銀河のサーファー


ホゼ・アグエイアス博士は40年以上に渡りマヤの暦を研究し、アインシュタイン以降、重要な「時間の宇宙論」を発表し続ける。
プリンストン、UCLAなどをはじめ様々な大学で芸術史や審美学を教えるかたわら、1970年、サンフランシスコにおいて歴史的なホール・アース・フェスティヴァル(地球の日)を創始し、1983年、妻のロイディーンとPAN(Planet Art Network)を創設。ニコライ・レーリッヒ(ロシアの思想家でもあり芸術家)の平和思想を受け継ぎ、拡張する、惑星芸術ネットワークだ。
1987年8月16、17日。世界中の聖地で14万4千人の人々が地球と宇宙に向けて<調和を祈る>ハーモニック・コンヴァージェンスを主宰。
自ら虚無僧を自認するように、愛用の尺八と時間の知恵をたずさえながら、<改暦による平和運動>のために世界中を旅するアグエイアス夫妻が「時間に関する世界会議」のために来日した。
勉強嫌いなオレも必死で話を聞き、ノートをとり、マヤの祝日をいっしょに富士山で祝い、マヤのお正月に明治神宮で通 訳をさせてもらい、オレにとって最高ハッピーな出会いだった。

今、世界中で<13の月の暦>に変える人が増えている。
知ってるかい?オレたちがなんの疑いもなく使ってきたグレゴリオ暦は、まったくいいかげんなもので、宇宙の惑星周期どころか生物周期(たとえば女性の生理など)にも対応してないんだぜ。
日本がグレゴリオ暦に変えちゃったのは1872年の12月3日だけど、4年前の明治維新で金を使いすぎた政府が旧暦とのズレによって役人の給料2ヶ月分をカットするためという、なんともセコイ理由から明治天皇が改暦を宣言したんだ。
<13の月の暦>はひと月が28日きっかりで13ヶ月(28x13=364日)+1日(時間を外した日という重要な調整日)でできている。これは地球、太陽系、銀河系の周期だけじゃなく、人間や動物や植物、そしてそれらの細胞やDNA、さらに原子や分子の共通 の周波数<13:20>から成り立ってる。
古代のマヤ人も、エジプト人も、縄文人も「そんなことはジョーシキよ」って感じで生活してたんだろうけど、1582年ヴァチカンのグレゴリウス13世が今の暦を制定し、時計という機械が発明され、<12:60>っていう宇宙や自然のリズムとはまったく関係ない人工的な時間を人類だけが歩み始めたんだ。
さあ、それからがたいへん!1753年には5億人だった人口が90年間で倍の10億、次の90年間でさらに倍の20億、それから現在に至る60年間で3倍の60億だぜ!
今では1日に25万人の人間が生まれ、250種の生物が毎日絶滅してるんだって。
人の食い残しをあさって生活している貧乏アーティストが言うのも変だけど
「これってけっこうヤバイんじゃねぇの?」
たぶんみんなそう思ってて、縄文展行ったり、「聖なる予言」読んだり、健康食買い込んだり、「愛と平和の水瓶座の時代」なんてニューエージ気取ったり、ベルリンのラヴパレードで踊ったり、オーム入ったり、子供の首切り取ったりしちゃうんだけど、世界は変わらない。
「たかが暦を変えたくらいで何が変わるのよ」なんてバカにすんなよ。
リズムだ!まずはリズムを宇宙に、地球に、そして君のDNAにチューニングするんだ。新しいダンスはそこから始まる。
銀河のウェーヴに乗ってテイクオフしないと未来へは行けないぞ!


