神の肉テオナナカトル 感想集

 突然の父の死。
 父の暴力によって幼少から植えつけられた恨み、トラウマ。死んだ父親さえ憎みつづける自分が、どうしようもない無能者に思えた。しかし死者をあの世から連れもどせるわけはない。……まてよ。ひとつだけ方法がある。メキシコのマサテク族は何百年ものあいだ神の肉テオナナカトルを喰らって、あの世と交信してきたという。父がこの世にもどれないのなら、僕があの世を訪れるしかない。
 死者の国メキシコが僕を呼んでいた。
60年代には、神の肉を求めてメキシコの山奥にある村に世界中の人がつめかけた。ビートルズはリンゴ・スターの誕生祝いにとヘリコプターで乗りつけ、20年後のジョン・レノン暗殺を預言される。ボブ・ディランやローリング・ストーンズ、ティモシー・リアリーがこの村に集まってきたのだ。僕は致死量と言われる神の肉を食らい、あの世へ通じるドアを開けた。
 人間の意識はどこまで拡大できるのか?
 家族とはなにか?
 切実な痛みをかかえ、メキシコを舞台に激辛の愛を描きつくした自伝的冒険小説。
 AKIRAがたどり着いた最新の境地。
 めるくまーる。 1600円。
序章  父の殺害

ニューヨーク     行方不明
日光         犯人の帰郷

第一章 アステカの生贄

メキシコシティー   生贄の都
コヨアカン      血まみれの自画像
テオティワカン    人が神になる場所
アレーナ・メヒコ   アナタ、バカモーノ!
グアダルーペ     世界三大奇跡

第二章 ペヨーテの狩人

サンタ・イサベラ   救世主
ウィリクタ      聖地巡礼

第三章 マヤの予言

トゥルム       楽園の幽霊
チェチェンイッツァー 水の魔法使いの井戸
パレンケ       人類滅亡

第四章 神の肉

オアハカ       秘密の扉
ウアウトラ      死者の国
 
終章 孤独の背中
 
日光         追悼登山
レビュー
メールで感想をお寄せください。
敬称は省略させていただきます。
工藤
カタカムナでは温かいいい感じの時間を過ごせましたねー連れていってもらわなきゃ出会いもなかったわけで 普段出無精な僕にはよかったです。神の肉読みました〜前にも送ったんですが 新たに思うことは神の肉を食べて死者に会えるのなら僕も2年前に自ら命を絶った友人に会ってみたいです そして怒りますね!そいつを あれからずいぶん落ち込んで生活や音楽する力も一時めちゃくちゃ減退したので 理不尽に残された人の痛みを思い知らせてあげたいですよ なんかでも読んでみんないろんなことを抱えて生きてるんやなと 俺だけではないんやなと思いました。今許せない人などいつか許せるような心を持ちたいと思います またアキラさんの違う本探して読んでみたいと思います。
madaranov
madaranovさんのブログ「夢見るきのこ」より転載。

 杉山明著の『神の肉(テオナナカトル)』はドライブ感溢れる文体とポリフォニックなプロット構成により読むほどに心がほどけていく不思議な感覚に満たされる。作者とはほんの10分ほど立ち話をしただけだったが、とても濃密な時間を分け持った印象が強く、本文の核心部分をひもとく前に手紙を出したくらいだ。
神の肉とはアスティカの人たちが精神の解放に用いたマジックマッシュルームの謂いである。きのこの世界の奥深さを興味本位ではなく著者の原体験に深くコミットするものとしてストーリー展開していくのは見事というほかない。きわめて独自な作品なので近い将来mookきのこの「自作を語る」に登場していただきたいとおもっている。
 ギャラリーきのこは本日はひっきりなしのお客さまで、女性同士、カップル、ぶらりおさんぽ風情の孤独をたのしむ男性や女性がふらりたちより、みなさん「きのこランチ」をご所望し、きのこグッズを購入して帰る。今日は毎日文化センターの若いきのこ受講生も丁度私がギャラリーへ立ち寄ったときにのぞいてくれたのでひさびさに話ができラッキーだった。また夕方早めに仕事を切り上げてそろそろクローズの手伝いにと思い立ち寄ると、常連のN君、ロシア語学生のOさん、ヴァレリーさんとアンドレイさんが訪ねてきていて、リーザさん、サーシャちゃんもかけつけ、また、アニメやポップスのことで話は尽きず結局午後9時過ぎの帰宅となった。「朋(とも)遠方より来るまたたのしからずや」の心境。人のつながりだけで生かされている人生。しみじみそう思う今日この頃である。
タク
3年前、旅に出る前の時間を埋めるように紀行本を読んでいた。
とある日、図書館でとあるオレンジ色の本に出会った。
タイトルはずばり「アジアに落ちる」
3年後その長旅で会ったナオキがメキシコに旅立った。一冊の本を手に持ってそれはそれは横浜ライブから4日後の話。
ピーンポーン「ペリカン便で〜す」ヤバい、きてしまったamazonで頼んでいたアレである。
会社の面接まで3時間・・・が、きてしまったモノはしょうがない・・・というか今すぐ読まずにはいられない。
梱包材を破くと中から真っ赤な本が出てきた。表紙はネアリカッ!
初めてみるネアリカのアップの写真に、ネアリカのボリュームをもった質感に驚く。
スーツを着てネクタイを締めてカバンに赤い本を入れて家を出た。
電車に座りながら読み出した。
と、いきなり泣きそうになった。いかん赤目で面接にいくわけにはいかねーッと我慢をする。
とラトルマンの出現で今度は電車内で笑いをこらえるのに必死に我慢する。
そう今回、「神の肉テオナナカトル」を読んでいて僕はまるで旅の途上の飛行機みたいに・・・。
唐突に機体(オレ)を巻き込む乱気流。下に持っていかれたとおもったら今度はダーハッハッハと上へ
一体次はどうなるのかわからない。Destination(結末)までの距離はページ数によって知らされていくが
一体Destinationはどこにいくのかわからない。それでも夢中で乗り続けて(読み続けて)いくと気づけば
会社の近くまで来てしまっていた。一度Transitということにして本を閉じる。
Transitの搭乗手続き終了ってことで又、赤い空へ旅立つオイラ。
先日の横浜ライブのAKIRAさんのMCでスウェットロッジの話を聞いて気づいたのはAKIRAさんの話ってまるで自分もそこにいるようなくらいのリアリティーを感じるっつーこと。
なんかスーッとはいってちゃうんですよね。
きっとソレは本でもそうでアジアに落ちるでもオラメヒコ!でも神の肉でもまるで一緒に旅をしているみたいになるんです。だから物語の終わりのほうになるともうこの旅はおわ
りなのか?おわんねーでくれと寂しくなるんです。
なんだか楽しかった旅の日々が暮れていって帰国の日が近づいてるような・・・あのかんじです。
神の肉テオナナカトルを読み終わって「ありがとう」と言いたくなりました。
ウチのオヤジとオカンに
そんなわけでありがとうございますAKIRAさん。今回のフライトも凄い良い旅だった!!
次も楽しみにしていますっ!!!
これからもガンビラキでいきまっしょい!!

