Interview


  AKIRAの場合、とにかくプロシェク卜の数が多いですね一忙しいでしょ? 作品を作る以外にも、色々なことをやっているし、詩を朗読したり書道もやっているでしょ。 お金もかかりますね。
●ほんと忙しいですよ。お金は注文の肖像画を描いたり、イタリアンレストランの内装の絵を描いたりして稼いだり、その前は鉄筋屋をやっていたし。
  鉄筋屋が一番似合うじやない?(笑)

●鉄筋屋やっているといつも親方に間違われて「すみません、この図面どうなっているんですか」って聞かれちゃうんです。(笑)
  この部屋にある日本人形やチープなフランス人形もどきはカラクタなんですか?
●いつもオレが行く老人ばっか働いているリサイクルセンターがあるんですよ。そこでこのあいだ見つけて大量 に買ってしまった。もうアイディアが浮かぴすぎて、どうやつても作品になってしまうんで、どれをやったらいいかなあとすごく悩んでいます。
   いつもアイディアは抱えているわけ?
●そうです。ワープロで打って企画書としてためこんでいて、その時に合ったやつから出していきます。お金がかかるのは出来ないから、とりあえずテーマに合って可能なものから順番にやります。
  AKIRAはアートつてどういう捉え方をしているのかな?
●日常みたいな感じですね。「IN&OUT」という写真日記は、食べる物の写 真撮って、トイレ行ってウンコしたらそれも撮ってるし。例えばタバコの吸穀もこうやってためているんですよ。これも何かに使えるし。今、自分のなかで肉体のことが自然とテーマになってきているんで、血とか精子、汗、鼻水とか全部取って置いて。どういぅふうに使うかわかんないですけどね。ありとあらゆる方法で。
  取って置ききれないですね。(笑)生活している痕跡は出来る隈り採取しておくわけですね。
●うん、金が無い時には金が無い時にしか出来ない作品を作るって感じです。
  金が無いからこそ、それを逆手にとってやったるでえっていうところだろうね。
●すごいアイディアがあるんだけれど、金が無いからゃめちやうみたいなアーティストが多いじやないですか。自分が有名になってから企業をつけて大かかりなものをやるなんていう。オレとしては、ちょつとそっちの傾向ともちがう臭い、ストリー卜系の臭いが好きなんです。とりあえず落ちているゴミや、リサイクル物をつい拾ってしまうし、そうすると部屋か混乱状態に陥ってしまうんだけどね。このあいだ、電車に乗る時に新聞をゴミ箱から拾ってひろげてみたら、ハチが漬されて真ん中にくっついていたんです。 日付も入っているし、中国の間遠や消費税の間遠もちやんと書かれてあって、面 白いと思えばすぐ拾ってくる。おふくろの法事の時、寺からかっぱらつてきた票壇がこれなんです。
   アートについてあまり深く考えないわけですか。
●芸術論的なものが嫌いだからアーティストがいっぱい集まってそういぅ話しになると、なるべくスッと身をかわしてトイレとか行っちやう。 言葉で説明出来るくらいなら、作品なんか作ってませんね。
  作品を作るプロセスはどういうやり方で進めていきますか?
●一人で部屋で酒を飲みながら、色々な妄相似を書きとめていく作業がメインかな。
   それはココンセプト作りに役立つ、最初の部分ですね。
●『子宮外妊娠という小説は受話器をはずしっぱなしにして、誰にも会わず2、3週間で書き上げました。350ページあるんですけどね。作品のインスピレーションは、いつも向こう側からやって来るって感じです。 どこからか突然やって来て、この時期は小説をやれっていう感じ。で、これが書き終ってもっと書こうと思っても、プッツリ書けなくなっちゃう。そうするとまた次のことがやりたくなって、絵の方にもどったり、音楽はじめたりと。スランプとかぜんぜんないですよ。音楽と文学と美術の3つが中心で、人からは−つに絞らないとダメだと言われますけど、今の状能仙だと締れないんですよ。
  でも、それは考え方で3つとも同じだっていうのもあるでしょ。ただ、人に説明するのにどれか−つにしておけばわかりやすいっていう程度のことだと思いますよ。本当はごちやごちやでいいわけですよね。
●うん。ルネッサンスの頃なんてそうだからね。一人の便利人がなんでもこなしていたわけだから。   アーティストつていうのは便利屋ができますね。(笑)
●アーティストやりながら詩を書いたり音楽やったりする人は多いです。
   どうしてですかね。何かを生み出したいっていう欲望はどれにも共通するからかな。
●そうそう。ただ何かを作ろうと思って作る人よりも、これを作らなくては気が狂ってしまうという連中の作品が強いですね。
  AKIRAはそういう感じがありますか?
