勇者デニス・バンクスとの再会

オジブワ族の勇者デニス・バンクスが日光へとやってきた。
『COTTON 100%』にくわしく書いてあるけど、デニスは1968年アメリカン・インディアン・ムーヴメント(AIM)を創設し、73年「ウーンデッド・ニー占拠」で強大なアメリカ政府軍と戦い、世界中を目覚めさせた。11年前にオレはニューヨーク州シラキュースの山の中にあるデニスの家まで、ヒッチハイクで訪ねていった。当時デニスは無実の罪でFBIから追われ、マーロン・ブランドやジェーン・フォンダの協力によってオノンダーガ連合の保護区に住んでいた。そして突然の来訪者を彼と家族は暖かく迎えてくれたんだ。
あれから11年、デニスは世界各地で行ってきた平和へのイヴェント『セイクレット・ラン』を被爆50周年の日本で行うことにした。インディアンをはじめとして世界や日本から集まったランナーが、震災を受けた北海道奥尻島からヒロシマ、ナガサキへ向けて走り続けるというものだ。
その前に日本のヘソともいうべき聖地日光で清めの儀式『スエット』が行われることになった。天才風水師、天海が徳川家康の墓として選んだ日光は、自然が作り出した曼陀羅だ。山、湖、滝、と世界の象徴が凝縮されている。
野生の鹿が生息する霧降高原の奥でスエットは行われた。枝と帆布で組まれた直径3メートルほどの円形テント中央に穴が掘られている。
デニスは子供みたいに透き通った目と広い胸で、オレを受けとめてくれた。さあ、スエットの始まりだ。男たちは下半身にバスタオルを巻きつけ、テントの中に入っていく。中央の穴を二重に囲み車座に座った。女たちも胸からバスタオルを巻いて、3人ほど加わる。ひとりは5才ほどの男の子を抱えてる。
焚き火の中で熱されていた石が、穴に運びこまれる。ムッとした熱気がテント中に広がり、円形の闇にマグマの核が息づく。デニスといっしょに世界中を走ってきた秋山太一さんが聖なる太鼓をたたきはじめる。デニスがスー語で祈りの言葉を唱え、片手に持ったひしゃくで焼けた石の上に水をまく。強烈な蒸気が裸の胸に襲いかかる。オレをふくめた最前列の男たちは、必死に叫びをこらえている。テントの中が一瞬にして、灼熱のサウナ風呂に変わる。
「ALL MY RELATIONS(私をとりまくすべてのものに)」
デニスは羽飾りのついたピースパイプ(平和の煙管)をみんなにまわす。これはマリファナじゃないが、セージをはじめさまざまな薬草がスピリットごとつまってる。精霊は煙となって天へ行き、万物の生命を司るグレート・スピリットが降りてくる。魂の汚れが汗とともに流れ出し、自分が人や木や鹿や鳥や火や水や風や空気や空や星とRELATEして(つながって)いるのが“実感”としてわかってくるんだ。
デニスと8月のヒロシマでの再会を約束して別れた。

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