J−ホゼ L−ロイディーン AーAKIRA

A-はじめて「時空のサーファー」を読んだ時はブッ飛びました。こんなムチャ面 白い作品が10年も日本語訳されなかったなんて!マヤの時間に関する知識もないオレは小説作品として読んだんだけど、本能的にこれは今まで自分がふれてきたものとはまるっきり別 のものだ、と感じました。
J-あれはハーモニックコンヴァージェンスに関心を持ってくれた人たちに向けて、できるだけやさしく、そして楽しく書いたものなんだ。書き始めてすぐボクの息子が交通 事故で死ぬというアクシデントがあって、いわば4次元の息子と対話するように書き上げた作品って感じかな。
A-オレ、つい人にすすめたり、あげちゃったりしてるんで、もう5冊ぐらい買ってますよ。しかも1冊も手元にない・・・(笑い)
J−だいじょうぶだよ、ボクたちだって持ってないから。(笑い)
A-それにしても芸術史や審美学を教えていたんですね。「新しい時間の発見」を読むまで知らなかったですよ。
L-もっとおもしろいのは、あなた達と同じようにホゼがペインターでもあり、アーティストだってことでしょ?
A-ロイディーンもダンサーだし、そうそう富士山のふもとで<時間をはずした日>を祝ったとき、ロイディーンがいきなり子供みたく踊りだしちゃったでしょ、ホゼの笛に合わせて。もう、すんごっくカワイくて涙でそうになりましたよ。(笑い)
L-みんなも踊ったり、走ったり、子供と遊んだり、とっても楽しい<銀河新年>(謹賀新年の深いパロディー)だったわ。
A-まあ、「時空のサーファー」読んだら、この人達がお堅い学者さんじゃないのはわかっていましたが(笑い)、ジャンル撲滅というか、ボーダーレスというか、音楽、ダンス、文学、美術なんでもやっちゃうんですね。
L-生きてることそのものがアートなのに、みんなそれを忘れようとしているの。だってマクドナルドのカウンターのなかで、いきなり踊りだしちゃったらクビになるでしょう?(笑い)
まちがっているのはあなたたちじゃなくって、この人工的な時間が作り出した社会の方なのよ。
J-よく人は<タイム イズ マネー>って言うけれど、ボクは<タイム イズ アート>だと思うんだ。時間というとすぐ時計を思い出す人が多いと思うけど、時計は12の文字盤という<空間>を刻む機械であって、<時間>という本質とは何の関係もないものなんだよ。
A-オレも作品作っていると20時間ぐらいすぐ経っちゃって、なんか薄暗いんで窓を開けて、地平線の太陽が上へ行くか下へ行くかで、夕方か明け方か、わかったりしますね(笑い)
J-こんな縄文人がまだ日本にいたのか!(笑い)
A-絵はいつ頃から描きはじまったんですか?
J-そりゃ、生まれたときからだよ。(笑い)ボクの父はメキシコ人の画家で、ピアニストで、おまけにコミニュストだった。母はドイツ系でルーサー派のクリスチャンというすごい組み合わせだろう?(笑い)ボクと双子の兄弟がいて、アイヴィンていうんだ。このロシア名だって父のロシアびいきから来たものさ。ニコライ・レーリッヒをはじめ、ボクがロシアと縁があるのも父の影響なのかもしれないな。
ボクが7才の頃、母が肺を患って入院したんだ。ボクは何とか母に喜んでもらおうと、父に頼んで基礎的なデッサンから教えてもらうことにした。ボクにとってアートは自己表現というより、コミュニケーションの手段なんだ。それは今も昔も変わってない。
A-ロイディーンのダンスも生まれたときから?
L-もちろん!(笑い)
6、7才頃からバレーを習い始めたのかな。でもホゼと違って最初は、お母さんに無理矢理って感じかな。カルフォルニアで生まれ育った私は外で遊ぶのが大好きな子供だったわ。学校で仲間外れの子とかいると、すぐ家に連れてきて友だちになっちゃうの。もちろんダンスカンパニーにも所属してステージで踊っていた時期もあるけど、私にとってのダンスはもっと人生に密着したものだわ。その時その時の感情がそのままあふれでて踊りになるの。人や、自然や、宇宙とコミュニケートするのに欠かせないものよ。
A-2人とも、あの嵐のような60年代を先頭切って走り抜けてきたわけでしょう。オレは後追いでしかわからないけど、アートも、音楽も、科学も、そしてビートからヒッピーにいたるライフスタイルまでふくめて、世界中の若者がそれまでの価値体系にノーをつきつけた。でもその後みんないっせいに波が退くように消えていきましたね?おふたりをのぞいて・・・(笑い)
J-確かにあの頃は毎日がレヴォルーションだった。みんな世界が変わってゆくものだと思っていたし、変えられると信じていた。ロイディーンは64年バークレーでフリー・スピーチ・ムーヴメントを指揮していたし、68年にボクはニューヨークの近代美術館でシュールレアリズムとダダの展覧会を組織したりした。
A-えっ、そんなこともやっていたんですか?
J-そう、ダダはフルクサスをはじめ先鋭的なアーティストに引きつがれてはいたものの、美術館が真剣に取り上げたのは、それが初めてだったね。
A-70年にホール・アース・フェスティヴァルを創始したっていうのは、とても画期的でしたよね。それまでベトナム戦争反対や、世界平和って、あくまで人間の間だけで考えられていたものを動物や植物をふくめた生物圏として、地球全体の共存まで意識が広げられていますね。
J-そうだね。あれだけたくさんの人を巻き込んだのは、みんなの中にそれを未来につなげていこうという意識があったからだろうね。最後の5日間はデイヴィス校のキャンパスを占領して、様々な催しが行われた。言ってみれば、ウッドストックのエデュケイショナル版ってとこかな。(笑い)