TESTA DI CAZZO
「神の肉…」読みました
なんか家族のことって僕もあまり考えてなかったけど
お盆で本当に久しぶりに実家に帰ったら 親父が障害者で
母親がいい年こいてんのにサポートしてるのを見てたらなんか凄いって思った
だって三百六十五日休みなしだ
衣笠なんか足元にもオヨバナイ
生きてりゃ色々あるのにお袋は愚痴なんか一切言わない
僕もここ十年で親父と喋った時間なんて10分もないかもしれない
この本読んだらたまには帰ろうって思った
ヨウコ
「神の肉 テオナナカトル」を読みましたよ。
またもやAKIRAさんに泣かされてしまいました。
いつのまにかツーツーツーと涙が流れてました。
静かでやわらかい物語でした。
そして江戸アケミって人をずっと思い出してました。
「今が最高だ、転がって行こうぜ」と唄って自分だけ先にお風呂で溺死して向こうの世界に行ってしまった人です。
江戸アケミも「今に生きろ」と言い続けた人でした。
その「今に生きる」ってことがどんなことなのか。
最近、本当にやっとやっとわかってきました。
これ、すんごく楽しい。
とても気持ちいいです。
「人生には出会いはあっても
別れってのはないんじゃないか」
ヴァラナシで人づてに聞いた言葉です。
今も時々思い出してAKIRAさんが誰かに言った言葉が
私に伝わってきたんじゃないのかな?と思ったりします。
なんか最高です。
愛あるAKIRAさん、また泣かせて笑わせてください。
IZUMI
神の肉、初めて読んだのは数ヶ月前ですが、
かなりやられました。
先日、大嫌いな父親と5年会ってないっていう友達が
「瞑想してたらお父さんが出て来たの、会ってみようかと思って」
と言ってたのを聞いて、神の肉、勧めたんです。
数日後、ミスドで読んでて、号泣しちゃった。
ありがとう。と、メールがきました。
彼女のありがとうは、私へのありがとうですが、
本当は明さんへのありがとうです。
誰かが精神的にらくになるっていうこと、私は繋げ役ですが、
そんなことが最近多いから、自分の役目なのかも、と思ったり。
いつか、マネじゃなくってオリジナル、自己表現の手段として
文章を書くこと、写真や絵、なんでもいーんですが、
発散できるようになっていきたい、と、まだまだ模索してます。
一体いつ、動くのだろう、動いているようで動いていないと
自分では思う。自分を持て余している、と人に言われたことが
あります。女としての情念、野望、そして破壊的な憧れ、動的。
でもねっこは男に強さを求めている。と。
神の肉を読んだとき、
高校生の頃、美輪明宏の発言に感動した感覚に似てました。
ただ美輪さんは遠いところにいる感じがするけど、
明さんはもっと身近な感じを受けました。
本に出会えたこと、感謝しています。
ありがとうございます。
アヤコ
以前よりサイトの日記を読ませていただいて
いつも心の奥にずんずんと感じていました。
テオナナカトルは私もアルコール依存の父を
憎み
愛し
昨年 父を亡くしたばかりだったので
本を読みながら
涙が止まりませんでした。
父を許すのではなく
私はやっぱり
父を愛していたなあと改めて感じた。
ピリカ

 友人から、アイヌモシリの一万年祭のフリーペーパーを貰い、それにテオナナカトルの紹介があり、プラス・AKIRAさんが出版する際の打ち合わせで、おなかを空かしていったエピソードを読んで、この人いい人だなあ・・・と思ってそのままAKIRAMANIAを開きました。
 それから今日まで、ほぼ毎日AKIRAさんの日記を職場で読み、あー早くアヤワスカ!読みたいな、と思いつつamazonでは取り扱って無かったりして、今は読む時期じゃないのかなあ?
なんて思っていた矢先、テオナナカトルが書店で目に入りました。
 JUNO REACTORに行った次の日で、本当は何か映画でも見ようかと思ってたのですが何となく、あ、テオナナカトル買おうと思い、そのまま体は日本に置いたまま、メキシコにつれてかれちゃいました。
 何なんだろう?何なんだろう?
 と、読み進める毎に自分に息苦しく問い掛けている自分がいて、
 マリア・サビナの出現により、だんだんサイケな世界から、
 白く・尊く光る中に吸い込まれていく感じがしました。
 父親に対する愛の裏返しとしての憎悪の塊・母親に対するやるせなさの裏返しとしての諦めや・流行のニューエイジへのメッセージ。
 結局、愛するしかできない。
 むしろ、愛することがすべてだった。だから、憤った。旅した。メキシコまで来た。
 愛がなかったら、できないことで実は溢れているのですね。
 地に足を着けていながらも、トリップの情景があまりにも混沌としていて
 美しく、
 誕生日おめでとう!
 自分に、ありがとう。
 産まれてきて、ありがとう。
 旅は、終わらないですね。
 まとまらない文章で、しかも長くなってしまい、すみません。
 今年、絶対一万年祭は行くことにしていて
 何となくBURNING MAN行くことにしていて、
 何となくインディアンに会いに行こうと思っていて、
 絶対南米は行くぞ!
 と思ってたので、AKIRAさんとの出会いを大切に、
 次に繋げていきます。
 ありがとうございます。
 お体に気をつけて、また素晴らしい世界のかいまを色んな形で私達に見せてください。

