DEAD END STREET結成

DEAD END STREET(通称DES)という名前はオレがつけた。
交通標識で『この先行き止まり』ってやつだ。
ウィリアム・バローズの『トルネイド・アレイ』でこんなフレーズがある。
「オレたちは夜明けとともに出発した。どんづまりの路地DEAD END STREET をめざして」
「カオスですよカオス!すべてはカオスから生まれるんです!」
哲学者イケちゃんが口から泡を飛ばして熱弁をふるう。カーサ石神井に集まってくるアーティストたちは、朝まで熱く語り合っていた。
若いアーティストたちは金がないから、なかなか作品を発表できる場所がない。逆にコマーシャリズムって言う甘いエサにつられてデザイナーになると、自分が本当に作りたい作品ができない。それぞれが同じ悩みを抱えて孤立している。この袋小路に追い込まれた文化状況に少しでも風穴を開けるたかった。
「いろんなジャンルのアーティスト集めて、全部いっしょにやっちゃいましょう!」
「でもギャラリーやスペースを借りる金がねえぜ」
マサがキラキラお目々を輝かせる。
「ストリートでやっちゃおうよ。ヘンリー・ミラーだって言ってるよ。“ストリートにはすべてがある。もしストリートにないものがあるとしたら、それはニセモノだからだ”って」
「そうと決まったら早い方がいいな。一週間後の正月ってのはどう?」
吉祥寺に人通りの多い名物ストリートがある。そこは丸井の間から井の頭公園へとぬ ける道で、イケちゃんが働く飛行船のビルは正月には全部休みになるのでそこが使える。
プロデューサーに任命されたイケちゃんは、中道通り商店街にあるあれ屋これ屋で中古のアンプとマイクを買ってきた。

1993年1月1日、夕方6時に決行した。
凍りつきそうな雨がオレたちの勇気まで縮こまらせる。ましてや元旦の夜に井の頭公園に行く人通 りも少ない。
「こりゃあ無理だよ。やっぱ暖かくなるまで待とうか?」
オレたちは何度も中止、いや延期を話し合ったが、哲学者が吠えた。
「今やらなかったら、永遠にできないんです。明日車にひかれるかも知れないし、大地震が来るかも知れない。人間も宇宙も1秒だって同じ姿を留めていないんです」
「オレもイケちゃんの意見に賛成だ。この最悪の状況でしかやれないものをやろう!」
正面の壁にはオレがカーサ石神井で描いた縦2メートル横4メートルの巨大な油絵が飾った。中央に赤い男女がファックし、羊膜に包まれた無数の胎児がピラミッド状に積み上げられている。右手には緑色の男が逆さ吊りにされ、左手には青色の女が座りこみ脳波を計測されている。
オレはギターをかき鳴らし、「情景」という曲を歌い出した。

ドンづまりの路地のポルノ映画館で
3メートルのプッシーに飲まれそうになりながら
思い出してる
ブロンドの娼婦を股にはさみながら
なぜか涙流れるのを止めることができずに
思い出してる
 金の嘴が翼広げて、オレの肝臓をついばみに来ても
 めぐりくる夜が癒してくれるよ
 壊れたビルさえ、壊れた胸さえ、壊れた時さえ
聞こえてくる君の歌が
聞こえてくる君の歌が
聞こえてくる君の歌が
When I lost it all

鼻を突くアンモニア、タイルのはげたトイレで
噛み合わぬ前歯と震えるひざ抱きながら
思い出してる
雨ざらしの自転車、錆びついた車輪は
2度と軋むことのない深いまどろみの中で
思い出してる
銀色の爪が闇をくぐって、オレの背中を引き裂きに来ても
 降りだした雨が濡らしてくれるよ
 乾いた道さえ、乾いた口さえ、乾いた愛さえ
聞こえてくる君の歌が
聞こえてくる君の歌が
聞こえてくる君の歌が
When I lost it all

街に続くレールは曲がりくねり、か細い川をよぎり
輝く水面の岸辺にたち影はずっと手を振ってた
 赤い悪夢が喉をかき切って、オレの眠りを揺り起こしても
 降りしきる雪が隠してくれるよ
 汚れた街さえ、汚れたシャツさえ、汚れた夢さえ
聞こえてくる君の歌が
聞こえてくる君の歌が
聞こえてくる君の歌が
When I lost it all