●ほとんどそうです。
   それで妄想を書き留めた後はどういうふうに展開するんですか?
●実行段階で、正気にもどって考えます。たとえば「AIDS fish of love」という作品では、2匹ずつメダカをいれた200個のコンドームを天井から吊るしたんです。コンドームの中にメダカが何時間生きられるだろうかという疑問が浮かびます。発想段階ではコンドームに魚を入れるというところまでですが、それを具体化するために、熱帯魚屋の友だちに水の中に酸素を溶け込ませる装置で24時間生きられるということを聞いたりします。そのインスタレーションは3時間で造作を 完成させなくてはならなくて、それも計算に入れてメダカの逃げる習性を利用して2匹一ずつコンドームに入れるのにはどうしたらいいのかっていう細かい段階に入っていく。
  結構苦労してますね。(笑)
●出来上がるまでは実現不可能だと思っちゃう。不眠症の人や精神病の人がやるイメージトレーニングのように、コンドームをどういうふうに持って、どうすくつてというイメージを作っていきます。   基本を支えているのは妄想の力なんですね。
●そうです。
   朝起きた時、つまらない妄想したなあって後悔することはありませんか。
●すごくある。ニューヨークに住んでいた時ドラッグやヘロインにはまって、その時に絵を描いてこれは素晴らしいものが出来たと思っていると、次の日起きてすごくつまらないものだっていうことはよくありました。ただ、ずっとそうやって描きとめておくと使えなかったものがあとで生きてきたりすることかあるからね。
   これはおもしろい、おもしろくないっていう判一断はどういうふうに するのかな。基準というわけじやないけど。
●例えばね『うもす』というパフォーマンスを考えたんです。すもうの土俵を作って、土俵の外側に力士がいっぱいいて、丸の中に倒して入れられたら負けってやつ。う−ん、これはおもしろいかもしれないって思ってたんだけど、実際に国技館かりて貴乃花を使ってやるのは不可能でしょ。素人がやったんじやおもしろくないし。現実的には出来ないっていうのと、あんまりやってもおもしろくないのではという2つの理由でボツになりますね。
   おもしろいというのは具体的にどういう感覚ですか。大爆笑という意味か興味深いという感覚なのか。
●お笑いを目指しているわけじやないから、笑うという方法を利用して幼稚園生からおばあちやんまで見てもらいたい。オレのやっている書道もウンコで「友達」と書いたりして、「わ−っこれウンコで書いてる−!」って笑ってくれるじやないですか。コンセプトばかり高尚で難しいのはダメなんですよ。最初の入口は笑いでいいんです。また、ニーチェを 引用して解釈したりする人もいたし、奥様方はミートソースで書いた書道を見て「もったいないことして」とか、色々に理解してもらいたい。だからどちらかと言うと興味深いというおもしろさなのかな。
   笑いの要素はアー卜に重要な点だと考えますか。
●うん、最近ですけどね。そうでもしないと状況は変わらないと感じています。 小川てつオやオレやとうじ魔とうじにしろみんなそうだと思います。笑いは使ったらすごい武器になるものだと思います。昔はただハプニングだけで人を驚かす発想だったのが、一歩進めてサービス精神を発揮するということです。
   おもしろいことを利用してあらゆるジャンルのことをやっていますが、AKIRAのなかでは一つになっているのかな。どういう結び付きなのか説明してください。
●完全に一つになっています。国境を越えて行く感じ。一つのラインとかボーダーを越えていくという作業を逆手にとったやり方なんじやないかと思う。60年代にボーダーは壊れて、廃墟の状態になったと言われているけど、かりににそうだとしたら書道というシヤンルでやってみるとか。あと今、演歌歌手として色々なライヴに出ているんです。そうやって逆にジャンル分けを楽しんでます。 食べ物とウンコの写真は、写真家としての作品で出すとか、ジャンルを逆に遊ぶってことでジャンルを突破していく。旅行をしていても、国境を越すことが目的じゃなくて、目の前の景色が変わっていくのを楽しもうということかな。自分というのをアーティストだという自我じやなくて、いつも容れ物のようにして、AKIRAというフィルターを透して出すという感じ。