美歩
こんなにもアガいてたんだね。愛したくて愛されたくて、許したくて許されたくて。
私が知ってるアキラさんはもう世界を知ってて愛に満ちてて完璧で全然追いつけない「すごく大きな存在」だといつの間にか思ってたよ。
でも全然違ってた。まだまだ不完全で成長の余地のある私と同じ人間だったんだね。
アキラさんだけじゃなくてジョルジュもナラもラトルマンもみんなそうだったよ。
あぁ私と一緒だって思った。
もう本当は愛してること愛されていること、許していること許されていることにみんなが気づいたとこは、やっぱり泣けてきたよ。
でもね、これはアキラさんの物語で、当たり前だけど私の物語ではなくて。
だからどっか違うって思ったというか。
私はまだ愛されることも許されることもなんだか実感が無いんだと思う。
そういうとこが理解できてないんだと思う。だからこの本はもぅずっと前に読み終わってたけど、いろんなこと考えちゃって簡単に「感動したよ」ってメール打てなかった。
まあアマゾンレビューにだすような文章書けないよって萎縮してたのもあるけど。でもイワセユウコちゃんに現時点で思ってること自分の言葉で素直に書けばいいよって背中押されて、あ、そっかぁとか思って。メールしました。
あと、歴史を良く知らないのでマヤの歴史とメキシコの歴史がごっちゃになってよくわからんくなっちゃったりもしたけど。
とりあえず、まだまだアガいてればいいんだなぁって教えられた気がする。
どうしようもなくクズで駄目な自分にへこむことばっかりだけど。
アガいてアガいていつかクズなりに空見仰いでやるって思ったよ。
アキラさん、ありがとう。
はじめまして。26歳東京在住です。
「神々の肉テオナナカトル」読みました。面白すぎて2日間でよみました。
僕もメキシコにすんでた時期があってキノコはパレンケで食べました。そのときの
気分とシンクロしてなんだか不思議な気分になれました。何キノコかわからないですけど
細おくて牛の糞のような味がしました。天地がひっくり返って目ん玉がぐるぐるまわりだして宮殿が極彩色に染まってひとりで遺跡の中に座ってました。はき
ました。僕は確か20株くらい食べてました。またいきたいです。
 シウダデラのウイチョールのおじさんに軽い気持ちでペヨーテのことを聞いたら
すごい不機嫌な顔になったのを覚えています。ほんと馬鹿です。恥ずかしいです。
でもいつか真摯な気持ちでレアルデカトルセに行ってみたい。
僕はこの本をメキシコガイドブックとして友達に勧めています。フリーダのこともディエゴのことも普通はふれないトロツキーのこともよく調べられてるなあ
と思いました。これ読んだらメキシコ行きたくなりますよ!つくづく不思議な国だと感じるはずです。
ラトルマンの適当さなんてホント、メヒカーノを象徴してますよね。
でもなにより、物語が面白い。これにつきますね。とっつきやすいし読みやすい。でも決して簡単とか中身が薄いという意味ではないです。むしろ深い(勉強
にもなるし)。まるで自分がすぐそばにいるかのような感覚というと比較的正しいかもしれないです。
実はこの本はいまガーナにいる友達(日本人ですが)が今一番読みたい本で、
「すぐ送ってくれ」といわれているんです。彼は明さんのアヤワスカを読んでたいそう
感銘をうけたそうです。僕も遅ればせながら読ませていただきます。
りん
AKIRAさんの”神の肉を読んだ。
すごい、すごい、すごい、
わずか2二日で読み終えてしまった。
あたしにしてはめずらしく、すごく引き込まれ、
そしてすごく心が動揺した。
今のあたしにはとても辛くもあった。
AKIRAさんのブログにトラックバックしたら、
なんと、本人から直メールを頂いてしまった。
”感想送って下さい”
ひゃー、マジですか!
困ったのだ、
だって、あたしの心はぐちゃぐちゃで、頭の中で答えが見つからないのだ。
それは迷いがあたしの中に沢山あるからかもしれない。
真っ直ぐなAKIRAさんの言葉に、素直にうなずけない自分がいるんだ。
なんども読み返し、言葉をインプットする。
気になった箇所に赤線を入れる。
でもこたえが出てこない。
こたえ、こたえ、こたえ、
ここ数日そればかり考えている。
AKIRAさんのブログに何度も目を落とす。
AKIRAさんの作品に何度も目を落とす。
AKIRAさんが選んだリンク集に何度も目を落とす。
AKIRA、AKIRA、AKIRA、AKIRA、AKIRA、AKIRA
ごめんなさい、
今のあたしには感想が書けない。
こたえが見つかるまで、待ってほしい。
とりあえず、
しばらくAKIRA漬けの日々が続きそうだ....。
亀亀
「神の肉」再読中です。面白い面白い、だって一度読んだから。
「伝えたいこと」もっともっと読者に伝えたいから。何度もいう、名作です。時代が生んだ名著!最終章から。
 父よ
 永遠に追いつけぬ孤独な背中よ
 父よ
 永遠に僕を見守る孤高の背中よ
 再読でもハラハラ、ドキドキするとは、たまりません。若者よ、読みなさい。
「たよれる運転手ラトルマンがお客様の安全をお守りします」なんだか主人公と一緒に旅すること
にドキドキしております。本当にすごい小説があったもんだ。アキラさん、ありがとうね。
ちーぼー
「神の肉テオナナカトル」、昨年末に地元の本屋さんで発見。
大晦日から年始にかけて、じっくりと読みました。
すぐに感想を書こうと思っていたのですが、
ここ1年のいろんな気持ちが湧きあがってきて、
なかなか言葉になりませんでした。
「神の肉」を読んだ後に思い浮かんだのは、
やはり自分の父のことでした。
昨年の5月、9年間に及ぶガン治療の影響なのか、
大動脈瘤剥離で緊急入院した父。
危篤状態になって病院にかけつけた時。
ベットのシーツに飛び散った血、
うっすらとした瞳の光、
そして、ひんやりとした温もりの手を握った瞬間。
自分を愛してくれる人がいなくなっちゃうんだ…
父の愛情の大きさを初めて感じた気がしました。
抱きしめてくれる人がいなくなる寂しさ。
抱きしめ返せなかったことへの後悔。
なにもできない自分への苛立ち。
こころが空っぽになって、
やがて感じたものは、
抱きしめてほしい、
愛してほしい、
という気持ちでした。
でも、初めて自分でキャンパスに下書きをして、
ネアリカの作品を作って完成した時から、
ちょっとずつ気持ちに変化がおとずれました。
最初は、自分で作ったネアリカが、
自分の欲求の象徴みたいな感じがして、
見たくもない、触りたくもないという時期もあったけれど。
沖縄で久高島の海に入って…
「神の肉」を読んで…
本当は「〜してほしい」ではなくて、
わたしが求めていたのは、
「抱きしめたい、愛したい」だったんだと思いました。
愛されているという実感があるから、
自分の中に愛が生まれる、ではなくて。
わたしの中にも、みんなの中にも、
その前から、すでに愛があるんですよね。
「愛して、抱きしめて」と相手に求めることよりも、
「あなたを抱きしめたい、愛したい!」と叫んでいた方が
わたしらしいんだな、ということに気付けたこと。
父からのでっかいでっかいプレゼントでした。「神の肉」で涙が止まらなかった部分は、
“父よ 永遠に追いつけぬ孤独な背中よ”で始まる、