遠い情景は深く澄んだメロディー
少し微笑み浮かべて、耳を澄ませて
瞳を閉じる

パラパラと拍手がおこった。2、3組のカップルが人の立ち止まって見てくれる。若井カンナがアメリカの路上で撮ってきたスライドが、丸井の巨大な壁面 に映し出された。アスファルトのひび、踏みつぶされた缶などが、繊細な光りに切りとられている。
そこへ上野公園の怪人麻生雅彦が、白塗りに女性用の着物で『歌謡舞踏』をはじめる。この気色悪さに人が集まってくる。麻生さんは大喜びで街路樹によじ登り逆さにぶら下がったりするから、見ているこっちの方がドキドキする。
マサのヴィデオ作品が2つのテレビモニターから映し出される前で、石黒三平の南京玉 すだれがはじまる。三平さんは伝統の大道芸で食ってるプロ中のプロだ。
「さて、さて、さては南京玉すだれ」
マサの前衛的な抽象画面と古典芸能の組み合わせが面白い。もう20人ほどの人垣ができている。
トリをつとめるのはパントマイム界の若手ナンバーワン、神雅喜だ。彼はダムダム団という3人組でテレビのレギュラーもやっていたし、毎年渋谷のジャンジャンでソロ公演をおこなっている。今回の出し物は『白鳥の湖』だ。もちろんパントマイムの無言劇なので、設定をご紹介しよう。真っ白なスーツに身を包んだヤクザ風の男が公園のベンチに腰を下ろすと、何やら忘れ物らしい紙袋がおいてある。男は「ふん、関係ねえぜ」って感じで無視するが、気になって中をのぞいてみる。とりだした白いカチューシャを付け手鏡を見ると、けっこうイケてる。男は自嘲しながらも白いスカート、レオタード、タイツを身につけていき、最後にトウシューズを履いた瞬間、チャイコフスキーの白鳥の湖が大音響で流れる。男は完全に自己陶酔しながら、白鳥の湖を舞う。かけつけた警官に手錠でひっぱられながら、(もちろんパントマイムのひとり芝居)瀕死の白鳥に合わせつま先立ちで消えていった。
30人ほどにふくらんだストリートに大きな拍手がまきおこる。ついにDEAD END STREET はストリート・デビューを果たしたんだ。オレたちはタオルでビショ濡れになった頭をかきまわしながら、冷たいビールで体を温めた。
怒りの柔術使い