   AKIRAの参加している「デッド・エンド・ストリー卜」について話してください。
●5年前に日本に帰ってきた時は、そんなに感じなかったんですが、今回帰国してアンダーグラウンドの層が厚くなったのには驚きました。こんなに大勢の人が出口を探しているのかと感じた。それで何かそこら辺の連中の出口を作ろうと思ってはじめたんです。内容はアートのある部屋でパフォーマンスやライヴをやるのがメイン。パントマイム、民族音楽、南京玉 すだれ、グランジ、パンク、レゲエ、詩や短歌のリーディングなど様々なものを一つ場所に集めて活動しています。ライヴハウスに行く人はアートの展覧会に行かないでしょ。その逆もあるし、ましてや南京玉 すだれを見る人がこんあ場所に集まらないでしょ。
   出口を求めている人が増えているのはどうしてなんだと思いますか。
●時代が30年ずつくり返しているんだと思います。例えば、日本では60年代のアメリカのような状況が始まりかけているんです。大体時代の流れは3つに分かれていて、最初に経済があって、次に文化が来て、最後に戦争が来るんです。その3つが繰返しのサイクルです。経済のピークに達した50年代のアメリカが電気製品や車ではあき足らなくなって、ビートが出てくる。その後文化の刺激じや足らなくなって戦争を始める。必ずしも同じ規則性ではないけれど、大体そうなっています。日本は経済のピークが終ったところで、次に文化状況に走っていくでしょう。これから文化的状況はどんどんおもしろくなると思います。それが終ったら次は戦争かもしれないけど。退屈というのが文化とか歴史を動かす最大の原図だと思うんですよ。創作の根源というのは退屈に対する恐怖だと思います。今までだったら消費することで自己表現してきた日本人が、電気製品にもルイ・ヴィトンにも飽きてもっとちがう表現をさがしてるんだと思います。それでアンダーグラウンドの層は厚くなっているんですね。
  アンダーグラウンドとオーヴァーグラウンドのとらえ方はどういう感じかな。
●アンダーグラウンドなんてどこにもないという言い方もできるけど、あえてボーダーを楽しむということでわざとアンダーグラウンドという言葉を使ってるんですけどね。死語のような言葉を。決してアンダーグラウンド魂とか言うんじやなくて。(笑)ある種の臭いみたいなものがあるでしょう? オーヴアーグラウンドに出て行ってもその臭いを大切にしている人もいるし。
   アンダーグラウンドの臭いってどういうのですか。
●ニューヨークのブルックリンでは巨大倉庫で生活してたんですけど、地下で窓もないんです。ニューヨークには5年くらいいたけど、そのうち2年はそこに住んでいた。その時はコカインを売ってヘロインを買うという状態で暮らしていました。ゴミを出すと野犬が食い荒らして、一階のドアの前に注射器が散らかるし、太陽が射さないカビ臭い地下室。地上界の季節にさらされないで、ある意味では守られている、胎内と言うか。混沌としたなかで出産を控えている状態の臭い。それってアンダーグラウンドかもしれないね。
  AKIRAのやり方はオーヴアーなものに常にアプローチしているように見えますけど。
●そうですね。マーケットという意味では支持者は多い方がいいですから。目的にしちやいけないと思う。 ただ一つのツールとしてお金が必要です。たいていの人たちがいつの間にか目的になってしまって安定していく。
   近頃何か怒っていることはありますか。