最終章「孤独の背中」にて綴られている詩でした。
数年前に愛猫のミィーが死んじゃった時、
母はミィーの亡骸を抱きしめていたけれど、
わたしは目を背けて、
愛する者の最期の姿を
抱きしめることができませんでした。
そして、ずっとずっと、
その時の自分の弱さを悔やんでいました。
今現在、父はパチンコでバイトの日々を楽しみつつ、
北海道旅行へ行けるぐらいに回復をしています。
危篤状態の時、抱きしめることはできなかったけれど、
やせ細った手を握ることだけはできました。
これから先、いつかはきっと最期がやってくるけれど、
その日を迎えた時には、
愛する父を思いっきり抱きしめるぞ!って、
AKIRAさんの詩を読んで、そう思いました。
愛する人を抱きしめたいという気持ちは、
恥ずかしいことでも、
照れくさいことでも、
怖いことでも、
全くないんですよね。
まとまりのない感想ですが…
「神の肉」に出会えてよかったです。
どうもありがとう、AKIRAさん。
フジ
 カナダにいるフジです。年末年始は日本へ一時帰国していました。
 帰国した翌日に、楽しみにしていたakiraさんの新作の2冊を 購入しに行きました。
 僕の地元は田舎なので、残念ながら取り寄せ扱いになりましたが、 いずれにしても手元に来る日を楽しみにしていました。先に書店から連絡が入ったのは「神の肉 テオナナカトル」でし た。
いつか他の方も同じような内容があったかと思いますが、我が家で も面白いやり取り(僕が勝手に楽しんだだけですが・・)がありました。
 普段は家にいる母に、書店から連絡がある旨を伝えておきました。 2冊同時ならともかく、先に着いたのが「神の肉 テオナナカト ル」だったので、家の母は「テオナナカトル」がうまく聞き取れなかったらしく(当然と言えば当然ですが)、 「ねえ、あんた本屋から神の肉なんたらかんたら
っていう本が届いたって連絡あったよ。」
 僕「あ、そう。」 そのときはそれだけの会話で終わりましたが、長らく家を出て海外 で暮らす息子に対し、明らかに宗教関連の内容の本を息子が注文しているのでは・・という疑い、また海外 で変なことに関わっているんじゃ、でも聞けない・・という雰囲気が伝わってきました。
 次の日、なんでもない会話の際に「そういえばさあ、昨日の本って 小説かなんかの本?」と、さりげなく聞いてきました。
 やっぱり気にしていたんだ・・と思いつつも、僕もいちいち説明す るのも面倒くさかったので、簡単に「そうそう、メキシコ関係のね。」といいましたが、それだけでも安心したような顔でした。
 とにもかくにも帰国中に2冊の作品を読み終えました。
 読む人の心理状態や環境によって、この2冊の感想は違うと思いま すが、僕が読んでいる最中、そして読み終えてからの感想、というか感覚は「神の肉 テオナナカト ル」については、作家、そしてアーティストakiraとしての経験・知識・表現が活字として情景を読み手に 鮮明に伝えている作品だなあ、ということでした。 それもじわりじわり、要所要所に、という感じです。
K・S
 神の肉取り寄せまして、昨夜、一気に読んでしまいました。
 この年になって、本を途中で置かないで読み終えることができたことに驚いています。夜半になっても、本を置くことができませんでした。
 読みながら、心にグサグサと突き刺さる刃と、突き刺さる私の心の何かを解き放つものが、行間から声をかけてくれたような思いがしました。
 父との葛藤、母への思い、フラッシュバックされたakiraさんの思いは、全く私と重なるものでした。
 今、この感想文を書いていても涙がでてきそう。
 53歳。熊本で「私がしたいこと」を何十年かして参りました。
 親の元から離れたい。二度とあなたの「指図」は受けたくないという決意で18歳の時親元(大分)を離れ、熊本へ出てきたものの、いざとなると自立とは程遠い人生を歩んでいたゆえ、
何をしていいのか分からない、何を目指せばいいのかわからない。判断力もない、という「危うい」20歳代でした。
 30歳過ぎて子どもを産み、熊本で家族を作り、父との距離を保っていた(互いの違いが認識できていた)と信じていたことが、今回の父の病気で、一気に(互いの認識が幻だったことを知ら
された)崩れたような気がしています。
 父とトコトン向き合い、とことん互いの違いを認識するまでぶつかって来なかったゆえ、今こういう事態になっているのだと、「神の肉」を読みながら、自分の来た道を思い返しております。
 「若い頃から、あなたが嫌いだった」という思いが、53歳になった今もなお続いていることを思い知らされる。今もあなたが嫌いだ、という心の声を認めたとき、愕然としました。
 akiraさんが、あなたから殴られた。母を苦しめた父。妹を泣かせた父。と書いてありますが、それでも父を認めよう、受けとめようと心を昇華させたメキシコの旅を、私も神の肉を読むことで追いかけていきたいと考えています。
 整理出来ないままですが、16日からまた大分へ帰ります。
 でも、神の肉を読んだ今、きっと何かが起きることは信じられそう。
 akiraさんとどこかで繋がっていることを信じられたから。
 ありがとうございました。
ジャー・ヒロ
 三日前から読み出した杉山明(AKIRA)兄いの新作「神の肉(テオナナカトル)」をようやく読み終えた。
 亡くなったお父さんに捧げる鎮魂歌のような作品で、最後の長い父親への求愛の唄のような長い詩は涙なしでは読めなかった。
 子供心で抱いていた暴力の権化としての父親の、今まで見過ごしてきた愛情や思いやりや人生の苦悩がメキシコのシャーマンの下でのマジック・マッシュルームによる神秘体験を通じて現われてくる場面は感動的だった。
 誰もが抱いているに違いない肉親、特に親との距離感は、ある意味、親が生存中には埋められないものかも知れないなあ、とも感じた。そしてAKIRAさんの極私的愛憎の物語であると同時にとても普遍的なものも感じた。それだけ彼の心の旅が深いものだったからだろう。
 土俗的な世界を色濃く残しているメキシコを舞台とする家族再生の物語を読んでいると、無性に彼の地に行きたくなった。恐らくこの小説を読む多くの人々が同様の思いを抱くことだろう。
 裸で生まれ孤独に死ぬ人間にとって家族がいかにかけがえのないものであるかをAKIRAは教えてくれた。そしてどんなにひどい暴力を振るう人間の心の中にも、暖かい血が流れ、人を愛する心が潜んでいることを教えてくれた。
 病んだ心を多くの人々が抱える現代日本で、このような小説こそが必要とされている。
 AKIRA、感動の三日間をありがとう!
 皆さんも「神の肉(テオナナカトル)」を是非読んでみてください。笑って泣いて仰天して感動する大力作です。
Eliot Akira Peterson
この本「神の肉テオナナカトル」は旅の記録だ。著者は子供の頃に刻み込まれた深い心の傷を癒すため、亡くなった父親との魂胆の和解を求めて遠いメキシコに渡る。歴史や記憶を遡ったり、悪夢にうなされたり、インディアンの賢人に導かれてサボテンやキノコを食べたりして、生死の境、善と悪、愛と憎しみといった白黒の交差模様のチェス盤を映した鏡の中の世界で体験した癒しの旅の記録だ。

