だ。


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