「田中満知子って知り合いからDM(ダイレクト・メール)がきたんだけど、現代美術協会ってのが公募展をやるそうだ。審査員には横尾忠則とか、あのマーク・コスタビが来るんだって」
ニューヨーク時代のジャンキー&ミュージシャン仲間ター坊から電話がかかってきた。
コスタビがまだファーストアヴェニューにあるデリカテッセンの看板を描いてた頃、路上で立ち話したことがある。「これはじじいたちがやってる権威まみれの公募展じゃないらしい」と思って出品してみることにした。
池袋芸術劇場にある展示室は広くて、大画面の作品がゆったりと飾られていた。もちろんそれは会員たちの作品だ。
明るい草色のキャンヴァスに“鼻”がたくさん並んでる作品が目についた。荒っぽいタッチと相まって、不思議なユーモアをかもし出している。作者のプレートには田中満知子とある。
「変な絵でしょう?」
近くにいた女性がいきなり声をかけてきた。
「変だから面白いんですよ。作品ってのは変じゃなくちゃいけません。ところでこの作者今日来てますか?」
「あなたの目の前にいますよ」
ぽっちゃりとしたミルク色の肌に、うるんだ瞳が笑ってた。舌ったらずな話し方で、今度六本木にダイダイエマニエルというギャラリーをオープンするという。彼女がのちにDES のゴット・マーザーとなる、運命の出会いだった。
そろそろ公開審査がはじまる。会場は100人近い公募者でうまり、早くも熱気を帯びていた。この中から3人が選ばれ、優勝者はニューヨークで2週間のアートツアーに招待される。
横尾忠則やコスタビをふくめた5人の審査委員の中に、偉そうにふんぞり返った審査委員長がいた。今井俊満という日本の現代アート界の大御所だという。彼はパリでアンフォルメルという抽象絵画運動に加わり、幽玄からとったユウゲニズムとかいうものを提唱したという。作品は刺繍された着物の生地をキャンヴァスに張って、銀色の絵の具をはねとばしたものだった。細身の顔にちょび髭をはやし、紋付き袴で腕を組んでいる。どう見てもアーティストと言うより、柔術使いだ。
一枚ずつ公募者の作品が審査委員に見せられ、批評をもらう。作者は立ち上がり短いコメントを言ってもいいことになってるのだが・・・
「ぜんぜんだめだね。こんなマスターベーションな作品じゃ、他人に見せる価値ないね」柔術使いが言う。横尾さんやコスタビはわりと好意的な批評をするが、必ず柔術使いが口をはさんでこき下ろす。
「君は早く結婚して、子供でも作った方がいいよ」こう言われた女の子は泣き出してしまった。若いアーティストたちは大御所から批判される恐怖と怒りで、コメントが言えない。ひと言でも言い返したやつは、10倍になって反撃されてしまった。
「君は才能ないから、アートなんかやめた方がいい」オレのとなりで知り合ったトクは、真っ青な顔をして震えている。彼女はこんな暴言を吐かれるためにわざわざ京都から来たんじゃない!
さすがのオレも、キレた。
オレの順番はずっとあとだが、手をあげて立ち上がった。
「審査委員長に言いたいんですけど、これらの公募は若い才能を伸ばすためにあって、つぶすためのものじゃないはずです」
いきなり会場から大歓声がまきおこった。これにはオレの方が驚いたくらいだ。司会者や主催者側はあわてふためいている。
「才能があるかないかなんてあなたが決めることじゃない。それともあなたは自分を神かなんかのつもりで・・・」
「おまえは誰に口をきいてるんだ?黙りなさい!」
柔術使いはスチームケトルみたいに湯気を噴いた。
「ちょっと待った。オレはまだ話し終わってない。会話というのは人の話を聞き終わってから話すものです。あなたこそ人間の基本的なコミュニケーションから学び直した方が・・・」
柔術使いは椅子を後ろにけ飛ばして立ち上がった。会場は口笛やらブーイングで騒然となっている。コスタビが何がおこったのかと通 訳に聞いている。しかし明らかに通訳は、あの暴言を伝えていない。コスタビは自分にも話させてくれと、マイクを持って立ち上がった。オレは直接コスタビに、柔術使いの言葉を正確に伝えた。オレとコスタビが平静に会話していると、また柔術使いが割りこんできた。
「わたしたちが英語がわからないと思って、誹謗中傷しているな!」
横尾さんがなだめるが、柔術使いはその腕を振りほどいた。
「主催者の方に提言します。今すぐ審査委員長を解任しないのなら、オレが出ていきます。そして、もう二度と現代美術協会には応募しません」
主催者はパニクリながらも、必死に“大先生”を弁護した。オレは何も言わず『天使の首つり』の絵を持って会場を出た。ロビーで一服するオレのまわりにたくさんの連中が集まってきた。
オレたちは近くの養老の滝で熱い気持ちを語り合った。田中満知子やのちにDESの主要メンバーとなる早川星太郎、相原ヤスもいた。
「甘いエサにつられていったオレたちがバカだったよ。おっさんたちの権威に引っ張り上げてもらおうなんて虫が良すぎたんだ。たとえ遠回りでも自分たちの100%納得いくやり方でやらなくちゃいけない」
オレたちはまだ興奮していた。生ビールの勢いも加わって、もう恐いものなしって感じだ。甘いマスクに黒縁メガネをかけたスターボーイ星太郎が提案する。
「人類滅亡をテーマにして、インディーマガジンを作ろうよ。アメリカのROWマガジンみたいなやつ。いろんなアーティストたちに文章やマンガを描いてもらってさ、小さなオブジェとかをおまけにつけちゃうんだ」
独特のユーモアセンスを持つヤスが、小さな目をしょぼつかせて言った。
「世界征服のためには、まずグループ展ですよ。印象派だってダダイズムだって落選展からはじまってるでしょう」
ゴットマーザー満知子が爆乳をゆすって言った。
「あたしにまかせといてちょうだい。まずはAKIRAに、うちのギャラリーで個展をやってもらうわ。グループ展は広い会場が必要だけど、西麻布にもとディスコだった廃墟があるのよ。地下室だからライヴもできるわ」
「うおー!世界征服のためにカンパ〜イ!」
こうして革命ゲリラたちはダイダイエマニュエル・ギャラリーを拠点に地下活動を開始した。

そのころカーサ石神井の取り壊されることになった。
マサを見送るために、オレと池ちゃんは目白通りに立っていた。
マサは引っ越しと呼ぶには少なすぎる、旅行と呼ぶには多すぎる荷物を持ってヒッチハイクさせてくれる車を待っている。
マサは『戦艦ポチョムキン』などで有名なエイジェンシュタインが作ったロシア国立映画学校に願書が通 り、モスクワへと去っていった。

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