まず文章に色彩がある。懐かしい匂いや異国の香りがある。傷からぽたぽた落ちた血の跡もページをめくるにつれて発見される。そして話の流れに身をゆだねたとき、所々に散らばめられた宝石の様に輝く純粋な真理に心を奪われる。美女が出現したり美味しそうな食べ物が盛り沢山出て来て涎を流してると、太古の叡智・未来の予言に現実世界の構想がシャボン玉のように弾ける。読むにつれて僕自身が心の旅をしていることに気がついた。

初作品「COTTON100%」に比べて、文章力や話し手としての技法が洗練されているのも印象深かった。読者に対するサービス精神とでも言おうか、教養になる面白い情報や読んでいるだけで世界がどれほど美しいものかを実感出来る感受性の深い描写に加えて、読者自身が自らの心の傷を癒していけるようなヒントが含まれている。

神話・哲学・心理学、文化人類学・美術史などの考察を真剣な眼差しで語りつつ、著者は癒しの過程を素直に綴る。その痛々しくさらけ出された心に読者は共感を覚え、人間として生きること、愛することの意味を考え直すに違いない。
サイババ 奈良県橿原
アキラ先生。, 2004/12/28
 文夫さん。
 父よ
 父よ
 父よ
 父よ
 父よ
 父よ
 父よ
 いま、「神の肉」読みました。AKIRAさんの魂の波動は受信しました。つい
一月前に、偶然「天の邪鬼主義」を読み、「COTTON100%」を読み、「アジア
に落ちる 」を読み、「アヤワスカ」を読み「風の子レラ 」を「アジアントランス出神」を読み「神の肉」までたどり着きました。長い旅!全部つながっていました。
 宇宙のホームページに記録されてんだぜ。
 宇宙は僕たちのすべてを憶えてるんじゃないかな(神の肉)より。
 ボクたちは花火のように連続する今を生きるしかないんだ。(神の肉)より。
 私が長い旅で、もやもや思っていたことを言葉で、言語化されていまして大共感!地方の片隅で、生きることは実験や、と一人思っていたことを、アキラさんは行動で世界を歩き実験されていることに敬服し、息を呑む私!!
 アキラワールドは、目が離せません。お会いしたこともないけれど、気安く書いております。うれしい!!ありがとうございました。感謝をこめて。
JAH P 東京都 Japan
キノコに選ばれた男, 2004/12/22
世の中には、シロシビン、シロシンのスピリットに選ばれキノコ界のスポークスマンになってしまう方々がいますが、我がアキラ師もワッソン、マッケナに連なる、そうした聖職者の一人と言えそうです。この話は私小説とでも言うべきパーソナルなストーリーと、ギリシャ神話の現代版のようなトランスパーソナルな世界観が見事に一体化した大傑作です。この本を読むとまるでマンダラを観ているように、読者のDNA内部に埋れた原型的ストーリーがフラッシュバックしてくることでしょう。ある意味究極の脳内ドラッグ本とも言えます。実際旅しているようなヴァーチャルなトリップ感も得られますので、忙しくて旅行にいけない人々にもお勧めします。
karuna
すんごい いいぞー。, 2004/12/04
ほんとうの自分を知るための旅。僕たちはみんな旅人なんだ。いろんな人
が自分の見てる映画の登場人物として出演してくれるけどその人達って結局
自分なんだね。この本はそんなこと思ってる人にも思ってない人にも自分探し
をしてる人みんなに送るプレゼントだと思うな。
anamy   大阪

是非読んでみて, 2004/12/04
暴力を振い、狂おしいほど望み続ける愛をくれない父親を憎み続けるしかなかった著者。その父親の突然の死。残された父親の手帳には一年毎に増える著者の歳が、誕生日の欄に必ず記されてあった。そんな切ないことってある?愛されていたのに憎み続けていた。それでもなお父親を許せない。その一生を認められない。父親を許せない気持ちはそのまま自分にかえり、心は押しつぶされる。死んでも苦しめ続けるなんて、ずるい!この本はそこから始まる。本当は愛していたと言い逃げした父に再会し、たった一言を告げるための旅の物語。タッチは軽く、リアル。死者に会いに行く?ちょっと怪しい!なんて思わないで。心を丸裸にしてすべてを受け入れる強さと、愛せる大きさを持ちたくてもがいている人には是非よんで欲しい。大丈夫なのかも?って少し思えるかも。