●日本に帰ってきて愕然としたことは、貸しギャラリーがあまりにも多いでしょ。何なんだこれは。10年前のイーストヴィレッジに住みついた頃は、シンティー・ローパーが駐車場で詩を売ったりしていた時代です。キース・ヘリンクのアパートヘ行ったら部屋の中でテントをはって寝てたりする。まわりがすべて娼婦かジャンキーか売れないアーティストだという状能でした。オレは日本でぜんぜん絵画とか習ったことないし、美術の学校も行っていない、ただそこに住み着いたという偶然がすごく大きい。
  アートをやるんでニューヨークに行ったというわけじやないんですね。単に周りがアーティストだつたからなんですね。
●うん。アップタウンに住んでいたらちがっていたかもしれない。あの時代のイーストヴィレッジだったから、なんかオレも出来るんじやないかと思って、工事現場の板を剥がしてきて絵を描いたんです。ドアから発泡スチロールから、街に落ちているもを作品にしました。そんで知らず知らずアーティストになってしまった。作品をスライドに納めてギャラリーに持って行くんです。ギャラリーの方で気に入ると、アトリエを訪ねてくる。実際の作品を見て、気に入ったらグループ展をやらせる。それがうけたら、次に個展をやる。売れた作品の50%がギャラリーにはいるから彼らも必死になって若いアーティストを探します。ディーラーの仕事のメインは新人アーティストの発掘なんですよ。いかに才能あるアーティストを見つけるかが自分のビジネスを左右するからね。若いアーティストは有り余るほどの才能はあってもぜんぜん金なんて無いから、ギャラリーが広告出したり、DM作ったりして、売れたら50 %はギャラリーの取り分ですよというシステム。だから金なんかなくてもいいし、コネもぜんぜんいらない。グレイシー・マンションっていうイーストヴィレッジ・ムーヴメントを代表するギャラリーがあったんですけど、グレイシーは近所のコインランドリーで顔を合わせて知っていて、それでスライドを持ち込んで展覧会をやらせてもらいました。マーク・ビドロなんかとアヴェニューBギャラリーでグループ展やったり、もう名前も思い出せないくらいいろんな展覧会をやりまし。日本の状況がぜんぜんわからないので、いきなリギャラリーに持ち込んだら、「どちら様のご紹介ですか」と言われて愕無としました。 嫌になって3カ月くらいでまた日本を飛びだしたけどね。 今回は、それを変えるべく闘うしかないと思って腰を落ちつけてやっています。いちおう5年間は日本にいる計画です。海外にいても日本で発表できるようなルー卜を作るのが今回の目的です。
   貸し画廊をぶっつぶさないとね。
●そうだよ。良い作品を作っているやつほどお金が無いし、作品には食費も削ってるんだからさ。オレなんかマクドナルドのハンバーガー100円の期間中にはスライスチーズ持参で食べにいくとか、いろいろ工夫してます。タイ米があまってるじやないですか。架空の「稲穂の会」というのを作って、スーパーマーケットのまえとかに電話番号も書いておくんです。「タイ米を捨てないで!私たちはみなさまに食べていただくために生まれて来たのです。捨てるまえにご一報ください。取りに行きます。」それで自転車で取りに行き、何ヶ月もタイ米を食べてしのぎました。(笑)だから銀座のギャラリー借りるのに100万円とかかかるでしょ。そんなの借りれるわけがない。ということはそこでやっているのはつまらないものしかないということになる。 あんまりにも状況は厳しいですね。逆に デザインという甘い餌もぶらがっている。日本のデザインや広告業界ってすごいじやないですか。 そっちの方に吸い上げられるか、ずっとアンダーグラウンドで押さえ付けられられるか、両極端しか才能の行く道がなくなってしまう。若い人たちが自分がやりたい発表の仕方は出来ない状況だよね。これは怒っていいかもしれない。
  話は戻りますが、ニューヨークでずっと制作するということにはならなかったんですか。