A-そこでアメリカ先住民(インディアン)のトニー・シーラーに会うんですよね?
J-彼はボクに2つの重要な示唆を与えてくれた。そのひとつはマヤの聖なる暦<ツォルキン>のことだ。専門的な説明は省くけど、13の数字と20の象徴からなる260日のツォルキンは、易の64パターンからなる卦と、DNAの塩基の64パターンと密接に結びついていて、時間と生物学、時間と惑星の関係を解きあかす鍵となったんだ。
そしてもうひとつはケツァルコアトルの預言だね。
ケツァルコアトルは<羽毛の蛇>という神話上の神でもあり、10世紀末に実在した預言者の名でもあるんだ。その預言というのは<13の天国と9の地獄>というもので、843年から始まり、1サイクルが52年で、13サイクルの天国が終わるのが1519年。それは正確にヨーロッパ人の征服者がメキシコに到着した時期なんだ。それから始まった9サイクルの地獄が終わるのが1987年の8月16、17日。
ボクはロイディーンといっしょに何年も前から、その日に向けての準備を始めた。アメリカ中を飛び回り、世界中の人々にこの預言を伝えていったんだ。
それは14万4千人の<目覚めた太陽の踊り手たち>がその日の朝に太陽に挨拶すれば預言が成就したしるしとなり、人類は新しい位 相へ入ってゆく準備を、始めることが出来るというものなんだ。このようにハーモニック・コンヴァージェンスは成功を収め、実際にその年から冷戦の壁が崩れていったよ。
A-87年はオレにとっても重要な区切りとなる年でした。生活費を稼ぐためソーホーにあるマクロバイオティック(桜沢如一らが提唱した自然食運動)のレストランで働いていると、まわりのみんながしきりにハーモニック・コンヴァージェンスについて話していたのを憶えています。
アンディー・ウォーホルが死に、ひとつの時代が終わったような気がして、オレは長年住み慣れたニューヨークを去ったんです。ウォーホルがお金をそのまま作品にしたのは、とても象徴的な皮肉だったでしょう?
L−そうね、今では作品の内容に何の関係もなく、売れるか売れないかという金銭的な値段だけでその価値がきめられているわ。
日本の保険会社がヴァン・ゴッホの「ひまわり」をすごい金額で買ったけど、陽も射さない牢屋みたいなところに閉じこめられていたんじゃ、ひまわりだって枯れてしまうでしょう?
J-アーティストが絵に自分のサインをし始めたのは、グレゴリオ暦が制定され、時計が発明された頃からなんだ。9の地獄の始まりの頃だね。アーティスト達は共同体からも、自然からも、創造の源である宇宙からも、つながりを断たれ、どんどん孤独になっていった。それでも彼らは必死に戦い続けたんだ。もし彼らがいなかったら、社会はもっと早く発狂していたかもしれない。
A-自分のつたない体験から言っても、小説にしろ、美術にしろ、いい作品っていうのは<向こうからやってくる>って感覚があります。何か大きな力がどこからかやって来て、自分をマリオネットかなんかのように操ってペンや筆をとらせる。作っている最中は意識不明、終わったときはポルターガイストに部屋を荒らされたみたいになっていて、目の前に作品ができあがってる。あれっ、これ誰が作ったの?って・・・(笑い)
L-さすが縄文人。(笑い)
J-アートは時間っていう神からの贈り物なんだよ。自意識や優越感やエゴを捨てて宇宙のリズムに体を合わせていけば、もっともっとたくさんの贈り物をもらえるはずさ。そしてもっともっとたくさんの人や自然ともつながっていけるんだ。ユナイテッド・カラー・ベネトンとは反対のやり方でね。(笑い)
ボクたちも自分たちの生活を通して実験しているんだ。いかに金銭至上主義から離れて生きていけるかって。
ボクたちは社会で言う職業を持っていないし、税金も払っていない。
A-オレも、オレも払ってないです!(笑い)
J-クレジットカードも、生命保険も、定住場所さえ持ってない。
A-オレも、オレもないです!A倉庫もあと1週間で取り壊されるし。(笑い)
J-引っ越し先は?
A-いや、ホントに決まってないんです。でもお二人に会えて、自分の貧乏に自信がつきました!いや、人生にというべきかな?
L-なんだか私たちAKIRAに、悪い影響与えちゃったのかしら・・・(笑い)


今回ふれることが出来なかった<ドリーム・スペル><テレクトノン><20の銘板>など重要な知恵がもっともっとあるんだけど、オレのつたない説明より、直接彼らの本にふれてくれ。そして何よりも<13の月の暦>を使ってみてくれ!

「時空のサーファー」ホゼ・アグエイアス著 高橋徹監修 小学館
「新しい時間の発見」ホゼ&ロイディーン・アグエイアス著 高橋徹編訳 風雲舎

「アルクトゥルス・プローブ」ホゼ・アグエイアス著 高橋徹訳 たま出版
「マンダラ」ホゼ・アグエイアス著 青土社
「マヤン・カレンダー」高橋徹著 VOICE
「銀河文化の創造」高橋徹著 たま出版
「マヤの宇宙プロジェクトと失われた惑星」高橋徹著 たま出版

「13の月の暦」は神田の「ガイア」や西荻窪の「ホビット村」などで買える(1000円くらい)。ふつうのカレンダーと併用になってるし、不便はなし。まじでマヤ暦使うとシンクロふえるよ。
ヤフーで「13の月の暦」を検索したところ、952件もあるのにはびっくりした。あんまりありすぎるので、自分でサーフィンしてください。


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