Mullin
父親らしい父親に愛されたかったし、愛したかった。
本当にそんな人生で幸せなのか?と聞いてみたかった。
自分に引き寄せて読むうちにAkiraさんの父親と母親が、
見送った父と重なりはじめて仕方がなく、
随所で気持ちを代弁されている錯覚に陥りました。
ぎこちないながらも交わした会話の全て、呼吸の止まる瞬間。
何度も記憶の断片がよみがえってきました。
一番身近にいる大切な人間と、
生きてる内に向き合って生きて生きたい。
ありがとう。
個人的にとっても元気が出た作品でした。
anamy
丸裸のままの自分であることが、
どんなに難しいか。
硬い殻に閉じ込めて、
毎日の生活の中で、できるだけ感じないように、
辛いから感じないようにしてたら、
本当に感情が薄くなっていった心が、
まだ、生きていることを感じました。
まだまだ、まだまだ、まだまだだけど、
受け入れ、認めたい親と、
一番受け入れたい自分と。

ありのままでいること。
ありのままでいいんだということ。
きもをすえて、泥まみれになれたらいいのに。
まだ、そうなるぞ!!なんて、強くはいえないけど、
怖がるものはなみたいだと。感じました。
少しずつそうなれたらいいのに。と思いました。
ありがとうございます。
隠れファン
神の肉 テオナナカトル, 2004/12/14
短時間なんだけど世界に引き込む魔法があるね。世界一低い視線と姿勢から地球を見上げ、「人間の存在」というテーマをホント斬新に描く眼球の大きさに作者を感じ取ることが出来よ。読み終わりふとした時にこの本の「知恵」が降りかかってくる、まるで計算されていたかのようね。
「DVを目の当たりにしたら?」とか「親や子が突然死んだら?」とか「殺意を持ったらどうすべきか?」「ツーリストパックでは味わえない、もうひとつの旅?」とか「人間ということを思い出したら?」とか学校の勉強では教えてもらえないよね?この本は、そんなことひっくるめてみんな相談に乗ってくれるぜ、しかも「お笑い付」だしさ。
不器用で、無様で、何の取柄もないと毎日を生きねばならなかった沢山の人?バイト代捻出して必ず手に入れよう、絶対お得だよ。友のようにおしゃべりしているかのような感覚を知るから。哲学みたいなこと、難しいことは考えず、ビールと枝豆片手に布団にもぐりこんで読んじゃおうよ。俺たちだってなんかできるって!俗っぽくて普通でってことがホント最高!って思い出させてくれるよきっと。
ゆき   茨城県
祝福の書!!, 2004/12/13
幼い頃感じた理不尽さ、家族への恨み。自分は許すことも忘れることもできなくて、心に空洞を抱えながら、考えることを先送りにしてきた。他の人もそうなのかもしれない。亡くして初めて、そのメッセージを直視するのかもしれない。
この本は、家族を亡くす仮想体験をさせてくれた。自分も愛されていた記憶を思い出し、布団の中で泣きながら、この本を抱きしめて眠った。長く自分を苦しめてきた家族への憎しみを、世界が祝福してくれた奇跡の本!!これが必要な友人たちに、広める役割はまかせてください。
ゆか
神の肉もコットン100も買いました!
いつも大切にかばんの中に入れてますよ!
そしてこれは報告せねばと思ってメールしました。
神の肉、後半・・・
ぐぐぐっ、いい話じゃないか・・・
(┯_┯) ウルルルルル きた!きた!きた!と思ったと同時に
「うー、うーー、うーーーー」(段々トーンで)
(T^T)?
「ううううーーうるるうーーがるうるるるーーー」(段々はげしく)
(π0π) ウルル??
「にゃーーーううーーーにゃにゃーーーうーーーにゃにゃにゃにゃーーーー
 わーーううーーにゃーーーぎゃーーうーーにゃにゃにゃにゃ!!!」
...(゜_゜i)タラー...ヾ(≧▽≦)ノギャハハ☆
と、ねこちゃんのはげしい闘争(いや、逢引きか?)が始まったのであった。
折角、話のクライマックスが、、、
涙の感動が笑いに化けてしまったのはいうまでもありませぬ。
これはきっと、亡きチビちゃんも本に登場させてやってくれ!!!と
いってたのではないでしょうか!
o(〃^▽^〃)oあははっ♪
あ、すみません。あほなこと書きましたがこれは本当の話です。
A K
私の家族は、結構幸せです。そして、結構幸せなんだけれども、私が一人で勝手に葛藤していたりするので、今回のAKIRAさんの本は、すごく感動しました。母も父も、子ども時代があって、青春時代があって・・・・なんだか自分の親に、初対面の人に抱くような興味が湧いてきて、新鮮な気持ちになってきました。
マジックマッシュルームにあれほどの力があるってすごいですね。日本で非合法になってしまったのが残念です。
ところで、表紙のネアリカは、ウイチョルのシャーマンのマキシモに、巡礼を認めさせた例のネアリカですよね? こうして本を書く事で、ウイチョルの伝統を伝えていく役割を果たしているんですね。
SIMPLE HAPPY
読み終わって、祈った本は無いよ。
本当に、AKIRAさんという存在に奇跡的に出会えて、嬉しくて。
本の中での、そしてリアルな貴方の存在と今までの人生が、月も日も光も闇も、大きな振り子を超えてひとつに創られていて。
そして、その創る作業の喜びと大変さがわかるからこその、大尊敬ダヨ!
どんなに、宇宙のはてまで旅しても、たどりつくのは「いつもの今ココ」
自分からはじまる波紋と響きに、ただただ驚く。
そんな、生命の響き和いの中で、出会えたことに、AKIRAさんの個性の結晶である「神の肉」のメッセージに本当に感謝したよ。 
本当に、とてつもなく素直に自分の声をきいたんだね。凄いなぁ。
きっと、あの本をよんで、皆がそれぞれの自分の内側の声をそれぞれに聴きだすよ!
太田
歳のせいか、涙もろくなってしまった。
何度読んでも、泣いてしまう。
あらためて、ありがとう。
ほんとうに、ありがとう。
junya   東京都
神の肉, 2004/12/10
メキシコ旅行した気分になれて、
マヤ文明についての知識がついて、
笑えて、