●うん、直接的な原因はヘロインだったんだけど。全部グシヤクシヤ状態で、売れた作品は別 にしてその倉庫に300点くらいの作品を残して夜逃げしました。病院にも入ったけど、ニュー∃−クのあの部屋に戻るとまたやってしまうから。とりあえずハワイに逃げた。もう一度ニューヨークに行き、ニューヨークアカデミーの試験に合格したんです。アンディー・ウォーホルやグッケンハイム・ミュージアムの奨学金を受けながら、そこで初めて絵の勉強をするんです。古典を学び、すごいと思いました。古典をやるには∃−ロッパに行くしかないなと思い、個展で稼ぐために日本に帰ってきたんです。日本に3カ月帰って金貯めて、中国から陸路で半年かかって∃ーロッパまでたどり着きました。中国からパキスタン、そしてイランが戦争の真っ最中だった。ボンボン爆弾が降ってくるし、ヤクの売人とまちがわれて、靴底をこじ開けられたり、レストランに入って突然いすをぶん投げられたり。その後トルコに入って、ギリシャに落ち着き、イタリア、スペインと5年ほどすごしました。
  それで∃−ロッパ古典絵画の勉強をしたんですね。
●ええ、宗教画を学びました。
  本格的なものですね。ニュー∃ークアカデミーで最もアカデミックな分野に開眼して、∃−ロッパまで宗教画を修得しに行ったのに、今は日本で鼻クソで字を書いているという、(笑)とても思いつかないダイナミックな動きだ。すごいですね。
●まあその国でしかできないことをやっ てるって感じです。だから日本で一番興味があってやりたいものは何かって考えると、現代美術にもどってくるんです。
  つまり日本の今の状況ではウンコで字を書くしかない、みたいなことなのかね。
●あは、そうかもしれない。時代の空気がそういうものを要求してるのかな。1995年の東京っていう状況が。
  宗教画は現在はつづいていないんですね。
●油絵としてはつづいていないけど、宗教というテーマは子どもの時から今でも、そして永遠につづくものですね。必要悪としての宗教に興味があります。
  道具としての宗教は、今はAKIRAのなかで切れているわけだ。
●ただ、書道やコンドームのなかの魚にしても、宗教的な臭いがつきまとっています。人によってはなんで鼻クソが宗教的かって思うだろうけど。(笑)
  宗教について話してもらえますか。
●まず、宗教が持つファッション性が好きですね。キリスト教、仏教、ヒンズー教、イスラム教。色々な宗教があるけど、美しいですよね。宗教に関する全部、そこに流れる様式を持っている。どうしてこの様式が 要求されるんだか不思議なくらい美しい。たとえば、宗教が人に要求したり、強制したり、エンターテイメントとして魅せる様式がすごく好きなんです。
  様式化した時にそれは宗教と呼ぶようになるわけですね。
●まさにそうですね。今の日本は宗教を必要としていますよ、アートを含めて。
  宗教が必要悪だというのはどういう意味ですか。
●悪と言った意味は、宗教は決して人を救わないから。宗教に限らず、人が人を救うというのはありえないことだから。人を救えないのに、救ぅという名目で救ったような気になっているのが宗教だから、それって絶対に必要なんでしょうね。ジャンキーやドロボウや娼婦が縄文時代からいたように、宗教もその頃から今に至るまで絶対に消えないことですよ。戦争も同じですよ、一年問も戦争がなかった時は人頴史の中にないんですから。
  今の言い方だと戦争も必要悪だということですか。
●もちろん。日本でも戦争が起こるかもしれないしね。
  宗教や戦争も含めて時代状況を視野に入れて鼻クソなんだ、ゲロなんだってわけだよね。
●うん、それはすごくある。時代の空気はどうしても吸わざるを得ない。 意識的に時代を反響するんじやなくてね。自分を常にエンプティな容器にしておくことは。そうやって生まれて来た妄想からのコンセプトをどういう方向に向けて作品化するのかってすごく重要だと思うんですけど。