泣けて、
考えさせられて、
序章から夢中になれて、
読後感がまた良かったです。
Emi   東京都葛飾区
感想文。, 2004/12/08
AKIRAさん、「神の肉 テオナナカトル」読んだよ。
私が知っているAKIRAさんじゃない、別のAKIRAがそこにいた。
私が知っているAKIRAさんは、とても心が広くって、すべてを受け入れてくれる。
大きかろうが小さかろうが、悩みも苦しみも。
男だろうが女だろうが、オバサンだろうがギャルだろうが。
まるでブラックホールのように吸い込んでくれる。
「神の肉」のAKIRAは、そのすべてを持っているかのようだ。
子供の頃のトラウマに苦しみ、マザコンを捨てきれず、ナラに邪な思いを抱き、ジョルジュに卑屈な憎悪を感じ…
まるでカオスのようにいろんな悩み、苦しみを抱え込んでいる。
そう、ブラックホールは同時にカオスでもあるんだね。
だからこそ、AKIRAさんはすべてを受け入れてくれる。
AKIRAさんを知ってよかった。
AKIRAさんに会えてよかった。
kimi
大地と空に包まれる, 2004/12/07
涙が頬をつたう・・・。思わず父ちゃんと母ちゃんに電話しちゃった・・・。そんな本かな。
きらきら   東京都
素直, 2004/12/05
もっと、ずっとずーーーっと この本の世界に浸っていたい・・・
と思う内容です。
理由は違うにせよ、父親に対して少しトラウマのある私には、AKIRAさんの体験を通して自分までもが癒されていく気がしました。
それでもやっぱり心の中は完全にすっきりしたわけではなく 後は自分次第だな、と思っています。
この本は、そういう良いキッカケを与えてくれる力がありますよ!
サとシ 東京都 Japan
VISION CREATION NEWSUN, 2004/12/05
〜テオナナカトルがもたらすビジョンはこの作品で僕らと共有され、さらに個々人の解釈によって広がり、テオナナカトルを食せずとも「気付き」をもたらしてくれる。
良い作品に出会えた。と思う時の要因はいくつかあるが、何か自分のなかで変化をもたらす、影響力のある作品と出会えた時は「良い作品と出会えた」と思う。それを「気付き」と呼び、「神の肉テオ〜〜ナナカトル」はそんな作品である。
AKIRA氏は小説、芸術、音楽・・・によって僕らに「気付き」をもたらしてくれる日本のシャーマンだ。
もしこの作品で初めてAKIRA氏を知ったのなら、他の作品や、氏のサイトを覗いてほしい。すべてがリンクする氏の活動はさらにたくさんの「気付き」をもたらしてくれるだろう。
そういう僕も、彼から「気付か」された事のある〜〜一人です。
kiyoom   大阪府
究極の人間愛を説いた本。, 2004/11/30
akiraさんの作品は読むといつも巨大な地震が起きたみたいになる。
見栄でかきあつめたモノは全て崩れ去り、見たくない血生臭い人間の姿を見せ付けられ、瓦礫に押し潰され身体中に痛みが走るように、身体中がガタガタと震わされる。
だけどそんなときだからこそ見えてくる大切なモノがあったり、絶望の中に小さな希望の光が見えたり、そんな極限の中でも生きててよかったと思えるように、読んだ後は涙と一緒に強い感謝の念でいっぱいになる。
観光客の誰も足を踏み入れないようなメキシコの深遠へと辿るように、akiraさんは自分の心の深遠に入っていく。そして読んでる側は、まるで自分も同じ体験を味わうようにして、自分の深遠に導かれ、強烈なフラッシュバックを起こす。誰かを傷つけたときの自分の中の叫び。自分が傷つけられたときの誰かの中の叫び。全ての人の叫びが強烈な声になって頭の中でこだまする。そして痛みの先にはどうしようもないくらい愛し愛されたかった、自分を取り巻く全ての人が愛しくてたまらなくなる。
テオナナカトルを喰らいにメキシコまで行かなくても、この本自体がテオナナカトルそのものだと思う。今の世の中を生きる人全てに読んで欲しい。
ヒデ   宮城県
これは私達の物語, 2004/11/29
あなたがそこにいるって事は気が遠くなる様な命のリレーのバトンを受け取った証拠だ。それは奇跡に等しいとこの本は教えてくれる。大嫌いな人とも、殺したいくらい憎い奴とも自分は繋がっている。誰一人欠けても自分はここにいなかった筈だ。神の肉を食べトラウマに向かっていく主人公は私達に気付かせてくれる。視点、価値観が変わって人に優しくなれる。もっと愛せる!
熱烈歓迎 奈良県
ワォ!僕?, 2004/11/29
AKIRAさんの書いた本はほとんど読み、ネットでの日記も毎日読んでいる。楽しみにしてた新刊が発売された。
一人称が「僕」!!!
これにぶっ飛んだ。
僕だぜ、僕…。AKIRA=僕?
彼は断然「俺」だと思ってた。
違和感がありつつも読み出した。
読み進むにつれ集中力が高まっていくのがわかる。
夢中で読み進める。
どんどん満たされていくのがわかった。至福の時間だった。
「僕」のAKIRAもアリだと理解できた。
kokonuts   Japan
メヒコ・マヒコ, 2004/11/29
メキシコはフリーダ・カーロの生まれた国。生の痛みも喜びも統べてを受け入れる国なのだろうか..。幼い頃に父の家庭内暴力の為、母と妹が家を出る..という家庭崩壊のトラウマを持った著者が、憎み続けた父の死を機に、生と死の国メキシコへその魂の遍歴を訪ねて奥深く分け入っていく。それにしても、プロレスラー、溌溂とした美女、博士顔の老人など、道中をともにする顔ぶれの多彩なこと。役者が揃いのに揃ったものだ。それがこの本を一層おもしろくさせている。最後まで読んで、涙が止まらなかった。何故なら、著者の両親は私の両親でもあり、そして私でもある..と感じたからだ。ちっぽけでくだらなく見える人生の連鎖こそが命であり、愛なのだと思った。そんなことを感じさせてくれるのは、著者が全てをあるがままに受け入れてきたからなのだろうと思う。そして、メヒコ・マヒコの深い懐にいつか自分も飛び込んでいってみたいと感じずにはいられなかった。
突然男  千葉県千葉市
親ってなに?悩んでいる人オススメです。, 2004/11/29
この本はこれから親になる人、なろうとしている人、今なっている人、親だった人、そんな人に是非読んでもらいたい本です。
僕は3人の子供の父親として、子供達に何を伝え、何を教えればいいかずっと悩んでいました。例えば人を殺してはいけませんとか、緑や動物を大切にとか、挨拶の仕方だとか、しつけや食べ方とか、それとも友達の作り方とか、世渡りの方法とか、言葉使いだとか、恋愛の極意だとか、ゴマのすり方だとか、でもチョット待って!そんなもの親から教わるものか?じゃあ今生きている僕は親から何を教わったんだ?少なくとも親から教わったものってそんなにないじゃん!片意地張って父親とは、なーんて考えているから悩んでしまったんだと思う。今はスッキリした気持ちと同時に両手の拳握るくらいの強い決意を持っています。この本を読んで実感したのは、父親だろうが母親だろうがその子供だろうが生きるって大変だってこと。生半可な気持ちで父親を演じているならあかんぜよ。自分の人生の主演男優賞狙わなきゃって、そう思いました。
candicans   東京都
機能不全家族のなかで育った人に, 2004/11/29
父親の突然の死。父親が生きているうちに解決し切れなかった、親子の心の問題にけりをつけるため、主人公は死んだ父に再会し対話することを目的とした旅に出る・・・。著者自身の家族関係を描いた自伝的小説。
失ってみて初めて、一番身近な「家族」の実像を知る。自分にとってのその人、の、役割(父親、母親 等)の枠にとらわれ、一面的にしか見ていなかったことに気づく。なぜ、生きているうちに、和解できなかったのか、謝罪できなかったのか、感謝の気持ちを伝えることができなかったのか・・・。
人を許すことで、自分が救われる。自分自身をも許せるようになる。
自分が育った家族の問題について、やり残した宿題を抱えている人に、お薦めします。
尾崎 愛  千葉県 Japan
家族って大きい・・・, 2004/11/26
許す事のできない出来事や家族、そして自分自身・・・。旅先のメキシコで出会った4人が、テオナナカトルを食べて心の奥深くから気づきを得るシーンは、本当に涙がでました。
人は、本当は自分自身の心の奥底ではちゃんと正しい答えを持っているのに、普段は見えなくなってしまっているのかもしれません。
そんなハッとさせられる一冊です。
のりりん♪♪♪   福岡県福岡市
★★★★★★★★★★2004/11/25
レビュアー: 自分の心がどんどん、どんどん豊になっていきます。
もし、詰め込まれた常識で自分自身を苦しい状況に追い込んでいるなら早く読んでみて下さい。
生き方が変わります。
物の見方が変わります。
生きていくのは楽しいことばかりじゃないから。
落ち込んでいる人、逃げてる人、引きこもっている人、罪悪感を感じてる人、責任に追い詰められてる人、罪人も人殺しも元気な人もみーんなに読んで貰いたいです。
自分を取り巻く全てが愛しくなります。
自分自身をとまどいながらでも好きになってきますよ^^
jun_fugetsu   東京都三多摩方面
テオナナカトルが和解に導く魂へ触れる旅, 2004/11/21
杉山明(AKIRA)の新作の『神の肉テオナナカトル』は、いわば前作『アヤワスカ!』と血をわけた姉妹のような作品である。ただ、今回はインディオや先住民よりもかって高度な文明と天文学を誇ったマヤ文明の叡智の中をくぐり抜けながらの探求の旅なのだ。作品の中には、最新のマヤ学の知見がちりばめられている。このような点では、フィクションなのだが、旅そのものの進行は、おそらくAKIRA自身の実際の旅を元にしたノンフィクションなのだろう。マヤ暦(神聖暦。一年を13月にわけるため「13の月の暦」とも呼ばれている)で日常生活もしているらしいAKIRAには、必然のようにマヤ暦が終わる日である(!)2012年12月22日の世界終末の問題が常にはりついている。その日付けは、マヤ暦が終わるとともに、人類が、いや地球が滅びる日と予言された日付けだと言われている。ただ、この終末へのはっきりとした言明はない。
今回の新作で、読者としてのボクが不満があるとしたら、それはただひとつの点。作中に『ポップ・ヴフ』(奇跡的に教会に残されたマヤの神話)への言及がないという点だけだ。マヤ学の知見は、『ポップ・ヴフ』から解かれていると言ってもいいくらいだからである。
『神の肉テオナナカトル』の意味するものは、ペヨーテのことだ。このサボテンは、含有するメスカリンによってひとに幻覚作用をひきおこす。AKIRAは、神の肉ペヨーテ(テオナナカトル)を食して黄泉に降りて行くように、死んだ父親と再会しそして和解するのだ。
今回の作品は、ひとの来歴、自分のルーツ探し、探求をテーマにしたものだ。自分探しの探求の果ては、親とのひいては自分との和解だとAKIRAは説いているようである。その意味では、幼年時代からの半自伝的な物語ともいえる。ひとは、長い旅の果てに、あるいは人生の果てにもっとも自分に近いものと向き合い和解するのだと。そう、そのためにもひとは悲しいことに、憎んで憎んで憎み続けなければならないのだ。
のりりん★彡
「神の肉テオナナカトル」を読み終えました。
AKIRAさんは救世主です。
私の。わたし達の。
間違えることを恐れる心を正しい道へ行く力に代えること、非道な悪を最高の学びと伝えてくれた。
私の心の奥にある誰にも知られなかった恐怖や不安を取り除いてくれる。
確信や自信のもてなかった頼りない自分に自信を持たせてくれる。
更にはもう、どうすることも出来ないだろうと諦めていた父との関係にまでそれは及ぶ。
私にはAKIRAさんが救世主です。
本人は自覚ないかもだけど
AKIRAさんに関わった人たちがAKIRAさんを救世主にします。
ありがとうございます^^
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