●30年前の状況を見るとアートで世界が変わるんだとかいうのはぜんぜんないですね。世界は1回も変わったことがないっていうのが認識としてあって。60年代で燃えても何も変わらない。縄文式の頃から今も変わってないし、永遠にかわることはないと思っている。30年前の人たちは世界は変革できるという意識がすごく強かったと思うんですよ。そういう時代を後追いですけど、知っています。オレの参加しているグループ名だって「テッド・エンド・ストリー卜」で、行き止まりの路地ってことです。だから今あるこの最悪の状況が実は最高の天国だっていう認識なんです。
  開き直りなのかな。
●そうかもしれない。天国万歳じやなくて、どうやって遊んで行こうかと思っています。時代の車輪があることには変わらないけど、タイヤのデザインは変わっていくわけです。それじやあ、タイヤのデザインを考えようみたいなことです。 以前のタイヤから次のタイヤという視野で、ものを見ている人は時代は変わっていくんだ、変えられるんだって思うけど、3000年単位 とかで見るとちがうと思う。どうしてもオレそういう目の位置から逃れられないところがあって惑星の視点から見ちゃう。でも変わらないからつて何もしないんじやなくて、自分が生きているあいだをいかに楽しく時代と遊べるか、その方法をさがすということです。自分にとって一番楽しいおもちゃつていうのを少しずつ取捨選択していって最終的に残ったおもちゃが創ることだったんです。それ以上の楽しみって今までに 一つもなかったんですよ。偉そうな意味でとってもらうと困るんだけど、自分は創るために生まれてきたって思います。創ることしか考えられない。 というより行動そのものが創ることですね。
  AKIRAは今までどういうものに影響を受けいているんですか。
●パンクの影響がすごく大きい。待っていたんじや何も変わらないってこと。自分ではじめないと他人は決して手を差し伸ペてくれない。他のことからも影響はあるけどパンクは大きいね。何をしていいのかわからないけど、このままでいいのかって思って。
  AKIRAの作品のクオリティ は何によって維持されていると思いますか。
●反抗的サービス精神かな。最初の頃は社会に対する反抗の意識が核になっていた。黒人開放運動にもかかわっていました。今では日本でもマルコムXと言ったら誰でも知っていますよね。マルコムXの演説をまねしたのがオレの英語の勉強だったんです。インディアン保留地を転々とし、アメリカンインディアン・ムーヴメントのリーダーたちからもたくさんのことを学びました。ホームレスの世界にも入っていきました。そして気づいたらジャンキーになっていました。娼婦たちに睡を吐きかけられるし。彼女たちの方が上の立場なんだよね、働いているから。マリファナやLSDというおぼっちゃまのお遊びじやなくて、生活全部を投げうっちゃうヘロインにいきました。それはすごいベースになっている。 作品の基本を作ってくれたのはジャンキーたちの世界だね。何人も殺される。友だちが泥棒して10階から飛び降りて死んだりした。その時はぜんぜん当たり前だと思っちゃうんだよね。 今思い返してみるとスゲエなって思う。親元の金でヘロイン売っている売人が逃げて、翌朝にはイーストリバーに浮かんでいる。当たり前のことで恐いとも思わなかった。それまでの黒人運動にしろ、インディアンの運動にしろ、自分は正義感があると思うじやない、自分は正しいんだって。ところが自分が地下鉄で寝ている人の財布をすったりする。泥棒する。友人をだましたり、裏切ったりする。 それで10ドルのヘロインを手に入れ、どんどん醜い行動をしていく。 今まで信じてきた自分、人間の理性とか全部なくなっちやう。そこで自分がいちばん醜いものだと知る。それを知ったら他人のことは何も言えない。 期待もしない。裏切りもこの世に存在しない。そういうことが作品のすごく大きなべ−スとなっています。


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